2-12【新たな日常 9:~クラウディア~】
「クラウディア姉さま、なぜここに!?」
ガブリエラが珍しく取り乱したような声色で、空中に浮かぶその女性に問いかけた。
だがその女性は対象的に飄々とした態度を崩さない。
「あら、”親類”の所を訪ねるのに理由なんて必要かしら?」
などと、まるでふらっとやって来たかのように返すのだ。
件のその女性、クラウディアと名乗るガブリエラの”お姉ちゃん”は、どこぞのマジカルナニーよろしく魔法陣にくっついた長めの杖を傘のように空中に掲げ、そこに片手でぶら下がって降りてきていた。
その余裕のある魔法と、これだけの風の中で一切なびかないフリフリのドレスを見る限り、恐ろしく高度な魔法士である事に疑いの余地はない。
そして何より今の攻撃。
『先生達とルシエラが突破されるなんて・・・』
『不意打ちとはいえ、かなりのやり手だ』
ガブリエラの手の後で、モニカが僅かに腰を落として構え、俺が即座にグラディエーターを展開して備えた。
だがそれを見たクラウディアは、”やっぱり”とばかりにニンマリと笑う。
たぶん状況からいって、彼女が”第2王女クラウディア”なのは間違いないだろう。
姉妹であるガブリエラが見間違うわけないし、”お姫様”といっても問題ないくらい格好は豪華。
何よりその姿形がモニカやガブリエラに良く似ていた。
モニカと同じ髪色に目の色はガブリエラと同じ。
印象としては2人のちょうど中間くらいのところに”やさしさ”を追加すればちょうどこんな感じか。
だが、いきなり攻撃してきた事を考えれば、本当にやさしいとは思えないが・・・
「クラウディア王女殿下! 何用があってここに参られた!」
境界線の向こうからアラン先生がクラウディアに問うた。
だがその声は耳には聞こえるものの、いつもと違って頭には響かない。
『アクリラの外だから、アラン先生の”頭の声”が聞こえないのかな?』
モニカが状況をすばやく推察する。
『だとするなら精霊の他の”力”も機能しないだろうな、少なくともアラン先生は戦力にはならなさそうだ』
「あら、正式な手続きで私が訪問することは伝えていたはずですけれど?」
クラウディアがなんでもないようにそう答えながら、スタリとルシエラのすぐ向こうの地面に着地する。
するとその瞬間、教師たちがすばやく彼女を取り囲んだ。
「手続きは来ています。 ですが今日ここに来ることは聞いていない」
校長がそう答える。
その様子を見る限り、彼女がアクリラに来ること自体は既定のものだったらしい。
「飛竜便ですもの、早くなることもありますわ。 それに”ここ”はまだアクリラの外、いちいち許可を取る必要がありまして?
もしそうでしたら今ここで取りますわ。 アラン先生、校長先生、スリード先生、卒業生のクラウディア・メイがここに参りました」
そう言いながら気品を持って丁寧に頭を下げるクラウディア。
その所作はとても余裕があり、周りを取り囲まれていることを感じさせない。
それでもそれを見たスコット先生が、厳しい声で問立てた。
「クラウディア王女殿下、何ゆえ我らを攻撃した? ここは国境地帯でもある。 王族といえど、そのような事は許されていない筈だ」
スコット先生は仕込杖の刃を向け、返答如何では反撃も辞さないといった剣幕で迫る。
だがそれに対してクラウディアは、”コテン”といった擬音が聞こえてきそうな可愛らしい仕草で首を傾げた。
「あれ? 攻撃なんてしていませんわ?」
と、心底不思議そうな声で疑問を呈したのだ。
その瞬間、場の雰囲気が一気に険悪な方向へ流れた。
特にルシエラの剣幕が凄い。
「何言っているの! 今のが攻撃じゃなかったらなんだって言うのよ!」
と全身の魔法陣を展開して、一撃で魔獣を葬れる威力の複合魔法陣をいくつも展開してかまえた。
だがそれを見たクラウディアは、顔に”まあ!”という喜びを浮き上がらせる。
「あなたひょっとしてルシエラ!? 私覚えてる? クラウディアお姉ちゃんよ。 クリステラ大公の即位式で会って以来かしら、ビックリしたわ! あのときは本当に小さかったのに!」
そしてそう言うなり、あっという間にルシエラのもとに駆け寄りその手を取ってグルグルと一緒に回りだす。
ルシエラは、”一歩でも動いたら総攻撃も辞さない”という構えだったのに、クラウディアのあまりに自然な接近に全く対応できずにいた。
そして今も、無邪気に笑うクラウディアのテンポに翻弄されて、必殺の構えを維持したまま文字通り振り回されていた。
「私嬉しいわ! あなたがこんなに大きくなって。 あまりにボロボロだったから、ガブリエラに虐められて背が伸びないんじゃないかと本当に心配したのよ」
そう言うなり、クラウディアはルシエラを抱きしめた。
突然回された腕の中でルシエラが目をパチクリさせている。
魔法陣を突きつけて脅していたはずが、いつの間にか懐に潜り込まれたばかりか、相手の腕の中に取り込まれてどうしようもないといった感じだ。
そしてそれを見たスコット先生の威圧に陰りができる。
『人質を取られた』
モニカが悔しそうに呟く。
『少なくとも、これで俺等もガブリエラも先生達も攻撃できないわけか』
おそらく、この場で1番厄介かつ防御力の弱いルシエラを即座に確保するとは、狙ってやったんだとしたら大したもんだ。
ただし、当のクラウディアはそんな考えなどおくびにも出さず、見た感じ本当に嬉しそうな顔でルシエラを抱き締めていた。
そればかりか、ひとしきり抱き続けた後、まるで人質にする意思など最初から無かったかのように離したのだ。
そして、驚くほどクリっとした瞳でこちらを見つめてきた。
「それであなたがモニカね! 上から見た瞬間わかったわ、だってお姉様の小さな頃に本当にそっくりなんですも・・・」
「クラウディア姉さま!」
その時、今度はいつの間にかこちらに近づこうとしたクラウディアを、ガブリエラが手を上げて止めた。
恐ろしいことに、もうスコット先生のところまで迫っている。
『ロン!』
『分かってる、解析した。
幻惑系スキルだ。 一応コピったけど、一瞬だけ認識を遅らせるらしい』
これで不意をつかれ続ける原理は分かった。
『だが、内容を見る限り本当に一瞬が限界なのに』
『この人、殺気も敵意も無さすぎるから読みづらい』
モニカが得体のしれない恐怖を感じて体を強張らせる。
これは今まで見てきたどの”強さ”とも違う感覚だ。
「クラウディア姉さま、それ以上は近づかぬように。 姉さまが攻撃した以上、モニカと我が国との関係は、まだそこまでの信頼にない」
ガブリエラがそう言って、クラウディアに警告した。
だがそれに対し、クラウディアは頬を膨らませて大きく憤る。
「なによ! 私だってモニカちゃんの”はとこ”なんだからね! ガブリエラちゃんだけズルい!」
まるで小さな子供のように駄々をこねるクラウディア。
「ならば、攻撃などせずに親類らしく接すればよいのに・・・」
その瞬間。
ガブリエラがそう言ったまさにその瞬間、クラウディアの顔がハッキリとニヤリと歪んだのを俺達は見逃さなかった。
巧妙にスキルで注意を逸らそうとしたが、既にそのスキルはこちらの手の内にあり、対抗スキルの組成も簡単だったので効果がない。
「だから、”攻撃”なんてしてませんわよ?」
「では何だと・・・」
「やらない? こう・・・手を上げて軽く肩を叩く感じの」
そう言いながらクラウディアは小さく右手を上げて空を叩いた。
そしてニッコリと笑う。
「”親愛の挨拶”?」
クラウディアは何でもないように、その”むちゃくちゃ”を言ったのだ。
「しんあい?」
モニカが何を言ってるのか理解出来ないといった感じにその言葉を繰り返す。
周りも同様に愕然とした表情を向けていた。
何言ってんだこの人は・・・
「今の威力、並の魔法士ならば死んでいた」
スコット先生が魔獣の唸りの様な声でそう警告する。
だがクラウディアは変わらない。
「それは”並の魔法士”でしたらでしょ?」
と言いながら、強い眼差しで見つめ返したのだ。
「私だって、もし相手がハエならば肩を叩く事だってしませんわ。 でも、だとするなら、魔獣を容易く殺し、勇者を退ける程のモニカちゃんの”肩を叩く”にはどれほどの力が必要なのでしょうか?
常識の範囲で考えるのなら、先程のは弱すぎることはあっても、強すぎることは無いと思いますの」
「だ、だが・・・」
「それにスコット先生、あなたはさっきので死んでしまう様な”並の魔法士”なのですか?
ルシエラちゃんも、ガブリエラちゃんも、他の先生方も、アクリラの生徒なら耐えるだけでなく周りの者を守れるだけの実力者でしょう?
私の見立ては間違っていますか? それとも
そう問いながらズイッと迫るクラウディアの迫力に、スコット先生も押され気味だ。
すると今度はその鋭い視線をガブリエラの方へと向けた。
「それにもっと言うなら、ガブリエラちゃんだって初対面の相手に”魔力制圧”をかけるじゃない。 あれに比べたら、私のはよっぽど紳士的だし、相手のことを考えているわ」
そう言って腰に手を当て”プンプン”といった表情を作って怒るクラウディア。
でも、そう言われると・・・
『確かに!?』
モニカがハッとしたような叫び声を頭の中に発した。
その言葉通り、たしかにガブリエラが初見でやった事に比べれば随分と紳士的とも言える。
あっちはそれこそ1人になったところを襲ってきたのでなおさらだ。
そして俺達がその事に思い至った事を悟ったクラウディアは、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、後ろを見ればガブリエラが苦い表情で自分の姉を見ていた。
この”妹の姉”ということか。
クラウディアはどうやら、こちら側から”反撃の意思”が挫かれたと判断したらしい。
安心したように2歩ほど下がって距離を開け、そこで慣れた動作で頭を下げた。
「お集まりの皆様、失礼があったことはお詫びいたしますわ。 場を和ませるつもりでしたが、独り善がりのようでした」
そう言って深々と頭を下げたクラウディアは、少しして今度は柔らかい微笑みを浮かべたまま驚くほど器用に体を回し、全員に一礼していった。
「それでは改めてご挨拶を、
本日は、父である国王の名代として参りました。
それから
またこの度は、お互いの関係について建設的な選択をしていただき、誠にありがとうございます」
恐ろしい女だ。
その挨拶を見た俺は、そんな感想を持った。
あまりにも一瞬にして雰囲気がコロコロかわり、天真爛漫かと思えば気づけば礼儀正しい女性にもなる。
それも、場を自分のコントロール下に置くことを念頭に置いているように。
見た限り、彼女は常に自分が制御不能な人間に見られる様に意図的に動いているフシがある。
そこから、基本的に丁寧な応対ではあるものの、こちらの反応が
間違いない。
この人、”ガブリエラの姉”だ。
それも”最悪な部類”の。
その時、モニカが動いた。
『ロン・・・アルバレス式の挨拶、できるだけ
そう言いながらモニカが歩み出る。
なんで? と聞いてる暇はない、もう既にグラディエーターの外装は解除されていた。
俺は急いでガブリエラに教えてもらった”礼儀作法”を分解し、モニカの使える形に再構成して”挨拶”を抜き出す。
そしてそれを起動した瞬間、その補正に導かれるように、モニカの体が普段からは考えられないほど優雅に動いた。
「
この度は
それとマグヌスとは、今後は”仲良く”したいと、”わたしは”思っています」
そう言ってアルバレス式に最敬礼を行うモニカ。
腰を落として頭を下げてはるが、その目はしっかりとクラウディアを捉えている。
マグヌスと違い、アルバレスでは相手の目を見るのが作法なので問題ないが、その視線はしっかりと”お前には食われないぞ”という意思を込めていた。
とりあえず、突貫工事の補正スキルにしては何とかなったが、これでどう出るか。
するとそれを見たクラウディアが体の前で手を”パン!”と合わせ、音には出さず唇だけで「合格」と呟いた。
何かわからないが、モニカの行動は彼女の満足するものだったらしい。
するとちょうどその時、モニカの視線の先、クラウディアの後ろ200mほどの距離に空中から巨大な物体が降りて来るのは見えた。
体長25mの巨大で細長い体に大きな翼。
『さっき飛んでた飛竜か』
それは先程見かけたマグヌス国旗を掲げる飛竜。
そこからクラウディアが飛び出すところは見えていたが、やはりこの人の関係だったらしく、その様子はまるで荷物を落としてしまったかの様な慌てた雰囲気がある。
ルシエラの飼ってるユリウスに比べたら赤子サイズだが、こうして近くで見ればやはり魔獣並というのは完全な怪獣で、その巨体が巻き起こす暴風に力の弱い技術者などが飛ばされそうになっていた。
ウォルター博士など手近にいたのがガブリエラと俺達なので、小さなモニカの体にしがみつい付いて耐えてる始末だ。
そして着陸と同時に、飛竜の背中から見覚えのある面々が飛び出てくる。
「クラウディア様! いきなり飛び出さないでください!」
「あら、ファビオ、もうちょっと早く降りられないのかしら?」
焦った様子で飛竜の背中を滑り降りてきたのは、以前まで俺達と交渉をしていたマグヌスの役人・・・・あのモニカの”嫁ぎ先”として用意された公爵の息子だ。
ファビオは急いでクラウディアの近くに走ってくると、驚いた表情で俺たちの顔を見つめ、周りを見回して青ざめた。
まさかクラウディアが、いきなり俺達の所に乗り込むとは思っていなかったという顔だ。
特にスリード先生の巨体にビビっている。
ガブリエラの話を信じるならば、これでもあのマルクスの息子だというのだから驚きである。
そしてその後ろからは、予想通り交渉役の商人が顔を出し、更にその後ろからこれまた見慣れた”エリート”兵士が飛び出して、仕事に失敗したのではないかと心配そうな飛竜を宥めに走っていくのが見えた。
ここからは見づらいが、結構しっかりした作りの客室が飛竜の背中に付けられている。
どうやら同行者である彼らをほっぽり出して、いきなりクラウディアが飛び出したらしい。
「クラウディア様、流石にいきなり過ぎますよ」
「あらディーノ、飛び込みは交渉の基本ではなくて? 新鮮な驚きが新鮮な関係を作るのだって、叔父様から聞きましたわよ?」
「それは相手とその関係によりますよ」
ディーノが窘めるように応える。
あの傲岸不遜とも思えた商人にそう言わせるのだから、クラウディアがやった行動がいかに常軌を逸していたか。
だがそこでクラウディアは、さらに思い切った行動に出た。
「それなら、問題ありませんわ。 私達、もう仲良しですもの」
と、そう言うなり一瞬でスコット先生の後ろに回り込み、俺達の体を掻っ攫って抱きとめたのだ。
『うわっ!? ビックリした!?』
【認識外し】のスキルに気を取られて、単純な”ヒッカケ”に呼吸を合わされてしまった。
気づけば俺たちの体にミッシリとクラウディアの柔らかな体の感触が伸し掛かる。
『胸が・・・そんな、ない!?』
何故かモニカがどうでもいい所に愕然としているが、この人の懐に潜り込む能力には舌を巻く他ない。
「・・・・」
と、ディーノもどうした物かと、口を半分開けたところで固まっていた。
「そうだ、モニカちゃんに、改めて紹介しておくね!」
すぐ近くの頭上からクラウディアの声がかかる。
見上げれば、魔力をたっぷりと含んでクリクリとした金色の瞳と目があった。
「もう知ってると思うけれど、ファビオ・アオハとディーノ・フルーメン」
クラウディアが名前を呼びながら、それぞれを指差していく。
「それから、あそこにいるのがヘクターね」
最後に紹介されたのは、以前ファビオの護衛としてやって来た”エリート”の隊長。
彼は今、クラウディアを落としたのではないかと不安気味になっている飛竜を、大丈夫だと宥めるのに手一杯だった。
「彼らが今後、モニカちゃんと”私の国”を繋ぐ窓口になるわ」
「”窓口”?」
クラウディアの言葉にモニカが不審そうに問い返す。
「そう! ”特定特別戦略連絡室”って言うの! 正式に条約を結ぶまでの”準備室”なんだけど、それまでの間、モニカちゃんの要望とか連絡を行うための窓口が必要でしょう?
事情を知ってる彼等なら、気兼ねなくやり取りできると思って」
「・・・ええっと・・・」
クラウディアの説明にモニカが口籠る。
確かに彼等に思いの丈をぶつけた事はあるが、それで別に気兼ねなくできる間柄になったわけじゃ・・・
そんな感じのニュアンスを出したところ、ディーノとファビオが”だよなー”的な表情を作って同意してきた。
俺達、案外気兼ねないかもしれない。
「それじゃ紹介も済んだところだし、私達はこれで御暇しましょうか」
クラウディアはそう言いながら、誰の承諾も得ずにずんずんと飛竜の方に歩いていった。
その歩みを止められる者は誰も居ないと言わんばかりに。
ただ数歩行ったところで、ふと何かを思い出したように足を止めると、境界線の内側に顔を向け問いかけた。
「お久しぶりです
それに対し、”本名”で呼ばれた校長は能面の様な無表情で空を指差す。
「
暗にこの場を去るように言われたクラウディアは、その場でペコリと頭を下げると、今度はガブリエラの方に向き直る。
『・・・っ!?』
その瞬間、俺達は確かに強烈な悪寒を感じた。
「それと・・・ちょっと”おはなし”があるので、ガブリエラちゃんをお借りしてもよろしいですか?」
すると驚いた事に、ガブリエラの肩が何かに怯える様にビクンと跳ねるのが見えた。
「・・・で、ですが、私はこれからモニカの護衛として・・・」
「”何”からの護衛かしら?」
まるで駄々っ子の言い訳のような声色のガブリエラの言を、クラウディアが一瞬にして切って捨てる。
一部を除き、その場の全員の視線がクラウディアに降り注いだのは言うまでもない。
そこに居たのは、さっきまでの”優しい面”の王女ではなかった。
もっとなにか・・・
その”面”の下から怪物が姿を表したかのような。
その”怪物”がニコリと笑う。
「安心して、お父様の印の入ったモニカちゃんに”手出し無用”の命令書を持ってきているから。
”これ”を無視できる者はヴェレスにはいないわ」
そう言いながら、豪華な装飾の入った書面を取り出し掲げる。
そこには確かに、マグヌス国王の魔力認証付きで、俺達の安全を円滑な行動を全力で補助せよとの命令が書かれていた。
クラウディアはそれを近くにいたルシエラに渡す。
その内容からして、これで表立って俺達を襲える様な戦力はマグヌス領内から消えた事になる。
少なくとも、もうヴェレスまでの護衛に、ガブリエラまでもが出る必要は無かったのは間違いない。
「・・・・だから、
そう言って、乗れとばかりに飛竜の背中を手で指し示すクラウディア。
それを見た飛竜が、怯えた様に頭を伏せ、ガブリエラが小さく喉を鳴らしてツバを飲み込んだ。
”強さ”ではない。
もっと強烈な”力関係”が2人の間に横たわっているのは明白だった。
ガブリエラは、まるで囚人のような雰囲気で
その肩にクラウディアがそっと、だが力強く腕を回して抱きとめた。
彼女の臣下の同行が許されていないのは、クラウディアの態度が示している。
通りすがりに侍従長に行き先を告げると、青ざめた表情の侍従長は他の面々に頭を下げ、ガブリエラの関係者を纏め出した。
どうやら俺達の実験に必要な人員を残して、ガブリエラ達の向かう先に先回りするようだ。
「それじゃ皆様、今度こそ私達はこれで。
モニカちゃん、また後日会いましょう」
クラウディアはそう言うなり、ガブリエラを伴って飛竜の背中の鞍型客室へと乗り込んで消えた。
それに続いて残りの3人も乗り込み、同時に飛竜が大きく翼を広げて羽ばたき出す。
『大丈夫かな?』
その光景を見ていたモニカが呟く。
『何が?』
『あんなガブリエラ、見たことない』
『そうだな』
少なくとも、俺達に中にあった”絶対無敵の存在”という印象は、この僅かな間に崩れ去っていた。
それから俺達は、当初の予定から”ガブリエラの護衛”を外した状態でヴェレスの街まで行く事になった。
久々に見た外の街の景色は、華やかなアクリラに慣れていたせいか随分と灰色に感じられ、懐かしいような思い出したくないような戦闘の記憶が滲み出るような事もなかった。
あれだけ派手に暴れた痕跡はどこにもなく、戦場だった場所は活気を見せて印象が全然違う。
当然ながら襲って来るような輩はいないわけで、それどころかクラウディアに貰った書面を見せただけで大名行列の様な護衛がついたくらいだ。
全体的に言って拍子抜けだった事は、言うまでもない。
むしろそれより、クラウディアに連れていかれたガブリエラがどうなったのか。
その事ばかりが、俺達の心を支配していた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「クラウディア姉さまがここに来たということは、私の”処分”が確定したと理解していいのですか?」
モニカ達を地上に残し、目的地であるアクリラ内のマグヌス軍駐屯地へと短い旅路を飛び立った飛竜の中で、その小さな客室の中に座るガブリエラが早々にそう切り出した。
だがその表情は、普段の彼女を知る者であれば信じられない程弱々しく、それが逆にどこか困難に立ち向かう様な気概すら感じさせていた。
それもその筈、この狭い客室の向いに座る女性は、ガブリエラが逆らえぬ数少ない存在であり、しかも今回は”正式な手段で”ガブリエラを罰する権限すら持っているのだ。
「なに、そんなに固くなってるの」
それでもクラウディアは、柔らかい笑顔で笑いながらそう言った。
ただ、2つある4人用個室を2人だけで占拠してはいるものの、普段彼女達が使う空間としては異常に狭いことには変わりなく、その事が何とも言えぬ窮屈さをガブリエラにあたえている。
「安心して。 今回の事でガブリエラちゃんにお咎めはありません」
クラウディアが体の前で手をポンと叩きながらそう述べる。
その動作に紐付けされた彼女のスキルこそ発動していないが、場の雰囲気とタイミングよく鳴らされた拍手は、同様にガブリエラの意識をクラウディアへと引き付けていた。
「お咎めなし?」
「ええ、もちろんお母様は何か罰を与えるつもりでしたけど、私が止めておきましたわ」
「何故ですか?」
「分かってるでしょ?」
するとクラウディアが顔をガブリエラのすぐ近くまで寄せてきた。
「今回、あなたがやったのは”国益”に繋がる行動よ。 それに私だって叔母様を弄ばれてちょっとは怒ってるんだから。 ・・・・でもね」
クラウディアの表情が真剣な物になる。
「もしあの時、私の”攻撃”を防がなかったら、帰ってからお母様に”あなたの処分”を進言していたわ」
その言葉を聞いたガブリエラが、小さく息を呑む。
「私が守らなければ・・・」
「でもあなたは守った。 ちゃんと”自分の責任”を感じてるから守ったのでしょう?」
少しの間、客室の中に沈黙が流れた。
ガブリエラがクラウディアを強い表情で睨む。
「・・・やっぱり・・・やっぱりあれは”攻撃”だったんですね?」
ガブリエラが責めるように問い立てた。
だがクラウディアはそれを聞いてニコリと笑う。
「あ た り ま え じ ゃ な い」
そしてなんの躊躇もなくそう言ってのけたのだ。
”もし、そうじゃないという者がいたらそれは馬鹿だ”
その言葉を、ガブリエラはクラウディアの言葉の後ろに幻聴した。
「もし・・・あの攻撃でモニカが死んでいたら・・・」
「悲しいけれど、あなたの本気度を測る基準としては申し分ないし、守らなくてもどの様に耐えるのかを見れば、”あの子”の戦力判定にもなる。 それに万が一死んでもその時は、”そんな子”ならそこまでのこと。 やらない理由なんてなかったわ」
その言葉にガブリエラは息を呑んだ。
「姉さんは・・・モニカが死んでも構わないと思っているのですか」
「まっさかぁ! そんなわけ無いでしょ、”万が一”って言ったじゃない。 私だってあんな可愛い”はとこ”が死ぬところなんて絶対に見たくないんだからね!」
「・・・」
「あ! その顔は信じてないな!」
クラウディアが憤慨する。
その顔のふざけっぷりと、ガブリエラの無言の真剣な表情の、なんと対照的なことか。
「こう見えても、お詫びとしてモニカちゃんには”贈り物”だって送ってあるんだから」
「【認識阻害】スキルのことですか?」
ガブリエラが問うと、クラウディアはすぐに頷いた。
これは別に隠し事ではない。
クラウディアの【認識阻害】スキルは彼女の代名詞的な存在ではあるものの、決して乱用するものではない。
だが今回、彼女は執拗なまでに何度もそれを使っていた。
「モニカのスキルの性能を試したんですか?」
「すごいよね、あれ。 聞いてはいたけれど、まさか複製どころか、解析されて対抗スキルを短時間で作るなんて」
クラウディアは何の悪びれもなく答えた。
「でも、それはオマケ。 本当にただの贈り物のつもりよ、あの子に死んでもらったら困るから、搦め手スキルも増やした方が良いと思ってね。
でもすぐに使ったのは減点ね。 あの子にはどこかで”使わないこと”の強さに気づいてもらわないと・・・うーん、何かいい方法はあるかしら」
そう言って彼女は顎に手を当て、ガブリエラを無視して悩みこむ。
その表情は真剣で、可愛い親戚の成長を本当に考えていることが伝わってくる。
さっきは”モニカが死ぬ可能性”を何の躊躇もなく実行したというのに・・・
これがクラウディアという女だ。
そして、そんな彼女がこの街にやってきた”真の理由”は1つしか無い。
「クラウディア姉様は・・・私に・・・”モニカを殺せ”と命令する時が来ると考えているのですか?」
こんな風に言ってはいるが、それは”問”ではなかった。
モニカに”家”を与えたことで引き受けた”ガブリエラの責任”。
クラウディアは、それをガブリエラ自身がちゃんと理解しているか確認しに来たのだ。
その証拠に、顔を上げてこちらを向くクラウディアの顔は満足気にほほ笑みを浮かべている。
「気にしないで。
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