2-12【新たな日常 7:~最後のレッスン~】
私服姿のルーベンを見送ってから、俺達とルシエラの3人は尚も貴族院の無駄に形式張った廊下を歩いていた。
特にこの辺は”フォーマル度”が高いので、印象も随分と引き締まっている。
床も足音が完全に消えてしまうほどフカフカのカーペットだし。
貴族院自体は何度も通った場所だが、今日はいつもと違う所を歩いているので新鮮味が強いのもあって、モニカもどこか落ち着きなく辺りを見渡している。
どういうわけか今日の会場は、いつもの”ガブリエラの屋敷”ではなく、貴族院の大食堂を指定されていたのだ。
「モニカ様、ルシエラ様、お待ちしておりました」
「お、おはようございます・・・」
別にもう”おはよう”の時間ではないのだが、大食堂の前までやってくると、例のごとくガブリエラの側仕え達が並んで出迎えてくれた。
皆、いつもよりビシッとしているのは気の所為ではないだろう。
どこか張り詰めたような空気が漂い、そのせいでコチラの背筋も自然と伸びた。
だがルシエラだけは、顔に貼り付けている胡散臭さそうな呆れ顔を深めたのはどういうことだろうか。
「モニカ様、ルシエラ様、両名ご入場です」
侍従長が代表して食堂の中に声をかけると、中から小さく「ご入場ください」という返答が帰ってきて、それを合図に侍従長が大食堂の巨大な扉を開けた。
目の前に、巨大な空間が顕になる。
「『うわぁ・・・』」
すんげぇ・・・
現れたのは色とりどりの装飾に彩られた、ひたすらに荘厳な空間。
”大食堂”という単語から想像するような大衆的な所とは真逆の、宮殿の大広間としか表現できない場所だった。
天井の高さこそ背の高い種族を想定した他の食堂と大差ないが、広さが体育館2つ分くらいあり、それ以上に調度品の数と質がとんでもない。
壁にはよくわからないオブジェがかけられ、巨大な宝石のような柱がそそり立っていた。
どれも幾らくらいするものなのか想像はつかないが、とりあえずむっちゃ高いことだけは一目見ただけで分かる。
そしてその中心に置かれた大きなテーブルには、俺達を招待した張本人が。
「2人共、よく来てくれた」
ガブリエラは席を立ちながらそう言い、近くに来いと小さく手招きしている。
その格好がいつもよりも”フォーマルより”なのは気のせい・・・ではないな。
侍従たちの格好や態度からして、今日の集まりはいつものような”なごやか”なものではないのか。
「すごい空間ですね・・・」
圧倒的な周りの景色に俺が思わずそう呟くと、ガブリエラが嬉しそうに頷いた。
「そうだろう。 一度ここを貸し切ってみたくての。 卒業前ということで少し無理を言ったのだ。
本当なら中等部以下の生徒は使用できないんだが、今日は特例だ」
そりゃそうだろうな・・・
中等部の生徒はそれより下と比べればだいぶ大人しいが、それでもまだまだ”やんちゃな子供”だ。
それをこんな存在自体が高級品みたいな場所に入れるのは無理がある。
あれ? でもそう考えると、ガブリエラって最悪な生徒じゃない?
「ふむ、もう1人招待したつもりだったのだがな」
ガブリエラが俺達の陣容を見ながらそう言うと、ルシエラがツンとした声ですぐに返す。
「ベスティはどうしても外せない用事があるので」
”可愛いベスをお前なんかに見せてやるか”という思考を貼り付けたような顔で、ルシエラはそう言った。
するとそれを汲み取ったガブリエラが少し面白そうに口元を歪め、わざとらしい程丁寧な口調で応えた。
「おや、それは残念だ。 そなた等の妹分であれば一目見ておきたいと思っておったのだが」
「それはまたの機会にでも」
「残念だがそうする他ないの」
そんな上っ面だけの応酬が2人の間で交わされる。
時期的に”またの機会”なんてものがないことは、お互い分かっているだろうに。
『・・・なんか胃が痛くない?』
2人のやり取りを見ていたモニカが助け舟を求めてきた。
『ストレス値が上がってるな、対処はしてみるが、なにか入れないと対応にも限界がある』
そろそろお昼も過ぎる頃、最低限昼食は抜いてくるようにと言われているせいで、成長期のモニカの胃袋はただでさえ不満度が高いのだ。
この上、この2人の”姉たち”のギスギスを見せられては堪らない。
そもそも、なんで昼食を抜くのか。
だがその謎は、ガブリエラがすぐに説明してくれた。
「それでは参加者も集まったことだし、”昼食会”といこうか」
と、いきなり切り出したのだ。
「昼食会?」
ルシエラの片方の眉が釣り上がる。
「魔力操作を教えてくれるんじゃないの?」
てっきりこれから”レッスン”だと思っていたモニカも不思議そうにしている。
それに対するガブリエラの答えは、意外なものだった。
「これが今日の私の授業だ。
モニカも末席とはいえ、アルバレスの貴族に名を刻んだのだ。 それ相応の”礼儀”も身に着けておかないと、と考えてな。 それも合わせて”昼食会”ということにしたのだ」
『なるほど、食事の席の作法か』
『作法?』
『意外と重要だぞ、食い方は容易に人の好感度を下げるからな。 特に作法にうるさい連中が相手だと』
言っちゃ悪いが、文化のごった煮であるアクリラの食事のマナーは平均点以下で、当然ながら、それに準じているモニカのマナーも平均点以下なのは間違いない。
これまでのように”普通の人”に混じりながら生きるなら問題ないだろうが、公的な身分を得た以上、これからはそれでは駄目な場面も出てくるのだろう。
「とりあえず、しばらくは私の所作をよく見ておけ、アルバレス流の作法で食べるからな。
そなたの場合、直に教えるよりもロンに見せた方が後々楽であろう?」
そう言いながら、ガブリエラが自然に見える優雅な動きで椅子の1つを引き、そこに座れと手で示した。
モニカはそれに従い、おっかなびっくり椅子に腰掛けると、ガブリエラが椅子の背を押して正しい位置に席をつける。
『うわぁ・・・』
座面の感触にモニカが感嘆を漏らす。
恐るべき椅子だ・・・とんでもなくフカフカなのに、一切の”くつろぎ”を許していない。
自然な形で背筋がピンと伸びる。
間違いなく長時間姿勢を正して座るためのものだろう。
一体どういう仕組だとばかりに、モニカが手を当てて椅子の構造を探っていると、ガブリエラが残りの椅子をルシエラに進めている様子が見えた。
だが、ルシエラはすぐには座らない。
「夕方まで予定を開けてろって話だけれど、本当に昼食だけなの?」
するとその問いに対して、ガブリエラは頭を振った。
「もちろん違う。 ・・・というか本題は”この後”だな」
「この後?」
ガブリエラの言葉にルシエラが訝しがる。
「モニカについて・・・モニカが外に出る上で、どうしても確かめなければならぬ事があるのだ」
「”確かめなければならぬ事”?」
「モニカ、以前そなたのスキルの魔力波が広域で探知され、アクリラ入りと時を近くしてそれが観測できなかったという話があったのを覚えておるか?」
『えっと、校長先生が言ってたやつ?』
モニカが俺に確認し、俺がそれに応えるとガブリエラに向かって小さく頷く。
「その件についての”実験”だ」
「実験?」
ガブリエラの少々不審な言葉にルシエラの眉がさらに鋭くなる。
だがそれに動じるガブリエラではない。
「そうだ。 モニカの魔力波が”アクリラの何らかの作用によって打ち消されている”という仮説を検証するためのな。 そのために、少しの間だけアクリラ行政区の外に出てもらうことになる」
「なんで、そんな危険なことを・・・」
「必要なことだからだ!」
一方的な説明に、瞬間的に反論しかかったルシエラをガブリエラが即座に強い言葉で治める。
「状況証拠からいって、フランチェスカにアクリラの機構が干渉しているとは考えにくい。
だがそれが証明されなければ、おいそれとアクリラを出ることも叶わぬではないか。
強力な魔力波が出ればマグヌス、アルバレス2国以外も刺激することになるからな。 それではモニカに”ヴァロア”の名をやった意味がない」
ガブリエラのその言葉にルシエラが押し黙る。
そして、その様子を俺達はビクビクしながら見つめていて、それに気づいたルシエラが面倒くさそうに頭をかいた。
「”立会人”は? どういった条件で実験するの?」
「立会人はアラン先生、スリード先生、それに校長の”3大管理者”とスコット先生、それからモニカの事を知っている数名の教師だ。
彼等が、外に出てアクリラの保護が効かなくなったときに備えて守護に回る」
「つまりこの”微妙な時間”の昼食会は、先生達の都合のつく時間に即座に行けるように、私達を予め確保しておくための物ということね」
「そうなるな」
昼食会の”真相”を言い当てたルシエラに、ガブリエラが感心したように応える。
その何故か誇らしげな声色に、ルシエラは息を吐いて呆れた表情になった。
「なら私も、”そっち”に直接呼べばよかったのに」
「そなた今日は暇であろう? 何処かでフラフラさせるなら、私の手元に置いておきたい」
「なんでですか」
「モニカが最も信頼できる”立会人”がそなただからだ」
ルシエラがガブリエラの予想外の言葉にキョトンとなる。
そして、ガブリエラにそこまで言われてはどうしようもないと気づいたのだろう、諦めたように椅子に座ると自分で椅子を引いて席についたのだ。
それを見たガブリエラは少しホッとしたように笑みを浮かべると、侍従の手伝いで自分の席に座る。
すると、それと同時に部屋の中の者たちが一斉に動き出し、すごい勢いで目の前のテーブルに食器類や飾り花などが置かれ始めた。
その圧倒的な雰囲気に、モニカが身を縮こませる。
『何が始まるの?』
『たぶん、”コース料理”だ・・・それもフルコース、よくわかんないけど』
『それってお高いやつ?』
『めっちゃ高いやつ』
『うへぇ・・・』
完全に場違いな空気に飲まれてしまった俺達。
そしてそんな俺達のことなどお構いなしに、ガブリエラは話を続けた。
「さて、せっかく話題に上ったことだし、食事の前に後の実験について伝える必要があることを伝えておこうか」
そうして話してくれたのは、食後に行う実験の概要だった。
それによると、今回は行政区の北側の境界線に行き、俺達はその境界線から体を完全に出すというものらしい。
すると俺達に掛かっている生徒用の”保護機構”がほぼ全てオフになり、俺達に直接干渉する魔力機構はなくなるというわけだ。
その様子を近くからと、マグヌス側、アルバレス側の協力機関が持っている観測機で測り、俺の出す魔力波を観測して問題がないかを確認する。
もし変化がなければ、ガブリエラの上空監視の下、そのままヴェレスの街までスコット先生とルシエラ、それと観測班の人と一緒に赴き、夜までに帰ってくるという内容。
そこで3つの観測点全てで広域魔力波の変化が観測されなければ、とりあえずの問題はないだろうということだ。
それに、もし仮に変化が観測されればその仕組みがわかるし、観測されなければ原因こそ分からないままだが、とりあえず問題がないことは分かるという訳である。
要約すればこんな感じか。
まあ先に述べたとおり何もない可能性が予想されているので、俺達にしてみれば特に問題もなく、すごく厳重な”最初の一歩”になる可能性が高い。
ガブリエラの口調にしてみても、”念の為”どころか、マグヌスとアルバレスに外出を認めさせるための”儀式”という感じだし大丈夫だろう。
一応、俺は真剣に話を聞いていたが、モニカに至っては、いきなり出てきた謎の豪華な料理の方に目を点にしている。
・・・てか、これなんだ? ちっちゃなカップにいっぱい食材が詰まってるんだけど。
「”冬野菜のフラウト、ルヴェリッキオを添えて”でございます」
「・・・あ、はい」
給仕の説明にモニカが消え入るような声で返事する。
『ねえ、どうやって食べるの?』
『あれだ、横にズラッと並んでるスプーンの一番外側から使うんだ』
それくらいはなんとなく・・・
『でも、ガブリエラ内側から使ってるよ?』
『え!? マジで!?』
慌てて側方視界に映るガブリエラの姿を確認する。
うわ、マジだ。 本当に内側から使ってら・・・
しかもルシエラも内側から使ってるし、どうやらこちらの世界では食器は内側から使うらしい、俺の”知識セット”も役に立たないな・・・
というか、ルシエラも随分と礼儀正しいな。 ガブリエラの所作とは少し違うみたいだけど・・・
するとそんな俺の考えが流れたのか、モニカがその事をルシエラに聞いた。
「ん? ああ、私のは”クリステラ流”よ。 正式な場では自国の作法に従うのがマナーなの」
「へえ・・・」
『『そういうもんなんだー』』
と俺達は揃って心の中で感想を言った。
「今日はモニカのために”アルバレス流”だが、私も本来なら”マグヌス流”の作法を使うところだ」
なるほど、ガブリエラの所作が何処かぎこちないのは、普段使い慣れている作法ではないからか。
俺は心の中で、ガブリエラのその配慮に感謝した。
流れてくる感情からしてモニカも同じだろう。
てっきり、普段から唯我独尊でマナーなど無視しているのかと思ってしまったことが恥ずかしい。
「でもなんで、ガブリエラはアルバレス流を知ってるの?」
「相手のマナーを知っていなければ、どれが無作法かも分からぬであろう? 公式の場で恥をかきたくなければ、最低限それくらいの知識は持っていなければならない」
はあ、こっちの世界の社交界というのは随分と大変なところのようだ。
『やりたくないなー』
「安心しろ、ヴァロア家は田舎貴族故にアルバレス以外の貴族と社交場に出ることは、ほぼ無いだろう」
するとモニカの心の声を見透かしたガブリエラの”回答”に、モニカが恥ずかしそうに縮こまりながら”
・・・うわ、これうめえ・・
予想外の味のパンチに、俺達は目をパチクリさせて驚く。
これが高級品の味か・・・
それから2品ほど料理が続いたが、どれも凄まじく手が込んでいる味がして、その度に俺達の緊張が解れていくのがわかった。
とはいえ、堅苦しいことにかわりはなく・・・
「”ル・フェリッペのムラウニース”でございます」
「でっかい魚・・・」
「海から遠いアルバレスでは、肉よりも大きな魚が近年貴族の間で人気でな。 ルカクの商人から仕入れた魚だ」
と、表面がパリパリに焼かれたナマズと鮭の中間みたいな魚を前に恐縮するしか無い。
「そう堅くならんで良い」
ある時、ついに見かねたのかガブリエラがそう言ってきた。
「あ、はあ・・・」
「いや、むりですよ」
うまく応対できそうにないモニカに変わって俺が本音を告げる。
すると横からルシエラが援護射撃を繰り出してきた。
「そうよ、こんな堅苦しい部屋で食べていれば、誰だって固まっちゃうわ」
そう言って憤慨する。
だが、その言葉とは裏腹にルシエラの所作はとても優雅で自然だ。
一体、何処でこんな作法を身に着けたのだろうか?
それとも彼女にここまでの身のこなしを要求するくらい、この部屋の堅苦しさはキツイということか。
「うーむ・・・そなたにまでそう言われては。 これは一応、そなたに対する”罪滅ぼし”のつもりでもあるのだが・・・」
「これで? ・・・って、ちょっとまって!?」
突然、ルシエラが心底驚いた顔でガブリエラを見つめた。
「あなたが、私に”罪滅ぼし”!? 大丈夫ですか? 何か悪いものでも食べました?」
どうやらガブリエラがルシエラに対して謝意を見せたことが、信じられないらしい。
するとガブリエラが不満げに小さく唸った。
「私を馬鹿にするでない。 私だって”若気の至り”でそなたにやったことが、良いことでないことくらい自覚しておる」
「”
ルシエラはガブリエラの言葉を挑発するように繰り返す。
「そんな簡単な言葉で片付けないでください」
「分かっておる、だが私も卒業までに時間がない。 せめて馳走でも振る舞わねば己が許せんのでな」
「はあ・・・まったく、勝手なんだから」
ルシエラは盛大に溜息をつくと、手に持っていたフォークを勢いよく焼き魚に突き刺し、そのまま丸かじりと言った勢いで無作法に齧り出した。
だが無言でバリバリと魚を食べる様子を見るに、どうやらこれ以上この件の追及はしないようだ。
ガブリエラもガブリエラで、どこか”これ以上は謝らん”という、どこか聞き分けの悪い頑なな空気を醸し出しているので、これ以上の追及は無意味だと判断したのだろう。
「・・・ねえ、ルシエラ」
「・・うん・・・なに?」
モニカが体を横に倒してルシエラに囁きかける。
「いいの?」
どうやら、言葉に割に意外とサバサバしているルシエラの様子が気になったらしい。
「よくないわよ。 ・・・でも、今更どうにかなるとも思ってないし。 美味しい物くれるなら遠慮なく貰っておくしかないでしょ」
「はあ・・・」
なんとも、随分と複雑な関係だこと。
もう”どうでもいい”と感じているが、それでも水に流せない部分がある。 そんな感じか。
それでもそれ以上口論に発展しないあたり、きっとこれが、この2人の距離感なのかもしれない。
それから更に2品ほど料理が進んだ頃、ふとガブリエラが漏らすように呟いた。
「しかし、この”実験”が問題なく終われば、ようやく私の”役目”も、一段落となるな」
その言葉にモニカがギョっとする。
「”一段落”?」
「ああ、これでそなたに約束した”
そう言いながら、肩を軽く叩く。
確実に”マナー違反”なのは間違いないが、それくらい彼女にとってこの一件は大変な案件だったというわけだろう。
一方モニカは音には出さず、口の中だけで何度も”卒業”という単語を反芻した。
それは前から知ってはいたが、いざ直接耳にすると、いかに俺達が直視してこなかったかを思い知らされるようだった。
今、目の前にいるこの先輩は、あと1ヶ月ほどでこの街を去るのだということに。
『せっかく、”家族”になれたのにね』
モニカが名残惜しそうにそう呟く。
『ひょっとすると、この昼食会は、本当は俺達とただ食事がしたかっただけなのかもしれないな』
『・・・1人で食べる食事はつらいもんね』
モニカがしみじみとそう呟いた。
その言葉に含まれた”重さ”に、おれはハッとする。
あの氷の家を出てから、初めて親族と言ってくれたガブリエラが用意した、”団欒”。
案外それがこの昼食会の正体なのかもしれない。
『なら、ちゃんと楽しもうぜ』
『うん・・・でもちょっといい?』
『なんだ?』
「ねえ、ガブリエラはもうすぐ卒業するんだよね?」
「ん? そうだな」
モニカの問いかけに、ガブリエラが”どうした?”といった感じに答えた。
「アクリラには残らないんだよね?」
「そうなるな・・・」
「じゃあ、後どれくらい。 わたしに教えてくれる?」
モニカのその言葉を聞いた瞬間、ガブリエラが複雑な表情で天井を見上げた。
「そのことについてだが・・・言わなければならないことがある」
「なに?」
「魔力に関することで、そなたに教えられることは・・・・もうない」
「え?」
突然の意外な告白に、俺達だけでなく、ルシエラや他の侍従達も軽く目を見開いて驚いていた。
するとそれを見たガブリエラが慌てて、取り繕うように言葉を続ける。
「あ、勘違いするな、別に意地悪でそう言っているわけではない」
いや、そこまでは・・・ちょっと思ったけど。
「伝え方がわからんのだ。 ・・・そもそも伝えるようなことがあるのかも分からん」
「わかんないの?」
モニカが不思議そうにそう聞いた。
「そなたは既に、私の予想を遥かに超えて魔力を操っておる。 私の中等部2年の頃はまだ、己の力に振り回されておったからの。 それと戦い、それを御すために得たのがある意味この力だ。
だがそなたのスキルは、成長によって膨らむそなたの力にも問題なく対応しているように見える。 であれば、この様な魔力操作は必要ないのでないか、もっというならばそれ無しに伝える術はないのではないか、とすら思うこともあった」
それは意外な告白だった。
”同類”であると同時に、あきらかな”違い”がある。
そうだ俺達は、ガブリエラと違って・・・・俺達だけでかなりの対処が可能なのだ。
するとガブリエラは右手を持ち上げ、その上に超高密度の魔力の塊をいくつか浮かべ、それを弄び始めた。
「そう考えると私の魔力操作は、本質的にはもうモニカに伝えたことの”延長線”でしか無いのではないかと思うようにもなったのだ」
そう言いながらガブリエラは魔力を細長く伸ばし、毛糸のように柔らかな質感の布に変え、それを手にとって引っ張る。
あの”閉会式”で見せた”黄金のヴェール”と同じものだ。
だが、”それ”が俺達の知っている魔力の延長線上だとは、とても信じられない。
しかし、そこに到達した彼女にとってはそうではないのか。
「私とそなたでは、魔力の使い方も、戦い方もまるで違ったしの・・・あのゴーレム、あれには舌を巻いたぞ」
ガブリエラがそう言って、なにか面白い物を思い出す様に”クックッ”と笑った。
そしてその笑いが不意に真面目な表情に変わる。
「そして、あれを見た時に私は思ったのだ。 どの様な形であれ、これ以上手をかければ
ガブリエラが、これまで見たこともないほど真剣な眼差しで、俺達を睨んだ。
そして同時に俺達は悟る。
なんであれ、次の言葉が”最後のレッスン”になると。
「己の力の研鑽を続けろ。 ”王位スキル保有者”という枠ではない、”モニカ”という魔法士の理解を深めよ。
さすれば、いずれそなたは、もっとそなたにとって適切な形で”魔力”というものを理解できるだろう。
それが私ができる、最後の指南だ」
ガブリエラがそう言い切ってから暫くの間、その場には張り詰めたような静寂が流れた。
誰も今の言葉の重さをどう受け止めていいか、決めあぐねているといった感じだ。
そんな中、”次の言葉”を発する権利を唯一持っているモニカは、ゆっくりと咀嚼するように今の言葉を噛み締めていた。
かつてガブリエラは、俺達にルシエラを目指すなと言った。
ルシエラの力はあまりにも俺達と違うから、永遠にそこにたどり着ことはできないと。
要はそれと同じことだ。
ついに俺達は、ガブリエラと”共通”の考え方でたどり着いていい限界まで来てしまったということか。
少なくともデバステーターを見たガブリエラはその様に感じた。
ガブリエラの目を見る限り、その言葉に嘘はないように思う。
ここから先は、また別の・・・”俺達”という存在を理解し、鍛える方法を自分達で見つけなければならない。
試合や閉会式で見たガブリエラの圧倒的なあの姿は、俺達の”未来の姿”では決して無いのだ。
何度かのモニカとのやり取りの末、ガブリエラの言葉をその様に理解することをすり合わせた俺達は、
また、それに対してどの様に応えるかも話し合った。
そしてそれがまとまった時、モニカは(作法がわからないので)できるだけ丁寧に見えるようにゆっくりと椅子を引き、その場で立ち上がってガブリエラに向き直った。
するとガブリエラの真剣な眼差しと目が合い、その思わぬ迫力に腰が引けそうになるがぐっと堪える。
ここから先は”対等”だ。
まだまだ、全然勝てないけど”対等”なのだ、引く訳にはいかない。
そしてその場に踏みとどまったモニカは、そのまま勢いよく腰を曲げ・・・
・・・目の前のテーブルに、思いっきり額をぶつけた。
大食堂に響く”ガシャーン!”という衝突音。
俺達含め、その場の全員が呆気にとられる。
だがモニカは思わぬ”ドジ”で発生した痛恥を誤魔化すように、テーブルに額を擦りつけた状態で勢いよく口を開いた。
「ありがとう!! ございました!!」
突然、藪から棒に感謝の言葉を投げつけられたガブリエラが、心底驚いた表情で俺達を見つめている。
だが、それを見ていないモニカは止まらない。
「わたしが今生きてるのは、わたしが今ここまで強くなれたのは、わたしが”明日”を生きれるのは・・・・
あなたのおかげです! ガブリエラ!」
響き渡るモニカの声。
モニカはそれを、一つ一つ魂でも込めるかのようにしっかりと、自分の意志で口から吐き出していった。
「だから、安心してください! 私はいつかあなたと並ぶ・・・いや、絶対にあなたを超えますから!」
そう言うとモニカはまた、思いっきり頭をテーブルに押し付けた。
そのあまりの圧力にテーブルクロスが歪み、衝撃でずれた眼鏡が鼻をすり抜け下に落ちる。
だがそうでもしないと表せないとばかりに、ひたすらモニカは感謝の感情をテーブルにぶつけ続けた。
「・・・顔を上げてくれ、それではそなたの顔が見えぬではないか」
するとガブリエラから、そんな言葉がかかる。
それに従いモニカが顔をあげると、そこには呆れ半分、やりきったような満足感が半分のガブリエラの姿が。
後ろを見れば、ルシエラが”やれやれ”と”まけたわ”という言葉を顔に貼り付けて苦笑していた。
「モニカ、感謝を述べるときは決して顔を逸しては駄目だぞ。 それはアルバレスでは失礼にあたる。 こうするのだ」
ガブリエラはそう言うなり席から立ち上がり、テーブルの横に歩み出ると左足を引き、優雅な動作で腰を少し折って下げ、右手を胸の前で握って見せた。
これがアルバレス流の感謝の作法か。
「こう?」
モニカはそれを見よう見まねで作りながら、俺が細かいところを修正する。
するとガブリエラは満足げに頷いた。
「それでいい。 マグヌス人と違ってアルバレス人は、目も合わせぬ感謝は心がないと侮辱に思うからの、相手の目をしっかりと見つめるように」
「はい」
モニカは失礼がないように柔らかく、それでいて感謝を伝えるためにしっかりとガブリエラの目を見つめた。
そうして本当の”最後のレッスン”が終わると、ガブリエラがどこか照れ隠しのようにわざとらしく”感謝のポーズ”を解き、そのまま無作法も承知で席へと座り込んだ。
「実験までは、もうしばらく時間が有る。 昼食を進めようではないか」
そう言ったガブリエラの声は、どこか肩の荷が下りたような、そんな軽い響きがあった。
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