2-12【新たな日常 6:~今度は堂々と~】



『いやあ、偉い身分になったもんだ』


 眼の前に貴族院の大きな門が見えて来たとき、俺は心からしみじみとそう漏らす。


「どうしたの? 何度も通ってるくせに」


 すると、横でそれを聞いたルシエラが薄っすらと笑みを浮かべながらそう応えた。

 その耳には黒い小さな端末が付けられており、そこから俺の声を直接聞くことができるので、今の俺の呟きも聞こえていたのだ。

 以前ルシエラと”一悶着”あった時、シルフィとアデルに付けたのを改良したやつだが、”敗北原因”であるこの端末をルシエラ自身が付けているのはなんだか面白い。

 まあ、改良といってもちょっと音質が良くなって、作動時間が長くなったくらいなんだけど。


『いやあ、でも堂々と通った事なかったし』

「・・・うん」


 俺の言葉にモニカが緊張気味に頷く。


 確かに今まで何度もこの門を我が物顔で通ったことはある。

 だがそれは全て、周到に用意された”偽の身分”によって通過していただけで、”ちゃんと”通っていたわけではない。


 だが今日は違う。

 モニカが着ているのは貴族用の制服ではないし、バッジはスコット先生の名前になっている。

 ついでに髪型もいつものポニーテールだし。

 強いて言うなら、この前までなかったやたらつるの太い”メガネ”をかけていることか。


 そうそう、このメガネ凄えんだぜ!

 何せピカ研の総力を結集して作られた逸品だ。

 バキバキに割れてしまった”インターフェイスユニット”から使えるところを抜き出して、ライリー先輩がレンズに加工したのをピカティニ先生とベル先輩が作った”制御ユニット兼メガネフレーム”に嵌め込んである。

 デザインは俺達の意見をベースにルビウスさんがやってくれた。(彼女、実家が服飾ブランドらしい)


 よくよく考えればお高い素材で全面を覆わなくても、目の前にあればそれで十分というわけである。

 まあ、加工の手間があるのでどっちもどっちなんだけど。

 廃品流用のため視界中の表示領域こそ前の9割程だが、性能が格段に向上しているので問題ないし、何より普段つけてても違和感がない。

 完全なアップグレードといえる。

 見た目は黒フレームのスポーツ用メガネって感じで、ポニテのゴツイ髪留め後方視界ユニットと合うデザインにしているので、オシャレに決まっている。

 何よりフレームから漏れる黒い光が、サイバーチックでなんとも・・・


『入るよ』

『あ、うん、わかった・・・』


 モニカの指摘に現実に引き戻された俺は、慌てて注意を門の方へと戻す。

 そこにはいつも通り守衛の姿が。

 以前までなら無視していたが、今日は”手続き”をしないといけないので警備の人に話しかけたのだ。


「えっと、”これ”お願いします」


 そう言ってモニカが、学生証と2通のやたら装飾過多な封筒を差し出した。

 すると守衛は”どれどれ”とばかりにそれを受け取り、中身を検める。

 2通の封筒から出てきたのは、これまた装飾過多な招待状。


 これはガブリエラがくれた”モニカ・ヴァロア”宛への正式な招待状。

 もうコソコソと姿を隠す必要がなくなった事で、これからは正々堂々とガブリエラと会うことができるように用意してくれたのだ。 


 守衛は小さな魔道具をいくつかかざしてその招待状が有効かどうかを調べ、そのついでに内容を確認していた。


「おお、君が噂の”モニカ・ヴァロア”か。 話は聞いてるよ」


 守衛がそう言って嬉しそうに顔を歪める。

 すると、その表情にモニカが若干後ずさりかけた。


 もう何度目か、レオノアに勝ってからというものの、俺達の名前はアクリラの中でちょっとしたスターみたいになっていた。

 教室でも同級生から注目の的だし、食堂に行けばそれを聞きつけた他学年の生徒がやって来て顔だけ見て帰るという感じ。

 流石に俺は慣れたけど、モニカの方はこの反応に戸惑いがまだ取れないのだ。

 だが、そんなコチラの葛藤はいざ知らずの守衛たちは、有名人に会ったという顔を貼り付けながら、今度は付添のルシエラに視線を向ける。


「それで君が付添だね?」

「ルシエラです、学生証は・・・」

「あ、いいよいいよ」


 ルシエラが学生証を出そうと懐に手を突っ込んだ所で守衛がそれを止める。


「何度も見てるし、有名だからね」


 守衛がそう言うと、ルシエラがなんとも言えない表情で手を戻した。

 流石ルシエラ、貴族院でも顔パスだ。

 ・・・いや、ルシエラの表情的に守衛に覚えられるくらいガブリエラに呼びつけられたということか・・・


 ちなみにガブリエラの招待状はベスにも発行されていたのだが、それはルシエラが断固として拒否した。

 ベス自身もガブリエラに会うのは恐れ多いらしいし、上手く気に入られるか未知数なので適当な理由を付けて”お留守番”となったのである。

 

 そうして俺達は守衛の許しを得て、堂々と門の中へと歩みを進めた。

 すると門をくぐる瞬間、体の表面を何かが通過する感覚が、


『そうか、この門の結界があるから守衛のチェックは、殆ど必要無いんだな』

『なんか、前と違って見られたような感覚があったね』


 おそらく来客の者は、少し厳し目のチェック機構が働くのだろう。

 つまりここを突破できるだけで、少なくとも”入って良い者”である事は間違いないのだ。

 これなら、守衛のどこか軽いノリも理解ができる。

 魔法機構がしっかりし過ぎるのも考え物だな。



 そのまま俺達は、貴族院の建物の中を進んでいく。

 だが、制服が違うだけで随分と目立つようで、生徒も教師も皆すれ違う度に奇異の目でこちらを見てきた。

 そんな中でもどこ吹く風のルシエラは流石だが、俺達はそうはいかず縮こまるように彼女の後ろに回ってやり過ごそうとするが、既に”モニカ・ヴァロア”の名前と姿はそれなりに駆け巡っているらしく、隠れていても逆に目立つ一方だ。


 それにしても、分かってちゃいたがアクリラの貴族院というところは意外とカジュアルな所で、歩いていると結構な数の知り合いと「やあ!」くらいの挨拶を交わすことになる。

 特にルシエラは顔が広いのでその数は多く、モニカにしても今日は”モニカ”で来ているので、何度か知っている顔と挨拶を交わしたものだ。

 そして不思議なことに、向こうから気さくに声をかけられて応対していると意外と慣れてくるもので、緊張が無くなることこそなかったものの、何人かと会話を交わしてからは隠れるところまでは行かなくなった。

 やはり場に溶け込むには会話するのが一番ということか。

 もっとも、天然の”社交スキル”持ちの彼等にしてみれば、来客の緊張を解すのも嗜みといった感じの手際の良さを感じるので、これも貴族の教育の為せる技なのだろうけど。


 それとこれもまた当たり前なのだが、貴族用の制服を着ていなくても”平民共め!”的な視線が飛んでくることもない。

 まあ、モニカが”伯爵の孫”なのは知れ渡っているので例外なのだろうが、ルシエラを始めチラホラ混じってる他の生徒も同様なので、これもまた貴族院の教育なのだろう。

 本当に良いところのエリートお坊ちゃん達は、一々下々に威張るようなことはしないのだ。



 さて、冗談みたいに巨大な貴族院の中を歩いていると、俺達以外にも奇異の目を集める者とすれ違うこともあるようで、

 今も向こうの方から、明らかに貴族用どころか制服ですらない服を着た者が歩いてくるのが見えた。

 しかも知った顔だ。


「・・・?」


 その顔がこちらを見留め、”なんでここにいるんだ?”とばかりに不審げに歪む。

 すると俺達のメガネに名前が表示され、それを見たモニカの方もその存在に気がつく。


「あれ、ルーベン?」

「なんでこんなところに・・・」


 珍しいものを見かけたといった感じのモニカの言葉に、珍獣と遭遇したみたいな表情のルーベンが応える。

 だが悪いが今日は、君の方が”珍獣”だぞ?


「ルーベン、その格好どうしたの?」


 モニカが驚いたようにそう言いながら、ルーベンを上から下まで眺める。

 ルーベンは制服ではなく見慣れない上着に見慣れないズボンを履いていて、とにかく明らかに”私服”を着込んでいた。

 仕立ての良いモコッとした質感のその格好は、なんとも”公爵家の坊っちゃん”らしいが、アクリラでしていい格好ではない。

 貴族用かどうかの違いはあれど、アクリラ内では制服で居なければならないのは変わらないからだ。


 だが、唯1つだけ”例外”がある。


「ルーベン、何処か出かけるの?」


 そう、何らかの理由でアクリラを離れるときのみ、制服を着用しなくても良いのだ。

 そしてその事を指摘されたルーベンは、なんとも面倒くさそうに視線をグルリと泳がし、これまた面倒くさそうに答えた。


「ちょっと用事があって・・・家に帰る」

「ああ、”一時帰宅”ね」


 するとルシエラが得心がいった感じにそう言った。

 だがルーベンの表情は、まだ何処か奥歯に物が挟まったような違和感を抱えたまま。


「まあ・・・そんなところです」


 それでも結局、そう説明しておくのが一番無難だと判断したのか、若干の”拒否”を含んだ肯定を返す。

 その反応には、流石のルシエラも苦笑いを浮かべるしかない。


「それじゃ、僕はこれで・・・」


 ルーベンはそう言うなりすれ違い、そのまま足速に歩み去っていってしまった。

 その様子を見る限り急いでいたのか。

 なんだか悪いことをしちゃったな。

 視界の中でどんどん小さくなるルーベンの背中を見ていると、まるで何かに追われているかのような切迫感のようなものを俺は感じたくらいだ。

 一時帰宅という事だが、一体その”用事”とは・・・


『なんだか、ルーベンとは”気さくに”とはいかないな』


 もうちょっと仲良くなりたいと思ってはいるんだけど。


『嫌われちゃってるのかな?』

『どうだろう、苦手意識はあるかもな』


 少なくとも俺はある。

 なんてったって、水に流したとはいえ”とんでもない大喧嘩”を交わした仲なのだ。

 同性なら妙な友情が芽生えても不思議じゃないが、異性だとどうしても”昨日の敵は今日の友”とはいかない。


 するとそんな俺達と纏めてルーベンの背中を見ていたルシエラが、妙に悪そうな表情でぶつぶつと何かを呟き始めた。


「ふーん・・・なるほど・・・」


 その反応に、モニカが反射的に体を横に逃がす。

 この先輩と半年も一緒に暮らしていれば、ルシエラのこの顔が何か良からぬことを考えている時の顔であることくらいすぐに分かる。

 さらに具体的に言えば、俺かモニカかベスで”遊ぶ”時の顔だ。


「・・・なに?」


 モニカが恐る恐るといった感じにルシエラを振り向く、するとルシエラは”悪そうな笑み”をさらに深める。


「いやぁ・・・モニカも追いかけられる・・・・・・・ようになったんだなーって」


 ルシエラは、まるで赤子の成長を喜ぶかのようにそう言った。

 だが俺達、別にそんな感慨が発生するほど長い付き合いではないはずなのだけど・・・


「追いかけられるって・・・ルーベンから?」


 モニカが不思議そうに聞く。

 するとルシエラが妙に口元を歪めながら笑い出した。


「ンフフフ・・・それ私に言わせちゃう?」


 何だ、その気持ち悪い笑い声は・・・


『ルシエラ、なんか気持ち悪い・・・』

『俺もそう思う』


 だがルシエラがそう言うからには、単なる与太話とも言い切れないのかもしれない。

 俺は注意を遠ざかっていくルーベンへと戻す。


 思えば、いつの間にか俺達は彼よりもハッキリと強くなってしまっていた。

 ついこの前までは薄っすらとしか感じなかったが、”勇者”を倒してしまった今それを無視することはもうできない。

 自覚しているかは分からないが、きっと彼もそう感じたのだろう。

 それをルシエラに見抜かれたのだ。


『でも、なんともなー』

『全然、追いつけて・・・・・ないのにね・・・』


 まだまだ強さ以外では憧れの彼方にいるはずのその少年に、もう追いかけられる立場になってしまったというのは果たして幸せなことなのだろうか。


 俺はこの”歪な状況”に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。



 その時、視界の中のルーベンがふと何かに後ろ髪を引かれたように立ち止まり、不審げにこちらを振り返るのが見えた。

 そして俺達の姿を確認した所で、その顔がまるでこの世の終わりでも見たかのように”驚愕”に染まる。


『な、なに!?』


 モニカが、その”のっぴきならない視線”に仰け反りかける。

 突然、一体何だというのだ!?


 そのままルーベンは、視線だけで穴を空けるつもりでも有るかのようにこちらをじっと睨みつけてきた。

 彼はその気になれば目から”はかいこうせん”を飛ばせるだけに、決して比喩ではない。

 その表情を見る限り、どうも彼の中の”モニカ像”と今のモニカの姿が合致しなくて混乱しているのか。

 何度も何度も、メガネを見ては首を捻っている。

 ひょっとして彼に”メガネ萌え属性”はないのか!?


 ・・・いや”もう一箇所”、よりじっと見つめているところがあった。


 やがてルーベンはしばしの逡巡の末に意を決したのか、じっと”その箇所”を確認することに決めたらしく、俺の感知スキル系が【透視】の発動を検知する。

 するとその瞬間、まるで憂いが取れたとばかりにルーベンの表情が晴れたのが見て取れた。

 どうやら彼の感じた”違和感”は解消されたらしい。

 ルーベンは”もう思い残すことはない”といった雰囲気で踵を返すと、そのままあっという間に廊下の向こうへと歩み去ってしまった。


『どうも、服の下に仕込んでいたグラディエーターの制御装置が気になったみたいだ』

『ああ、これー』


 モニカが服の胸の部分を引っ張り、襟の部分から中を覗く。

 するとそこには俺達の貧相な胸の上にへばりつく、拳大の真っ黒な金属の塊のような物体が目に入ってきた。

 これもメガネと同じくピカ研の総力を結集して作られた、グラディエーター用の新しい制御ユニットだ。

 元々、8個の簡易型ゴーレムコアで単純分散処理をさせていたものを、専用設計で作られた胸の”中央コア”と、メガネ側に搭載された2機の”補助コア”による総括制御に切り替えたことで高性能化を実現した代物だ。

 単なるグラディエーターだけでなく、それ用の装備や、新たなドラグーンやデバステーターを見越した拡張性まで内包しており、さらには身につけていることで”パッシブ防御スキル”発動時に自動展開まで行える設定にしている。

 前と比べても比較にならない展開速度なので、実質、常時グラディエーターを着込んでいるのと変わらない防御力を手に入れたといってもいいだろう。

 これで、いつ”エリートクラス”に襲われても安心だ。

 まあその心配は、もういらない筈なんだけれど・・・


『でも確かに服の下に入れてると変だよね』


 あはは、と苦笑いしながらモニカが制服から手を離す。

 すると引っ張られていた胸の部分が開放され、すぐに制御ユニットの分だけ・・・・・・・・・・膨らみを残して元の形に戻っていった。


 なるほど・・・確かにこうして外から見ると、モニカにちょっと胸があるように見えなくもない。

 つまりルーベンは、”まな板”であるはずの俺達の胸が膨らんでいることに驚愕し、わざわざ【透視スキル】を使って服の下を覗き込み、俺達の胸が依然として”まな板”であることを生身を見て・・・・確認して安心したようだ。

 ちょっと逡巡したのは、異性の胸を見ることに対して葛藤があったからか。

 うーん、なるほど・・・なるほど・・・


 ・・・いや、ちょっと待てい!!


『やっぱり首から下げる形にして、外に出したほうが良いよね? でもそれだと機能が・・・』

『いやモニカ、そこじゃない! 問題は”そこ”じゃない!』


 そりゃ、ルーベンが【透視スキル】を持ってることは知ってたよ? たぶん俺達のだって元々彼のだし。

 何度か手合わせしてるうちに、裸どころか内臓単位で見られてることも知ってたけど、そうじゃない!


『どしたのロン?』

『モニカ、これは由々しき問題だ。 いや”乙女の危機”だ!』

「ルシエラ、なんかロンが変だよー」


 にわかに色めき立つ俺の様子に、モニカはルシエラに助けを求める。

 だがルシエラはルシエラでそれには答えず、なんとも生暖かい表情で遠くを見つめていただけだった。


「・・・こりゃ、帰ってきたら”折檻”だねー」


 と、不敵に呟きながら・・・


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