2-11【対決! 勇者戦 5:~膠着状態~】


 明るい・・・


 眼の前に暖かくて明るい、”青い太陽”が浮かんでいる。


 欲しい。


 ”それ”が欲しくて手を伸ばす。


 だけど手には入らない。


 わたし・・・がどれだけ話しかけても聞いてくれないし、”手”を伸ばしても弾かれてしまう。


 今も、想いを込めて伸ばした”手”を、”青い太陽”は切り刻んだばかりか、そのまま”わたしの手”まで切ってしまった。


 痛い。


 痛くないけど、痛い。


 そんな風にわたしが無いはずの痛みに面食らっていると、急に”青い太陽”が近づいてきた。


 やっと、”わたしのもの”になってくれる気になったのか。


 嬉しさのあまりに手を伸ばす。


 だが”青い太陽”は、その手をするりと抜けると、そのまま後ろに回り込んでしまった。


 その事に少しイラッとくる。


 堪らずわたしは体を崩して、後ろ向きに作り変える・・・・・


 すると、ちょうど目の前に”青い太陽”が現れた。


 わたしの向きが一瞬で変わって驚いているようだ。


 ざまあみろ。


 その事に少しだけ気を良くし、そのままわたしは手に力をいっぱい込めて、思いっきり”青い太陽”を地面に叩きつける。


 その勢いで地面を掘り進む”青い太陽”。


 叩いたとき、その反動なのか”太陽”の大きさが少し小さくなった。


 だけどそれだけ。


 ”太陽”の体は相変わらず無傷だし、大きさもすぐにもとに戻ってしまう。


 頑丈だなぁ。


 そう思ったわたしは、また少しイラッとした気持ちを自分の拳に込めて振り上げた。


 いいかげん、潰れてよ。


 もういいでしょ?


 潰れちゃえ! 潰れちゃえ! 潰れちゃえ! 潰れちゃ・・・




『オイオイオイオイ! ちょっと待て! ちょっとまて! ストップ!!』


 思考が不穏な方向に流れかかった事を察知した俺が、モニカに向かって正気を取り戻すように大声で叫びかける。


『潰れちゃ・・・あれ? また・・わたし意識が飲まれてた?』

『ああ、ガッツリな。 ちょっと手が離せなかったから、かなり危ない所まで行ってたぞ』


 俺の言葉で、まるで夢が晴れたように意識を戻したモニカ。

 さっきからこのパターンが何度か発生していた。

 俺もモニカも、普段の数十倍に膨れ上がったリソースとその処理に忙殺され、肝心の意識の所在が時々曖昧になってしまう。

 そうなると手にしたあまりに巨大な”力”に当てられて、ちょっと酔ったような状態になるのだ。


 今みたいにモニカがなるときもあれば、俺がそうなってしまう時もある。

 それでもお互いが一言話しかけたり、何かしらのショックがあればすぐに正気に戻るので本当に力に酔ってるだけなんだと思うが、意識を保ちつづけるのはそれなりに困難なことだった。


 ”デバステーター破壊者


 あくまで外部からの”補助”の延長線だった”グラディエーター”と異なり、骨格から内部構造に至るまで専用に設計されたこの形態は、俺達の当面の強化案である”2.0強化プラン”の集大成的存在であり、今俺達の作り出せる”最強の体”だ。


 ベースにしたのは、ピカ研にあった旧型の”8m級巨人ジャイアントゴーレム”の図面。

 それを目的に合わせて13m級に拡大し、戦闘用と俺達の性格に合わせて構造や材料を最適化したのがその正体である。


 最大の違いは、産業用のために大型だった”コア”と”ジェネレーター”をそっくり取り外し、そのスペースに俺達の体と緩衝制御用の大型回路基板9枚が埋め込まれているところ。

 これによってこの巨人ジャイアントゴーレムは俺達自身をコアに、制御魔力炉をジェネレーターに持つことになる。

 おそらくゴーレムの歴史上、空前の出力と汎用性をもつゴーレムだろう。

 なにせ子供とはいえ人の頭と、この世界最強の魔力源を内包しているのだ。

 こんな事、”王位スキル”のふざけた性能と、”俺”という柔軟な存在が間に入らなければ絶対に実現しなかっただろう。


 そしてその”出力だけなら最強”の”力”を存分に使い倒すために、このデバステーターはデザインされていると言っていい。

 外装も内部構造も、瞬時に再構成が可能な”2.0強化装甲”を流用した魔力素材製。

 これにより俺達の防御力が飛躍的に向上したのは言うまでもなく、さらに通常のありとあらゆる機械が考慮しなければならない”耐久性”を無視した行動すら難なくこなしてしまう。

 俺達自身では、体が耐えられないような無茶な力の使い方だって問題ない。

 その結果、全力で殴りつけた拳の先は限界まで思考加速を使っても感知できないほど高速化し、レオノアであっても全く反応できていなかった。

 もちろん俺達の身体に負荷のかかる移動などはその限りではないが、これだって俺達の身体自体に魔力を通せばかなりの加速にも耐えられる。

 レオノアには追いつけないが、致命的な問題にはなっていない。


 しかも、これは思わぬ副産物だが、体が巨大化したことで一時的に条件を満たしたと判定されたのだろう、幾つかのスキルが使用可能な状態になっていた。

 その中でも一番目を引いたのは、ルーベンが使っていた”破壊”に関する数々のスキル群。

 以前解析しても殆ど起動しなかったので、てっきり持ってる”力”の数が足りないのかと思ったが、身長絡みで止められている物が結構あったらしい。

 ルーベンとモニカでは同い年でも結構身長や体格に差があるのでそれが出たのか。

 先程から遠距離戦で使っているビームのような光線は、ルーベンの”目からビーム”を俺達用に組み直したものだ。

 出力あたりの火力としてはロケットキャノンすら軽く上回り、こちらもレオノアを圧倒できる材料になっていた。


 そしてこのデバステーターの外装は、モニカの意向で限りなく”コルディアーノ”に似せて作られている。

 理由は唯一つ。

 コルディアーノはモニカがまだ物心付く前からの”守護者”。

 故にモニカの想像する”最強”とはコルディアーノであり、彼の戦い方が最も強いと刻み込まれている。

 だからこそ、この出鱈目な出力の体を使い切るにはちょうどいいスタイルになった。


 実際、コルディアーノの変幻自在でスピーディな格闘術は、デバステーターの能力と相性がいい。

 もちろん色も違うし、知ってる人が見比べれば質の悪い模造品レベルの似姿だろう。

 それでもモニカから流れ込んでくる”安心感”はかなりのものだ。

 そのモニカの人生に染み付いた光景が力になり、その姿が精神的な支えとなるのも無視できない要素だ。

 

 欠点は、その強力すぎる力のコントロールが、まだまだ掴みきれていないところ。

 これはぶっつけ本番の起動だから仕方がない。

 それに、構成の甘かった部分が余りのエネルギーに負けて溶け、真っ赤に赤熱しながら隙間からポロポロ漏れている。

 それがなんだか流血のようで、デバステーターのおどろおどろしさを助長していた。

 周りから見れば悪魔の眷属かなにかに見えるだろう。

 少なくとも青白いイケメン勇者のレオノアとの対比で、観客の俺達への心象はかなり悪いものになるはずだ。


 それに、あまりにやることが多すぎてそちらでも自分を失いそうになる。


 体の操作はモニカが行うが、それは何かの操作盤を弄ったりするわけではない。

 今のモニカの身体は、衝撃などに備えてデバステーターの胸部内に設けられた空間に膝を抱えた状態で固定されている。

 外の様子は、グラディエーターでも使っている仮面状の”インターフェイスユニット”とヘッドフォン型のスピーカー、そして俺が流す”感覚”で認識し、普通に体を動かすように操作する。

 後はその筋肉にかかる信号を俺が・・というかそういう風に設定した回路が受け取り、デバステーターの体に反映した後に、元の信号を打ち消す。


 俺の役目はもっぱらその調整や、体の動きでは表現できないモニカの意図を汲んでその通りに動くように取り計らったり、各部に回す様々なリソースに問題がないかを逐一チェックして改善するのが主だ。

 この巨大な体のそこら中で起こる”無茶振り”に応えて回るのが仕事と言える。

 大部分の簡単な動作は9枚の制御盤や、その他の回路達が受け持ってくれるとはいえ、そのバランスは俺がずっと調整し続けなければ一瞬で破綻するほど脆くてデリケート。

 久々に”管理スキル”である俺の面目躍如というわけだが、そんな事を感じてる暇はなかった。

 とにかく忙しいし、ゾッとするほど強力な魔力がそこら中で飛び交うせいで神経は擦り切れ、強力な回路はその強力さ故に想像以上に手を焼いた。


 この上、時々モニカの”酔い”を冷ましにいかなければならないし、俺の”酔い”も冷ましてもらわないといけない。

 まあ、少しくらい酔っていても動作に全く問題ないのが救いか。


『よく狙えよ』

『うん、分かってる』


 モニカがしっかりした声でそう答え、既に振り上げていた”新たな体”の巨大な右腕に力を込める。

 これまでの戦闘で徐々に違和感が減ってきたので問題はない。

 そのまま”意思”をもって追撃の一撃を食らわせんと、地面に食い込んだままのレオノアに向かって拳を振り下ろした。


 その時だった。


 突如、感覚の中の”青い太陽”が大きく萎み、反対にまるでその一部が飛び出したかのように細い腕がこちらに向かって伸びてきた。


『よけろ、モニカ!』


 慌てて俺がモニカに警告を送る。

 それはさっき、俺達の最大級の遠距離攻撃を無効化して逆にこちらにダメージを与えた”現象”のときと同じ反応だからだ。

 だが、俺以上に”この感覚”に浸っているモニカは、俺の警告を受けるまでもなく回避動作に入っており直撃を避けていた。

 

 ただし、すでに高速で振り下ろしていた右腕はその回避についていけない。

 右の拳に、”太陽”の腕が接触する。

 その瞬間、デバステーターの巨体全体が揺さぶられる大きな衝撃と、直撃した右腕からかなり深刻な機能不全を訴えるエラーが俺の視界を埋め尽くした。

 慌てて腕の状況を確認し、即座に修復を開始する。


『なんだ今の攻撃は!?』

『なんか・・・切られたっぽい』

『切られた!?』


 損傷箇所はかなり重症で、その付近の材料の殆どは再利用が不可能だった。

 それでも、すぐに転送スキルが自動で起動し必要分を補う。

 材料は魔力の続く限り無尽蔵に製造できるので修復は可能だが、この修復方法は通常の傷よりもかなりリソースと魔力を食いつぶされた。


 俺は第2射が来るのではと”感覚”をチェックする。


 すると見えたのは第2射よりも目を引く不思議な光景だった。


『気をつけろ! ”太陽”からまた何か出てるぞ!』


 レオノアを示す”青い太陽”がこれまでにないほど大きく萎み、そこから5つの”塊”がニュッと飛び出してきたのだ。


『ロン・・・』

『どうなってる!?』


 外の状況が掴めてない俺はモニカにそう聞いた。


『なんか・・・なんて言ったらいいか・・・見たほうが早いよ、これ』

『わかった』


 モニカの声に驚きと不安の混じった、対処に困ったような響きが乗っていることに不安を感じた俺は、一旦手持ちの仕事に保留の指示を出し、モニカに流している”実視界用”のデータを参照する。

 するとそこに映っていたものは、俺の予想を超えていた。


『・・・”千手観音”?』


 思わずそんな感想が口をついて出る。


『”センジュカンノン”? それがこの技の名前なの?』

『あ、いや違う・・・なんていうか、そういう名前の奴にそっくりなんだ』


 眼の前で重力を感じさせずに浮かび上がったレオノアの姿は、まさに”青い千手観音”という以外の形容が思い浮かばない状態だった。

 ぐるりと周囲を取り囲むように顔が5つ並び、10本の腕が10本の剣を握って構えられている。

 下半身こそ1つしか無いが、その異様な姿は纏っている神々しい雰囲気も相まって、完全に浮き世離れしていた。

 ご丁寧に頭の数まで複数という念の入れようだ。


 いきなりそんなものを目の前にして、モニカもどうしていいか分かんなくなったらしい。

 無理もない。

 俺だって戦ってた相手が、突然千手観音みたいな姿になったらビックリして手を止める。

 それに相手は”勇者様”だ。

 絶対なんかあるし、それは”やばいやつ”だろう。


『なんでもいい、そいつはどんな奴? 何ができる!?』


 それでもモニカは自分の心に喝を入れたのか、すぐに俺に情報を求めてくる。

 レオノアは千手観音ではないが、そんな姿をしていることには意味がある。

 俺達がコルディアーノの姿を真似しているのと同様、千手観音みたいな姿の奴は千手観音みたいな事をしてくる可能性が高いのだ。


『ええっと、たしか・・・』


 千手観音・・・千手観音・・・よくわかんないけど。


『この世の全てを救うために、手を増やしたとか、そんな感じだったような・・・』

『つまり、”手数”は多いってことだよね』


 モニカは俺の役に立たない知識からなのか、それとも単にビジュアルからなのか、とにかくその”わかりやすい可能性”を警戒することにしたらしい。


『なら、反応できない速度で攻撃すれば問題ないよね?』

『まあ・・・そうだろうな』


 確かに反応できない速度であれば、手数が多かろうが関係ないはずだ。

 俺達には人の限界を遥かに超えた速度の”神速の拳”がある。


『とりあえず、おねがい!』

『おっしゃ!』


 それを合図に俺達はそれぞれの”持ち場”へ戻り、俺は溜まってた処理を一気に片付けにかかる。

 大きな修復直後ということもあってか、僅かな間目を離していただけで結構な量が溜まっていた。

 それを俺は適切な部署に放り投げながら、その片手間に修復された右腕に大量の魔力を集め始める。


 すると右腕のフレームが溜まった魔力の圧力で膨れ上がり、センサー類の一部が熱による故障と修復を繰り返す。

 そしてその密度が俺達がコントロールできる限界まで到達したところで、一気に殴りつけるように右腕を振り下ろした。

 一瞬で感知不能圏外まで加速する右の拳。

 無理な負荷がかかった各パーツが弾け飛び、拳の先は空力加熱で赤熱している。

 そして神速の一撃がレオノアの存在青い太陽に向かって真っ直ぐに飛び、吸い込まれるように命中し・・・


『ロン! 緊急回避!』


 突如として右腕の肘から先のデータがパタリと消失し、モニカが叫ぶ。

 その声を聞いた俺は考えるよりも前に指令を飛ばし、両肩と脇腹に作った魔力ロケットを噴射させた。


 体全体が急激に加速したことを示す負荷が襲い、デバステーターの巨体が木の葉のように浮き上がる。

 だがすぐにバランスを崩して姿勢を乱したことで、それほど遠くには飛べなかった。

 足に着地の衝撃が走る。

 外から見たら、俺達が突然バックステップしたように見えるだろう。


 だが、なんでバランスを崩した!?


 不審に思い瞬間的に状況を整理した俺は、すぐにデバステーターの右腕が肩の先から消えて無くなっていることに気がついた。

 即座に修復の指示を飛ばし、それに従って再び右腕は組み上がっていく。  

 それが問題なく稼働していることを見た俺は、何が起こったのかを確認するために視覚記録を参照する。

 すると10本の腕を格子状に構えるレオノアの姿と、そこに高速で衝突したデバステーターの巨大な右腕が映っていた。

 どうやら、剣の格子に接触した右腕が魔力組成ごと破壊されたらしい。


 さらにそこからレオノアは格子状の構えを解除すると、10本の剣をそれぞれ別に構えて一気呵成に突っ込んできた。

 慌てて腕を前に突き出して防ぐも、すぐにそれを切り飛ばして内側に入ってくる。

 胴体に直撃はまずいと更なるロケットによる緊急離脱で事なきを得たが、レオノアも逃すまいと即座に走り込んできた。


 モニカが破れかぶれ気味にデバステーターの魔力ビームを乱射させる。

 だがその威力も2本の剣で受け止められ、さらに構成していた魔力を遡って破壊され効果がない。

 またも破裂した砲身を切り捨てながら、その攻撃に意味はないと見切りをつけたモニカが、ならばと接近を試み近接戦闘に持ち込む。

 だがそうすると、今度はあの格子状の構えでこちらの拳を破壊されてしまった。


 いくらこちらの攻撃が反応不能なほど早くとも、その構えの動きを見切られて防御に入られてしまう。


『やっかいな・・・』


 思わず悪態をつかざるを得ない。

 どうやらあの10本の剣は幻でもハリボテでもないらしい。

 そればかりか、何らかの力を開放したのか1本1本の魔力切断能力も飛躍的に上昇している。

 せっかく力で上回れたと思った矢先にこれだ。

 唯でさえ、さっきからレオノアの繰り出す”魔力切り”の効果がえげつないのに、ああやって格子状に構えられたらデバステーターの巨体的に絶対に触れてしまう。

 触れられないのに、絶対に触れてはどうにもならない。


 しかも10本の剣が織りなす”剣の舞”は、攻撃においてもかなり優秀だった。

 どうやら10本の腕が伸びているというよりも、5組の上半身がお互いに干渉せずにそれぞれ動くらしい。

 どういう構造しているんだ!?

 常に2組の上半身がこちらの動きを往なし、残る3組で斬りかかってくる。


 そもそも相性が悪いというのに、こんな相手、どうやって戦えばいいというのか。


『大丈夫!』

『モニカ?』

『ロン、わたしたちの・・・・・・デバステーターは、そんな程度でどうにかなるほど弱くないよ』


 モニカのその言葉と同時に、俺の中に大量の”イメージ”が流れ込んできた。

 レオノアの”力”を相手にどう戦うか、突拍子もない物から可能性を感じる物まで、モニカが思いつく限りの手段を送ってよこしたのだ。


『・・・まったく、頼もしいぜ・・・』


 我が相方ながら、その”根性”と”執念”には敬服するしか無い。





 レオノアが一気に動いた。

 今の攻防で切り飛ばしたデバステーターの右腕の修復に時間がかかると踏み、その隙に切り込もうと攻め込んだのだ。

 対するデバステーターは魔力ロケットを更に噴射することで後退する・・・と、見せかけて残した足を高速で振り上げる。


 レオノアの眼前に迫る巨大な足。

 それをレオノアは正面の1対・・・・の剣で受け止める。

 剣の刃先に食い込み、魔力組成を切られて崩壊する足。

 だが腕と違い、巨大で分厚いデバステーターの足は一瞬で切られたりはせず、勢いそのままレオノアの顔面に衝突しその身体を吹き飛ばしてしまった。


 しかしレオノアの残りの4組の上半身が横に伸び、持っていた剣を突き立てることでその衝撃を受け止める。

 さらにそのまま、流れるように剣を振るいデバステーターの足に切りつけた。

 いくら巨大な塊であるデバステーターの脚部でも、息つく暇もなく直撃する剣の乱舞にあっという間にボロボロになる。

 だがレオノアは、その中に確かな違和感を感じた。


 すると切りつけていた巨大な足の向こうから、もう一方の巨大な足が高速で衝突するのが見えたではないか。

 足に取り付かれたデバステーターが、その足を足首から切り離し、逆にその部分を盾にするようにその上から攻撃を行ったのだ。

 次の瞬間、レオノアの体が切りつけていた足ごと凄まじい衝撃に襲われる。

 その純粋な衝撃は簡単に打ち消せるものではない。


 レオノアは地面を2回転した所で踏ん張り、その衝撃を己の”権能”で受け切る。

 するとその横を、さっきまでデバステーターの足だった巨大な破片が砲弾のようにそこら中を吹き飛ばしながら転がっていった。

 それを顔の1つが横目で見送る。

 だが他の顔はそれどころではない。

 デバステーターの繰り出す、”次なる攻撃”に対処するために全神経を動員していた。 

 

 なんと巨大な両腕の先が細い槍の様に鋭く伸び、それを嵐のように突き出してきたのだ。

 細いと言っても太さは人の顔よりもある。

 だがその太さでも、レオノアの10本の”剣の格子”を掻い潜るには十分だ。


 剣の隙間を縫って内側に突き刺さる細い槍、それらが刺さってもレオノアの”権能”を貫くことはない。

 だが反応できない速度で叩きつけられた槍の攻撃は、その衝撃だけで容易くレオノアを翻弄し、どんどん劣勢に追い込んでいく。


 それでもレオノアは、10本の剣を巧みに操り細い槍の雨を何度も切り落とした。

 切り落とされた槍の穂先を伝ってレオノアの”力”が魔力を破壊していく。

 だが槍は細いが故にレオノアの力を伝えるよりも先に壊れ、その長い槍身がロンに槍を切り落とさせる時間を稼いでいた。

 しかし槍を失った間隙に体勢を立て直したレオノアが攻勢に出る余裕はある。

 今度はレオノアの10本の剣がデバステーターの巨体を襲う番だ。

 その巨体故に、流れるように切りつけられる剣を避けることすら出来ない。


 デバステーターの装甲の表面から、剣で切られ魔力を失った破片がボロボロと崩れ落ちていく。

 それでも、その巨体故に全ての装甲が魔力を失う前に本体から切り離され、その圧倒的修復力で即座に元の形に戻っていく方が早い。



 いつしか観客達は、声を上げるのも忘れてフィールドの攻防を見守っていた。

 目まぐるしく入れ替わる攻防を目で追えるものは少数だ。

 そればかりか今どちらが攻勢に出ているかも理解できていない者が殆ど。

 だがそれでも、打ち付けられる”力”が想像を超えて強力で、繰り出される”1撃”が恐ろしく高速で、それを繰り出す”技”が想像もつかないほど高度であることは理解できた。


 青い刃が、黒い拳を引き裂き、黒い光が、青い光を吹き飛ばす。


 その光景を見ながら、ある者は名も知らぬ少女の奇跡をその目に焼き付けようと目を見開き、またある者は信じた勇者の勝利を願って両手を組んだ。

 だが多くの者は、この試合の勝敗よりも、その結果によってもたらされる”何か”を本能的に感じ取り、その予感が彼らの体をその場に縛り付けていた。



「あのモニカという奴は、一体何者だ!?」


 次第に2つの客席に”勇者”に正面から渡り合う者の正体を求めて、そんな声が幾つも飛び交い始めた。

 派閥や相手の立場など関係ない。

 とにかくその”正体”を知りたいと誰も彼もが、声の届く範囲に答えを求めている。


 だがその中で、数少ない”答え”の一部を知っている男は、その問いには反応せずに、ただ目に映るその姿に唇を噛み締めながら震えていた。


 そしてその”力”を知っていたはず・・・・・・・の少年もまた、観客の海の中で別の感情を顔に滲ませ、真っ白になるほど拳を握りしめている。

 ほんの数ヶ月前まで、彼と少女の間にはそれほど大きな差はなかったはずだ。

 それがどうした。


「・・・・なんて差だ・・・・なんて差だ・・・」


 ルーベンはまるで自分を焚きつける様にそう何度も呟く。

 もう既に彼の心は、言葉で表せられる限界を超えて煮えたぎり、内に灯った炎が身を焦がさんと暴れまわっているのに、それでは足りないとばかりに。





 目まぐるしく表示の変わるデータを前に、俺は体中を必死に動き回っていた。

 レオノアに攻撃を通すには針の穴に糸を通す繊細さが必要だし、彼の10本の剣を受けるには間髪入れずに損傷箇所を切り離していくしかない。


 その上、負荷を受けた損傷箇所が次々に要求してくる修復用の魔力も工面しなければならなかった。

 少しでも気を抜けば”俺達自身”の魔力を吸い上げられてしまう。

 デバステーターの巨大な体が要求する魔力は、制御魔力炉が発生させる量すら凌ぐことがあるのだ。

 だが、だからといって俺達本来の魔力に手を付ければ、あっという間に尽きてしまうだろう。

 これはあくまで、魔力炉に投入する燃料。

 そう言い聞かせながら、伸びてきた手を払い除け続けた。


 それでも、戦闘の方は思いの外上手く行っているらしい。

 一進一退の互角といった感じだが、あの”力”を相手に互角に持ち込めてる時点で大金星だろう。


 モニカの作戦はかなり有効だった。


 あの剣の力は厄介だが、当たらなければどうということはないし、当たってもそこを切除すれば対処は可能。

 何より魔力を破壊する速度は、通常時と変わらない事がデータで示されていた。

 細い槍で突いているのはそのためだ。

 これなら直接相手の間合いに入らなくてもいいし、剣筋を掻い潜る小回りも効く。


 剣との間に何かを挟むのも有効だった。


 今も俺達が地面に手を突っ込み、まるでちゃぶ台でもひっくり返すように岩盤を持ち上げると、それをそれで剣ごと覆うようにレオノアにぶつける。

 当然そんなことをされれば彼の力は全く効果はないし、叩きつけられた岩盤の質量はそれだけで強力な武器になる。

 だが向こうとて、おとなしくそれを何度も受けるような弱者ではない。

 すぐに剣の動きを切り替えると、一閃で叩きつけられた岩盤を切り崩し、さらに切りかかってくる。


 それでもこちらの防御を切り崩すまでにはいかない。

 確かに10本の剣が生み出す5倍の手数と、おそらく遠慮がなくなった事による魔力破壊の力はかなり強力だ。

 だがデバステーターのパワーとスピードは、それでもそれらよりも明らかに上だった。

 直接的な魔力攻撃さえ制限すればレオノアの能力は制限できるし、手数も10本の剣よりこちらの拳の方が上。

 なによりモニカの戦闘センスによる柔軟性が、10本の剣を召喚した事で逆に柔軟性を失ったレオノアを凌駕していた。


 これは勝てる。


 取り囲むように襲いかかった10本の剣を左腕を変形させて受け止め、それを切り離して腕ごとレオノアを吹き飛ばすのを見た俺は、そんな確信を持った。

 だが、


『ロン! なにか考えて!』

『え!?』


 突然、モニカが声に焦りを乗せながら叫んできた。


『このままじゃ、負ける!』


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