2-11【対決! 勇者戦 4:~黒い巨人~】
あれは確か・・・カシウス・ロン・アイギス将軍の
レオノアは頭の中でそう呟いた。
まだ幼い頃に忽然と姿を消した最強のゴーレム使い。
父によれば、その全戦力は父にすら匹敵するという正真正銘の”怪物”であり、まだまだ父の力の足元にわずかに届いたかというレオノアにしてみれば、絵本の中の”憧れの英雄”の1人だ。
そして、その人が好んで使ったゴーレムの中に、今目の前に立っている”黒い巨人”にそっくりな物があった。
アルバレス軍の教本に載っていた挿絵でしか見た事がないので確かではないが、あの特徴的な頭部の構造は他に採用している例がないはず。
もっとも、それは”形だけ”のようだが・・・
観客席の上空からフィールドに降りながら、レオノアは突然現れた”黒い巨人”を値踏みするように睨みつけた。
既に戦場では大小様々なゴーレムが導入されており、その力は侮れないため、レオノアにも当然の如くその概要や対策は叩き込まれている。
まるで甲冑が命を持ったかのようなデザインと、わずかに前傾した攻撃的な立ち姿はマグヌス系ゴーレムの特徴に合致する。
だが関節の構造や、骨格の付き方は完全にアルバレス系のソレだ。
軍でも採用例がある旧式の
それに銀色が主体のカシウスのものと違い、こちらは術者の魔力傾向を反映したかのように黒い。
通常ゴーレム機械の色と、製作者の魔力傾向に関連性はないはずなので、これは全く別の仕組みで作られた代物ということになる。
”黒い巨人”が、まるで足元を確かめるように一歩一歩足を動かす度に、観客達がその姿に悲鳴に似た声を上げた。
無理もない、それくらい”黒い巨人”は禍々しい。
真っ黒な装甲はそれだけで威圧感があるし、その光沢はこの世のものではないと思うほどつるりとしている。
細かな凹凸の少なさのせいで、大きさの感覚が狂うほど。
更に装甲の隙間からは高密度の魔力が漏れ、それが立ち昇ることで全体が歪んで見えた。
いったいどれほどの魔力を内包しているのか。
普通なら大型とはいえ、ゴーレム1体が出現したところでレオノアが恐れることは無い。
こんな風に眺めながら分析するよりも、突っ込んだ方がよほど得るものはあるはずだ。
だがレオノアの”感覚”は、迂闊な攻撃をすべきでは無いと警告していた。
まず、先程の”一撃”のカラクリすら判明していないのだ。
レオノアの知覚できない速度の攻撃など普通ではない。
それに・・・
レオノアは”黒い巨人”が去った空間に、対戦相手の少女がいない事を確認する。
彼女を囲む様に組み上がった巨人なので、まず間違いなくあの内部にいるだろう。
だとするならば厄介だ。
対ゴーレム戦は術者を狙うのが鉄則だが、あの少女は巨人の分厚い装甲の内側。
手を出すには、この”黒い巨人”を倒さねばならない。
レオノアは努めて冷静に2本の剣をまっすぐ構える。
どの様に戦う?
依然として黒い巨人はゆっくりと歩き続けており、時折まるで初めて動く体の感覚を確かめるように腕や頭を動かしている。
だが武器の様なものは見られず、その戦闘スタイルは不明。
いや、あの少女の作る物だ、全身武器と考えておくべきだろう。
カシウスの
魔獣の力に憧れて毛皮を着るように、意識して作る”外見”はその者の思想が出る。
つまり、レオノアの持つ
意を決したレオノアは、様子見をそこで打ち切り接近戦を試みる事にした。
自らの能力とこの剣さえあれば、接近戦で遅れは取るまいという自負もある。
それに、たとえ感知不能の謎の攻撃で迎え撃たれても、レオノアの”勇者の権能”による”不滅”の体ならばどうということはないはずだ。
足に力を込め、飛ぶような速度で巨人に接近し剣を振りかぶる。
だがその時、今度もまた視界が一瞬にして別のものに差し替わった。
「・・・なんて速度だ」
おおよそ、どのような攻撃か当たりを付けていた事が幸いしたか、今度は何をされたのか己の目でしっかりと見ることができた。
レオノアはぐるぐる回る視界の1点めがけて剣を突き立てる。
すると全身に猛烈な負荷がかかり、次いで大量の土が空に舞い上がるのが見えた。
そしてようやく体が止まったとき、自分がかなりの勢いで吹き飛ばされた事をようやく理解する。
レオノアは立ち上がりながら目の前を睨んだ。
するとそこには、まるで何かを打ち払ったように腕を振り切った状態の”黒い巨人”の姿が。
なんでもない、ただあの巨人は近づいてきたレオノアを羽虫を払うかのように手で打ち据えたのだ。
それも2度も。
レオノアはその事実に薄っすらと、冷や汗が噴き出すのを感じる。
今立っているのは、ひとえに”勇者”の出鱈目な力があるから。
もし自分が”ただの剣士”であれば、もう既に2度も敗北を喫していた事になる。
「・・・なんだ、君は?」
その得体の知れなさに、体の奥底から恐怖が吹き出しかけ、即座にそれを押し込める。
あれが何者かなんて関係はない。
頭の中に父の言葉が木霊する。
『”勇者”の前に立ちはだかる者は、何であれ排除しなければならない』
その言葉を剣に刷り込むように握りながら構えた。
『・・・たとえそれが私であってもだ』
その瞬間、レオノアの両足に青い魔法陣がいくつも出現してその場に足を固定され、”空間”そのものを足場に、これまでにない速度で彼の2本の剣が振り抜かれた。
空中を進む巨大な2筋の光。
高密度に圧縮されたレオノアの魔力は、それに触れる物を容赦なく分断していき、その後ろには真っ二つに切られた空気の分子が、その崩壊の煌めきを怪しく放っていた。
そしてその2筋の光は、まるで追い立てる様に”黒い巨人”を挟み込む。
それを見た”黒い巨人”は逃げるように姿勢を動かすが、空中を進む斬撃にはついていけず、腕と背中の部分に青い斬撃が直撃した。
やったか?
巨人の真っ黒な体に深々と傷が刻まれる。
両断とまではいかなかったが、5分の1は切り込んだ。
生身なら戦闘力はなくなり、ゴーレム機械とて機能は半減以下になるだろう。
さてこいつは・・・
だがその巨人は、確認する暇もなく即座にその傷が塞がり、何でもないように動き続けている。
どうやら少女が着込んでいたあの謎の鎧と同じ素材らしい。
いや、遥かに巨大化しているのに見た目の傷の直る速度が変わらないという事は、性能はこちらが上か。
「気合をいれろ」
自分だけ聞こえる声で己を叱咤する。
”この力”に慣れて心が鈍ったか、力を得る前に魔獣の前に放り出されたのに比べればこの程度、なんてことはないはずだ。
一方、”黒い巨人”の方はそんなレオノアを尻目に準備運動は終わったとばかりに駆け始めた。
その大きさを感じさせない動きで、あっという間に眼前に迫る巨人の威容。
知覚できない程ではないが、見上げようかという巨体がその速度で動く事に感覚が麻痺しそうになる。
更に勢いよく右腕を振り上げたかと思えば、その腕が急激に振動を始め、高音を響かせながら叩きつけられた。
その一撃を避けられたのは幸運だった。
最初から避ける心積もりが出来ていたのと、動きがあまりに直線的すぎたからだが、一瞬前まで自らが立っていた場所が粉々に砕け散るのを見てしまうと、本能的な恐怖が湧いてくる。
見上げれば今の一撃で巻き上げられた土砂が、凄まじい速度で吹き飛ばされている。
その量たるや。
”黒い巨人”の激しく振動する右腕は、触れるもの全てを恐るべき力で粉砕していた。
そのあまりに”破壊的”で”暴力的”な光景に、レオノアは逃げた先で面食らってしまう。
生半可な一般兵なら、一瞬で士気が崩壊し、敗走を始めるだろう。
少なくとも鍛え抜かれた”エリート”・・・いや、これは条件付きで”特級戦力級”の力が・・・!?
その瞬間、目の前を恐るべき速度の拳が通過した。
この大きさで、なんて反応だ。
”黒い巨人”は更に、流れるような動きで続けざまに拳を突き出してくる。
足さばきも堂に入っており、その動きはさながら拳闘士のようでもある。
1打1打が神速の拳は、羽虫の羽が止まって見える程のレオノアの感覚を以ってしても、避けるのが精一杯。
拳の先は相変わらず知覚の外。
すぐに避けきれなかった一撃が、レオノアの胴に直撃した。
今回はなんとかその”感触”を確かめることに成功するも、あっという間に視界が別の場所に飛んでいく。
あまりの力の差に踏ん張る事すらできない。
しかも今度は逃してもくれなかった。
足に違和感が走った直後、視界が一気に固定され、その反動が衝撃波の様に体の中を駆け抜けた。
殴り飛ばされたレオノアの体を、それを上回る速度で”黒い巨人”が足を掴んだのだ。
そのままボロ布の様に振り回され、地面に叩きつけられるレオノアの体。
幸いな事に地面はそれほど硬くはない。
思ったよりも少ないダメージだった事で我に返ったレオノアが、持っていた剣を叩き付け巨人の指を切り落としにかかる。
光を帯びた切っ先が巨人の指に切り立つ。
だが直るスピードの方が早いせいで、切り落とすどころか、弾かれた様に剣先が押し戻された。
その感触は、恐ろしく硬い筈なのに、物凄い弾力性のあるスライムなどを棍棒で叩いたかのような錯覚を覚える。
だが、指の機能は低下させることは出来たようだ。
僅かな握力の緩みを察知した瞬間、レオノアは力いっぱい体を捻じり、その人間離れした力で強引に脱出した。
すると間一髪、目の前でレオノアを叩きつけようと振り切られた拳が地面に衝突し、巻き上げられた土砂がレオノアの顔面を激しく打ち付ける。
「・・・ぅっぐ!」
だがこれで自由を取り戻したレオノアは、そのまま空中を蹴りつけ、その反動で剣を動かし反転攻勢とばかりに”黒い巨人”に斬りかかる。
光を帯びた剣が何度も打ち付けられ、その度に弾き飛ばされた。
どの太刀も、当たって指一本分は抵抗が少ない。
レオノアの剣が相手の装甲の魔力を断ち切っている証拠だが、そこから先が切り込めない。
膨大な魔力と、何らかの巨大な魔法的仕組みによって傷が即座に修復されてしまうのだ。
そして気勢を取り戻した巨人は、拳とほとんど変わらない速度で足を動かし、レオノアの剣を踏み止めた。
その衝撃で止まったところを、更に巨人の腕が回り込んでもう片方の剣を握り止める。
抑え込まれた剣はびくともしない。
すると無防備になったレオノアの体めがけて神速の拳が振り抜かれた。
その瞬間、爆発の様な音と光と衝撃が発生し、レオノアは己の力がごっそりと”修復”に流れるのを感じた。
続いて周囲に、真っ黒な金属の破片が飛び散る。
何事かと目を見開いてみれば、レオノアの体にブチ当てられた巨人の腕が粉々に砕け、その内部の骨組みが、グニャグニャに変形して枝の様にレオノアの体に絡みついていた。
何が起こったのか。
見たわけではないが、その様子から推測するに、巨人の拳がレオノアの体にぶつかり吹き飛ばそうとしたが、両手が剣を掴んでいて動かなかったためその力が逃げ場を失ったのだろう。
その結果、レオノアの体と巨人の拳の強度勝負になり、レオノアの”修復”の方が能力が高かったので巨人の腕が負けて壊れたのだ。
”黒い巨人”は一瞬、何が起こったのかわからないような仕草で己の腕を見つめ、それから少し不満気な動きでレオノアから引き千切る様に腕を引く。
その様子を見たレオノアは心の中で盛大に舌打ちをした。
乱暴にレオノアの体から引きちぎられた巨人の腕は、すぐさま変形部分がガシャガシャと音を立てて元の形に戻ると、その上から分厚い装甲が覆い、瞬きするほどの間に元通りに戻ってしまったのだ。
いや、元通りではない。
その腕は修復を通り越し、更に禍々しく”変化”した。
無限に湧き出すのではないかと思うほど次々に現れた装甲が新たな形を作り、腕の太さがどんどんと増大する。
そして最後にはまるで蟹のハサミのようになった新たな右腕で、レオノアの身体を挟み込もうと迫ってきた。
衝撃で取れないと見るや、力技で引き千切ろうということだろう。
いくら”勇者の権能”を以ってしても、そのハサミの大きさはまずい。
直感的にそう感じたレオノアは、強引に脱出を図った。
両方の剣に一気に魔力を流して、その”力”を爆発的に発現させたのだ。
双剣の刃先に沿って発動されるレオノアの”力”。
その力が青い光となって魔力素材で出来ている巨人の拳を突き破り、そこにあった魔力的繋がりを切断する。
巨人の装甲が即座に修復を行うが、極限まで威力の方向を絞っているため僅かに遅れていた。
巨人の指を切り飛ばし自由になる片方の剣。
さらにその剣に魔力を込めながら全力で、もう片方を踏みつけている巨人の足に叩きつける。
切り飛ばそうなどとは思わず、剣に直接乗っている足先を狙ったのが良かったのか、既に内側からかなり切れ込みを入れていたことも手伝って、剣を踏む力が一気に緩む。
これを逃す訳にはいかない。
そう考えたレオノアは、その一撃の反動を利用し身体を回転させると、その勢いで剣を引き抜いた。
再び自由になる2本の双剣。
レオノアは更にその流れのまま2本の剣を振り込み、自らの内に秘めた大量の魔力を一気に叩きつける。
眼の前で炸裂する青い光の奔流。
”黒い巨人”はその巨体を以ってしても身の丈に合わない巨大なハサミを振りかぶっていたせいか、その光に反応することが出来なかった。
レオノアの両手にこれまでにないほどの手応えが返ってくる。
1ブルは切り込んだか。
だが、そこで攻勢に打って出ることは避ける。
そしてそれは正解だった。
即座に光の向こうから巨人の腕が高速で叩きつけられ、
だが辛くもその一撃を乗り切ったレオノアは、反対にその衝撃を利用して距離を開けた。
さらに、まるで逃げるようにフィールドの反対方向へ駆ける。
後ろを見れば、一連の攻防で巻き上がった土煙を、文字通り吹き飛ばしながら迫る”黒の巨人”の姿が。
相変わらず凄まじい迫力だ。
だが既に見慣れていたこともあって、レオノアの直感は冷静に”黒い巨人”の”弱点”を掴み始めていた。
まず、この”移動速度の遅さ”だ。
もちろん大きさを考えるまでもなく、その速度は異常と言ってもよく、かなりの者は反応する暇もなく接近されるだろう。
だがそれは巨人の拳と違い、レオノアの知覚を置き去りにするほどではない。
移動速度は確実にレオノアの方が速い。
その証拠に巨人との間にみるみる距離が空いていく。
それは少し奇妙なことだった。
手足の動きは間違いなく”神速”の領域に踏み込んでいるのに、全体の動きはそこまでではない。
そこからレオノアは、内部の”本体”を保護するための”制限”なのではないかと推察した。
腕や足をいくら高速で振ろうが、胸部にいると思われるあの少女の体が揺さぶられることはない。
しかも即座に修復できるので、あの腕の構造が壊れてしまうような速度で動かしたり叩きつけたりしても何ら問題ないのだ。
自壊を苦にもしない”無制限の加速”、それがあの”神速の拳”の正体なのである。
一方の”本体”はそういう訳にはいかない。
全体が動く移動は、どうしても内部に抱えた生身に影響が出る。
つまり内部に抱えた”肉体”を壊さぬ移動速度、それがあの”黒の巨人”の限界なのだ。
そして”その部分”はレオノアが勝っていた。
”接近戦”で圧倒されるなら、”遠距離戦”に持ち込めばいい。
幸い移動速度で勝っているので、捕まる心配はなかった。
攻撃に十分な距離が空いたところで、レオノアが後ろを振り返り2本の剣を円形に振り回す。
するとその剣の軌道に沿って魔力が滲み出し、人の身長の倍ほどの直径の魔法陣が浮かび上がる。
それはレオノアにのみ許された、”勇者の権能”を組み込んだ”特殊魔法”。
魔法陣が組み上がりその中心が光り始めると、最後にその中心を2本の剣が駆け抜けた。
魔法陣から噴き出す、大量の青い光。
その光全てが鋭い煌めきを放ちながら巨人に殺到する。
その光に触れた巨人の装甲が、まるで砂のように崩れ落ち、即座に内側から修復される。
一見する限り効果は薄い。
だがそれでいい。
レオノアはすぐに魔法陣を解除すると、別の場所に移動を始める。
そしてまた十分に距離がいた所で魔法陣を展開した。
今重要なのは距離を詰められないことだ。
後はこうして攻撃を全体に当て続け、あの超速度の”修復”に負荷をかけ続ければ、いずれカラクリが尽きて機能しなくなるか、そうでなくてもその効果の程が白日にさらされるだろう。
これは”次の一手”を探るための”当て石”である。
だがその”考え”は些か甘かったと言わざるを得ない。
2回目の遠距離攻撃時、驚いたことに”黒い巨人”が腕を持ち上げ、その指をこちらに向けたのだ。
まるでレオノアを指差すようなその仕草に、一瞬だけレオノアの思考は止まってしまう。
だがその直後に起こった”現象”は激烈だった。
まず巨人の内側で、”巨大ななにか”が蠢くように移動した。
後からそれが想像もつかないような量の”魔力”だと気がつけたのは、その動きに伴って巨人の周りの空間が激しく歪んだからだ。
さらにまるで蓋が取れたかのように巨人の指の先にポッカリと穴が空き、その”内側”が
それは”地獄の炎”だった。
既に放たれていたレオノアの”光の刃”に黒い光に筋が衝突し、一瞬にしてレオノアの遠距離魔法が蒸発する。
その光が空中を焼く音なのか、それとも別の原理か、数万の鈴を一斉に鳴らしたかのような高音が、まるで怨嗟の叫びのように木霊した。
更にその”黒い光”は、一瞬にしてレオノアの下まで空間を駆け抜けると、そこにあった魔法陣ごとレオノアの身体を吹き飛ばす。
感じたのは圧倒的魔力の暴力と、これまで感じたことのないような凄まじい”熱”。
吹き飛ばされた先で空中を蹴りながら、姿勢を整え事態を確認する。
”黒い光”が駆け抜けた地点は、その熱で地面が真っ赤に溶け、蒸発した岩石が空中で冷やされて小石の雨のように飛び散っていた。
間違いなく、これまでとは威力の”次元”が違う。
レオノアは慌てて”黒い巨人”へ視線を戻す。
すると巨人の”指”は、当たり前のように空中に浮かぶこちらを指していた。
指の先が光る。
それを見たレオノアは咄嗟に身を捻り空中を蹴りつけた。
次の瞬間、足先を高熱が一瞬で焼き焦がし即座に修復される。
その知覚不能なほど短い”苦痛”に思わず目を顰めるが、追い打ちのように襲っていた空気の壁のせいでそれどころではない。
あまりの高熱の光線が空中を駆け抜けたことにより、熱で膨張した空気と冷たいままの周りの空気が温度差でぶつかり合い、その乱気流でレオノアは姿勢を乱した。
それでもなんとか魔力を流し空中で足を踏ん張りながら、レオノアは苦し紛れの”斬撃”を飛ばして反撃を行う。
だがその数発の斬撃は、別方向に発生した数本の”黒い光”によって一瞬で消し飛ばされた。
「なんだ、そりゃ・・・」
あまりの”理不尽”さに思わず笑ってしまいそうになる。
なんてことはない、”指”は10本あるのだ。
まるでレオノアがそれを認識したのが合図だったかのように、巨人の指に次々に穴が空き、そこから”黒い光”が雨のように放たれた。
光が放つ高音の”叫び”が、鼓膜を引き千切らんばかりの勢いで激しく揺さぶる。
レオノアはそれを僅かに不快に感じながら、それどころではないとばかりに頭を必死に動かし、不規則な動きで襲ってくる光の筋を避けようと空中を動き続けた。
それは完全に人の動きを超越した動きだった。
光の熱で発生した衝撃波と、レオノアが高速で動いたことによる衝撃波がぶつかり合い、普通の者であれば、もはや息をしただけで肺がズタズタになるような”死の空間”が生まれる。
だがそこまでしてもレオノアの身体には数発の光が着弾していた。
その感触からレオノアは、はっきりとこれは”己を殺しうる攻撃”であることを悟った。
”勇者の権能”により即座に修復されるため、一見すれば効果なしにも見えるが、”勇者の権能”とて”無限”ではない。
散発的に撃ち返す遠距離攻撃も効果はない。
”黒い光”の雨で一瞬で撃ち落とされ、多少効果を変えても圧倒的魔力に押し流されてしまうのだ。
遠距離攻撃の方が有利などというのは幻想に過ぎなかったらしい。
こうなればまだ”手”のある接近戦で片を付けるしかない。
レオノアは光の雨の中を一気に駆け抜け接近を試みる。
狙うは一撃だけ攻撃を入れた後に、相手の拳の射程外まで離脱する”一撃離脱”。
当然、数発の直撃を受けるがそれは仕方がない。
レオノアは巨人の頭に一気に接近し斬りかかる。
すると”黒い巨人”は即座に光の乱撃を打ち切り、腕を上げて防御の構えをとった。
その速度は流石だが、詰めが甘い。
レオノアは切り込む直前、上方向に蹴りを入れ真下に加速する。
そして地面に激突して跳ね返ると、目の前にはガラ空きになった巨人の胴体が。
レオノアの不規則な動きに”黒い巨人”といえど付いて来れなかったらしい。
そのまま最大級の力を込めて手に持った剣を叩きつけた。
青白く光る剣身を遮るものはなにもない。
だがその切っ先が巨人の装甲に触れる刹那、突如巨人の胸部の装甲の隙間が広がったかと思うと、そこから猛烈な勢いで魔力が噴き出した。
色が見えるほどの濃密な魔力が津波のように、剣ごとレオノアの体を包み押し流す。
そのあまりの勢いに、そこから先に一歩も進むことが出来なかった。
剣ですら魔法を切り裂くだけでは足りず、凄まじい力で押し戻されていく。
そしてその”隙”は、神速の接近戦では命取りになった。
頭をガードしようと持ち上がっていた巨人の腕が叩きつけられ、再び視界が一瞬にして別の場所に移動する。
そこでなんとか勢いを殺しながら、踏みとどまり顔をあげると、ちょうど巨人の腕が音を立てて変形するところが見えた。
手首から先に切れ込みが入り、腕が4つに裂ける。
すると中から筒状の物体が現れ、そしてその筒の先がゆっくりと(正確には反応できないほど高速だが、レオノアには何故かそれがゆっくりに感じられた)こちらに向けられた
筒の中には当然、グツグツに煮え立った魔力が充満している。
本能か偶然か、それを見たレオノアは咄嗟に2本の剣を前に突き出した。
次の瞬間、その両手にどっと負荷がかかり、続いて猛烈な熱が襲いかかる。
撃ち出されたのは、先程までの”黒い光”が細い糸のように思えてしまうほど太くて高密度の魔力の光線だった。
その威力は想像を絶し、4筋に切り裂かれた光がレオノアの周りを暴れまわり、そこにあった全ての物を容赦なく蒸発させる。
一瞬で沸騰し、気化したことで爆発的に膨張した地面がレオノアの体に容赦なく叩きつけられる。
この期に及んで全く無傷で済んでいる己の”力”に感謝すべきか、それともその”力”のせいでこの地獄のような環境に身を置き続けるはめになった事を呪うべきか。
少なくともレオノアの”本能”はこの状況からの”脱却”を望んだ。
突如、レオノアの剣がそれまでにない勢いで猛烈に光り出し、その光がまるで唐竹を割るように極太の光線を割りながら進んでいった。
そしてそのまま光線の割れ目が”黒の巨人”の腕の内部に侵入すると、その腕が風船のように膨らむ。
咄嗟に”黒い巨人”がその腕を切り落としていなかったら、発生した大爆発で腕ごと破裂していたかもしれない。
発生した大爆発は、今年のこの対抗戦で起こった中でも屈指のとてつもない物だった。
フィールド全てを爆炎が埋め尽くし、その衝撃波が観客席の結界を布切れのように激しく揺さぶる。
その中でレオノアは、自らの魔力が一気に目減りするのを感じた。
間違いない・・・
「・・・っぐ!」
”本気”を使わされた!?
それは本来、”然るべき相手”・・・・ガブリエラやそれに匹敵する相手にのみ使用を許された、”剣舞の勇者:レオノア”の”本当の全力”。
当然、こんな所で・・・・あんな少女に使っていいものではない。
レオノアは己のその行動に驚き、それを本能的に使わせた少女の力に戦慄した。
”黒い巨人”が何事かと少し慄くように、爆炎から身を捩って距離を取る。
発生した爆炎は黒い塊の中に青い筋が混じったような見た目をしていた。
まるで、巨人の無尽蔵の魔力が、青い光により勝手に燃え広がったかのようだ。
流石に今の大爆発はこの巨人でも堪えたようで、随分と無防備な姿を晒している。
だがレオノアにそれを突く余裕はない。
手のひらに発生した”痛み”に剣を取り落とさなかったのは奇跡に近い。
どうやらトリスバルでの”剣士”としての訓練が、剣を離すことを拒否したのか。
とにかくレオノアは、咄嗟に手に持っていた剣を地面に深々と突き刺した。
膨大な魔力をその身に受けた剣身が、内側に籠もった大量の熱を地面に向かって発散させる。
一体どれだけ加熱していたのか、剣の周りの土はただ剣に触れていただけだというのにすぐにドロドロに溶けてしまった。
ここだけじゃない。
周りの地面も今の大爆発で溶けたり吹き飛ばされたりしていて、これまでの戦いによるものも合わせると、もはやこのフィールドの何処にも”無傷な地面”は残されていなかった。
ようやくなんとか”許容範囲”の温度まで下がった剣をレオノアは引き抜く。
すると、ちょうど”黒い巨人”が爆煙を振り切って立ち直るところが見えた。
巨人の無機質な目と、レオノアの目が合う。
見れば切り落とされた腕が高速で再生している。
そして、もう片方も今の爆発を手を伸ばして防いだのだろう、全ての指が崩れ落ち、その内側から再生が始まっていた。
”今しかない”
そう判断したレオノアは溶けてぬかるんだ地面を蹴り飛ばし、一気に勝負を掛けた。
”黒い巨人”はそれを見るなり、魔力で押し流そうと再び胸部の装甲に隙間を作り機能不全の腕を構える。
あれを食らう訳にはいかない。
考えろ、相手の弱点を!
するとレオノアの才能がすぐに”最適解”を導き出した。
巨体というのはそれだけで脅威だが、同時にとても脆い”弱点”がある。
すなわち・・・
「ここだ!」
レオノアが叫びながら巨人の脇腹に滑り込む。
すると眼の前を破壊的な振動を伴った腕が通過し、背後を膨大な魔力が流れる。
咄嗟の予想外の飛び込みに、巨人の反応が一瞬遅れた。
そのままレオノアは、最短距離で巨人の真後ろに回り込んだ。
”巨体”の弱点・・・・すなわち”背面”。
対魔獣戦でのセオリー通り、巨体を武器にする存在というのは後ろに回り込まれると意外と脆い。
この巨人の場合、人の形をとっているが故に力は扱いやすいが、同時にそれが仇になり小さな相手に手が回らない。
正面からは圧倒できても、後ろに回り込まれれば今度はその”体格差”が逆の形で牙をむくのだ。
レオノアは剣を振り上げると、背後からの攻撃に反応できない無防備な巨人の背中に向かってすぐに振り下ろした。
切っ先が黒い装甲に吸い込まれていく。
きっと
「!?」
突如、巨人の後頭部に”顔面”が出現した。
と、同時に、先程まで人の肩甲骨を想起させるような形の背面が変形し、そのまま”胸部”へと変わったかと思えば、一瞬にして
当たったのは左腕・・・いや逆になったので右腕か。
なんてことはない、”黒い巨人”は一瞬で己の体を溶かすように崩すと、
この巨人にしてみれば、”背面”などというのはどうやら気分で変えられるらしい。
そんなのありかよ・・・
高速で地面に叩きつけられたレオノアの体は、そのまま地面の中に埋もれてしまった。
まるでモグラのように地面の下を進むレオノアの体。
周囲から感じる地面の圧力は、無敵であるはずの彼に形容し難い”無力感”を与える。
ああ・・・この感じ・・・
レオノアの中を懐かしくて苦い”記憶”が駆け抜ける。
最初は幼い頃・・・父との練習試合で負けた時、それから初めてトリスバルの教師たちに揉まれた時、そしてアクリラとの合同演習などで戦ったガブリエラやルキアーノの姿が浮かぶ。
皆、嫌になるほど”圧倒的”で、その力は鮮明だった。
それは”特級戦力”になった今でも心にこびり付いて離れない。
そしてこの”黒い巨人”の力は、そのどれにも引けを取らない程、”圧倒的”なものだった。
ああ・・・そうか・・・
視界の向こうで、これがトドメとばかりに振り上げられる巨人の腕を見上げながらレオノアは、妙なまでに己の心が冷静になっていくのを感じた。
まるで腑に落ちなかった物が、ストンと喉を通るかのような気持ちの良さすら感じる。
そうだ・・・”特級戦力”である自分をここまで追い詰めるのだ。
・・・この少女は、既に”特級戦力”ではないか。
次の瞬間、レオノアの腕が高速で振り上げられ、そこから発生した巨大な光の刃が正面から巨人の拳を打ち据えた。
その反動で腕の動きは押し止められ、巨人の身体が僅かに持ち上がる。
驚いたことに、その拳は止められただけでなく二の腕の中ほどまで
巨人が再びその現象に面食らったかのように動きが止まり、拳と地面に埋まったレオノアを交互に見比べる。
すると、レオノアが重力を感じさせないフワリとした動きで起き上がり、そのままゆっくりと立ち上がった。
だがレオノアの様子は異常だ。
全身から青い光が薄く立ち上り、髪や服の裾、周囲の地面などが浮力を得たかのように浮き上がっている。
さらに手に持っていた2本の剣は、その形を大きく変えていた。
先程まではただ不自然なまでに細長い剣といった印象だったものが、今ではその表面が幾つにも割れ、角度の浅い”扇”の様な形状をとっている。
何より、彼の周りを覆いだした特殊且つ高密度の魔力が、まるで圧力のように”黒い巨人”の巨体を押し返していた。
” この”力”を使うわけにはいかない。”
レオノアの僅かな理性が、その警告を頭の中に盛大に鳴らす。
これは
だが ” 条件は揃っている ”
レオノアは、そう考えながら”対戦相手”を睨んだ。
ガブリエラが2つの会場を繋いでくれたおかげで証明は容易い。
あそこに座っているであろう軍事関係者であれば、今自分の目の前に立つこの”巨人”が”特級戦力”である事くらい、理解できるはずだ。
ならばやる事は1つ。
”メレフ”の名を継ぐものとして、”勇者”の末席に座るものとして・・・・
アルバレスの威信にかけて、その”力”を見せつけねばならない。
「・・・
その言葉を合図に、扇形に広がった剣身が青く発光を始め、臨界点を超えた魔力が稲妻のようにそこら中に飛び出した。
それを見た”黒い巨人”が、わずかに気圧されるように片足を後ろに引いて構える。
「剣劇:”十の舞”」
その言葉を合図に扇形の剣身に切れ込みが入り、それが広がって剣が幾つにも分裂した。
・・・いや、その切れ込みは剣では止まらない。
その切れ込みはレオノアの正中線を中心に、腕を上半身ごと分裂してしまった。
現れたのは5つの顔と、5組の両肩、両腕・・・そして双方合わせて10本の青い”光の剣”。
そしてその10本の腕と剣は、滑らかに連動しながら構える様にその位置を移動させた。
5つの顔の内、正面の1つが”黒い巨人”へ向かって聞こえない声で語りかける。
「君が何者かなんて・・・・もうどうでもいい」
その力を下に見ることはしない。
ここから先は”特級戦力同士”の戦場だ。
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