2-9【アクリラ大祭 5:~覚悟と、裸の付き合いと~】


『これは、まずいことになったかもしれない・・・』

『・・・モニカもやっぱりそう思うか・・・』


 ”学校別対抗戦”のアクリラの初戦が行われた”ハメド記念競技場”。

 ”3本川”の真ん中の川沿いを西に1kmほど行ったところにある中規模の競技場だが、俺達はそこの女子風呂の巨大な湯船に鼻上まで顔を沈めて周囲の様子を窺っていた。


 今この場にいるのは10人。

 アクリラ側の4人の”代理選手”と、対戦相手である”オンタリア”の”代表&代理”選手6人。

 特にオンタリア側からの好奇心満載の視線には、モニカも事態が何やら良くない方向に動いている事を悟ったようだ。 

 少しでも目立たない様にモニカが湯の中に更に顔を沈める。

 もう眼球の半分は湯の中である。

 外から見れば海坊主みたいに見えるだろう。


 一方そんな俺達とは対照的に、俺たちのすぐ後ろでロメオが、気持ちよく勝利した余韻と一緒に湯船の中に浸っていた。

 ここは、しっかりキレイにしていることを条件に、基本的にどんな生き物でも大丈夫なので彼が入っている事は問題ないが、その能天気ぶりには呆れる・・・いや感心すると言ったほうがいいか。



 ここまでのことを話そう。


 祭り開会と同時にアドリア先輩に拉致られた先で聞かされたのは、ガブリエラからの”代理選手”への指名。

 つまりこの対抗戦でアクリラを代表して戦えというのだ。

 それも半分近くの試合で”大将”として。


 まったく・・・あの王女様は本当に何を考えているのか。

 いや、もしかすると本当は何も考えてないのかもしれない。

 いくら無理してまで隠すことをやめたとはいえ、それはあくまで”無理してまで”ってだけで、でかでかと”王位スキル保有者です!!”と宣言するようになったという訳ではないというのに・・・

 俺もモニカも平穏な生活が送りたいので必要以上に目立つのは避けたかった。

 それが気づけば”代表の7番手”である


 7番手というのは強さの7番目ではない。

 いや、むしろ最強の選手という意味だ。

 個人競技のチーム漫画などで、主人公やラスボスが鎮座するポジションといえば想像は容易いだろう。

 そのため、いくら代理とはいえそこに向けられる目は強烈だ。

 これが先に4勝した方が勝ちで終了なら、先鋒である”1番手”から順に強いやつを入れた方が良い気はするが、全部総当たりなのでその辺適当だし。

 最後に最強格同士の決戦が見たいという興行側の要求があるので、裏をかくことも許されない。

 それでも一応ルールで”半分は正規メンバー”というのがあるので、出場するのは最悪でも半分だけで済むが、それでも15校中、7校分は出場しないといけないし。

 ”あの王女様”がまさか義務分以上の働きをするわけもないし・・・


 だが試合が終わって聞かされた情報は、とんでもないものだった。

 なんとガブリエラが最終戦に出場しないというのだ。

 つまりトリスバル戦・・・もっと言えば、昨日広場で出会ったあの”とんでもないイケメン勇者”と戦わなければならない。

 どうりで観客が多いハズだ。

 例年アクリラの初戦は観客が少ないと聞いていたのにほぼ満員だったのは、”誰がガブリエラの代理を務めるか”を確認しに来たからなのだ。

 つまり凄まじい注目に晒される場所に、ノコノコと出て行ってしまったというわけである。


 しかしあのイケメンが”勇者”ってのは本当なのだろうか?

 もしそうなら、”とんでもないイケメン”はどうにかなるかもしれないが、”勇者”は無理だ。

 ここで学んでれば、流石にその肩書が伊達や誇張で語られるものでは無いというのは知っている。

 ”勇者”がどういう風になれるのかとか、そういうのは知らないが、”選ばれる”的なニュアンスで語られることが多い気がするので、つまり彼はあの歳でもう国で数本の指に入る存在として選ばれたことになる。

 そんな奴に、まだ成長途中の俺達が勝てるのか?

 まあ、誰も勝てると思ってないだろうけどさ。


 あ、一応あのむっちゃ怖い”竜人の少女イルマ”の方じゃないみたい。

 それ聞いて、ちょっとホッとしたのは内緒だ。

 少し先行して行われていたトリスバルの試合で、6番目が竜人であるイルマ、7番目が勇者のレオノアだったそうで、順番が固定のこの大会では1試合目の時点で自動的に対戦相手が決まった事になるのだ。

 ちなみに試合内容は聞いてない、絶望するだろうから。

 あの時、戦順的に”もしかして戦うかも”などと薄っすら考えたが、まさか本当に戦うとは思っても見なかった。


『案外、勇者と戦うのが面倒くさくてガブリエラは俺達に押し付けたのかも・・・』

『それはない・・・と思うよ・・・じゃなかったら”あんな紙”は渡さない』


 俺の安直な意見にモニカが反論する。

 ここでモニカが言った”あんな紙”というのは、アドリア先輩から渡されたガブリエラ直筆の”代理任命書”のこと。

 そしてそこには彼女の字で ”これで、あなたに命をあげられる” と書かれていた。

 おそらくこれまでの彼女の行動からして、全ては”そのため”の布石なんだとは思う。

 だからこそ文句は言うものの、おとなしく従っているのだ。

 ただ、勇者と戦うことの何が”それ”に繋がるのか甚だ疑問ではあるが。


 そして俺達は渋々ながらもアクリラの品位は汚さないようにと、持てる全力で戦うことを決め、未だテスト段階であった”ロメオ用の2.0強化外装”の投入を決定した。

 名付けて”ドラグーン竜騎兵”・・・(竜じゃないし牛だけど、想定した運用思想は地球における竜騎兵なので仕方ない)

 これはロメオへの外部身体強化ユニットと、”グラディエーター”で使われた装甲を組み合わせたもので、体の大きなロメオに纏わせることで、そのパワーは単体の”グラディエーター”を遥かに凌ぎ、ちょっとした魔獣すら正面から押し返すという代物。

 背中に俺達を乗せていないと維持できないとはいえ、俺達が乗っている限りロメオの力はルシエラの使い魔”ユリウス”にすら匹敵する。

 もちろん、そんなに強いとは実際使うまで思ってもいなかった。(だから距離とって砲撃でチクチクするつもりだったワケだし、ロメオを出したのは砲撃に集中できるように近接役として呼んだだけ)


 ところが実際に試合が始まると相手がいきなり巨大な防御魔法陣を展開し、それに興奮したロメオが俺達の制止する暇もなく突撃したではないか。

 当然、あれほど見事に決まった防御魔法陣にそんな物が通じるわけもなく虚しく受け止まられたのだが、それを打開するために俺達はそれでも全力を尽くした。


 防御魔法陣に少しでも負荷を与えるためにロメオの足元をアンカーで固定、さらにロメオの首の動きに合わせて身体強化だけでなく魔力ロケットによるブーストまで加えた。

 フロウ製の角を魔法陣に充てがったのは、少しでも効果を期待してのことだ。


 結果、発生した凄まじい”捻じれ”の力は、その場にいた全員の予想を超えて対戦相手の防御魔法陣を軽く変形、破壊した後、そのまま相手選手を壁まで吹き飛ばした。

 ・・・今思えば、”2.0強化外装”製の外部骨格ユニットでなければロメオの首は吹き飛んでいたかもしれない。

 今後は先にテストを入念に行おう。


 そしてその結果に、最初は俺もモニカも大いに喜んだ。

 だが客の反応を見ると、すぐにその感情も吹き飛んでしまう。

 ”明らかに目立ちすぎた”。


 幸い俺達も”グラディエーター”を着込んでいたので顔や姿は割れていないが、あの”モニカ! モニカ!”の大合唱がそんなにすぐに消えるとは思えない。

 願わくばマグヌス側を刺激しない程度であってくれと思うばかりだが、とにかく今は出来るだけ早く穏便にこの場を離れなければと、コッソリとロッカーを抜け出したところでアドリア先輩に捕まってしまう。

 ”「おう、風呂入ってけよ」「汗かいてませんから・・・」「おうおう、私の風呂の誘いを断ろうってのか?」”

 という強引な彼女の誘いによって”物理的”に捕まった俺達は、そのまま彼女の小脇に抱えられロッカーで素っ裸にひん剥かれると、大浴場に入った途端、”円盤投げ”の要領で湯船の中に投げ込まれたのだ。


 浴室中に響き渡る”バシャーン!!”という轟音に、先に入っていた他の選手たちの視線が一気に刺さる。

 目立ちたくないと思ったのにこれである。

 さらに続けて追い打ちのようにロメオが後ろ足を掴まれて、ハンマー投げの要領で投げ込まれた。(ドワーフこわい)

 そしてそんな風に注目を買ったために、少しでも身を隠そうと湯の中に顔を埋めたというのがここまでの顛末である。


 モニカがワニよろしく湯船の中から目を出して様子を窺う。

 幸いにもアクリラ側、オンタリア側共に近づいてこようという者は今の所いない。

 かなり巨大な者も入ることが前提の作りのため、プールみたいに広いということもあるが、特にオンタリア側は向こうの大将を瞬殺した”中1女子”にどう接していいか分からないといった感じだ。

 それだけあのジョナサンとかいう選手の力は、向こうの中で強かったのだろう。

 簡単に破られたとはいえ3重の複合魔法陣とか、ルシエラくらいしか使っているところを見ない高等技術だし。

 ああ、なんであんな簡単に勝てちゃったんだろう・・・

 元々、こっちが”超威力特化”みたいな能力なので不意打ちが偶然決まっただけなのだろうが、もう少し躱すなりしてくれよ。


 モニカが風呂場のオンタリア生徒を順々に目で追っていく。

 その顔は一見して分かるほど暗い。

 それは主将が負けただけでなく、”全敗”を喫したからかもしれない。


 しかしアクリラが最高の魔法士学校だと聞いてはいたが、実際にそれを目の当たりにするとなかなか差があるものだと実感する。

 オンタリアは今回参加した15校の内、最も生徒の戦闘力の低い学校とされている。

 それでも”国立”なのでかなり高レベルではあるはずなのだが、今回参加した”代理選手”の内、苦戦した者は1人もいない。

 俺達と同い年のルーベンですら5分ほどで勝負を決めていた。

 まあ彼の実力的には5分も掛かったというべきか、そんな彼も今頃男湯に先輩に投げ込まれているのだろうか。

 いや、出来の良い彼のことだ、その辺も上手く流しているだろう。


 そんな事を考えていると、モニカの目線が洗い場の方に向かう。

 今”この場”で1番の”要注意人物”が動きだしたのだ。


 その”要注意人物”ことアドリア・タイグリス先輩は、俺達を湯船に投げ込んでから洗い場でひとしきり体を洗い、そのまま堂々と洗浄用魔道具の付いた手ぬぐいを肩にかけて、のっしのしとこちらに向かって歩いてきた。

 その”あけっぴろげ”な姿は、まごうこと無き”体育会系”のそれで、つまるところ俺達の苦手な人種だ。

 というかめちゃくちゃ気が散るので、”前”隠してください、”前”!


『若いドワーフって髭はないけど、”そこ”には生えてるんだ・・・』

『モニカ、言うな。 思っても言うな』


 しかし、この人もとんでもない”化け物”だ。

 俺達の直前の試合だったので間近で見たが、その洗練された攻防一体の動きと、遠近両方に強い能力は、妹のアレジナの”完全上位互換”と言ってもよく、対戦相手の召喚術士を完全に封殺していた。

 ルシエラの”憧れ”というのは伊達ではなく、この”上”にまだ3人もいるのかと思うと、つくづくこの街はとんでもないと言わざるを得ない。

 そして非常に人付き合いが上手く、アクリラ側だけでなく、オンタリアとの生徒とも親交があるようで、洗い場でも気さくに声をかけていた。

 もっとも、あれだけの力を見せつけられた後に、無視するわけにもいかないのかもしれないが。


 そしてそんな風に周りに声をかけながら、アドリア先輩は同時に耳に魔法陣を展開しどこかとやり取りをしていた。

 ただ、魔法陣の内容からして通話用だが、アドリア先輩の方から話したりはせずに何かを聞いている様子。

 彼女は祭りの実行委員も務めているので、他の関係者から連絡でも受けているのか。


 ただしその足取りは、俺達の方に真っ直ぐに向かっている。

 それを悟ったモニカが湯の中を移動し”射線”から身を避けた。

 だがそれを見たアドリア先輩の視線がこちらに向かい、それに伴って歩く方向も修正される。


『逃げたい・・・』

『無理だ・・・』


 実は何度か浴室からの脱走を企てようとしたのだが、その度に彼女に視線だけで抑え込まれていた。

 ”逃げても捕まえるよ”と。

 どうやらよっぽど俺達と風呂に入りたいらしい。


 そのままアドリア先輩は、当たり前の様に俺達の横に腰を下ろすと、これまた当たり前のように肩に腕を回して湯の中からモニカの上半身を引き出した。


「ははは、何恥ずかしがってんのよ! 胸が小さいの気にしてんの?」


 そう言うと、引き揚げられて露わになった俺達の胸を「小さい! 小さい!」と笑いながらグリグリと揉んでくる。

 正直やりづらい・・・

 開会式で見せていた”淑女モード”は何処へやら。


「あの・・・」

「ん? なんだい?」


 モニカがすぐ横にいるアドリア先輩に声を掛ける。


「なにか用があるんですか?」

「ん? ないよ?」


 ないんかい!


「じゃあ、帰っていいですか? ・・・行きたいとこあるんで・・・うっぶ」

「待ちなよ♪」


 なんとか流れで立ち上がろうとしたモニカを、アドリア先輩が腕を伸ばして引き止める。

 結果としてつんのめった俺達は後ろ向きに彼女の腕の中に飛び込むことになった。


「な、なんでですか!? 用がないなら出ていってもいいじゃないですか」

「理由がなければ一緒にいられないなんておかしな話でしょ? これも人付き合いの勉強だと思って付き合いなさいよ」


 これはあれか、仕事終わりの”飲みニケーション”的なものなのか。

 てことはアドリアは扱いの難しい上司か。

 俺の中でスーツ姿のモニカが、何故かルシエラと一緒にアドリア先輩に飲み屋に無理やり連れて行かれるイメージが湧き上がる。

 そのイメージのあまりにもの”しっくり感”に、俺は思わず吹き出したくなる感情に襲われた。


 アドリア先輩はモニカをしっかり片手で抱きとめ笑いながらも、周りに声を掛けていた。

 この人は遠慮がないというか、人付き合いの距離が近いんだろうな。

 ルシエラにもその”気”はあるが、彼女の場合本音ではそれほど人付き合いに対して積極的ではなく、その姿勢はあくまで”仮面”に過ぎないところがある。

 それに対してこちらは本当に心の底から、人付き合いを楽しんでるようだ。

 つまりこの人のこれが”本家本元”なのだろう。


 だが”モニカの中”という一歩引いたところで見てられる俺と違い、それに直に晒されるモニカの方はかなり余裕がなく、なんとか逃げられないものかと無駄な努力をしていた。


「あの・・・それで・・・どれくらいここにいれば・・・いいんですか?」

「ん? そーだね・・・・」


 アドリア先輩がモニカの質問に対する答えを探すように視線を上に向ける。

 その表情は答えを思案しているようでもあり、誰かに確認を取るようでもあった。

 そして10秒ほどその状態で固まった後に、ようやく何かの答えを得たのかこちらを向いた。


「2時間くらい・・・かな」

「え・・・」


 結構長いっすね・・・



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ほぼ同時刻。


 ロンとモニカが風呂に”監禁”されている競技場の、まさにその裏口に通じる路地を、将軍用の豪華な軍服を着た2人組が、強い足取りで進んでいた。

 2人共、通常であればこのクラスの軍人が部下も連れずに出歩くというのは異例中の異例なことだが、祭りの狂騒と住人たちの非日常感が強い装いのせいか、大して目立ってはいない。

 むしろその豪華で精緻な軍服は、周囲に上手く溶け込んですらいるように錯覚する。

 不自然なまでに・・・・・・・自然に。


 ただし祭りの最中だというのにその顔色は優れない。


「どうやらその”情報”は、本当のようだな」


 2人の内、前を歩く男が周囲を不機嫌そうに眺めながらそう呟く。

 そこには広報用の紙やメモを見ながら興奮したように話す者達の姿が。

 更に時折ではあるが、その口から「モニカ」という単語が漏れる。

 聞き間違いではない。

 そしてその列は競技場から数珠のように続いていた。


「小娘め・・・何を考えている?」


 確かに”積極的に隠す気はなくなった”という宣言は彼らも聞いている。

 だが、同時に”積極的にバラす気もない”とも聞いていた。

 その言葉をそのまま信じるのは愚かだが、さりとて本人もアクリラも、表立って緊張を作ることは得策ではないと考えている筈だ。


「我が国に対する脅迫のつもりでしょうか・・・まずいですね。 名を売られれば”脅し”の危険度は増大する」


 後ろを歩く男が苦々しげにそう言うと、前を歩く男に向かって意味深な言葉を続けた。

 

「どうします?」

「仕方ない・・・これ以上名を売られる前に、この場で”消す”ほかあるまい」


 その言葉に迷いは無かった。

 もとより”それ”を覚悟の来訪だ。

 この街の”防御”の中で事を成すには、”この男”レベルの力が必要になる。

 だがアクリラもそれを前提に、”害なき事”をアピールする為に滞在を認めたものとばかり思っていた。

 もしくは”特級戦力”を前にして尚、その防御が万全であると思っているのか?


「どうします? 今なら駐屯地から戦力を補充できますが」

「その必要はない、そのための”私”だからな、お前も直前で離脱しろ。 私個人の独断専行であれば私1人の”犠牲”で済む」


 先頭を歩く男が覚悟を決めたような表情でその指令を発すると、後ろの男の顔に冷や汗が浮かぶ。

 確かに個人の暴走、狂行であれば、国は関係ないと言い訳は立つ。

 もちろん大きな非難は免れないだろう。

 それでも”不利益”にはなるが、致命的な”害”にはならないのだ。


 だが、それを為した者はただでは済まないだろう。

 なにせアクリラの生徒に正当な理由なく力を向けるのだ。

 世界を敵に回すといってもいい。


「あなたが”犠牲”になることはありません! 私が行きます!」


 後ろを進む男が慌ててそう迫る。

 今ここにいるのは、こんな事で失っていい存在ではない。

 だが前を行く男はそれに対し、諌める様に手で制した。


「私はもう一線を退いた身だ。 貴様を失う方が損失は大きい」

「あなたが事を起こせば、それだけで重大な問題になる!」


 後ろを行く男は尚も諦めない。

 仮に人材価値としてはそうだとしても、前を行く男には依然として破格の影響力がある。

 それを考えれば、少しでも”国”へのダメージの少ない方を選ぶべきだ。

 だが前を行く男は、それでも止まらない。


「分かってくれタツィオ・・・私はこの件をもうこれ以上、自分以外の者の手に委ねたくないのだ」


 その声には”疲れ”が籠もっていた。


「・・・・今度こそ・・・今度こそ、ちゃんと”あいつ”の汚点は私が拭わねば・・・」


 そして、その目には”覚悟”が宿っていた。

 彼等がこの半年と少しの間振り回されたこの問題が、決定的に表面化する前に命と引き換えにしても始末をつける。

 それに男には既に”悪評”が付いていた。

 ならば過去にそうした・・・・・・様に、闇に撒いてしまえばいいのだ。

 

 目の前に競技場の入口が迫る。

 ここは選手を含め関係者専用の通用口で、観客の姿はない。

 後は止められる前にここを突破し、”目的”を果たせばそれで終わりだ。

 男はそう思いながら全身に力を込めた。


 だがその”向き”は突如として変向を余儀なくされる。


「2人共・・・道の真中で喋り過ぎじゃないですか?」


 そう声をかけられた2人は、咄嗟にその場を飛び退き声の主に鋭い視線を送る。


「誰だ貴様!? それに情報阻害が効いていないだと!?」


 さっきまで後ろを歩いていた、”タツィオ”と呼ばれた男が顔を驚愕に染めながら怒鳴った。

 その言葉通り、彼等はなにも無警戒に会話していた訳ではない。

 むしろ国の総力を上げて作られた阻害魔法のせいで、常人では存在すら知覚が難しいはずなのだ。

 だが、もう1人の男はわずかに目を細めるだけで、驚きはない。


「なるほど・・・怖い街だ。 まさかこちらの用意した結界を破りつつ、その存在を知られない者がいるとは・・・」


 もちろん”蜘蛛魔獣”を始め、何人かはこの”阻害結界”を破る実力があることは知っていた。

 だがそれらの”脅威”は、その力故に1km先からでもその存在を認知できるくらい派手な筈である。


「たしかに、スリード先生では目立ちすぎるし、校長とアラン先生ではその結界には分が悪いでしょう。 だがこの街にはこの程度、造作なく行えるものは何人にもいる」


 そう答えたのは、痩せた体に年齢の分かりづらい顔の、腰に剣を下げた・・・・・・・男だった。


「それで、君は何者だ?」

「あなた方がこの街に滞在している間、”護衛”の任を受けた・・・しがない教師だ」


 その返答を受け、タツィオの顔が見極めるように歪む。

 彼らは2人とも護衛など必要なほど弱くはない。

 

「なるほど、我々から・・・・の”護衛”というわけか」


 先頭を歩いていた男が、興味深そうにそう呟く。

 つまり”こいつ”は、勇み足で動く2人を止めに来たのだ。


 すると程なくしてタツィオの顔が再び驚きに染まった。


「貴様・・・まさかスコット・グレン!?」

「スコット・・・なるほど”七剣”か・・・いや、”元七剣”か・・・だとするなら」


 もう1人の男はそう言うと表情を一気に引き締め、同時に凄まじい威圧感が体から吹き出した。 


「我々を”舐めるな”と言おうか。 ここには我が国の誇る”第三席魔法士:タツィオ・アオハ”と、”軍位スキル保有者”たるこの”私”がいる。 剣を置いた魔導剣士風情が、身の程をわきまえるべきだったな」


 その言葉と存在感に、路地裏の空気が一変し周囲の通行人が慌てて距離を取る。

 皆、突如目の前に現れた凄まじい”力の化身”に怯えた表情をしていた。

 だがその中にスコットは含まれない。


「身の程をわきまえるのはそちらの方だ”アオハ卿” たとえ国防局長の席を降りたとしても、貴殿が依然として”その服軍籍”を着ていることには変わりはない。 その言は国を代表していると見るのが普通だ。

 それにまさか、今の状況で国防局幹部である”第三席魔法士”殿の助力を願えると思っているのか?」


 2人の会話を聞いていたスコットは、男の考えが”彼の独断専行”であり、国から切り離したものであるという”前提”で聞いていた。

 そうであればタツィオの助力は期待できないだろうことも。

 国の幹部が1人ならまだしも、2人して行動を起こせば、言い逃れはかなり難しくなる。


 それに”アオハ卿”・・・スコットの発したその名は、同じ家の名を持つタツィオに向けられたものではない。

 だがもう1人の、そしてつい先日まで国防局の局長職にあった”アオハ卿”は、スコットが当たり前のように自分の正体に気づいていることなど気にもとめなかった。

 隠していたわけでもない、というのもあるが、何より彼の持つ”力”がスコットを脅威とはみなしていなかったからだ。


「なに、少しばかり祭りの囃子に当てられて羽目を外すこともあろう。 我々は強者故、”悪ふざけ”の被害が大きいかもしれないが」


 男はあくまでそう言うと、面白そうな視線を周囲に向ける。

 まるでこれは”酔っぱらいの喧嘩”であると言わんばかりに。

 だがそれは咄嗟に周囲の通行人の命を使った”脅し”でもある。


 と同時に男は後ろ手に隠すようにハンドサインを相方に送った。 


 ”タツィオ、時間を稼いでくれ・・・お前なら勝てる。 だが決して負傷させるな”


 それを目線を動かさずに確認したタツィオが、ゴクリと生唾を飲み込む。


 2人組とスコット、”2者”の間には刺すような鋭い空気が漂っていた。

 確かに2人組は、どちらも現役を退いたスコットに勝る実力者だ。

 だが同時にスコットからは、それをひっくり返しかねない”何か”を感じさせる。


 ”しかも、なぜ帯剣している?”


 これまで幾多の勝利をもたらした男の勘が、スコットのその姿に警告を発する。

 ”七剣”は解散時、自らの剣を折り、以後剣士として生きないと決めたという。

 そういう”誓い”があるわけではないが、そんなに軽い言葉でも無い筈だ。

 ということは、スコットもまたなんらかの”覚悟”を決めてやってきたということか。


「だが、その程度!」


 その瞬間、男の周囲に強烈な光が放たれた。

 動体視力の優れたものであるならば、それは赤の稲妻のように見えただろう。

 そして次の瞬間、”世界のなにか”が書き換えられ、近くにいた全員が手に持っていた物を下に落とした。

 スコットも下げていた剣を落としこそしなかったが、片膝をついて足が固定される。


 と、同時にタツィオが両手に独特筒状の魔法陣を作り、そのまま威圧するように構えた。

 だが攻撃はしない。

 それをすれば言い逃れが出来なくなるからだ。

 ただそれでもスコットを警戒させ、男が事を成すには十分な間隙になる。


「マグヌス王国、万歳!!!」


 男はそう叫びながら、弾き飛ばされたように空中を疾走する。

 高度に制御された強力なスキルによる加速は、まるでその男自体が稲妻の一部であるかのようだ。

 そして競技場まであと20mに迫ったところで、男は一気に持っていたスキルの力を開放した。

 

 周囲に空間が大きく歪む”メリメリ”という不吉な音が木霊する。

 その範囲は競技場すべてを覆い尽くしていた。


 スコットに見つかった以上、もう1人1人確認する時間はない。

 ならばこの競技場ごと完全に押し潰すまでだ。

 何人巻き込まれるか。

 男は一瞬”その光景”を想像し、即座にそれを切り捨てる。

 凄惨ではあるが、だからこそ”本命”はその中に埋もれてしまうだろう。

 回避すべきは国の”汚点”の露呈であって、”悲惨な事故”ではないのだ。


 競技場の全体にスキルの掌握下に置かれたことを示す赤い光が、薄く広がる。


「【重力操作:空間圧滅】!!」


 そして男は、これまでありとあらゆる敵を屠ってきたその”技”の名を叫んだ。

 スキルによる不自然な操作によってその有様を変えられた重力は、まるで制御を失った怪物のようにその力を増大させ、最終的に領域の内側にある物を分子構造のレベルまで押し潰してしまう。

 その純粋な力に囚われてしまっては、高度な結界も役には立たない。


 徐々に密度を増した重力によって競技場の空間がわずかに歪み、男の顔に”やりきった満足感”と、”やってしまった喪失感”の混ざった複雑な感情が浮かんだ。

 ここまで展開されてしまえば、もはやその男にすら止める手立てはないのだ。

 そこで使われる比類なき魔力操作は、たとえガブリエラであっても止めることは出来ないだろう。


 ”これで終わりだ”


 だがその”確信”は、すぐに真っ二つに切って捨てられた。


「!?」


 男の顔に初めて驚愕が走る。


 自分の”スキル”で掌握したはずの空間を、眩いばかりの金色の光が枝のように広がり、その光が重力の異なる空間を裂きながら進んでいったのだ。

 そして本来ならば原型が無くなるはずの競技場は、いつまで経っても崩壊の兆しは現れない。

 その代わり男の力を食らい付くした”金色の枝”が、最後に大きく砕け散り、その粒が光の雨のようにあたりに降り注ぎ、それを見た通行人から歓声が上がる。


 そして自らの力を切り潰された男は、鋭い表情のまま後ろを振り向き、そこにあったものに瞠目した。


 そこには格上であるはずのタツィオを左手に持った鞘で押しのけ、右手にまるで宝飾品のように複雑な形をした黄金の剣を構えたスコットの姿があったのだ。

 そして剣からは高密度の魔力が立ち上り、それが今しがた起こった”偉業”を成したのだと確信させた。


 男は油断なくスコットの”現状”を確認する。

 その剣は気品こそ凄まじいが、バランスが悪くとても実用品とは思えない。

 だがそこから漏れる力は、この場にある全てを圧倒していた。


「!? その剣は・・・まさか!?」


 男の顔に冷や汗が滲む。

 その剣の”正体”にはすぐに思い至った。

 だが驚いたのはその剣の存在でも、スコットの力でもない。

 ”元七剣”の手練に、それほどの剣を持たせるという恐るべき状況に・・・


 そしてそこまでさせた、その剣の”持ち主”の覚悟にだ。


「ご理解いただきたい。 私はマグヌスの”第3王女ガブリエラ・フェルミ公”より、正式に依頼を受けてこの場に立っている」


 スコットがまるで宣告であるかのような声でそう告げる。

 その言葉が示すとおり、その”黄金の剣”は王女ガブリエラが彼女の”悪趣味な実験”の末生まれた代物で、その内側には彼女の自身のスキルの力が封入されていた。

 魔道具的に論ずるなら”杖”に近いが、正真正銘の剣でもある。

 そして剣を持った”魔導剣士”の力は、十分に”特級戦力”に比肩しうる。


 先程の【重力操作】、もしガブリエラ単体であれば止めるのは間に合わなかったであろう。

 もしスコット単体であれば、そもそも何も出来ずに終わったであろう。

 だが”最強の王女”の力を宿した”剣”を持つ、経験豊富な”最強剣士”であれば話は違う。


 それを悟った男の顔が苦いものに変わる。

 だが驚いたことにスコットはそれに対して剣を下げた。


「そして重ねてご理解いただきたい。 モニカ・シリバが今行っている事は、決してマグヌスの権益を損なうものではないと」


 そう語るスコットの目は真摯なものだった。

 まるで願うように、まるで乞うように。

 

 それは断ることの出来ない力を振りかざす”脅し”ではなかった。


「貴様がその剣を持っている限り・・・私にできることはない」


 男はそう呟くと、全身から緊張感を抜いて戦闘態勢を解いた。

 その瞬間、緊張感の抜けた路地に大きな歓声が木霊する。

 どうやらこの一連のやり取りは、祭りの”演目”と捉えられたらしい。

 実際、通りなどでゲリラ的にショーや演奏会が敢行されているので、その見分けはつかないだろう。


 マグヌス側の2人に”戦意なし”と判断したのか、スコットが手に持っていた剣を特別製の鞘に収める。

 と、ほぼ同時に、周囲の建物のいくつかから”ダン!”という何かが着地したような衝撃音がいくつも連続して発生し、その音源から魔法士服に身を包んだ者たちが現れた。

 さきほどの一連の”攻撃”が探知結界に反応したのだろう。

 現れたのは”戦闘系”の教師や、上位と思われる生徒など力に覚えある者ばかりだ。

 

 これを見れば分かる通り、どのみち”最初の1撃”以外にチャンスはなかったのだ。


「これから数日の間、貴殿等2人には”できるだけ”不自由なく祭りを楽しんでもらうつもりだ。

 だがそのために、私が御2人に同行させていただく」


 スコットがまるで事務連絡のようにそう言うと、マグヌス側の2人は周囲の者たちを見回した。


「なるほど、その間、我々は”袋のネズミ”という訳か・・・」

「そのようなものではない。 ただ貴殿は・・・いや、”あなた”だからこそこれから起こることの”証人”足り得る」


 ふと男の顔が、スコットの発した言葉に対する”不審”で僅かに歪んだ。


「証人? 何を企んでいる?」

「それに関しては、ご理解いただく必要はない。 ・・・ただ協力して欲しい。 あなたがあの子の事を、ただの”友人の娘”として見られる様に」


 スコットのその言葉に男は固まる。

 それは一笑に付すには、あまりにも彼にとって重たい”提案”だったのだ。


「あなたもこの件から”解放”されたい筈だろう? マルクス・フルーメン・・・・・・・・・・


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