2-5【少しの進歩 3:~貴族院~】
週末。
街の西側のとあるサロンの個室にて。
「これでいい?」
モニカが制服のあちこちを手で確かめながら、向かいにいるルシエラに出来栄えを問う。
「見た感じは問題ないと思うんだが」
「うん、そうね・・・・たぶん問題ないと思う」
ルシエラがモニカの制服の襟を軽く引っ張りながらそう答えた。
「たぶんって・・・もうちょっとしっかりしてくれよ」
「仕方ないじゃない、私だって貴族の制服なんて着たこと無いんだから」
俺のツッコミにルシエラが少し不満そうにそう答える。
その言葉通り、今俺達が着ているのは普段着ている制服ではなく、”貴族院”の生徒専用のもの。
つまり本来は貴族か王族か、もしくはそれに相当する身分や立場の人間しか着れないものだ。
「貴族の制服って、本当に分厚いね・・・よくこんなので暑くならないね・・・」
「熱管理スキルをくれたルーベンに感謝だな」
「これがなかったら着ようなんて思わなかった」
モニカがそう言って、服の中の温度をさらに1段階下げる。
「実際、小さい子なんかよく上着脱いじゃってるのを見かけるもんな」
「それやると怒られるわよ、気をつけなさい、貴族は特に服装に厳しいから」
「わかった」
モニカがそう言うと、ここまで着ていた制服を畳んでバッグの中に仕舞い込んだ。
そして最後に、制服の胸に付いている俺達の”スコット・グレン”というバッジを触りながら、もう片方の手で特殊な魔道具を操作する。
これはアクリラの某研究所で、まだ試験段階のやつを校長の関係者がパク・・・もらってきた特別なやつだ。
そしてその効果により、バッジの表面に薄く膜が貼ったかのように見えたあと、その見た目が別のものに変わる。
現れたのは”ベネデット・デ・ロッシ”という文字。
「これで目立たなくて済むな」
スコット先生の生徒としては若干思うところはあるが、”スコット・グレン”というバッジはいかんせん
生徒が俺達しかいないのは少なくとも同学年の間では結構知れ渡っているので、せっかくの”カモフラージュ”を台無しにしかねない。
なのでこうして隠蔽魔法をかけるのだ。
この魔道具に入っている変装魔法は、俺達がアクリラに来るまでの間ルシエラが掛けてくれたのとほぼ同じ魔法。
すなわち凄まじく極悪な燃費と引き換えに、かなり強力な隠蔽効果を付与するというものだ。
これのおかげで俺達は何処からどう見ても、ベネデット先生の貴族の生徒にしか見えなくなる。
ベネデット先生はアクリラでも1,2を争うメジャーな学校で、先生本人にも話は行っているとのことなので角は立たないだろう。
燃費の悪さも、俺達の使う魔法などに比べればどうってことないレベル。
まさに俺達のための魔法と言えるかもしれない。
さて休日の午前中になんでこんな変装をしているのかといえば、これから俺達はガブリエラとの最初の”秘密のレッスン”に向かうため、貴族院に正面から入らなければならないからだ。
貴族院のシステムや先方には根回しが済んでいるが、周りの生徒の目は誤魔化さなければならない。
いくら大量の人間がいる貴族院とはいえ・・・いや、だからこそ平民用の制服が混じっていればかなり浮く。
なので、こうして着慣れない貴族用の制服に袖を通して行かなければならないのだ。
そして厄介なのは、貴族院の制服を着たまま寮を出る訳にはいかないということ。
今度は逆に平民の生徒が大挙している中だ。
ものすごく目立つ。
その対策として、貴族院の近くの会員制のサロンをガブリエラが借りて、そこで着替えていくことになった。
もっとも最近増えたモニカの取り巻き連中の目を盗んで行かなければいけないので、それも大変なのだが・・・
最初に自分達で来いと聞かされたときは、自分たちの足でいける分だけ気が楽かと思ったが、今はこの前みたいに”転移”させてくれたほうが楽なような気がする。
あの大量の違和感と、この煩わしさ、どっちを選ぶか非常に悩みどころだ。
「なんだかその服着てると、”あいつ”にモニカを取られたみたいな気分になるわね」
そう言ってルシエラが苦い顔になった。
「そんな事無いよ、わたしの一番のお姉ちゃんはルシエラだから」
モニカがそう言ってルシエラを軽く抱きしめると、ルシエラの方は驚きと喜びと、何ともいえない罪悪感の入り混じったような表情で、
「ありがとう、そう言ってくれるだけで嬉しいわ」
と小さく呟いた。
彼女は俺達の付添として来てくれていた。
と言っても、このサロンの部屋までだが。
最初は”レッスン”にも付き合うと言ってくれたのだが、それは俺達が断った。
ルシエラはルシエラで自分の予定がある。
特に今は自分の研究の絡みでかなり忙しい。
これ以上その手を煩わす訳にはいかない。
それに単純にガブリエラと一緒にさせると、碌な事にならないのではという思いもあるし。
◇
『さあ、いよいよここからが本番だ』
俺は気合を入れるためにそう言うと、モニカから同意の感情が流れてきた。
俺達の視界の先には山の斜面を登っていく石造りのしっかりとした道が伸びていた。
その道は、高級な雰囲気の漂うこの一角の中にあってさえ、明らかに”別格”な雰囲気を醸し出しており。
周囲の建物も心なしかその道を引き立てるために存在しているかのよう。
綺麗に剪定された並木がいい感じに雰囲気をアップさせている。
そして肝心なこととして、この道ですらまだ前座に過ぎないのだ
「大きいね・・・」
その”本丸”を見たモニカが思わずそんな言葉を口走る。
正直、もうちょっと他に感想はあるのではないかとも思うが、小柄なモニカにしてみれば、やはりその大きさから来る印象が1番なのだろう。
貴族院の城のような建物は、それくらい巨大だった。
俺にしても、近くから見たその”威容”は言葉ではとても表せるものではない。
毎日、遠目で見ているのにこの驚きなのだ。
普段いかに見過ごしているかという話か。
アクリラの建物が、この世界の基準ではそれほど大きさを感じさせない物が多い、というのもあるかもしれない。
『確かに大きいが、ここで立ち止まっていたらかなり目立つぞ』
「・・あ」
俺はその事を指摘すると、モニカが少々間抜けな声を出して視線を慌てて前に戻す。
だが既に道の真中でボケっと貴族院の建物を見上げる姿はそれなりに目立っており、他の貴族の生徒達が少々不思議な視線をこちらに向けていた。
そしてそれに気づいたモニカが少し顔を赤らめながら、誤魔化すように歩みを速める。
それにしても全ての貴族の生徒がここから通っているだけあって、休日のこの時間でもかなりの人口密度だ。
うちの寮も平日の朝はすごいが、それ以外はこんなに多くない。
皆、休日の街に繰り出すために少し興奮した様子が感じられる。
幸いにも知った顔の生徒は殆どいない。
まあ、仮に俺達を知っていたとしても、服装と髪型を変えているのでよほど親密でもない限り短時間で気づくやつはいないと思う。
ちなみにそんな理由で、俺達はいつもと違う髪型をしている。
ここ最近のトレードマークだったポニーテールを降ろして、ストレートヘアーといった感じにしているのだ。
こうすると高級感のある制服と相まって、モニカでもどこかのお嬢様に見えるから不思議だ。
馬子にも衣装というやつか。
そして俺の後方視界とスピーカを兼ねた髪留めは、ちょっと形状を変えてアクセサリーのようにしている。
バッグや靴も使い慣れたボロいやつではなく、わざわざルシエラに買ってきてもらった(請求はガブリエラに行っているらしい)お上品なやつを使っている念のいれよう。
だが、何処からどう見ても貴族のお嬢様なのに、何人かの生徒が振り返るのが気になった。
特に男子生徒が多い。
幸いにも貴族でないことを見抜かれてはいないようではあるが、何らかの違和感があるのか。
これはガブリエラかそのお付の人に確認してもらわないと。
それならヘルガ先輩がいい。
あの人ならきっと厳しくチェックしてくれるだろう。
正面玄関は坂を登りきったところにあった。
玄関というより、もはや門と言ったほうが良いようなデザインと大きさだが、建物の内部との境界線なので玄関の方が近いだろう。
そんな奴はまずいないが、ここまでは普通の生徒でも来れる。
だがこの先は許可された生徒以外立入禁止だ。
つまりは貴族院の生徒。
もっとも、これは普通の寮なども一緒で、寮生と一緒に来て一筆書けば生徒ならそれだけで入れてしまうらしいが。
だが俺達は”一人”で入るので少々緊張してしまう。
根回しが済んでいると言われても、玄関の境界線で透明な壁にぶつかる様に阻まれるのではないかと身構えてしまうのだ。
だがそんな事もなく、モニカの体はすんなりと貴族院の中に入ってしまう。
中に入ると、まず目の前に広がったのは、巨大な玄関ホール。
まるで劇場の様に巨大で華やかなそれは、一目でここが明らかに外とは違う世界だと分かるものだった。
そしてそこから廊下が放射状に伸びる。
貴族院と一纏めに言っても、その中には沢山の施設や宿舎などが縦横無尽に広がっているため、建物というよりも”巨大ショッピングモール”といった方が趣が近い。
「ほへー・・」
建物と建物のつなぎ目付近の巨大な構造にモニカが感嘆の声を漏らす。
外から見れば一纏まりの城のように見えていても、中から見れば本当に大量の建物の集合体であることが分かる。
『このまま、この廊下をまっすぐ・・・・2つ先、その獅子の置物のある曲がり角を右に・・・』
俺が事前にもらったのを記録した”脳内マップ”でモニカに指示を出す。
俺達がこれから向かうのはその最深部であるため、その複雑さたるや。
もし地図無しでここに放り込まれたら、確実に帰ってこれない自信がある。
貴族院の建物は目的別の他に、様々な”思惑”で作られている。
中には貴族の”家”や”派閥”専用の建物もあり、そのせいで貴族院の部屋割りは他とは少し違って、同室になるのは仲間内だけという特徴がある。
そして気をつけなければならないのは、俗に”アオハ系”と呼ばれる家や派閥の建物はできるだけ通らないようにというのがある。
あくまで廊下は公共空間なので、別にそんな事は気にしなくてもいいのだが、一応敵対関係になるらしいので先方の方が気を使って、そこを通らないルート造りを行ってくれていたのだ。
それに幸いにも、ガブリエラの”部屋”がそこから遠いところにあるというのもあるので、おとなしく従うことにする。
ただガブリエラの部屋までは恐ろしく複雑な道のりだった。
中にいると気づきにくいが貴族院の建物は山の斜面に出来ているので、奥に行くには当然階段での移動が必要になる。
そのうえ結構奥行きがあるので、ルートが山道のように階段と直進を繰り返していた。
モニカの足ではなんともないが、こんなところを行き来するには、それなりに日常的に魔力が使える人間でなければキツイだろう。
そうだ、”人間”ついでに気づいたことを。
今ようやく気がついたが、この貴族院の廊下、アクリラの基準では少し天井が低い。
だいたい平均すると3mと少しくらいか?
それと扉なども小さく作られている。
もちろん豪華だし、広くて高いところはものすごく広くて高いのだが、その間の小さな廊下などはそれくらいの高さしか無いのだ。
そこで俺は、貴族というのがほぼ9割マグヌスであることを思い出す。
マグヌスは”人間国家”だ。
当然そこの貴族は人間ばかりになり、例外も”亜人”系が主なものになる。
その他の国にしても人間国家ばかりなので、つまるところ貴族院は”人間用”にできていればそれで良いのだ。
そして人間であれば、偶にいる北部の背の高い人間でも3mと少しくらいなので、必然的にこの高さになるというわけか。
結構露骨なのは扉の幅で、これは縦に長細い人間なら問題ないが、メリダなどでも少し窮屈に感じるだろうし、大柄な獣などは当然通れない。
このアクリラにあって、こういう”人間限定”をここまで打ち出した場所があるなんて、ちょっと新鮮だった。
さてそんな廊下を10分ほど進んだ頃・・・
これモニカの足だから10分で済んでいるが、魔力なしなら30分位は掛かりそうなくらい遠くて険しい。
もちろん目立たないように迂回コースを取っているので、直進すればもう少し短くなるが・・・
まあ、とにかく10分くらい歩いた頃だ。
建物の連続の中から急に開けた屋外に歩み出た。
「あれ、ここって・・・」
『覚えてるか?』
「ガブリエラのいた部屋の外ってこんな感じだよね?」
どうやらこの雰囲気を覚えていたようだ。
そこは草原のような真緑の空間が広がり、その中に小さな木が生えている、とても居心地のいい景色だった。
そしてその中に、ひっそりと、それでも結構な大きさの屋敷がいくつも建っている。
『地図を見る限り、正確にはここではないけど、この中庭の一角にあるみたいだな』
だがこの空間を中庭と呼ぶには、少々立派すぎる。
公園といったほうが近いかもしれない。
一応周囲を建物が覆っているので”中庭”なのは間違いないが、このスケールだと外界からこの場所を隔離するための壁に思える。
実際そのおかげでアクリラの中とは思えないほど静かな場所だった。
俺達がその中庭の中を周囲の木々を見ながら歩いていく。
どうやらこの何気ない木も普通ではないような。
具体的にどう普通ではないかまでは分からないが、なんとなくそんな気がするのだ。
そしてそんな木々の向こうに、目標の場所が見えてきた。
その場所は別に地図を見なくてもハッキリとわかった。
それはその場所が、この中庭の中でも一際立派な屋敷だったからでも、その玄関の前にまるで出迎えるように使用人たちが整列していたからでもない。
その建物の直ぐ側にある小さな池。
その水面に触れるか触れないかギリギリの所に、屋敷と同じくらいの大きさの、下が長細い金色の球体が鎮座していたのだ。
「あんな風になってたんだ・・・」
『そういや、俺達の”王球”は半分氷の中だったからな』
モニカが家として住んでいた氷の大地の王球は、大きさこそ同じくらいだが、色も黒く氷に半分埋まっている上に様々な小屋が張り付いていたのでかなり印象が異なる。
こうして全てが見えるというのは中々に新鮮だった。
俺達はそんな風に、初めて見る”ちゃんと”した王球の姿に妙な関心を寄せながら、建物の玄関に近づいていくと、使用人の列が一斉にこちらに向かって頭を下げた。
「うえっ!?」
その光景にモニカが驚き、思わず身を引いて後ずさる。
すると使用人たちが今度は一斉に頭を上げる。
「ようこそ、お待ちしていました」
その先頭にいた厳しそうな見た目の女性がそう言って挨拶してきた。
「えっと・・・これから毎回、これをやるんですか?」
「ええ、もちろん」
その女性は何をバカなことを聞いているんだ?といった表情でそう返す。
『これは、大人しくしていたほうが良いかもしれないな』
俺がその女性に注意を向けながらそう言うと、モニカから同意の感情が上がってくる。
なんでここにいる人間は、どいつもこいつも怖い顔なんだろう。
うちの寮とは大違いだ。
「それでは参りましょう」
その女性がそう言うと、一斉に使用人の列が横を向いた。
だがそちらは建物の入口ではない。
「あれ? 中に入らないの?」
「正面から入ると、色々と問題があるので勝手口から入ります、ご了承ください」
「は・・・はい・・・」
問題ってなんだろう? システム的なものかな?
だが、その女性の放つ無言の圧力は、そんな質問をすることすら許してはくれなかった。
いや、別に許してないわけではないのだろうが、俺もモニカもそんな度胸はない。
そのまま屋敷の玄関からグルリと後ろ側に回り込むと、小さいながらもそれはそれで立派な勝手口が現れた。
そしてそこから中に入ると、前回来た時に見たものと同じデザインの廊下が目に飛び込んでくる。
ここは貴族院の他の廊下と違って天井が高いんだよな。
ただよく見れば、それは背の高い種族への配慮というよりも、ただ単に”格”が違うだけという気がするが。
俺達は使用人たちの列に挟まれる形で、その廊下を進み、階段を上がっていく。
それによると、どうやら前回ガブリエラと会ったのは3階らしい。
その見覚えのある一際豪華な扉を前にした時、俺達の体を緊張が満たすのを感じた。
『そんなに緊張すると身がもたないぞ?』
俺がそんな風に自分の緊張を棚に上げながらモニカに指摘する。
すると予想通り「無茶言うな」といった感情が返ってきた。
そりゃそうか。
それから使用人の長みたいな女性と、部屋の中のガブリエラによる「参りました」「入れ」のやり取りの後、俺達は前回と同様部屋の中へと入った。
「!?」
だがそこに広がっていたのは、前回とは明らかに違う光景だった。
前回来た時は、豪華な謁見室といった雰囲気だったその部屋は、今日は驚くほど沢山の謎の機械類や、明らかに使用人とは空気の異なる者たちで埋め尽くされていた。
「えっと・・・誰?」
モニカがそこにいた”面々”に誰何する。
もちろんそれは中央に鎮座するガブリエラや、そのすぐとなりに控えるヘルガ先輩、
それに来ることが分かっていた校長と、たぶん来るだろうなとは思ってたロザリア先生、来ることは分かっていなかったけど誰かは分かるスコット先生のことではない。
その周りにある様々な機械のそばに立つ、何人もの見知らぬ人間たちのことだ。
彼等は使用人や従者とは印象が違う。
どちらかといえば”医者”といった印象で、好奇の目でこちらを観察していた。
「すまんな、彼等は私の専属の”スキル調律者”達だ」
すると真ん中に座っていたガブリエラがそう説明する。
「ガブリエラの?」
「私のスキルはそなたのと違って、調整無しで使い続けることは出来ないからな」
なるほど、今回からの”秘密のレッスン”では当然、ガブリエラもある程度その力を使う。
レッスンの理由の1つに”ガブリエラの力を俺達に認識させる”という項目があるので、それは間違いない。
だが、彼女の”ウルスラ”は俺達の”フランチェスカ”と違って自己補修能力がまったくないため、その稼働には沢山の人員が必要になるのだろう。
力を使う時は良くても、その後すぐに調整が必要なら、その人員を手元においていたほうが効率的という話だ。
同様にロザリア先生がいるのは俺達のスキル管理の為だろう。
だがその陣容の差は、あまりにも強烈だ。
その事実に、俺は若干の優越感を感じると同時に、結構な量の痛々しい感情が湧き出してきた事に気がついた。
「それともう一つ・・・そなたに頼みたいことがある」
すると突然、藪から棒にガブリエラがそんなことを言い出した。
「私に?」
「出来るならでいいが・・・彼等にそなたのスキルの働きや構造を見せてやってくれないか?」
ガブリエラが言ったのはそんな事。
だがその言葉は彼女にしては妙に歯切れが悪い。
「なんで?」
「・・・調整能力の動作を知りたい」
「”ウルスラ”の参考にするため?」
「恥ずかしい話だが・・・まあ、そうだ」
俺は咄嗟に周りを見る。
するとその場にいた全員が多かれ少なかれ、驚いた顔をしていた。
ということはこれはガブリエラの独断か。
「ちょっと待て、それは”モニカ”の重要な秘密情報だ。 なんの見返りもなく見せるのは虫が良すぎるぞ」
するとそれに対してスコット先生がそう反論する。
どうやら彼は俺の予想通り、幼いモニカの”お目付け役”として来たらしい。
ありがたい限りである。
「強制はせん。ただどんな風に動いているのか、少し気になったものでな・・・」
やはり今日のガブリエラは様子がおかしい。
本来ならこんな歯切れの悪い言い方はしないだろう。
実質2回しか会ってないのに、おかしいという方がおかしいかもしれないが、なんとなく彼女のイメージと異なるのだ。
俺はそれが気になったので、なんとなくログを漁ってみる。
すると先程、モニカの姿を一目見た時に少し驚いている様子が映っていた。
それより前の最初の一瞬は”唯我独尊”の表情が映っていて、それより後だと少し顔色が悪いので、おそらくその時に何かあったと思われる。
となると、今の俺達の格好が彼女の中の何かを刺激したか?
前回との違いとなれば、髪型と制服くらいだが。
だがそんなことを考えていた俺を置いて、話は大きく進んでいた。
「いいよ、見せてあげる」
「モニカ?」
迷うことなくそう答えたモニカに、スコット先生が驚いた顔でこちらを見ながら聞き返す。
「心配してくれてありがとうスコット先生、でも私だって得るものがあるんだよ。 そうだよね? ロン」
「ああ、そうだな。 ここまでの設備と人材にチェックして貰える機会はありがたい。
こちらから頼みたいくらいだ」
俺はなんでもないようにそう答える。
だが俺達の”本音”は別のところにあった。
”同情”してしまったのだ。
これだけの”環境”を必要とする、”ガブリエラ”という存在に。
それはスキルが暴走したあの”痛み”を知っている者だから分かるもの。
それを知らぬ者が本当の意味で理解することはできないだろうし、求めたりもしない。
自分のスキルを見せることで、もっと苦しんでいる者が誰かが救われるなら、そうしてくれ、というのが俺の理解したモニカの考えだ。
そしてそれは俺の考えでもある。
それにスキルの構造ごとき、今更隠したってしょうがない。
これが第三国とかなら知らないが、マグヌスの人間に見せたからといって、こちらの不利になるわけでもない。
だいたい作ったのは先方なんだから隠すもなにもないはずだ。
そして何より、俺の言った最高の環境と専門家に診てもらうというのが、とてもメリットが多い事も重要だ。
ロザリア先生にいつも言われてる通り、”強者”である前に”重病人”の自覚を持て、というやつである。
なので彼らに俺たちの事を見せる事に、一切の不満は持ってなかった。
「・・・感謝する」
短く放たれたガブリエラのその言葉に、部屋の中がにわかに色めき立った。
どうやら彼女が感謝するというのは、よっぽどの事らしい。
ずっと彼女と一緒だっただろうというのに、おかしな話だ。
ひょっとするとその”真意”を理解できるのは本当に、同じ”悩み”を抱えたことがあるものだけなのかもしれない。
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