2-4【金色の光 5:~会談後・・・~】



 俺達の周りを大量の魔力が流れている。

 相変わらず視界は真っ暗で何も見えなかった。


 ただ、その状態は長くは続かない。

 すぐに真っ暗な視界が再び晴れていく。

 だがそうやって見えてきたのは、さっきまでいた豪華な屋敷の廊下ではなく、”拉致”される前に見た、貴族院のある西の山の裏手の景色だった。

 そのあまりにもの変化に、まるで今まで夢を見ていたかのような錯覚に陥る。


 だが夢ではない。

 その証拠に、俺達の手には豪華な装飾の布袋が抱えられ、目の前には”飛ぶ前”に見た”黄金の鹿”が鎮座しているのが見えた。

 そしてそれを見つけたモニカとメリダが、無意識に頭を下げると、それに反応するように黄金の鹿も頭を下げる。


『それでは、私はここまで・・・ 次にお会いする時を心待ちにしています』


 ”ウルスラ”の管理スキルが俺達にそう言い残すと、黄金の鹿の体が光りに包まれ、やがてゆっくりと消えていった。

 だが俺達は、それを最後まで無言で見つめ続ける。

 なんとなくそれが、声を出すのが憚られるほど幻想的な光景だったのだ。


 そしてその光が完全に消え、森の中に虫の鳴き声が戻ってきたところで、メリダが最初に口を開いた。


「・・・私達も・・・外から見たら、あんな感じに消えたのかな・・・」

  

 するとその声を聞いたモニカがメリダを見つめ、メリダもモニカを見つめ返した。


「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


 俺達は3人揃ってしばしの間、”沈黙”でもってやり取りを行う。

 今のこの状況があまりにも”現実感”がなくて、どうしていいのか分からないのだ。

 だがそれもしばらくすると、モニカがたまらず息を吐き出した。


「・・・こわかったああああ!」

「私も死ぬかと思ったあああ!」


 2人は緊張から開放された喜び爆発させると、お互いの生存を確認し合うように強く抱きつく。


「モニカ、大丈夫? 足もがれてない!?」

「メリダこそ足全部付いてる!?」


 そして大げさにお互いが”全体満足”であるかを確認しあう。


「私は大丈夫、丁寧に接してくれたから、でもヘルガ先輩の存在感が怖すぎて何聞いたか覚えてない!」

「わたしも、サイクの口の中にいるみたいだった!」


「”サイク”って?」

「すっごくでっかい、クマのお化けみたいなの」

「うわー、それは嫌だなー」


 と、口々に自分が感じた”恐怖”を伝え合う。

 それは仮に”本人”たちがまだ聞き耳を立てていたらと思うと、ゾッとするような内容だ。

 

 でも実際ガブリエラって、あれもう殆ど喋る魔獣だろ。

 ・・・いや、強いぶんだけ魔獣よりタチが悪いかもしれない。

 あの膨大な魔力で張っ倒された時は、本当にこれまでかと思ったものだ。


「メリダは何かされたの? 家の中を散歩してたみたいだけど」

「古い魔道具とか見せてもらったよ、それだけなら面白かったんだけど・・・」


 どうやらヘルガ先輩の無言の存在感は、”魔道具馬鹿”のメリダの魔道具への熱視線すら冷ましてしまう程の威力だったらしい。

 どんなだ。

 俺に胃があったら、穴開くぞ。

 

「あ! そうだ!」


 するとメリダがそう言って何かを思い出したような表情を作った。


「何か思い出したのか?」


 俺がそう聞くと、突然メリダがガバって体重をかけて俺たちの体をがっしりと掴む。


「最初は見間違いかと思ったんだけど・・・・」


 メリダがやけに勿体ぶってそう話し始めた。

 その表情はまるで幽霊でも見たかのようだ。


「・・・モニカの・・・”絵”があったの」


 どうやら本当に幽霊を見たらしい。


「わたしの絵?」


 モニカが怪訝な表情で問い返す。


「そう! それもちょっと大きくなったモニカの絵!」

「本当に!?」

「うん、ビックリしてまじまじと見ちゃったから、間違いないよ、本当にそっくりだった」


 メリダはまるでとんでもない秘密を見たかのような、興奮した表情を浮かべていた。

 それに対してモニカがしばし何かを考え、俺にだけ聞こえる声で聞いてきた。


「・・・ねえ、どういう事だと思う?」

『さあな・・・他人の空似じゃないか?』


 俺は咄嗟に嘘をつく。

 

 その”正体”についてはもちろん予想がついていた。

 ガブリエラの家に有って、モニカそっくりな人物を描いた絵となれば、その候補は”一人”しかいない。


「なあ、その絵って、本当にモニカと一緒だったか?」

「一緒って?」

「例えば・・・目の色が違う・・・・・・とか・・・」

「ええっと・・・そうだね・・・・」


 メリダがそう言って短い腕で頭を抱えると、僅かに顔を歪めて必死に思い出そうとする。


「なんとなく・・・目の色は違ったかな・・・」

「ほらやっぱり!」

「なーんだ」


 モニカがそう言って興味の感情を引っ込めた。

 おそらく他人の空似だと思ってくれたのだろう。

 メリダの方も目の色が違うとあって、流石に見間違えかと思ってモニカに謝っている。

 だがその裏で、俺はその様子を見つめながら少々薄ら寒いもの感じていた。


 分かってる・・・

 これは事前に得た情報から、導き出した推論だ。


 決して・・・あの”夢”に出てきた”ウルスラ”の姿が正しいことを証明するものではない・・・



「ところで、その袋ってなんなの?」


 徐にメリダがモニカの持っている布袋を指さした。


「あ、これ?」

「”制服”だ」


 モニカが袋を掲げ、俺が補足する。


「制服?」

「うん・・・」


 モニカが少々気乗りしない感じで袋を開ける。

 するとその中には、一着の豪華な制服が入っていた。


「これって・・・”貴族用”の制服だよね?」

「今度呼ばれた時は、”これ着て正面から来なさい” だって」


 そう答えたモニカの表情は、中々に複雑なものだった。

 この制服は、これから始まるガブリエラとの”秘密のレッスン”において貴族院に入るにあたり、目立たないようにという(一方的な)”配慮”によるものだそうで。

 貴族用の”幽霊生徒”として登録までしてある、非常に手の込んだ代物だった。

 それゆえ、アクリラの管理の下その”レッスン”が行われる証左でもあるため、安全なのだろうが・・・


 なんというか、これからあの”王女様”と何度も会わないといけないのかと思うと、気が滅入る。


「・・・ってことは、呼ばれるってこと?」

「・・・そう」


「私は呼ばれないよね?」


 そう言ったメリダの表情は、かなり真剣に”2度と行きたくない”と言っているようだった。

 まあ、そうだよね。

 俺だって出来るならあの緊張感は御免こうむりたい。

 ただ、そうも言ってられないわけで・・・・


 その時、不意に空気の中に”緊張”が混じる。


「・・・うん?」


 ”なにか”に気づいたモニカが空を見つめた。


「どうしたの?」


 つられてメリダも空を見る。

 その瞬間だった。


「なんだありゃ?」


 俺がそう言ったとほぼ同時に、山の上空で巨大な青と黄色に輝く閃光が発生したのだ。


「「「え!?」」」


 その閃光が、衝撃波に形を変えながらこちらに迫ってくる。

 そして距離にして数kmはあろうかという距離を、あっという間に駆け抜け、俺達の周りの草木が一斉に揺さぶられた。

 だが幸いにも山に張り巡らされた結界でかなり減衰したのか、それ以上の被害は全くない。

 ただそれでも、その閃光の放った”轟音”は静音結界にも消しきれなかったようで、遠くで何かが爆発したような乾いた破裂音が周囲に轟いた。


 いったい何事だ!? 


 突然の出来事について行けない俺達は、その様子をただ見守るしかできない。

 すると再び山の上空で青い光が発生し、今度はそれを下から凄まじい太さの黄色い”光の波”が上空に向かって吹き飛ばした。


 間違いない。


「ガブリエラだ!」


 俺が2人にそう伝える。

 この周辺で、あんな規格外の魔力量を持った黄色の魔力傾向の持ち主は一人しかいない。

 だが、いったい誰と戦っているのか?


「あの青い光は!?」


 モニカがガブリエラと戦っていると思われる、その”存在”を見つめる。

 するとその時、その青い光の中から大きな”飛行物体”が飛び出した。


 それはよく見れば、大きな翼と宝石の様な鱗を持った巨大な”飛竜”だ。

 そしてそれは俺達の”見知った存在”だった。


「ユリウス!?」


 モニカが巨竜の名前を叫ぶ。

 それは間違いなく、ルシエラと契約した純血の”青の竜”の姿だった。

 なんでこんなとこに?

 というのは愚問だろう。

 ルシエラが呼んだからに決まっている、そしてそのユリウスがガブリエラと戦っているということは・・・


 その時、上空を旋回していたユリウスの首が明らかにこちらを向き、遥か彼方にいるにもかかわらず俺達と目が合った。

 さすがユリウスということか、木々に隠れた山の斜面からでも俺達の姿を見つけ出したようだ。

 そして次の瞬間、ユリウスが北側に向かって西山の上空を一気に離脱すると、その背中から小さな青い光がこぼれ落ちる。


 ユリウスから別れたその”光”は、まるでツバメのように機敏に空中で向きを変えながら、真っ直ぐにこちらに向かって突っ込んできた。


「え!? え!?」


 突如そんな光に接近されてパニックを起こしたメリダが、動きづらい体を必死に動かして反対側に逃げようとする。

 だがその”正体”を知っていたモニカは、その場を動かない。


 そして”ボガン!”というもはや破裂音に近い音を残して、土埃を巻き上げながらその光が俺達のすぐ目の前に”着弾”する。

 と同時に、俺達を取り囲むように青い光の壁が発生し、それに驚いたメリダがさらに悲鳴を上げた。

 そしてさらに、巻き上がった土埃が晴れる間もなく、そこから飛び出した青い影によって俺達の体が持ち上げられると、そのまま一気にグルンと空中で向きが変わる。


「モニカ! 大丈夫!? どこも怪我してない!?」


 その人物がそう叫びながら、恐ろしい力で以ってモニカの体を人形のように振り回し、色んな角度から観察していたのだ。


「ルシエラ! 大丈夫だって! なんにもないから!」


 振り回されたモニカが、必死に俺達の姉貴分に無事をアピールする。

 だがルシエラの方はまだ血相を変えたままだ。


「あのヤロウ・・・何が”手出しはしない”だ! ガッツリ私の魔法が発動してるじゃない!」


 どうやら、ガブリエラの”呪い”が発動したのを検知して飛んできたらしい。


「大丈夫だよルシエラ、本当に悪いようにはされてないから!」


 モニカが必死にルシエラを宥めにかかる。

 だが、頭に血が上った様子のルシエラはそれでは止まらない。


「本当に!? じゃあ、なんで魔法が発動したの!?」

「ええっと・・・ガブリエラが”力比べ”しようって、魔力の押し合いをやったの」


 少々、角が立たないように言葉を選んではいるが、モニカが何が起こったのかを伝える。

 ただ、それでも充分にルシエラにとっては”ショッキング”だったようで、薄っすらと青く光るルシエラの顔が、別の意味で青くなった。


「”魔力の押し合い”って・・・まさか”あれ”を中等部の生徒相手に使ったの!? なんてやろうだ!」

「だから、大丈夫だって!」

「いい? モニカ ”あれ”は普通に攻撃なの。 ”挨拶”の一種だと思ってるのはあいつだけで、それは間違いよ!」


 おっしゃる通りで・・・・

 俺は心の中でルシエラに同意する。

 たしかにあれは、どう考えても攻撃だ。

 モニカも内心そうではないかと思ってたようで、返す言葉がみつからない。


「とにかく大丈夫だから、どこも怪我してないし」

「本当に?」


 ルシエラが疑いの目で、モニカの体を上から下まで見分する。


「それより、今日はありがとう、ルシエラがガブリエラに私のことで相談したんでしょ?」

「あ・・・相談したというか、吐かされたというか・・・・」


 モニカの感謝の言葉に、ルシエラがなにか苦い思い出を思い出すかのような顔になる。

 やっぱり無理やり聞き出したってのは、本当なんだな・・・


「でも、おかげで今日話すことが出来た。 そうじゃなかったら、わたし今でもガブリエラのこと敵だと思ってたと思う」

「・・・いや、あいつ敵だからね?」


 ルシエラが念を押すようにそう言う。

 確かにその言葉通り、ガブリエラは協力関係にあるとはいえ、どちらかといえばいつ敵対状態に移っても不思議ではない存在だ。

 ・・・のだが、ルシエラの言葉は、そんなニュアンスではないように聞こえるのはなぜだろうか?


 というかそんなことより。


「おい、2人とも、今はそこまでだ!」

「ロン?」

「どうしたの?」


 2人が俺の声に気づいて会話を止める。

 そして俺は今”一番重要な”情報を伝えた。


「メリダが・・・・気絶している」

「あ・・」

「え!?」


 そこには、矢継ぎ早に起こる自分ではどうにもならない状況の連続に、遂に耐えかねて青い魔力の壁の前で気を失ってしまった、哀れなメリダの姿があった。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 その日の夜・・・・





 誰もが寝静まった貴族院の、王族用の屋敷の中をヘルガが一人で歩いていた。


 特に何か用があったからではない。

 なんとなく目が覚めてしまったのだ。


 もしかすると昼間の”一件”でまだ興奮しているのかもしれない。


 ガブリエラ様の強い希望とはいえ、やはり今日の”客人”は一段と気を使った。

 今回ばかりは天下のガブリエラ様でも、抑え込めない可能性もある客人なのだ。

 しかも”立会無用”。

 何を話していたのかも知らない。

 さらには終わって暫くの間、ガブリエラ様の体調が悪化し、その上ルシエラ嬢の”襲撃”まであった。

 幸いどちらも大きな問題にはならなかったが、詳細を知らされていない臣下の気苦労はかなりのものだ。


 その興奮が残っているのだろう。

 なので少し屋敷の中を散歩することで、気を落ち着けることにした。


 だがその途中で、玄関前の大階段の方から人の気配が漂ってくるのを感じる。

 なんだろうかという若干の不審な気を持ちながら、そちらへ向かう。


 ガブリエラ様直々に防御魔法を張っているこの屋敷に限って、夜襲や泥棒の類は考えられない。

 ともすれば近衛か侍従か。


 だが、そこに向かう廊下の途中でヘルガは、静かに啜り泣くような声を耳にして足を止める。

 そして相手に感づかれないように気配を殺しながら、ゆっくりと玄関前の広間に顔を出した。


 すると、広間の中央に掲げられた”故王妃様”の肖像画の前で、僅かに体を震わせるガブリエラ様の姿が目に飛び込んでくる。

 その姿はまるで小娘の様に小さく弱々しく、ヘルガは一瞬それが自分の主人だと認識できない程だった。

 しかし、あれからすぐに体調は戻り、主治医連中も問題ないと言っていた筈だ。

 だがヘルガは、すぐに苦痛で震えているわけではないことに気づくことになる。


 ガブリエラ様が顔を持ち上げ、現れたその顔にヘルガは更に驚いた。

 真っ暗で殆ど見えなくとも、ヘルガクラスの魔力補正が入った目には、ガブリエラ様の赤く晴れた目と、そこから流れ落ちる涙の跡がはっきり見えたのだ。

 ヘルガは心に中で緊張を強くする。

 精神が不安定なほどスキルの状態は不安定だ。

 今はそんな事はないと思うが、王都のフラウ宮は夜泣きで無くなったとも聞くし、油断はできない。


 ”客人”の顔に、覚えていない母の影を見たか。

 ヘルガはそのまま様子を窺うと、ガブリエラ様が何やら”母の絵”に向かって話しかけているのに気がついた。


「お母様・・・・私、間違った事していないですよね・・・」


 その言葉にヘルガはハッとなり、唇を噛みしめる。


 なにもない訳がない。


 思い焦がれた”母”の面影を持つ少女が現れて、なにもない訳がない。

 混乱し、緊張し、苦悩し、それでも何事もないように振る舞ったのだ。

 そしてわざわざ誰もが寝静まった、こんな夜中になるまで己の”弱み”を隠そうとしたのならば、臣下であるヘルガはそれを尊重するだけだ。


 ヘルガはガブリエラ様に気付かれないよう静かに身を引くと、足早にその場を立ち去った。


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