2-4【金色の光 3:~黄金の魔女~】



「さて・・・まず何から話すべきだろうか?」


 俺達の前にまるで王のような雰囲気で座るガブリエラが、徐にそう聞いてきた。


「ええっと・・・何で連れてこられたんですか?」


 まだ状況に馴染めないモニカが、とりあえず俺達がここにいる理由を問いかける。


「うむ、それが最初に話すこととしては妥当なところだな」


 モニカの答えに対してガブリエラはそう言うと、妙に大きく頷いた。


「そなたを呼んだのは、主に”3つ”の理由からだ」 

「3つ?」


 するとガブリエラが纏っていた空気が変わり、その目がゆっくりと光り始める。


「まず初めに、そなたの”存在”を私自身が見定めたいと思ったからだ」

「存在?」


 その時、ガブリエラが不意に予想外の行動に出た。

 突如として、凄まじい”圧力”が全身にかかり、その力で押し潰されそうな感覚に陥ったのだ。


 慌ててモニカがガブリエラを見つめる。

 そこには全身から見たことがない程の密度の魔力を噴き出す、”黄金の魔女”の姿があった。


 息ができない。


 まるで空気が俺たちの中に入ることを拒んでいるかのようだ。

 たまらずモニカが手を伸ばして、無理やり空気を押し込もうと藻搔くような動きを行う。

 だが今度はその手も何かに絡め取られるように動かなくなり、そのまま濃密な魔力に飲み込まれた。


 俺が必死に魔力を空気の代わりに頭に流し込み、それで得た”時間”で思考を回す。


『何の攻撃かは分からない・・・だけどこの魔力が原因なのは間違いない』


 そこは分かっている。

 だが対処法が分からない。


『特に仕掛けとかも感じられない・・・まさか!?』

 

 俺はその事実に驚愕した。


『これは、ただの濃い魔力だってのか!?』


 なんの捻りもなく、唯ひたすら膨大かつ濃密な魔力に包まれているだけ。

 俺達が陥っている事態はそういう状態だった。

 だがそれ故、”都合のいい攻略法”がどこにも存在しない。

 こうなれば対処法は一つしかない。


『モニカ、全力で魔力を絞り出せ! それで一気に吹き飛ばす!』


 単なる”力技”だというのなら、こちらも”力技”だ。


 俺のその考えを受け取ったモニカが、体の中に渦巻く魔力を開放した。

 そして、その膨大な流れを俺が無理やり選り分けて、外に向かう巨大な魔力流に変える。

 すると俺達の内側に溜まっていた膨大な量と密度の魔力が、黒い光となって体表面から噴き出し、俺たちに絡みついていた金色の魔力を押し流した。

 そしてそのまま、俺達の周りを濃密に漂う金色の魔力を一息に跳ね除ける。


「ふうっ・・・はっ」


 ようやく息ができるようになったモニカが、膝に手をついて深く息を吸い込んだ。


 そして間髪入れずにガブリエラを睨み、自分が噴き出した魔力をそのまま叩きつけるように放つ。

 だがそのやぶれかぶれの攻撃は、ガブリエラまでの距離の半ばほどの所で止められてしまう。

 周りと比べて、明らかに密度が高い金色の魔力の壁にぶつかったのだ。


「・・・!」


 モニカが歯を食いしばり、押し出す魔力の量を増やす。

 だがその”壁”はあまりにも分厚く、突破することができない。


「ほう、抜けるだけじゃなく、ここまで押し返したか」


 だが、ガブリエラが感心したような声で、そう呟く。

 それをモニカが鋭い目で睨んだ。


「なんの・・・つもり!?」

「丁度いい、このまま力比べといこうか」


『うわっ!?』


 突然、そんな情けない声が出るほどの勢いで、魔力の壁がこちらに動く。

 慌てて支える魔力の量を増やして応戦するも、その力はあまりにも強すぎた。


 衝突する色の違う2つの魔力。

 その衝突面は、この部屋を真っ二つに引き裂く空間の断裂のようにも見える。

 そしてぶつかる魔力が増えるにつれ、その”断面”が徐々に広がり、次第に部屋の中が黒と金の色で塗りつぶされ始めた。


 なんて調整能力だ。

 俺は心の中でそう毒づく。


 凄まじい魔力量だけじゃない、それをきちんとした状態でこちらにぶつけるには、桁外れの魔力処理能力が必要になる。

 これが”ウルスラ”の力というのか。


「ロン!」


 その時、モニカがそう叫び、俺に向かって”対処法”の指示を飛ばしてきた。

 そのまま、押し込む様に前に一歩足を踏み出す。

 体の正面を、圧縮されて密度の上がった魔力が押し返してくる強烈な圧迫感が襲った。

 だが魔力の密度が上がったその場所に、さらに俺が魔力を集中させる。


 全体の力押しで勝てないのなら、リソースを集中させ一点突破を狙う。

 するとその狙い通り、金色の魔力の壁が、僅かに向こう側に動いた・・・

 そしてそれを合図に、そのまま塊となった黒い魔力が、グイグイとガブリエラ本体に向かって進んでいく。

 だが、


「ほう、頭を使ったな。 だが私相手に”小手先”に走るのは”愚策”だぞ」


 その瞬間、突如として背中に衝撃が走り、そのまま前向きに絨毯の上に叩き伏せられてしまった。


「グッフッ!?」


 衝撃で肺の中から息が押し出される。

 いったい何をされたのか?

 

 なんてことはない。

 俺達が魔力を集中させたことで、がら空きになった側面から後ろに回り込まれ、そのまま殴り倒されたのだ。

 だが、ただの魔力の押し合いだというのに、なんと流動的で強烈なぶつかり合いだ。

 これではまるで・・・

 

「”合戦”の様であろう?」


 ガブリエラがそう言うと、こちらに向かって手を差し出した。

 モニカがそれを呆然と見つめる。


「その即応性と特殊性に隠れがちだが、高位のスキルの最大の長所は、大量の魔力を己自身で調整しなくても良いことに集約される。

 そして微細な調整から開放された術者は、より冷静かつ俯瞰した視点で戦いを見つめることが出来るようになる。

 それは、1軍の指揮官と同じ視点に立つと変わらぬ資質が求められる事を意味する。

 故に、我が国ではスキルのランクは”軍”に例えられるのだ」


 少し得意げな表情でそう言ったガブリエラは、差し出した手を軽く振ってアピールした。

 それをモニカが少し見つめてから掴むと、そのまま引き起こされる。


 気がつけばいつの間にか部屋の中に充満していた魔力が、俺達の出した分まで綺麗サッパリなくなっている。

 その様子にモニカが狐につままれたような表情になった。

 あれ程の魔力・・・処理もせずに何処に消えたというのか?


 するとそんな様子の俺たちを見たのか、ガブリエラがカラクリを説明した。


「この屋敷は少々特別製でな、中に漂っている魔力を吸い出すことが出来る」


 さすが王女様とあって、寮の家まで特別仕様か・・・


 俺は無意識に魔力の流れを探り、更にログの情報と照らし合わせてこの家の”仕掛”を推測する。

 それによると、どうやら魔力を吸い取るというのは嘘ではなく。

 部屋の天井から窓の方に向かって、巨大な”魔力パス”がつながっているのを確認することが出来た。

 その先にあるのは・・・窓の外に不気味に鎮座する金色の”王球”。

 どうやらあそこに吸い取られたようだ。


「優秀なスキルだな、僅かな痕跡から、魔力の流れをもうそこまで追ったか」

「・・・・」


 モニカがガブリエラを睨みながらわずかに距離を開ける。

 いきなり魔力で攻撃されて、警戒心が最大値になっていた。

 しかし、ガブリエラはその視線を全く気にすることなく、涼しい顔で受け流す。

 そればかりか手慣れた様子で近くのカートに置かれていた高そうな瓶から、金の模様の入ったグラスに飲み物を注いでこちらに差し出した。

 だがモニカはそれを受け取らず、じっと睨むだけ。


「毒など入ってないぞ? そんな必要ないことは理解しているだろ?」


 ガブリエラがそう言ってグラスを軽く揺らす。

 その顔には、無礼を働いた引け目の色など一切ない。


 そしてそれを見たモニカは、諦めたようにそのグラスを受け取ると、そのまま勢いよく飲み干した。

 口の中いっぱいに甘い果実の味が広がる。

 少々憎たらしいことに、その味すら高級感があった。


「落ち着いたか? では改めて非礼を詫びよう」

「なんで・・・こんなことしたの?」

「知る必要があった」


 そう言いながらガブリエラが再び、ソファーに腰を下ろす。


「なにを?」

「お前が本当に”王位スキル”を持っているかだ」


 そう答えながらガブリエラが自分の分の飲み物を口に含んだ。


「・・・今ので分かるの?」

「ああ、分かるとも。 今のを抜けたのはそなたで3人目、そして”正面”から抜けたのはそなたが初めてだ。

 他の2人はいずれも、そなたより強い実力者、だがその2人にできぬ事をやってのけたからには、単純な力はそなたの方が上となる。

 そんな魔力を扱う手段は1つしかない」


 そしてこちらの目をじっと見つめる。

 彼女の目には様々な感情がごちゃまぜになったような、複雑な色が浮かんでいた。


「少なくとも、押し返すだけの力は持っている、それだけでも充分に脅威だ」

「それが知りたかったこと?」

「それだけではないが・・・まあ、そうだな」


 ガブリエラがそう言うと、何かを思案するように目を伏せる。


「ところでロンと言ったか? いつまでだんまりを決め込んでいるつもりだ?」


 うわっ。


 突然話を振られた俺がびっくりした。


「いや、別に黙っている訳じゃなくて、話すタイミングがないというか・・・」


 俺がそう言って、少々言い訳気味に話しかけた時だった。


「・・・クッ・・クハハハハ! これは傑作だ!」


 あれ?

 俺が喋ったら急に笑いだした・・・

 喋れというから喋ったのに・・・


「”あれ”の言うとおり、ずいぶんと人臭い奴だの。 それも随分と小者染みた理由を述べよる」


 そう言って更に笑いを続ける。

 一体何がそんなに面白いのか・・・


 すると突然、モニカから何やら不穏な感情が上がってきた。


「訂正しろ・・・ロンは”小者”じゃない」


 そして”ドスの利いた”声と表情でガブリエラを睨んだ。

 どうやらモニカは俺を小者扱いされたことにお怒りのようだ。


 するとようやくそこでガブリエラの笑いが止まり、若干の笑みを浮かべながらも真面目な顔でこちらを見た。


「私は”小者染みた理由を述べた”と言っただけで、ロンが”小者”だとは一言も言っておらぬ、そこを履き違えるな」


 そう言ってモニカの視線を真正面から睨み返す。

 その迫力ったら・・・

 一方モニカもそれに対し一歩も引かない。

 なのでこの場で一番”小者”の俺は、睨み合う2人の視線に、胃が痛くなるような錯覚を覚えた。


 そして、それから暫くの間、モニカも”ぐぬぬ”といった表情で睨んでいたが、やがて諦めたのか視線を外す。


「・・・分かった」


 どうやらモニカは納得したらしい。

 そのことに俺がほっと一息つく。

 俺のせいでまた2人がぶつかったりしたら、たまったものではない。


「そもそも、其奴が小者なわけなかろう」


 いや、小者だ。

 まごうこと無き小心者だ。


「それほどの力を扱えるのだ、それだけで大陸で数本の指に入る”大者”と言える。 だからこそ、その言動との”差”に驚いただけの事」


 どうやら肩書王位スキルのでかさに、もっと大物を想像していたようだ。


「だが癪に障ったのなら謝罪しよう・・・すまぬ」


 すると驚いたことに、ガブリエラがそう言って軽く頭を下げた。

 その反応にモニカが”ポカン”となる。


「謝るんだ・・・」


 そしてポツリと呟く。


「謝るのがそんなに面白いか?」

「さっきもそうだけど・・・謝らない人なのかと思ってた、威張ってるって聞いていたから」


 そういえば、たしかに俺もガブリエラって”唯我独尊”って感じで、人を思いやったりしないイメージがあった。


「私も人だ、悪いと思えば謝るし、その事を憚る事はない。

 だがもし、その事で私に対して有利になったと勘違いするような愚か者なら、踏み潰せばいい。

 いちいち”メンツ”を気にするほど弱くはないからな」


 あ・・・なるほど。


 なんとなく俺は、この人が”どう偉そう”なのか理解し始めた。

 この人は他人のために謝るのでも、自分のために謝るのでもない。

 ただ、”そういう気分”だから謝るのだ。

 そして、その”わがまま”を勘違いしてしまった”愚か者”は、文字通り”潰される”ことになる。


 おそらく彼女は、この世に”脅威”を感じたことが無いのだろう。

 それは”王女”という立場と、”王位スキル”という無敵の力によるものか。


 俺は心の中で気を引き締めた。

 この人をどうにか出来るなんて思っちゃいけない。

 好き勝手に施し、好き勝手に壊し、文句を言う奴は気分で潰す。

 まさに自然災害と話している気でいなくてはいけない。

 たまたま今は機嫌がいいだけと思わなければ。


『こりゃ円滑に話を進めるために、俺は少し黙ってた方がいいかもしれないな』


 決して会話が怖いわけではない。

 だが、正直俺がガブリエラの機嫌を取れる気がしない。

 それならば、まだ妙に気に入られているらしいモニカに任せたほうがいいだろう。


 俺がそう判断すると、ガブリエラが口を開いた。


「で? 喋らぬのか?」

「話を聞いていたいんだって」


「ふむ、珍妙なやつだ」


 ガブリエラはそう言うと少々つまらなそうな顔をした。

 だが特に不快な感じは持ってなさそうだ。


「さて、それでは話を進めようか」


 いや、止めたのはあんたでしょうが。

 とは絶対言ってはいけない。


「そなたを呼んだ2つ目の理由だが・・・ある者に会ってくれと頼まれたのだ」

「誰に?」


 モニカが怪訝な表情で問う。

 俺達をガブリエラに引き合わせたい存在がいるとなれば、それはのっぴきならない話だからだ。

 だが、俺達はそこで出てきた名前に困惑する。


「そなたの同室の姉貴分」

「ルシエラ?」

「そうだ」


 その答えに困惑がさらに深まる。

 ルシエラが俺たちをガブリエラに会わせる理由が全く分からない。

 普段あれだけ毛嫌いしているというのに・・・


 だがこれで出発前に見せた、あの”今生の別れ”みたいな表情の説明はつく。

 何度も”処分”を食らったことがありそうなルシエラが、たかが”奉仕活動”ごときにあんな表情をするわけがない。

 となれば少なくとも、”知っていた”のは間違いなさそうだ。


「何でルシエラが?」

「そなたが悩んでいると言っておった。 魔力効率が上がらないのを恥じておるのだろう?」

「・・・・」


 そのことか。

 確かにモニカは以前ルシエラに、そのことで自分が悩んでいると相談を持ちかけていた。

 だが、いくらなんでもそれをガブリエラにバラすのはちょっと・・・

 そんな空気を俺達が発すると、意外なことにガブリエラからフォローが入る。


「ルシエラを許してやってほしい、あやつなりに色々悩んでのこと」

「それは分かっているけど・・・」


「それに、そなたが悩んでいるという話は、私が無理やり聞き出したことだ。

 私の前で、悩み事を抱えた顔をしおった故にな」


 あ、そうなんだ・・・

 俺はその時の様子を想像して、俺達の姉貴分に心で手を合わせた。


「だが安心しろ。 あやつもそなたの身を案じて、絶対に手出しはしないと”約束”をさせられた。

 そこだけは譲れぬと、恐ろしいまでに抵抗しおったのだ」


 ガブリエラが安心しろとばかりにそう付け加える。

 だがちょっと待て、さっき明らかに”手出し”したよな?


 だが、そんな俺達の”ツッコミ”は、ガブリエラのあまりにもの尊大な態度を前に、口から出すことを許されず。

 無言の内に黙殺されてしまった。

 どうせ彼女にとって、さっきのは軽い”ハグ”みたいなものなのだろう。


「・・・ルシエラはなんて?」


 仕方ないのでモニカが話を進める。


「”道”を示してやってくれと言われた、同じ系統の先行者としてな」

「”道”?」


 その時、ガブリエラの目が真剣なものに変わる。


「ハッキリ言おう、そなたが目指すべきはルシエラではない。 その夢は決してかなわん。 あれは”特別”だ」


 その言葉にモニカが息を呑み、同時に悔しさの混じる暗い感情が膨らみ始める。


「あれを慕うのも、尊敬するのも構わん、だが目指すな。 ルシエラの力は、そなたの歩む道とは”逆方向”の極みにある」

「逆方向?」


 モニカがそう呟くとガブリエラが小さく頷く。


「我らが”万”の力を持つ”絶対者”であるなら、あやつの”加護”は究極の”1”のみを持つ”至高”。

 だがそれは”1しか”持たぬからできる事、我らには決して叶わぬ境地だ」

「・・・でも」


 ガブリエラに無理だと言われたモニカが、まだ縋るような声を出した。


「その気持ちはわかる。 体もまだ成長しきっておらぬ、そなたくらいの頃は、どうやっても多すぎる力をうまく使えぬからな。

 ”将位”や・・・下手をすれば”官位”の様に、小さく纏まった術者の方が強く見える時期だ」

「ガブリエラもそうだったの?」


 モニカが少し驚いた声で聞き返した。

 この”絶対強者”が、まるで自分と同じ悩みを持っていたかのような発言を、にわかには信じられなかったのだ。

 だが、返ってきた返答はさらに驚愕のものだった。


「今でも憧れる時がある、周囲の者が器用に魔力を使うのを見るときなどはな・・・いや、成長したことで、むしろ憧れは増したかもしれん」


 そして驚くほど真摯的な目でこちらを見つめた。


「だがそれはそやつらが、1や10しか力を持たぬからできる事だ。 万の魔力を持ち、千の力を振るう我等の感覚でできることではない。 それよりも我等には、我等なりの力の使い方がある」


「私達の・・・力の使い方?」

「先程の魔力による”押し合い”、あれはその難易度だけ見れば児戯にも等しい下等な手段だが、同時に私はあれを使って負けたことがない。

 仮に押し返されたとしても、まだ有利を築けるからな」


 モニカがゴクリと唾を飲み込む。


 もちろんモニカだって頭では分かっている。

 それでも憧れてしまうのだ。

 だが自分の歩むべき道の先にいる者からの言葉は、そんなモニカの心にも僅かながら変化をもたらしたようで、少し頑なだった感情が緩やかに溶けていくような感覚があった。


「今のままで・・・いいの?」

「そなたの戦いを見たわけでないから、それは知らぬ。 だが既に1組1位の者に勝てるのだろう?」

「えっと・・・うん」


 ガブリエラの問いかけに、モニカがゆっくりと頷く。


「ならば私の頃よりもかなり有望だ。 中等部1年の時はたしか6位とかだったからな」 

「本当に!?」

『なんだって!?』


 まさか・・・ずっと”1位街道”を歩み続けてきたとばかり思っていた・・・

 ガブリエラはモニカと違って、幼い頃から専門的な教育を受けていたというのに。


「私は力こそ無敵ではあったが、それに振り回されていたからな。

 そなたほど優秀な調整能力も無かったし、勝てるかどうかはサイコロを振るようなものだった」


 その言葉で、俺はウルスラが自己調整能力を持たないことを思い出した。

 そしてカミル曰く、恐ろしいまでに不安定なスキルであることも。


 それは勝利や強さどころではない。

 文字通り”自分”との、命を懸けた戦いが続いていたことを示していた。


「・・・ごめんなさい」


 モニカも同じ事に気づいたのだろう。

 そんな言葉が飛び出していた。


 そしていかに自分が”恵まれた存在”であるかを自覚したように、ただ力を求めた事を恥じる感情が流れてきた。

 だが、


「謝るな」


 ガブリエラのその言葉に、モニカが小さく息を呑む。

 その声は恐ろしいまでに熱いものに満ちていた。

 そしてガブリエラの表情は、”これ以上の無礼”を許容しないことを示していた。


『モニカ、憐れみは失礼だ』


 俺がそう伝えると、モニカが表情を変えて静かに頭を下げる。

 これはガブリエラを上から見た・・・・・事に対する謝罪だ。


 そしてそれを受け取ったガブリエラが、いつの間にか纏っていた緊張を解いた。


「まあ、そう焦る必要はない事が分かればそれでいい。

 もしくは、焦ってもどうにもならぬ問題と理解してもいいか」


 焦ってもどうにもならない。

 その言葉は、王位スキルに人生を振り回された彼女だから言える、”重み”を持っていた。


「分かった」


 モニカが呟く。

 するとガブリエラが意外そうな顔をした。


「本当にか?」

「なんとなくだけど、分かったような気がする」


 モニカが少し意地張り気にそう言うと、ガブリエラは面白そうに微笑む。


「お前は、なかなかに面白いやつだの、そのスキル共々知りたいことは尽きぬが・・・それはあとでも構わんだろう」

 

 ガブリエラはそう言って、金色の髪に手を当てて少し弄った。

 今更ながら、すごい髪型だな。

 一見するとただ編み込んでいるようにも見えるが、よく見れば網目一つ一つが人の形をしていた。

 まるで頭に”軍団”を抱えているかのようだ。

 

「さて、3つ目の理由だが・・・・これがそなたを呼んだ直接の”理由”だ」


 不意にまたガブリエラの様子が変わり、モニカがそれに反応して体に力を込める。

 前回が”あれ”だっただけに、今回は何をされるのかと身構えたのだ。


「モニカ・シリバ・・・お前はこれから”我が国”と・・・どう付き合っていきたいと考えている?」


 その声は、これまでと異なり”緊張”と”覚悟”を孕んでいた。

 モニカがその迫力に押される。


「どう・・・付き合いたい?」

「そなたが穏便に済ませたい事は知っている、その様に振る舞っていたからな。

 だがここに来て、急に我が国の誇る1位の生徒を負かした。

 それは我が国に対する脅威となる行動だ。 その”真意”を問いたい」


 ガブリエラは一息にそう言い終わると、じっとこちらを見つめる。


「答えづらいのなら約束しよう。 どう答えようとも、お前がアクリラにいる内は手を出さぬし、出させぬ。

 ルシエラと、その様に”約束”した上での会談だからな」


 だがその”先”は保証しない。

 ガブリエラは”言外”にそう言っていった。


 分かってた。

 

 ”目立つ”という、マグヌスにとって不利益になりかねない行動を起こしたのだ。

 当然ながら、その”親玉”は黙っていないという事を。


 だがその”親玉”が提示したのは、予想外の提案だった。 


「だが私としては、そなたと”同盟”を結んでおきたいと考えている」


 ガブリエラはそう言うと、今までにない不敵な笑みを浮かべた。


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