2-4【金色の光 2:~謁見~】



 改めて見ると、あんまり鹿っぽくないな。


 久々にその姿を見た俺は、場違いにもそんな感想を持った。

 記憶とか視覚ログで確認すると、どうしても角の印象に引っ張られてしまうようだ。

 だがこうして目の前に”デーン”と出てこられると、同じ形でも印象が異なるらしい。


 顔がそもそも鹿っぽくない。

 鹿よりも首がまっすぐ上に伸びて、そこに丸い顔が乗っている。

 全身の色は茶色とか黄色じゃなくて、完全な”黄金”。

 それもあえて光沢を抑えたような高級感がある。

 蹄も銀色というか、プラチナって感じだし、角に至ってはダイアモンドに様々な色の宝石が散りばめてあるかのよう。

 そしてその角は、直線的かつ複雑に分岐しながら5mほどの高さまで伸びていた。


 こんな鹿はいない。


 そして ”そいつ” が、文字通り黄金の瞳で、こちらをじっと見つめながら近づいてきた。

 眼も、同じ黄色がきつい”グリ先生”なんかとはまた違った質感である。

 その存在感にモニカの体が強ばる。


 さて、この状況どうしたものか。

 というかそもそも、


「・・・あれってガブリエラだよね?」


 モニカが確認するように俺に聞いてくる。


『多分そうだと思う』


 ルシエラによればこの鹿はガブリエラの”使い魔”で、よくそこに魂だけ入れて徘徊するのが趣味とのことだ。

 一応、同種の別個体の可能性もあるが、こんな”ド派手”な生き物が、そう何匹もいてたまるかって話である。


 問題は”魂入れてる”ってのが、どういう状態を指すのかと、今の状態だ。

 魂ってのはおそらく比喩的なもので、ガブリエラのスキルで遠隔操作しているんだとは思うが、その仕組みや頻度が分からない。

 仮にこちらからアクションを起こしたとして、相手にちゃんと伝わるか判然としないのだ。


 そしてちゃんと伝わったとしても・・・

 そもそも敵でない保証など、どこにもない。

 モニカも同じ考えのようで”黄金鹿”を見つめる表情がだんだん険しくなる。


『あまり睨まないでください、”この子”は敵意にストレスを感じます』


「『な!?』」


 その時、頭の中に澄んだ女性の声が響き、それに俺たちが大きく驚いた。

 腕の下でメリダもビクッとなっているので、彼女にも聞こえたのだろう。


「ガブリエラ?」


 モニカが低い声でそう問いかける。

 その額を冷や汗が流れ落ちた。


 だが今の声はガブリエラのものではない。

 アクリラに着いたときと偶然遭遇したときに聞いた彼女の声は、もっと迫力と威厳に満ちたものだった。


『私はガブリエラ自身ではありません』


 やっぱり。

 だが、その声の響きはガブリエラに負けず劣らず力を感じさせるものだ。

 なんというか、この世に自分より強い者がいないことを知っているかの様。


『私は、ガブリエラの王位スキル”ウルスラ”を管理するための、インテリジェントスキルです』

『・・・なるほど、俺の”同類”ってのはあんたの事か』


 俺がそう言うと、モニカから驚きと納得の感情が上がってくる。

 そして一層緊張の度合いを強めた。


 だが、不思議なことに”黄金鹿”に反応がない。

 あれ?


 てっきり何かしらの反応があるのかと思っていたけど・・・

 そこで俺はあることに気がついた。


「あんたは俺の”同類”か?」


 今度は声を”音”に出した。

 すると今度は反応が返ってくる。


『疑問、 ”同類”とはどこまでを定義してのものですか? 私とあなたは、その構造も機能も目的も大きく異なっています。

 それとも人語を操るスキル内システムという定義における”同類”ということでしょうか?』


「あ・・・はい、そんな感じです」

『了解しました。 ではその回答としては”同類”と判断しても、大きな問題はないと回答いたします』

「・・・そうですか」


 なんというか・・・やりにくい・・・・・

 だが今のやり取りで分かったことがある。


『まず相手はガブリエラ本人の意志ではなく、彼女のスキルが動かしていること。

 そのスキルは俺達の頭に直接話しかけられること。

 だが、俺達の頭の中を覗くことはできないことだ』


 俺がモニカにそう伝えると、了解の感情が返ってくる。


『ただ覗けないのが、そういう能力がないからなのか、単なる善意からかは分からないけど・・・』

『相談は終わりましたか?』


 うえっ!?


 どうやら読めないけど察しては来るらしい。

 厄介な。


「わたし達に、なんの用?」


 モニカがそう問いかける。

 その声は相手を刺激しないように冷静なものだったが、込めた意味には棘がある。

 

『疑問、偶然出会っただけとは考えないのですか? ここは貴族院の裏山です、この子が歩いていてもおかしくはない』

「だったらずっと気付かれないようにしてたはず、あなたならそれくらい余裕でしょ?」


『なぜ、あなた達から隠れなければならないと?』

「それは知らない。 でもその”気配”なら、隠す気がないなら山のどこにいても気がつけた。 私が気づかなかったってことは、隠れてたんでしょ?」


『なるほど、概ねそのとおりです。 たしかにあなた達が”奉仕活動”を終えるのを確認してから接触しています。

 その様に申し付かっているので』


 その時、スキルの人格の言葉が終わると同時に、黄金鹿の角が輝き出し周囲の木々がざわめき出した。


 ハッとした表情でモニカが周囲を見渡す。


『まずい! 魔力反応に囲まれた!?』

 

 驚いた事に一瞬にして巨大な気配と魔力が周囲を埋め尽くし、”それ”がゆっくりとこちらに近づき出す。

 どこを見ても相手の魔力でいっぱいだ。

 完全に逃げ時を失った。

 

 俺がそんな後悔と驚きに包まれる中、モニカはフロウを片手に周囲を探る。

 だがそれは嵐の中で小枝に縋るような気分になる光景だった。

 足元からメリダが震えるブルブルとした振動が伝わり、いつの間にか吹き荒れた空気の壁が目の前に迫る。


『なんの用かとお聞きになりましたね?』


 すると黄金鹿の目が強烈に輝き出し、急に視界に靄がかる。

 


『お迎えにあがりました』



 その言葉が聞こえたのとほぼ同時に、俺達の視界が真っ暗に染まった。






「はっ!?」


 モニカが音を立てて息を吸い込む。

 すると真っ暗だった視界が一気に晴れ、周囲の空気が落ち着いてきた。

 

 その直後、現れた光景に息を呑む。


「ええと・・・どこ・・・?」


 俺達の下からメリダがのそりと体をもたげ、状況がつかめない様子でそう言った。

 目の前に広がるのは山の中の草木が生い茂った光景ではなく、短い廊下のような場所だった。

 だが普通の廊下ではない。

 驚くほど巨大な窓が連なり、壁や柱が高級感のある素材で作られている。

 足下もさっきまでの土の地面ではなく、触り心地のいい黄色の絨毯。


 気づけばあの”黄金鹿”の姿もなく、その”圧力”も残っていない。


「どこだと思う?」

『どっかの廊下だとは思うが』


 取り敢えず、その通路然とした光景を他に形容できる言葉は見当たらない。


「すっごく高そうな絨毯だね」


 メリダが複数の腕で絨毯をピトピトと興味深そうに触れている。


「何が起こった?」


 感覚としては何もなかった。

 だが、見えている景色は明らかに違う。


 幻覚を見ているのか?

 だが周囲の感覚はあきらかに正常のものだ。

 まさか本当にどこか遠くに飛ばされたというのか?

 そんな事が可能なのか?


『モニカ、”透視”使うぞ』

「うん」


 とにかく今は状況を掴まないと・・・その思いで、壁の向こうを盗み見るために透視スキルを発動する。

 だが想定に反して壁の向こうには何も見えなかった・・・・・・・


『どうやら、完全に相手の”胃の中”のようだな』


 この廊下には何らかの”妨害”が働いている。

 俺がそう言うとモニカが苦虫を噛み潰したような表情になった。

 俺としてはここまで完全に相手の手の平で転がされている感じがすると、”もう、どうにでもなあれ”という気持ちが湧いてくる。

 そして、そんな風に俺達がそんな感じに自分達の状態を掴めずにオロオロしていると、不意に廊下の角の向こうから、誰かが近づいて来るのを感じた。


 再び俺達に緊張が走る。


『今度は”人”みたいだな』

 

 俺がそう伝えると、モニカがゆっくりと頷く。

 その気配は間違いなく2本足で歩く1.5mより少し大きな存在を示唆していた。

 そして俺達の視線がその角に集中する。


 現れたのはやはり”人”だった。


 着ているのは高等部の女子制服。

 それも当然のように貴族用の豪華なやつ。

 それだけじゃない、歩き方までもが優雅に見えるように高度に訓練された、”本物の貴族”のお嬢様だ。


「・・・ヘルガ様?」


 モニカが確認するようにそう呟くと、すぐにそれが以前ガブリエラと邂逅した時にいた怖そうな先輩であることを思い出す。

 ルシエラが言っていた情報だと、ガブリエラの”手下”だそうだ。


 だがその”ヘルガ様”はモニカの呟きを聞いて眉をひそめた。

 

「あなたが、私を”様”付で呼ぶ必要はありません」


 あ・・・そうですか・・・

 でも、その迫力と視線に当てられると、たとえ必要なくても自然に様付で呼んでしまいそうになる。

 だが驚いたことに、次の瞬間ヘルガ様がこちらに向かって頭を下げたのだ。


「ようこそお越しくださいました、モニカ様・・・・。 こちらへどうぞ、”主人”がお待ちしています」


 その言葉に一瞬、俺達が完全に固まってしまう。


「ええっと・・・なんで”様付”?」


 ようやく口を開いたモニカから飛び出したのは、そんな質問。

 自分は様付を拒否しておいて、こっちには付けるのかよといったニュアンスだ。


「モニカ様は私の主人が招いた”お客様”ですので、臣下の者がモニカ様をお呼びする時は敬称が必要になります」

「は・・はぁ・・・」


 モニカがその答えにタジタジになる。

 ヘルガの説明はとても丁寧な口調ではあったが、言葉の端々に ”ガキは大人しく様付けで呼ばれてろ” といった感情が篭っているかのようだ。

 そしてヘルガ先輩は俺達にそれだけ伝えると回れ右をして、もと来た道を戻ってしまった。


 モニカとメリダがどうしようかとお互いに顔を見合わせる。

 ”こちらへどうぞ”って言ってたから、ついてこいって事か?


 するとヘルガ先輩が曲がり角のところで立ち止まり、背中から無言のプレッシャーをこちらに向って放ってきた。


「 こ ち ら へ ど う ぞ 」


「「は!? はいっっ!!」」


 中等部1年のまだまだ幼い子供が、トップクラスの上級生の、本気マジの脅しに逆らえるわけもなく。

 2人はそう返事をすると、慌ててヘルガ先輩のすぐ後ろに駆け寄った。

 廊下は平地なのでメリダは自分で台車に乗っており、モニカはモニカで制服の土汚れを払うのに必死だ。


 それでもヘルガ先輩は背中越しに、俺達が近寄ったことを察すると、すぐに威圧を引っ込めて廊下の先に向かって歩きはじめた。

 そして俺達も恐る恐るそれに続く。


 どこに連れて行かれるのだろうか?

 こんなに高級感あふれる所だから、”ドナドナ”はないと思いたいが、気分はそれに近い。

 どこに行くかはわからないが、”誰”に会うのかは察しがついたからだ。


 何せ”使い魔”に無理やり飛ばされて、”手下”に案内されるのだ。

 出てくるのは”親玉”に決まっている。


 そしてそれを裏付けるかのように、その道中で、会った時の”注意事項”が始まった。


「本日は”学友”としての謁見になります、略式の作法で構いません」


 あの・・・正式作法とか知らないんですが・・・


「部屋に入ってすぐに一礼し、呼びかけられれば近づいて挨拶を行ってください、ただし決して先に発言をしないこと」

「「は、はい・・・」」


 って事は、頭下げるだけでいいのか?


「最初は王女殿下と呼び、許しがあれば以降は”様”付けで呼ぶこと」

「「は、はい・・・」」


「それ以降は、目上の者に接する作法で構いません、ですが必ず敬称を付けること」

「「は、はい・・・」」


 たぶん言われなくてもつけると思います・・・本能的に。


「寛大なお方です、多少無作法でも心が籠もっていればそれを汲んでくださる、楽に・・してください」

「「はぁ・・・」」


 楽にしろって、また無茶振りを・・・


「最後に・・・」


 すると突然ヘルガ先輩の歩みが止まり、当然ながらそれにつられて俺たちもその場で止まってしまう。


「時々、癇癪を起こすことがありますが、多くの場合はあなた達とは関係ありません。 それに余程のことがない限り、退避時間を下さるので安心してください」


 うん、無理です。

 安心できないです。


 だがそんな俺達の一致した心の声は完全に無視されたようで、ヘルガ先輩は再び廊下を歩み始めた。


 目の前に小さいながらも優美な造りの扉が見えてくる。

 それはここまで廊下にいくつかあったものと同じだが、なんというか風格が違った。


 そして、ヘルガ先輩がその扉の前に立ちビシッと音がする勢いで姿勢を正すと、中に向かって大声で声を発する。


「お客様のご到着です!!」


 するとすぐに中から返事が帰ってくる。


「入れ」

「失礼します!」


 ヘルガ先輩がそう言うと、その扉を開けて中へと入った。


 そこはかなり大きな部屋だった。

 おそらく上の階まで使っていると思われるほど天井が高く、内装なども廊下よりも高級感がある。

 更に数人の侍女たちが両サイドに分かれて整列していた。

 扉から見て部屋の一番奥には開放的な窓が広がり、その向こうには公園の中のような景色が見える。

 だが、その景色は中央部分が謎の金色の巨大物体で遮られて、見えなくなっていた。

 

 そしてその大きな窓の手前には、これまた大きなソファーが窓向きに置かれ。

 そこに黄金に輝く髪の少女が、覇者のような風格で持って座っていた。


「モニカ様をご案内して参りました」


 ヘルガ先輩がそう言うと、”金髪”の少女がゆっくりと立ち上がり、そのままこちらへ振り向く。

 そこにいたのは、やはり予想通りの人物だった。


 そしてやっぱり・・・でかい。


 体も大きいし、存在感も巨大。

 何より胸についてる2つの球体が、まるで重力に喧嘩を売っているかのように存在を主張しているので、余計に浮き世離れした印象が強い。


 そしてその姿に見惚れていたモニカとメリダが、先程の指示を思い出したのか、慌てて頭を下げる。

 だが、


「よい、この部屋の中で頭を下げる必要はない」


 とその途中で止められてしまう。

 中途半端な角度で上体を止められた2人が、どうしたものかとその格好のまま顔を見合わせた。

 これも”作法”の一種なのだろうか?


「ヘルガ、”等格で”と言っただろう?」

「いいえ、これは”礼儀”です。 謁見する以上、最低限の作法を知るのは目下の者の礼儀に当たります」


 どうやらお互いの考え方の違いによるものらしい。


「この通り、臣下の者の融通がきかなくてな、本来なら私が出向くのが筋だが、それはならんと譲らん。 

 それと、突然この様な場所に呼んだ非礼を詫びよう」


 金髪の少女はそう言って口頭だけで謝罪すると、こちらに歩み寄ってきた。


「知ってると思うが、私は高等部4年のガブリエラ・フェルミだ。

 下の名前は単なる称号で、時によって変わるから覚えなくていい」


 そう名乗る少女、ガブリエラは前に見た時と変わらず、全ての印象が巨大且つ強大といった印象を俺は持った。

 だが、その時モニカから何ともいえない困惑の感情が浮き上がる。


「じゃあ、なんて呼べばいいの? ”ガブリエラ様”?」


 どうやら”挨拶”を省略されたことで、このまま”様付け”で行っていいのか疑問に思ったようだ。

 そして、そんなモニカの様子を見たガブリエラの表情が、わずかに緩くなるのを俺は見逃さなかった。


「呼びやすい形で好きなように呼ぶがいい、”ガブリエラ”でも”フェルミ公”でも構わん。 だが”殿下”はやめろ、誰に言ってるのか分からんからな」

「それじゃ、”ガブリエラ”で・・・」


 モニカがそう返した瞬間、部屋の中の空気が一気に凍った・・・


「っ・・無礼な・・・」

「よい!!」


 モニカに注意しようとした侍女を、ガブリエラが一喝して止める。


「”ガブリエラ”でよい。 ならば私も”モニカ”と呼ぶがそれでいいか?」

「ええっと・・・はい」


 モニカが恐る恐るそう答える。

 何気なく”呼び捨て”で呼んでしまったことで、周囲の様子が一気に変わったのにビックリしたのか、その声は若干緊張で震えていた。

 やはりモニカは大人数の反応が苦手のようだ。


「それではモニカ、ようこそ”我が部屋”に」


 ガブリエラがそう言って軽く一礼する。

 だがそれを見た周囲の侍女達がにわかに色めき立つ。

 言葉で止めには入らないようだが、その様子から”王女”であるガブリエラが”平民”の俺たちに頭を下げたのが気になるようだ。

 まあ冷静に考えれば、とんでもないことだからな。

 俺としても心臓に悪いので、王女なら王女らしく見下してくれた方がいいのだが・・・

 モニカも近い考えのようで、頭を下げられたことで周囲を見回しながらオロオロしている。


 だがそんな俺達を気にもとめない王女様は、そのまま頭を上げると今度はメリダの方に向き直った。


「メリダ嬢、巻き込んでしまってすまない。 くっついていると安全のために一緒に転移させる他ないので、仕方なく巻き込んでしまった」

「あ、いえ・・・あの、ええっと・・・あぁ・・・」


 突然、雲の上の人間に謝られたメリダは完全に思考が追いついていない。


「更に重ねて非礼を詫びる、少しの間モニカを貸してくれないか? ”2人だけ”で話し合わねばならぬ用事があるのだ」


 そう言ってガブリエラが頭を下げると、今度は侍女たちの目線がメリダに突き刺さり、そのことでメリダが更に挙動不審な感じに狼狽した。

 やめて、その子かなり繊細なの!

 と俺が心の中で抗議を行うが、この状況が怖いので絶対音には出せない。


「ヘルガ!」

「はい!」

「メリダ嬢の接待を任せる。 ”エクセレクタ”の口に合う物があるかは分からんが、貴族院の中庭なら暇つぶしになる物もあるだろう」

「分かりました」


 ヘルガがそう言って頭を下げると、まだ状況がつかめてない様子のメリダの肩(に当たるくらいの位置)をそっと叩いた。


「それでは行きましょう」

「あ、はい・・・」


 どうやらメリダは大人しく従うようだ。

 するとモニカが、”合法的”にこの場を去れるメリダを多少羨ましげな目で見送る。

 

「くれぐれもメリダ嬢の気分を害する事のないように留意しろ」

「承知しました」


 最後にガブリエラがそう言って念を押すと、2人はそのままこの部屋を出ていった。


 すると今度は、それに続いて周りにいた侍女たちもその扉から退場を始め、その様子にモニカが困惑する。


「”2人”で話したいのでな、立会人は”無し”だ」


 ガブリエラのその説明とほぼ同時に、最後に部屋を出た厳しそうな顔の年配の侍女が、扉を出たところでこちらに向き直り、深く一礼してから扉を締めた。


 ”パタン”


 その乾いた音を合図に、部屋の中が静寂に包まれる。

 誰もいなくなると唯でさえ広い部屋が、更に広く感じられるから不思議だ。


 そして一頻りモニカが部屋の様子を見渡しながら、俺だけに聞こえる声で呟いた。


「・・・逃げるとこないね」

『壁も天井も床も、見た目よりかなり分厚いな』


 さらに透視などの観測系の能力が大きく妨害されていて、まるで巨大な檻の中のような圧迫感を感じる。

 どう考えても相手を怒らせて無事に逃げる方法はないようだ。


「そうでもないぞ」

「『!?』」


 突如かけられたその言葉に俺たちの身が縮み上がり、モニカが慌ててその方向を向く。

 そこには部屋の中央に向かい合わせに配置されたソファーの片方に、いつの間にか座っているガブリエラの姿があった。


「逃げたいなら、この窓を突き破ればいい。 私は追わぬから簡単に逃げられる」


 そう言って部屋の大きな窓を示す。

 どうやらこちらが逃げの算段をしているのを見抜かれたようだ。

 

 その言葉通り、その窓を突き破ればすぐに外には逃げられそうだ。 

 だが”追わない”という言葉を馬鹿正直に信じるわけにもいかないし、窓の向こうにも得体の知れない”物体”が鎮座している。

 そしてモニカがその”物体”を見つめながら指をさした。


「あれって”王球”?」


 出てきたのはそんな質問。

 ”王球”ってのは、モニカが住んでいた氷の台地にあった、あの丸い”家”のことだ。

 あれは”真っ黒”だったが、こっちは”金色”。

 でも、たしかにその形や大きさは同じ様に見えた。


「そうだ・・・私の”生命線” そして力を扱うために必要な”道具” あれを失えばかなりのダメージになる」


 ガブリエラはなんでもないようにそう言った。

 だが間違いなく”弱点”になるものを俺達に晒したのは、敵意がないことを示すためのものか、それとも俺たち相手では弱点を隠すまでもないという余裕なのかは掴めない。


「”今も”必要なの?」


 するとモニカがそんな事を聞いた。


「ずっと入っている必要はないが、調整や再組成には必ず必要になる。 むしろそれが必要ないモニカの方が私には”謎”だ。

 まあ、その辺も含めて話し合おうというわけだな」


 そう答えたガブリエラが、手で向かいのソファーを指し示す。

 ”そこに座れ”という事らしい。

 モニカがそれに従ってソファーのところまで移動し、ガブリエラに目線を合わせたままゆっくりと腰を下ろす。


 するとお尻から柔らかいクッションに包まれる感触がのぼってきた。

 恐るべき柔らかさだ、何を詰めればこうなるんだ?

 だが、間違いなく座り心地のいいはずのその感触が、まるでソファーに捕獲されたかのように感じるのは、”この場”だからだろうか?


「それではモニカ、改めて今日の誘いに参じてくれたことに感謝する」

「・・・はい」


 ガブリエラの言葉に、モニカが少し間をおいて答えた。

 きっと心の中では”誘拐だろ!”というツッコミが鳴り響いている事だろう。

 だが、拒否権があるわけ無いので大人しく黙っているしかない。


「すまんな、初めての”同格”故に、どう接していいか手探りなところがある」


 でしょうね!


「だが、お互いを知れば、ある程度落ち着くところも見えるだろう、よろしく頼む」

「あ・・・はい・・・よろしくおねがいします」


 ガブリエラの言葉にモニカも頷く。

 


 そして、おそらく史上初めてとなるだろう、王位スキル保有者同士による”会談”が、静かに幕を開けた。


 

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