2-X4【幕間 :~アオハ家の面々~】



 マグヌス  首都 ルブルム


 その地平線の彼方まで続く広大な市街地の中心部から、東に少し外れたところに巨大な城のような屋敷がある。


 ここはこの国最大の貴族、”アオハ公爵”の別邸である。

 ただし別邸というのは、公爵領に便宜上の本邸があるからで、実際はほとんどの場合この別邸にて生活を行い、建物もこちらの方が立派。

 公爵家の殆どの家族もこちらに住んでいる。

 だが最大の貴族ともなればその規模は凄まじく。

 使用人や関係者、公爵独自の兵士やその家族が屋敷の周りに住み、屋敷の敷地の中にさながら一つの街が出来上がっていた。


 そんなアオハ公爵邸の中にある廊下を、茶色の髪の少し太めの若い男が、不機嫌そうな顔で歩いていた。

 その廊下は他のものよりも質素で暗く、人通りがまったくない。

 まさに秘密の通路といった雰囲気を醸し出している。

 それもその筈。

 この廊下の先にある”空間”には公爵家の家族と、本当に一部の関係者しか立ち入ることが出来ない。


 今この廊下を歩いている茶髪のこの人物ですら、最後にここに来たのはもう何年も前のことだった。


 そして、そのまましばらく歩いていると、廊下の終点に重厚な扉が見えてくる。

 それを開き中に入ると、さらに別の扉。

 しかも、今度の扉は前の扉を閉めていないと開かない仕掛けが施してある。

 そんな扉を5つも通過した時、ようやく目の前に広めの中庭のような空間が目に入ってきた。


 その光景に茶髪の男は、この場所特有の何ともいえない違和感を感じる。


 そこは不思議な場所だった。

 周囲の通路部分を除き天井はなく、空には開放的な青空が広がり、周囲の窓にもルブルムの市街が映っている。

 だが、外から見る限りでは、こんなスペースなど屋敷の何処にも見当たらない筈だ。

 そもそも今日の天気はこんなに晴れだっただろうか?


 だが、その違和感はすぐに”諦め”の感情で塗りつぶされる。


 ここは”そういう”ところだ。

 魔力に関して知識も才能もないこの茶髪の男にとってみれば、ここに立ち入れるだけで光栄な話である。


 そしてその男は、わずかに覚悟を決めて中庭の中へと足を踏み入れた。

 

 中庭には世界中から集められた珍しい調度品が整然と並べられ、その数と質がこの場所の主の力を象徴してるかのよう。

 そして、その中心部には大きなソファーがいくつも置かれ、そこでは既に”先客”が座って高そうな酒を片手に談笑していた。

 茶髪の男は、その中心に立つ岩のような印象の男に声を掛ける。


「父上・・・参りました」


 茶髪の男がそう言って頭を下げる。


「うむ・・・来たか」


 父と呼ばれた男が茶髪の男を一目見て、なんでもないようにそう言う。

 だが、そこには親子とは思えないほどよそよそしい緊張感が漂っていた。


 この岩のような男マルクス・アオハは、実の息子の到着にも特に関心がないようだ。

 そして息子であるこの茶髪の男も、それを慣れたように受け入れる。

 彼等の間には親子と言うにはあまりにも酷い”才能の差”が横たわり、それが全てを破綻させていたのだ。


「いらっしゃい、”ファビオ” 葡萄酒でもどうかしら?」


 するとそんな様子を見かねたのか、ソファーに座る場違いなまでに美しい女性が茶髪の男にそう言って、赤い酒の入ったグラスを差し出した。


「ありがとうございます、エミリア様」


 ファビオと呼ばれた茶髪の男がそう言って、グラスを受け取ろうと手を伸ばす。

 だが、その手はエミリアがグラスを少し引いたことで空を切った。


「ここは”家族の間”よ、エミリア”様”はやめて」


 そう言ってエミリアがファビオを睨む。

 その瞬間、ファビオの中を恐ろしいほどの恐怖が駆け抜け、その迫力から、エミリアもまた”持っている者”だということを思い出す。


 もちろん、エミリアが兄の嫁であり、本来”様”付けで呼ぶ必要はないことは理解している。

 だが彼女は元王女であり、遥か雲の上の実力者で、ファビオの事など指を曲げるより容易く”潰せる”のだ。

 その緊張感がファビオに敬称を省くことを、もっと言うならエミリアに認識されることを恐れていた。


「エミリア ファビオをからかうのはやめなさい」


 すると今度は、エミリアの向こうの座る優しそうな印象の男が、そう言ってエミリアをたしなめ、グラスを軽く奪うとそのままファビオに差し出した。


「もう・・・デニスったら、ちょっとからかっただけじゃない」


 エミリアがそう言って、デニスと呼んだその男に絡みつくように腕を回した。


 この優男はデニス・アオハ。

 ファビオの実の兄で、我が家の次期当主。

 そしてファビオと同じくらい才に恵まれない、”負け犬”だ。


 だが一つだけファビオと違うところがある。

 ”怪物エミリア”に愛されていると言う事だ。

 それもかなり異常なほど。


 昔から”デニスに叱られたい”という思いで、エミリアがファビオを虐めるくらい仲がいい。


 世間では王家とアオハ家、またエミリア様の血に流れる旧アイギス家を繋ぐための政略結婚で。

 さらに才がなく家督の危機の有ったデニスを救い、貴族の内紛を収めた王家の”犠牲”のようにも語られる。

 だが、その実態はただ単にデニスに惚れたエミリアが、文字通り”力尽く”で嫁いだだけの話を、周囲が無理やり美化して伝聞しただけのこと。


 王家と我が家以外では、全てに公平で容赦がない”鉄の聖女”のように語られ、実際その様に振る舞うエミリアだが、

 その鉄の皮を一枚剥いで見れば、惚れた男にだらしのない自分勝手な性格が顕になる。


「もう・・・デニスったら・・・」


 他人の目がないことを良いことに、そんな事を言いながら自分の兄に絡みつく怪物を、ファビオは居心地悪そうに黙ってみている他ない。

 久々に家族であることを思い出されたのか、”家族の場”に呼ばれて来てみれば、兄夫婦の仲を見せつけられるなんて、どんな拷問だ。

 さっさと父上のお小言を聞いて立ち去りたいと強く思った。


「まあ・・・座りなさい」


 すると今度は父上マルクスがそう言って、向かいのソファーを手で指し示した。

 その手に従いファビオはゆっくりと腰を下ろす。


「それで・・・何で私が?」

「ここは”家族の間”だ、理由などない」


 ファビオの質問にマルクスが答える。

 だが、ファビオの目には不審の色が消えない。

 家族の間といっても、ファビオに自由に入る権利は与えられてないし、滅多に呼ばれることもないからだ。

 そしてファビオの視線からその事を思い出したのか、マルクスが諦めたようにため息を付いた。


「・・・お前に以前任せた”仕事”の話だ・・・」

「申し訳ございませんでした」


 マルクスの言葉に、ファビオが被せるように謝罪の言葉を放つ。

 実は以前父から任された”仕事”を失敗していた。

 今回呼ばれたのはその”処分”に関してのことだろう。

 だがそれを聞いたエミリアが小さく噴き出し、笑いをこらえる。

 それでも、そんなエミリアを無視するようにマルクスは続けた。

 

「何を謝る?」


 その顔は本気でファビオが謝ったことが信じられないといったものだ。

 どういうことだ?


「いえ、前回の”交渉”では何の成果も上げられず・・・」

「ああ・・・そうか・・・安心しろ、”あれ”はあれでいい」


 マルクスがそう言って、手に持っていたグラスから葡萄酒を一口飲む。

 だが”あれでいい”とはどういう事だ?


「それより”交渉相手”について、どう思った?」


 内容の代わりにマルクスが聞いたのは、そんなこと。

 ファビオはそこで1ヶ月ほど前、認識阻害のローブを着込んで交渉に向かった、あの忌々しい人外共の巣窟アクリラで行われた交渉のことを思い出す。

 すると、すぐにあの恐ろしい飛竜の背中が浮かんできた。

 そしてファビオの向かいに座った、あの小さな娘のことも。

 その姿は、ちょうどここにいるエミリアをもう少し素朴にして、そのまま縮めたような見た目をしていた。


「”どう”と言われましても・・・知性の感じられない、獰猛な・・・」

「あら、”ヘクター”の話だと私や”お母様”に似てるって事だったけど、私達そんなに知性が感じられないかしら?」 


 するとエミリアがそう言って話を遮り、面白そうな表情でそんな意地の悪い物言いをした。


「エミリア! 少し黙ってくれないか!」


 マルクスがそう言ってエミリアを窘める。

 だが彼女は少々不満げな様子ではあるものの、嗜虐的な笑みは崩さない。

 ちなみにヘクターとはこの前の交渉に参加した護衛隊長で、昔はウルスラ王妃の護衛を担当したこともある優秀な兵士だ。

 彼はあの小娘の”脅威”を測るために、交渉に同席していた。


「ファビオ、建前の話はどうでもいい・・・お前の感想を聞きたい」


 マルクスのその言葉はどこか諦めたような響きが有った。


「感想?」

「お義父とう様は、抱けそうか・・・・・って聞いてるのよ」


 唐突に飛び出した、驚きの言葉にファビオの思考が固まる。

 そしてマルクスが、いよいよ我慢ならぬといった表情でその言葉を発したエミリアに顔を向けた。


「エミリア!」

「回りくどいのは無しにしましょう、今問題なのは”そこ”だけでしょ?」

「どういうことです? 父上」


 ファビオは話が・・・もっと言うなら自分だけが知らない”もの”の全貌が全く掴めなかった。


「あの小娘を放置することは出来ないと話したのは、覚えているな?」

「はい・・・存在するだけで我が国の脅威になると」


 あの小娘が持っている”王位スキル”なるものは、マルクスやエミリアが持っているものより高度で危険で。

 しかも、その発生には国が一枚も二枚も噛んでいるため、もし他国に知られればかなり悪質な”軍拡”と捉えられかねない。

 だから、なんとしてでもアクリラから連れ出して、処理しなければならない。


 その様に聞いていた筈だ。


「だが、アクリラの敷居を跨いだ以上、もう我等が手出しすることはできん」

「国の機関のくせに生意気な連中です」


 ファビオはほとんど無意識にアクリラに対する悪態をつく。

 正直なところ、なぜアクリラがあれほど堂々と国の要請を突っぱねることが出来るのか未だに理解できなかった。

 そして、実際何もできない事にも。


「ここで重要なのは、もうその小娘を消すことを前提とした案は全て破綻していることだ。

 もちろん理想を言うならば消すのが最善に違いないが、理想は理想・・・」

「”理想論を前提に動いてはいけない”」


 するとマルクスの言葉に続けるように突如後ろから声がかかり、何事かとファビオが振り向く。

 そこには、”交渉”の時に実際に向こうと交渉に臨んだ、あの痩せた商人が立っていた。

 胡散臭い空気もそのままだ。


 だがこうして並べてみると、たしかに顔立ちはマルクスに似てなくもない。


「なぜあなたがここに!?」


 ファビオが驚きの声を上げる。


「おお・・・よく来たな」

 

 だがマルクスは何でもないようにそう言って、その商人に対して手招きする。

 ファビオはそのことに驚き、同時にわずかに嫉妬する。

 本当の家族であるファビオですらここには滅多に呼ばれないのに、従兄弟の・・・それもアオハではない・・・・・・・彼が当たり前のようにここに来ているなんて。


 だがそんなファビオの感情を余所に、その男は何でもないようにこの空間に混ざると、こちらを向いて説明を続けた。


「あの娘の存在を消すことは出来ない、ではどうするか? 問題になるのはそこです」


 そう言って当たり前のようにグラスを受け取り、一口含む。

 その動作すら様になっているのは、さすが商人ということか。


 彼はディーノ・フルーメン。


 その名の通りフルーメン生まれの商人だ。

 だが彼の父親はマルクスの”前の家”の弟に当たる。

 つまりファビオから見ればディーノは従兄弟だ。

 もちろんアオハ家に婿入りする前の血縁なので彼は貴族ではないが、実際はアオハ家と彼等はお互いに深い関係にある。


「あの娘がアクリラにいる間、そしてその”後”の対策が必要になります」


 ディーノが話を続ける。


「”後”?」

「ええ・・・アクリラにいる間は彼等が隠すでしょう。 もちろんそちらに対しても対策が必要ですが、一番危険なのはそこから解き放たれた時です・・・」

「解き放たれた時?」


 ファビオがそう聞くと、その男が真剣な目でこちらを見つめた。


「アクリラを卒業した時・・・その時彼女は、誰も止められない程の力を手にしているでしょう・・・どうします?」


 ファビオはそう問われて言葉に詰まる。


「それは・・・」

「消すわけにはいきません。 勝つ為にはガブリエラ様をぶつけるしかない。 しかも勝てるかどうかは不明、もし負ければ後には対応策を失った我が国と、誰も止められない”敵”が残る、そんなリスクは犯せません」


「第二の”ハイエット”を生み出す訳にはいかない」


 ディーノに続いてマルクスがそう言い、その言葉にデニスが生唾を飲み込む小さな音が聞こえた。


 ”ハイエット”


 それは世間知らずのファビオですら知っている、隣国アルバレスの”汚点”だ。

 最強の”勇者”による・・・武力による”独立”

 文字通り大国が、たった一人の力に屈した世紀の大事件。

 それを誰も抑えることは出来なかったのだ。


「あの忌まわしい事件が我が国でも起こると?」

「いいえ、もっと酷いでしょう」


 ディーノが嫌に自信満々にそう答える。


「想定される力はもっと上、さらに”地盤”もある。 どうすれば”ハイエット”と同程度で収まると? 流石にそれは虫が良すぎます。」

「地盤?」


 ファビアがその単語に不信感を示す、するとそれにマルクスが反応した。


「”アイギスの亡霊”・・・つまりは旧アイギス系の貴族たちだ」

「ですが、あの娘とアイギスは・・・」

「関係ない? 奴らがそんな些細なこと・・・・・を気にすると思うか?」


 マルクスの言葉にファビオが言葉を失う。

 するとまるで畳み掛けるように、ディーノが言葉を続けた。


「もう既に一部で動きが見られるようです。 アクリラへの道中にも関与している。 もし最強の力を持った存在をアイギスが担ぎ出せば・・・・”独立”では収まらない」


 そしてディーノの顔から胡散臭い笑みが消える。


「国の”分裂”です」


 その迫力にファビオは思わず押されてしまった。


「なので手段は1つ、”我が家”に引き入れる」


 ”お前の家ではない”


 思わず出かかったその言葉を飲み込む。

 代わりに出たのは別の言葉。


「そんな簡単にできるのか?」


 ファビオがそう聞くと、ディーノの顔が再び胡散臭いものに変わる。


「”モニカ・シリバ” が ”ハイエット”に対して劣ることが1つあります。 彼女は”個人”であること、個人であれば、取り込むのはそれほど難しいことではありません」

「それも”女”よ」


 徐にエミリアがディーノに補足を入れる。


「女?」

「鈍いわね、あなたの妻にすると言ってるのよ」


 ファビオはしばらくその言葉の意味を理解できなかった。


「あの”小娘”が・・・私の?」

「卒業するときには”綺麗な娘”になっているわ、なんならお母様ウルスラの若い頃の肖像画でも見せましょうか?」

「ま、待ってください! 話が見えません!」


「行く宛がないのが危険なら、居場所を用意すればいい。

 居場所がないなら、作ればいい」


 エミリアがそう言いながら立ち上がる。

 その姿は、まるで魔王の様ですらあった。


「あなたの仕事は一つだけ、その娘に”子供”を産ませなさい」

「子供?」

「そうアオハの血の入った”化物の子供”、 その子が”我が家”を継ぐ」


 その言葉を聞いたファビオが驚愕の表情でデニスを見つめる。

 すると兄は、疲れたような、諦めたような瞳でファビオを見返した。


「僕たちの子供には可能性がない、だが

このまま”本家”に家督を取られるくらいなら、お前の子供にチャンスをやりたい」


 その目は真剣だった。


 デニスとエミリアの3人の子はいずれも、デニスやファビオに劣らぬ才の無さだ。

 そのため我が家に名を連ねる者の中には、アオハ公爵領にいる、ファビオの”母方”の兄弟達に渡すべきだという声が強い。

 だがそれを認めてしまえば、我ら兄弟は大きく不安定な立場に置かれる。

 平民からの婿養子であるマルクスには、”家柄”がないからだ。


「それに子供を持てば、女は必ずその子の為に動く、牙を剥こうなんて思わないわ。 何者にも切ることはできない”最強の鎖”よ」


 エミリアはそう言って醜悪な笑みを浮かべた。

 まるで自分がこんな醜悪な場所にいるのは、自分の子供のためだと言わんばかりである。


抱けるか・・・・とは、そういう意味ですか・・・・でも、そう上手く行きますか?」

「なので時間をかける、次の交渉からはそのつもりで臨め」


 ファビオの問にマルクスがそう答える。

 だが、ファビオは食い下がった。


「ですが相手は10も年下です!」

「10や20、貴族の年齢差としてはよくある話よ」


 エミリアはそう言って、ファビオの意見を鼻で笑う。

 常識論ではあるが、幼馴染と強引に結婚した女が言っても説得力がない。


「少し考えさせてください」


 ファビオが頭を抱えながらそう答える。

 いくら家督のためとはいえ、半分の年齢の怪物のような娘を将来嫁にしろと言われて、すぐに了承するわけにはいかなかった。

 だが、


「お前に選択肢はない」


 マルクスがまるで死刑執行人のような声で、そう告げた。


「他に手がない」

「”居場所”が必要なら、アオハ家のもっと年齢の近い者を・・・」

「今、最もその娘と歳が近いのは、”本家”のルーベンだ」


 ルーベン。


 その名を何度聞いたことか。

 デニスの子供が家督に相応しくないという声が出始めたのは、まさにこのルーベンのせいである。


「もし仮にルーベンとその娘がくっつけば、いよいよアオハ家は向こうの物・・・いや、なんならこちらを吹き飛ばせばいい。 怪物と怪物の子よ、きっと碌でもない”もの”に違いないわ」


 エミリアが吐き捨てるようにそう言って、葡萄酒を呷った。


「それだけは避けないと」


 そしてそう続け、また酒に注意を戻し、その様子を見たマルクスが話を戻す。


「それと・・・奴らもこちらに”圧力”をかけてきておる。

 先日、ルーベンがその娘と戦って負けたそうだ」

「なんですって!?」


 ファビオが目を剥いて驚く。


「試合か喧嘩か、そこまでは分からんが、とにかく負けた」


 ルーベンといえば、家督はともかく軍事的に言えばマルクスの”後釜”といわれる”力”の持ち主だ。

 それが負けたという事は・・・


「誰の入れ知恵かわからんが、警告と見ていいだろう。

 ひょっとすると最新の”観測データ”を受けての事かもしれん。

 いずれにせよ、こちらの譲歩を急かしているのは間違いない」


 マルクスの表情は真剣そのもので、事態が緊張を孕み始めたことが窺えた。

 そこに、さらにエミリアが続く。


「それにいつ”あの子”が、動かないとも限らないし」

「ガブリエラ様が?」


 ファビオがそう聞き返すと、エミリアの顔に露骨に不快の色が浮かぶ。

 表向きは仲の良い姉妹でも、エミリアは母を奪ったガブリエラを内心では憎んでおり、アオハ家の内々の場ではそれを露骨に示す。


「今は我が家に気を使っているのか、それとも初めて見る同類が怖いのか・・・気持ち悪いくらい大人しいけれど、そろそろ動きたくてウズウズしているでしょうよ」

「でも味方でしょう?」


 ガブリエラは王女だ。

 そういう意味を込めて言ったのだが、エミリアの表情は固いまま。


「あの子は、頑固なまでに”国”の味方よ。 ”我が家”でも”王家”でもない。 それは同じようだけど根本的に違うものよ。

 そこをわきまえてないと、痛い目を見るわ」

 

 エミリアはそう言って心底不快な事を思い出すような表情になる。


 だがガブリエラすら味方ではないということは・・・


 ファビオはそこで己の逃げ道がないことを悟る。

 そして葡萄酒のグラスを手に持っていたことを思い出すと、それを目一杯飲み込んだ。

 口の中いっぱいに不快な味が広がる。

 こんなに不味いわけがないのに。


「ご愁傷様」


 そんなファビオの様子を見たエミリアが、他人事のような顔でそう言った。


「本気で思ってます?」


「ええ、もちろん。 あの忌々しいあの子・・・の同類と結婚しろだなんて、私なら絶対許さない。

 そんな事を私に言うやつは、八つ裂きにしてやるわ」


 エミリアはそう言うと、心底哀れな者を見る目でファビオを見つめた。


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