1-11【新しい朝 14:~アレス高地の草~】
side モニカ
朝、
意識がハッキリしてくると、もうすっかりお馴染みになった草原の葉っぱの匂いが鼻の中に飛び込んできた。
そして目を開けると、いつもの様にルシエラのテントの天井が目に入ってくる。
これを見るのも・・・ええっと6回目だ。
これは、これまでの旅の中でミリエスの宿屋を超えて最も多い数だ。
ここまで来るとちょっと安心感が出て来る。
”王球”以外でこれほど馴染んだ場所は初めてだった。
それにミリエスの宿屋はドタバタしていたせいであまり馴染めなかったが、今は落ち着いているので安心感がある。
そして体を起こすと、テントの中の思いのほか広い空間が目に入る。
本当にこれ、折り畳まれていたのだろうか? ちょっと信じられない。
いつかこういうのも作れるようになるのかな?
そうだ、今日は簡単な魔道具を作ってみるんだった。
ちょうどいい、あとで聞いてみよう。
『おはよう、モニカ』
いつもの様にロンが声をかけてくる。
最近はルシエラがいるので音に出して喋ることが増えたが、これだけは必ず頭のなかに話しかけてくれる。
毎朝それで”距離”を測っているだけに、ありがたかった。
「うん、おはよう」
そしていつものように少し思考が寝ぼけながらそう答える。
特に意味があるわけではないが、これが”私達”の日課だった。
『よく寝てたな』
「そう?」
『バイタルの値がどれも過去最高値だ、相当深く寝なきゃこうはならないよ』
「そう・・・うっ・・うーん!!」
本能的に大きく伸びをする。
すると背中のあたりがゴリゴリ音を立てて解れていくのを感じた。
これは確かにかなり盛大に熟睡していたのだろ。
ふと、妙な違和感を感じた。
「・・・なんか、軽い?」
『そうか? 熟睡して体の凝りが取れたんだろ』
「
なんとなくではっきりとはしないが、そんな感じだ。
昨日はこんなに近くなかったはずだ。
『ああ、ひょっとして・・』
「なにかあったの?」
どうやら相方にはなにか心あたりがあるようだった。
『昨夜、色々試してたらモニカとの繋がりが強くなったらしい、【思考同調】のレベルが3に上ってた』
「・・・それって、喜んでいいの?」
前回のアレでも結構キツイ目に合ってたのに、それが更にきつくなってしまったら、今度は冗談抜きに死んでしまうんじゃないか?
『まあ、使うつもりはないスキルだしな、勲章みたいなもんだと思っておけ、それよりもモニカ、いいニュースだ!』
「いいニュース?」
なんだろう、夜中に何か良いことでもあったのだろうか?
『モニカが寝ているときでも、俺は魔法を発動できるようになったぞ!』
「ほんと!?」
おどろいた。
あれだけ何をやってもうまくいかない感じだったのに、一晩寝たらできるようになっているなんて、流石は私の頼もしい相棒だ。
ロンのその言葉を聞いて、嬉しくて心まで軽くなるような気分になった。
続くセリフを聞くまでは。
『ただし、俺自身の意志による発動は結局出来なかった』
「え!?」
突然の予想外の言葉に頭が混乱する。
「私が寝ていても発動できるようになったんじゃないの!?」
『ああ、だからモニカとの距離が縮まったことでモニカが寝ていても、問題なくモニカに発動を頼めるようになった・・・というか、もうそれしかできん』
「・・・それで大丈夫なの?」
それはもし仮に実技で個別に試験をされたら、大きなマイナスになりうる要素だ。
『大丈夫だろ、今じゃどれだけ分離されようが、制御魔水晶を身に着けている限りは発動してやるという自信がある、それがだめだと言われたら・・・まあ、そこまでだ』
あれだけこだわってたのにも拘らず、この諦め様・・・ちょっと不気味だった。
「ロンは本当にそれでいいの?」
『ああ、今までが変に拘り過ぎていたと思う・・・むしろできないとはっきりしてスッキリしたくらいだよ、それにモニカの意識がない状態での魔法の発動という俺の目的は満たしているしな、だから仮に編入試験に落ちても俺は文句はない』
「・・・一応、試験は受かろうね?」
なんとなく釘を差しておく。
『もちろん、試験は全力でやるさ、それに今になってみれば、どちらかと言えば今までが手抜きに近いと俺は思うよ』
「なら、良いけど・・・」
なんか、今日のロンはいつもよりもかなりスッキリとしているようで、それが逆に違和感が大きい。
本当に私が寝ている間に、何か良いことでもあったのだろうか?
だが、ロンの”朝のニュース”はそれで終わりではなかった。
『そしてなんと、モニカの意識なしに発動できるようになったおかげか、魔法の発動がスキル化されました!』
そう言い切った、ロンの声は嫌に元気ではつらつとしていた。
「・・・ってことは、今後はスキルの力で魔法が使えるの?」
『まだ、出来たてのスキルなんで簡単なものしかできないが、一定以下の規模の魔法陣ならほぼ瞬間的に量産できるようになったぞ』
その言葉と同時に、自分の周囲に大量の魔法陣が展開された。
それは、ルシエラがねる時に
「うわぁ・・・すごい・・・・・?」
その光景に心の底から湧き出した感嘆の言葉が、尻切れトンボのようなかたちに終わった。
今では簡単な魔法陣であれば内容がわかるので、周囲に展開されている魔法陣の内容がわかるのだが・・・
「ねえ、ロン」
『うん・・・見ての通りだ』
「もうちょっと
それは、自分が知っている中で最も簡単な魔法陣・・・ミリエスの村で黒の従者役をした時に使った魔法陣だった。
これ、きれいに丸くて従者役の衣装を着ていればすごく様になるのだが、内容がわかるようになると、いかに簡単な作りなのかがわかってしまう。
この魔方陣・・”シルクルム”は、要はただの輪っかを作る魔法陣である。
そして、それ以上の意味はない。
”聖王の行進”では、中心の聖王役の持っている複雑な機構の魔法石が全てを管理する構造のため、従者役の魔法陣にはただ丸いことが求められるだけだ。
むしろその一点だけが重要なので、何もない”丸い”という魔法陣を用意するのだ。
『残念ながら、まだ出来たてのスキルだからな、魔力の灯火すら容量不足だ、そのかわり簡単に大量に作れるがな』
なるほど、たしかに量だけはすごい。
そういえば、ルシエラの魔法陣も結構見た目だけのものが多いので、これはこれで役に立つのだろうか?
それとも成長待ちなのかな。
そしてそんなことをしていると、すぐ横のベッドの布団の中でルシエラが眠そうな声を上げた。
「うう・・・・ん、もにかぁ・・・・?」
「おはようルシエラ」
いつもより早いな。
ルシエラは完璧なように見えて、寝起きがものすごく悪いという弱点がある。
私なんかはすぐに起きられるが、ルシエラは起きるまでが無茶苦茶大変だし、起きてからも1時間くらいはグダグダとしている。
そういう体質なんだろうが、毎朝大変だなぁ、と思う。
ただ今日はいつもより早起きだし、まだ寝ぼけているがいつもよりかなりスッキリした顔をしている。
そのかわり、いつもと違ってなんかまじまじとコチラの顔を見てきた。
何か私の顔に付いているのだろうか?
朝っぱらからルシエラとがっちり目が合ってしまい、そのすごく青い瞳に吸い寄せられて目線が外せなくなってしまった。
そして気まずいことにルシエラの表情が徐々に険しいものに・・・
「・・・ルシエラ?」
「・・・ん? あ、ごめん、ごめん・・・ふぁぁあ・・・・」
ルシエラは軽く謝って目線を逸らすと、わざとらしく大きな欠伸をした。
ルシエラも色んな所を飛び回って疲れたって言ってたから、よく寝て疲れが取れて違和感があるのかな?
ただ、見た感じいつもより元気はありそうだった。
だったらちょうどいいな。
今日は楽しみにしていた魔道具制作だ。
◇
いつものように、あまり美味しくないが不味くもないし、妙にお腹も膨れる謎の四角い塊のような”物体”で朝食を済ませた後、これまたいつものようにテントから少し離れたところで座って”授業”の開始を待っていた。
ところでこの朝食、どうにかならないだろうか?
流石にずっとこればっかりでキツくなってきたのだ。
久々にお肉が食べたい。
それも血が滴るような新鮮なの。
前は気持ち悪くて吐いちゃったけど、食べたいものは食べたい。
おっと、集中せねば。
今日は久々にロンと一緒に教えてくれるらしい。
ついでとばかりにロメオがすぐ近くに伏せて顔をこちらに擦り寄せている。
「ロメオも”べんきょう”するの?」
仲間はずれにされて拗ねているのだろうか?
「きゅるる?」
だが、この顔を見るにそんな様子はない。
一心不乱に顔を擦り付けて来ている。
『なんか一生懸命魔力を吸っているな、腹が減ってるのか?』
「そんな感じだね」
『そういや、初日に少し草を噛んで吐き出してたな、ここの草が合わないのかもしれない』
するとロンが”かんかくき”の音が出る部分に魔力を通すのを感じられた。
肩幅くらいの大きさの黒くてまん丸の物体だが、今は
「なあ、ルシエラ、ロメオがここの草食わないんだが、なにかあるのか?」
ロンが魔法陣に手を突っ込んで中の物を探している途中のルシエラに疑問を問いかける。
するとルシエラが一旦手を止めてこちらを見て、それからすぐ隣のロメオの様子を見る。
「そういえば、パンテシアって草も食べるんだっけ? だったらここはキツイわね」
「なにかあるの?」
ロメオは基本的には魔力を多く食べるが、草がなくてもいいというわけでもない。
「アレス高地の草は特殊で、毒とかはないんだけれど・・・・ものすごく苦いの」
「にがい?」
「そう、食べたら3日前に食べたものまで吐き戻すといわれるくらい苦いらしいわ」
「それ、本当に毒がないのか?」
「”毒”ではないんだって、ただこのお陰でアレス高地には動物が極端に少ないし、どういうわけか木も生えないの」
そういえば、見渡す限り草以外何もない上に動物らしきものも全く見かけないのは不自然だと思っていたが、まさかそんな理由があったなんて。
ロメオには悪いことしちゃったかな・・・
すると、ルシエラが思い出したかのように魔法陣の向こうの、先ほどとは別の場所を探り始めた。
「ちょっと待っててね・・・・ええっと、あれがこの辺に・・・・あった」
そう言って取り出したのは、いつも私達が食べている謎の四角い保存食・・・・の緑色版だった。
こんな色のものまであるのか、それと気のせいか妙に大きい。
「ロメオちゃんにはこれあげて」
「なんだそれ?」
ルシエラが差し出した保存食にロンが警戒の色の篭った声で問いただす。
「草食動物用の保存食、ちょうどいい消化のしやすさだから、食べてくれるわよ」
なるほどそんなものまであるのか、本当にこの人の魔方陣の中は何でもありだな。
とりあえずルシエラから保存食を受け取ると、それをロメオの鼻面にくっつける。
持ってみると妙に重いが、これは一体何でできているのだろうか?
するとロメオはわずかに保存食の塊の匂いを嗅いだ後、驚いたことに何の躊躇いもなく噛み付いたのだ。
そして少し齧り取ると、なにか実感を込めて味わうかのようにゆっくりと咀嚼して飲み込み、そのまま二口目に移った。
どうやら食べてくれるようだ。
そしてそのまま、(めんどくさいので)地面に保食を置いて、ルシエラの方に向き直ると、ちょうど彼女が魔法陣の中からこれまた謎の塊を3つ取り出すところだった。
「はい、これ持って、こっちはロンのよ」
そう言って私とロンに一つづつ差し出してきた。
どうやらもう一つは説明のためにルシエラが使うようだ。
そして気になるのが、その時にまたもルシエラと目があったのだ。
もちろん一緒にいれば目があうことも多いが、それとはなんか違うような・・・
まるで、私の目の中にゴミが入っているような気がするみたいな印象を受ける。
たぶん気のせいだと思うが・・・
それよりも、この塊はなんだろう?
木?というには無機質的で、石と言うには柔らかい。
これを使うのだろうか?
「それじゃ、魔道具制作の基礎講座を始めます!」
「「おねがいします」」
ルシエラの始業の合図に、私とロンが揃って答えた。
気のせいか、ロンもちょっと気分がよさそうだった。
やっぱり相方も、”私”だから知っていることが増えるのは楽しいのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます