1-11【新しい朝 15:~魔道具づくり 前編~】



「モニカは”ゴーレム機械”が志望なのよね?」

「うん」


 志望というか、それだけが目的と言ってもいい。

 コルディアーノとクーディ・・・二人の大事な家族を取り戻すには、私ではお金も力も全然足りない。

 だから一日でも早く治してあげるために、ゴーレムについて、もっと言うなら”ゴーレム機械”について少しでも勉強したいのだ。


 それに、それを置いても憧れのカシウス、それと大好きな父さんと同じ”ゴーレム技術者”になることに憧れがないといえば嘘になる。


「だったら、魔道具の制作はしっかり覚えておくことね」

「ゴーレムも魔道具なの?」


「もちろん、ゴーレムはより高度な魔道具の一種よ。だから魔道具づくりを知ることは、ゴーレム制作においてとても重要なの・・・って言っても同級生の受け売りだけどね」


 最後の部分で少し苦笑いを浮かべているが、それは十分に納得できる内容だった。

 ただ彼女自身はゴーレムは扱ったことがない感じだった。


「ルシエラはゴーレムを作ったことはないの?」


 するとルシエラの表情に複雑な感情が滲む。


「ゴーレム魔法は黒か黄色の魔力に偏ってるし他色互換魔法も極端に少ないから、青しかない私には完全に無縁だわ、ごめんね教えられなくて」

「いいよ、高度ってことは難しいんでしょ?」


「そうね、早くても中等部以上の内容かしら?」

「だったら、今は教えてくれなくてもいいよ、私がアクリラで勉強するから」


 どういうわけか、私はその言葉をはっきりと言い切ることができた。

 まだ受かると決まったわけではないが、ここ数日の勉強でそれなりの自信がついていたのかもしれない。


 今まではただ単に高い壁としか思っていなかったものが、その高さとそこまでの距離がわかったことで、”登れる”という確信に満ちた感情が生まれていた。


「うん、いい返事だよ、それじゃ始めようか・・・モニカ、ロン・・・今持っている”それ”がなんだかわかる?」

「うーん・・」

「なんだろうな?」


 黒・・・と言うよりは濃い茶色の見た目に、少しザラザラとした感覚・・・


「・・・土っぽい?」

「正解」


 私の答えにルシエラが満足そうに頷いた。


「魔道具の作成には触媒と魔力の組み合わせが基本になります、そしてそれは私が持っている中でも最も簡単な魔力触媒よ、土を魔力を込めながら練っただけのものなの」

「ただ練っただけなのか?」


「そう、この世界の殆どの物体は高密度の魔力に長時間あててやると、何らかの魔力特性を持つわ、そして土や石や水といったものは、非常に優れた魔力保管物質に変わりやすいとされています」

「魔力保管物質?」


「例えば魔法石なんかには、魔力の置き方を調整するだけで、超高精度な魔力回路を書いたりもできるのよ」

「へえ・・・」


『へえ・・じゃないぞ、俺達の右手に嵌っているじゃないか』

「あ!?」


 驚いて右手を見るとそこには、フランチェスカの制御を内包した魔水晶の透明な輝きが目に入ってきた。


「これも魔道具なの?」

「当然よ、魔道具ってのは魔力を使って何かをする物の総称よ、例えば私の持っているテントや通信機もそうだし、ゴーレムやその一種であるフロウなんかも広義の意味での魔道具に含まれるわ」


「フロウもか・・・」


 そう考えると、自分の周りは意外にも沢山の魔道具が溢れており、その恩恵で生きながらえていることに気がつく。

 けっして、すごい魔法師の使うよくわからないカッコイイ武器だけが魔道具ではないのだ。


「ただ、フロウなんかは使える人が極端に限られるから、あまり魔道具とは認識されないわね」

「なんで? 変形もするし射撃もできて、すっごい便利だよ?」


 少なくともそんなに特殊なものだという感想を持ったことはなかった。

 だがその感想は間違っているようだということをすぐに思い知らされる。


「そんなことが言えるのは、無尽蔵に魔力があって、ロンのような反則的なレベルで魔力制御をやってくれるスキルを持っている人間だけよ」

「・・・ご、ごめん・・・」


 ルシエラの少し呆れたような物言いに、なぜだか私は条件反射的に謝ってしまった。


「謝るようなことじゃないわ・・・まあ、話を戻すと、とにかく魔力的に何かを行う道具は、基本的にほぼ全て魔道具になるわ」


 なんとなく脱線しかかった話の流れをルシエラが強引に戻した。


「それじゃ、実際に作ってみましょうか、その土の塊には予め私が魔力を練ってあるはずだから、魔力を通して回路を作れるわ」

「ルシエラの魔力は青ばっかりだけど、大丈夫なの?」


「物にもよるけれどそれは大丈夫、あくまで魔力を定着させるためのものでしかないから色は関係ないわ、下準備に色が関わってくるような複雑なものはもうちょっと後にならないと」


 だったら大丈夫だな、そう考えて改めて土の塊に向き直る。


「まずは、使うものに合わせて形を変えましょうか」

「形を変える?」


「それは言ってしまえば粘土の塊だから、力をかければ変形するわ、今回はそうやって杭の形にします」

「杭?」

「下は針みたいに細くして、上は太く・・・できるだけ丸くして」


 そう言いながら、ルシエラが自分が持っている土塊を慣れた手つきでこねていくと、あっという間に頭に丸い物体の付いたきれいな杭の形になった。


「まずはここまでやってみて」

「うん」


 そう言って私が土をこね始める。

 土はとても硬いが粘りが強く、力をかけると柔軟に変形していいった。

 ただ、思ったより形を整えるのが難しい、なかなかキレイに伸びてくれないのだ。


 ふと横を見ると、フロウでできたロンの丸い玉が、もう杭の形をほとんど完成させているところが目に入ってきた。

 こうしてみると魔道具が魔道具を作ってる形になるんだな。


 へんなかんじ。


「ロンはうまいね」


 私が少々、自分に不満げにそう言った。

 

「まあ、こういう正確な動作は俺の得意分野だからな」

『ちょっと手伝ってやる』


 すると突然、私の手の動きが驚くほどスムーズになった。


「うわ、すごい・・・」


 まるで他人の手のように正確に、だが間違いなく私の思い通りに手が動いていく。

 こんな経験は初めてだ。


「ロンがやってるの?」

「いや、モニカだぞ、俺はあくまで動きの補助を出来るようにしただけだ、モニカとの連携が改善されたおかげで、モニカの動きに介入できるスキルが幾つか開放されたんだ、まとめて【運動補助】って事になってるな」


「へえ・・・・でも、大丈夫なの?」


 思考同調が ”あれ” なので、体を直接弄る系は少し心配だ。


「あくまで、補助だからな、動き自体はモニカのものだ」


 うーん、よくわからないが、ロンが大丈夫というなら大丈夫なのだろう


「なんか、本当に補助だけならすごく有能なスキルね」


 そしてこの様子を見ていたルシエラが、呆れたようにそう言った。

 それには私も全面的に同意だ。

 

「・・・でも、いいの? ”私”がやらなくて」

「別にこれくらい良いだろ、これが”自分”なんだし、それに忘れるな、動かしているのは”モニカ”だ」


 それで良いのかな、でもロンに言われるとそんな気もする。

 

「二人とも完成したわね、じゃあ昨日教えた魔法で”乾燥”させて固めて」


 そう言ってルシエラが見本として魔法を展開してあっという間に、杭を乾燥させて固めてしまった。

 今では簡単な魔法陣はすぐに理解できるので、何をやったかはわかる。


 ええっと、杭の内側から・・・あっためて・・・風を送るんだね。


 ちょっとおぼつかない感じではあるが、ルシエラのと同じような魔法陣を展開して杭の中から外に向かって暖かい風を送る。

 横を見れば、ロンも即座に同じように魔法陣を作って杭を乾燥させていた。


 そこに昨日までの試行錯誤の感覚はない、本当にこの状態で納得してくれたのだろう。


 そして、ルシエラのものと比べると少し時間はかかったが、柔らかさの残っていた土の杭は、叩けば甲高い音がなりそうなほどカチカチに固くなった。

 もう打ち付ければ地面に刺さりそうだ。


「さて、これで触媒は完成したから、次は”魔力回路”の作成ね」

「魔力回路って、ゴーレムとかに入っているあれだよね?」


「あれはちょっと特殊だけれど、それのすっごく簡単なやつだと思えばいいわ」

「そうなんだ」


 ゴーレムはこれのすっごく難しいやつ・・・

 そう思うとこれから行うことが私の人生の第一歩みたいで、なんともいえない感慨が湧いてくる。


「さて、魔力回路とは何でしょうか?」

 

 ルシエラが確認するように聞いてきた。

 これは一応既に学んでいることだ。


「魔力の流れる道の組み合わせ」


 ルシエラのくれた教科書に書いてあった言葉を思い出す。


「たしか魔法陣も魔力回路の一種だったな」


 そしてそれにロンが補足する。


「そう、魔法陣は空気を触媒とする魔力回路だから、ものすごく簡易的な魔道具ともいえるわね。だけど魔法陣は基本的にすぐに使えなくなるものだけど魔道具は少なくとも何回か使うから、そのへんも考えて回路を組まなければいけないわ」


「どうやるの?」

「見てて」


 そう言ってルシエラは自分の杭に手を当てて、何かを始める。

 魔力が流れたようだが、よくはわからない。


「それじゃ、”中身”を見せるわね」


 今度はその手をゆっくりと杭から離す、するとまるで杭の中から引き出されるように小さな魔法陣が杭の太い方から現れた。

 小指の先のほうが大きいくらいの本当に小さな魔法陣だ。

 内容はごく簡単な内容、魔力を感知すると特定の向きに力が発生するようになっていた。


「それが魔力回路?」

「そう、魔法陣そっくりでしょ?」

「何が違うの?」


「魔力の縁を見て、閉じてないでしょ?」

「うん」


 確かに普通なら円のように閉じているが、これは縁が完全に閉じておらず、外に向かって伸びるように変形している。


「魔道具は魔力回路を保存しておくことが出来るから、こうして他の魔力回路と繋げられるようになっているの、そうすることでどんどん複雑にしていくことが出来るのよ」


「つまり、発動のために必要なすべての機構を、一つの魔法陣に詰め込まなくても良くなるのか?」

「そう、だから複雑な魔法陣が苦手でも、複雑な魔道具の制作は得意って人もいるわ」


 なるほど、よくは分からないが単純な魔法陣でも問題ないとことはわかった。


「まずはこれと同じものを作ってみて」


 そう言って、ルシエラが魔法陣をこちらに見せる。

 いつもよりちょっと変な形だが難しくはない。


 簡単に真似することができた。

 色は青ではなく黒いが、同じように縁が閉じていないので間違いないだろう。


「それじゃ今度は杭の中で、同じようにそれを作ってみて」


 その指示に従って今度は杭に手を当ててその内部に魔法陣を展開する。

 見えないのでよくは分からないが、同じものができたという手応えは感じた。


「気をつけるのは魔力回路の位置を正確に認識すること、どうしても最初の一個は適当になってしまうけれど、ここでどこに置くかで、後が楽になるか難しくなるかが決まるわ」

「これはどこに持っていけばいい?」


「今回は”高さ”の方向は使わないから、そこは気にしなくてもいいわ、でも縁の切れ目を真ん中に向けてできるだけ端にしたほうがいいわ」


 端の方がいい。

 そう聞いたので、縁の切れ目を中心に向けてできるだけ端に寄せる。


「位置が決まったら、魔力を流して、あ、少しだけね」


 そして魔力を流した。

 杭の中で魔力が流れる感覚が伝わってくる。

 するとその一部が途中で通りにくくなるような、抵抗感が出始めた。


「魔力が流れる感覚がつまりだしたら、そこで止めてね」

「あ、うん、できたよ」

「俺もできたぞ」


「それじゃ、魔力回路を外してみて」


 その指示通りに魔力回路を作ってた魔法陣を解除して霧散させる。

 

「それじゃ、次に杭の周り全体に薄く魔力を撒いてみて」

「えっと・・・うすく・・・」


 これは少し難しかったが、ロンの無意識のアシストを感じるとイメージ通りに魔力が杭の周りにぼんやりと漂うのを感じた。

 だがそれだけではない。


 驚いたことに、杭の中に薄っすらとだが魔力の流れを感じたのだ。

 それもかなり規則的な・・・


「あ!」

「感じた?」


「うん! 杭の中に魔力の流れがある!」

「俺もわかるぞ、今作った魔力回路の形に流れてるな」


 へえ、そうなんだ、私には流れがあることくらいしかハッキリしないが、そう言われると確かにそんな形に流れている気がする。


「これは、さっきの魔力回路が定着したと考えていいのか?」

「そうね、あの形に魔力を流したことで土の中に魔力の流れが書き込まれたわ」


 ロンの質問にルシエラが答える。

 細かいところまではハッキリしないが、あの魔法陣が消えてもなおこの杭の中にのこったことは伝わった。


「でも良かった、モニカもロンも”第一関門”はクリアしたわね」

「第一関門?」


 なんだろうか?


「けっこうこの段階で、回路の状態が確認できない子が多くてね、記憶と魔力操作で無理やり通す子もいるけど、やっぱり限界があるから、そういう子は”魔道具の才能は無い”って諦めちゃうことが多いの」


 ・・・・危なかった・・・


 今でも結構あやふやでギリギリ回路の流れが判別できる状態なので、もしこれがもう少しでもわからなかったらゴーレムどころではなかった。


 だがそんな私のヒヤヒヤな心など気にもとめていないルシエラは、早くも次の指示を出してきた。


「それじゃ・・・次の説明に行く前に、とりあえず置いていける回路は全部置いていっちゃいましょ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る