1-10【ピスキアの長い夜 8:~Fromage~】
大轟音を上げて崩れ去る奴隷の館。
2体の怪物たちの取っ組み合いに、ついに形を保てなくなったのだろう。
ぎりぎり建物から出てきた弱った老人奴隷が命からがら粉塵から逃げるように、よろよろと歩いている。
どうやら足を怪我したようだが、他の奴隷達が助けに入ったので問題ない。
ウバルトは次に備えて魔力の準備を始めた。
この粉塵の先でどのようなことが起こっているのか。
するとその時、舞い散る粉塵が突風によって一気に晴れた。
そして崩れ去った館の上には先程と変わらぬ竜が2体。
やはりどちらもこの程度では傷一つつかないか。
気になるのは中に入っていった小娘と、黒竜の”本体”だが、黒竜も青竜も健在なところを見るにどちらも生きてはいるだろう。
館という枷が無くなり黒竜の全体像が見えるようになったが、胴体のようなものはなく、地面から首だけが生えていた。
「グワウウウウ・・・・・」
その時青竜が羽を大きく広げて呻きながら空に飛び立った。
どうやら防護魔法が切れたようで、鱗には沢山の傷がついている。
そしてそれを追いかけるように、黒竜の首が伸ばされるが、何かに引っかかっているかのように、その場から動けないでいた。
「キュオアアア・・・」
黒竜の首のうち最も長いものが恨めしそうな声を上げる。
あの首が統率を取っているのだろうか?
いや、よく見れば首の長さがランダムに変動していっている、やはり本体を止めなければ止まってはくれぬか。
その時黒竜の足元の瓦礫が一気に盛り上がり、その中から青の小娘が飛び出してきた。
慌てて黒竜の首が一斉に飛びかかるも、統率がうまく行っていないのか、小娘の動きを捉えることができていない。
更に空中から青竜のブレス爆撃による援護によりあっという間に黒竜の首の届かぬ所にまで逃げてきた。
そして遠巻きに黒竜の攻撃を避けながらこちらへ駆け寄ってくる。
当然、黒竜の放つ魔力砲撃がこちらにも飛んで来るので迷惑極まりない。
いくら魔力を再利用できるからといって、外れた砲撃の余波が容赦なく襲ってくるのだ。
だがそんなことは気にもとめないとばかりに、至近弾を避けながら小娘がこちらに声をかけてきた。
「すいません、追い出されちゃいました!!!」
「追い出されたじゃないだろ!!!」
小娘のあまりにも脳天気な物言いに思わず噛み付いてしまう。
「ええい!! せめて何か分からんかったのか!!?」
「あれの中心は、制御用の魔水晶を失ったスキル保有者です!!」
「なんだと!!??」
これの中心が人だというのか!?
「第一、スキルの制御を失えば形を取るまでもなく消滅してしまうはずだ!」
スキルを構成している呪いは制御なしに何かの形をとることはない、ただひたすら呪いが好き勝手に暴れまわるのだ。
「あれはちょっと特殊で、制御が中途半端に残ってるんです!」
くそっ、
ウバルトは心の中で悪態をつく。
「これだから安易なスキルの組成は!」
そう言って飛んできた瓦礫を弾く。
そもそもウバルトはスキルの有効性について懐疑的だった。
暴走の危険がない魔法と違って、制御用の魔水晶を失うだけで簡単に暴走するスキルは、運用の面においても維持にしてもかなり高いリスクを伴う。
それを補ってあまりある力と魔法にはない即席性と確実性はあるものの、市域にばら撒くには危険すぎる代物だ。
それにコイツのような事例があるとなれば、その危険度はウバルトの想定を超える。
そしてまるでそれを証明するかのように、一番大きな黒竜の口が開けられそこにとてつもない密度の魔力が溜まっていくのが見えた。
「ウバルトさん!!」
「わかっておる!!」
黒竜の口の中のエネルギーはあまりにも密度が高すぎて熱を帯び、まるで太陽の様に光りだした。
あれはまともに喰らえばただでは済まない。
「あれは流石に吸収できませんよ」
小娘が珍しく弱気なことを抜かした。
「なら弾け! 魔法陣はお前が用意しろ、俺が維持する」
すると小娘が返事の時間も惜しいとばかりに小型魔法陣から巨大な反射魔法陣を展開した。
それはいくら変換コストのかからない小娘であっても絶対的な魔力が足りなければ維持できるものではない、だがそこにウバルトが魔力を注ぐことで、戦略魔法攻撃すら凌げる防御が完成した。
そしてその瞬間、ピスキアは真昼の明るさに包まれた。
黒竜の口から放たれた超高密度の魔力は巨大なブレスとなり、とてつもない高温の光を撒き散らしながら進んでいく。
そして防御魔法陣に接触すると、まるで質量を持っていたことを今更思い出したかのように巨大な圧がのしかかってきた。
「うぐっ!?」
「耐えろ、小娘!!」
ウバルトが精一杯の魔力を注ぐことでなんとか魔法陣は維持しているが、いつそれが崩壊してもおかしくはなかった。
だが僅かながらこちらのツキの方が勝っていたらしい。
その魔力弾の圧は魔法陣を突き破れずに逃げ場を失った結果、その力は上空に跳ね上げられることになる。
そして弾き飛ばされた魔力弾は光り輝きながら低い弾道でピスキアの街の上スレスレを飛んでいき、最後には西側にそびえ立つベルス山の中腹にブチ当たった。
そしてその結果にピスキア中の人々が恐怖する。
その雄大な姿でピスキアを見下ろしてきたベルス山の中腹から上が跡形もなく粉々に吹き飛ばされたのだ。
そして次の瞬間、猛烈な衝撃波が轟音となって街を襲い、その音量にある者は吹き飛ばされ、ある者は鼓膜が破れた。
さらにそれを放った黒竜でさえ、その衝撃波に一瞬形を失い崩れてしまったのだ。
「なんて出鱈目な・・・・」
ウバルトは生まれてからこの方、ここまで単純かつ強力な魔力攻撃を受けたことがない。
おそらく西側を中心にそれなりの被害が出ているだろう。
「アンジェロ!! 被害状況は!?」
『今はまだ不明、ここは設置された対策室の窓が割れたくらいですが、西区で幾つか建物に損害が出ています、ですがそれより・・・・』
「ああ、我らのベルス山が形無しだな」
ピスキアの西側にそびえるこの近辺で最大の山であり、ピスキアの街の紋章にも描かれるベルス山の上部が大きくえぐれ、その断面でドロドロに溶けた溶岩が、周囲を怪しげな赤色に染めていた。
「いいか、アンジェロ、代表に連絡して街に戦力を集めておけ、遠征組にも帰還命令を!」
『あの山を見ればすぐに許可は降りるでしょうね、隊長は?』
「俺はここで小娘と一緒に黒竜を抑える、何か知ってるみたいだしな」
◇
ちょっとまいったなぁー
ルシエラは涼しい顔をしながらでも、内心かなり焦っていた。
これほどのエネルギーともなれば、それは普通ではない、それが小さな女の子によるものだとくれば尚更だろう。
つまり、高確率でルシエラが探していた異常の可能性があった。
少なくともアクリラから送られてきた追加報告との合致も多い。
何よりこれほどのエネルギーを持つスキルなど一つしか知らなかった。
となればこれがなんとなく予想していた通りウルスラの同類である事を疑う余地はない。
そして問題なのが、これがウルスラの同類だったからといって何か対処法が分かるわけではないのだ。
暴走したスキル保有者に対する対処法はシンプルでその者が持っている制御魔水晶をあてがってやればいい。
そうすれば後は魔水晶が魔力を得て、勝手に御してくれる。
だが、今はその魔水晶がどこにあるのか分からないのだ。
こうなるともう一度、スキルを組成するしか方法はない。
そしてアレの組成には少なくともウルスラと同じだけの手間がかかる。
ルシエラはそれがどんなものか見たことはないが、この国にいれば嫌というほど耳にするし、本人の口からも大人数で調整するのが煩わしいと何度も聞いていた。
なので今ここで、それを用意するのは容易ではないだろう。
となれば、もう本体ごと消滅させるしかないが、それも非現実的だ。
それにこんな魔力持ち、あのマッドな校長が見逃すわけがない。
殺したとなれば、ルシエラの今後の学校生活は居づらいものになりかねない。
第一、この魔力を押さえ込むことができないのだ。
あれは、暴走しているようで寸前のところで制御が効いているので、あの様に実体を持っているが、そのせいで近寄ることすらままならない。
「ああ、どこかに落ちてないかなあの子の魔水晶!!」
そんな都合のいい願いを、やけくそ気味に叫ぶ。
だが当然、そんな都合のいいことなどある訳もなく。
『ルシエラさん、そちらにパンテシアが一匹突っ込んでいきました、あなたには脅威ではないでしょうが、興奮していて、何人か突き飛ばされたので一応注意してください』
「ご親切にどうも」
そんな些細なこといちいち報告しなくてもいいのに。
あの大技のせいで少し崩れていた黒竜がまたはっきりとした実態を持ち始めた。
今は上からちょっかいをかけるユリウスを追い払うため、比較的威力の小さなブレスを空に向かって連射しているが、再びあの大技が来た場合対処できるかは分からなかった。
その時、黒竜の視線が一斉に何処かを向いた。
ルシエラもそしてウバルトその視線に釣られる。
黒竜は何かに気を取られているようだった。
ユリウスの空中ブレスを食らってもなお、そちらに意識を取られている。
ルシエラはそれが何か気になり、一旦、黒竜たちから距離をおいた。
◇
走れ。
走れ。
意識の全てをそれだけに集中しながら、
走る途中に何人かの人間を突き飛ばしてしまったがどうでもいい。
ご主人達は怒るだろうが、ご主人の命には代えられない。
”その角を右に”
頭の中に謎の声が響く、それが何かなんて考えはしない。
その声に従えばどんどん目的地が近くなるのだ。
先程は妙にぼろぼろな一団とすれ違ったりしたが、もう誰ともすれ違わない。
きっとみんな逃げ出したのだろう。
自分だって逃げ出したい。
それでもそこに向かって走るのだ。
以前自分は、ご主人が大変な時に何もできず震えているだけで、あまつさえその時のご主人の魔力まで恐れてしまったのだ。
そんな失態はもう二度とゴメンだ。
いつの間にか周りには大好きなご主人の魔力が溢れ始めた。
それもいつもより遥かに多い。
この前と同じくらいかもしれない。
だけどその魔力を食べてもいつものように美味しくはない。
魔力の中にご主人の悲しみが、憤りが満ちていた。
だから早くこれを持っていかなければ。
ロメオは自分の口に咥えられた小さな石をしっかりと咥え直す。
この石の魔力は間違っても吸ってはいけない。
この石だけが道標なのだ。
◇
瓦礫をものともせず吹き飛ばしながら爆走する暴れ牛の様子を見ながら、ルシエラはなぜ黒竜がそれに気を取られるのかを真剣に考える。
あの気の取られようなら場合によっては陽動に使えるかもしれない。
だが、その反応は少々普通ではない。
パンテシアはこんなおどろ恐ろしい黒竜の姿にも全く恐れるところがないし、黒竜の方も攻撃対象というよりかは興味の対象に近い感じだった。
そしてそのまま黒竜に向かってそのパンテシアが猛スピードで突入していく。
すると流石にそれは脅威と判断したのか、黒竜の首の一つがパンテシアに向き直り口の中に急激に魔力が高まっていく。
「死んだな・・・」
その様子に思ったことをそのまま口走ってしまう。
その時、パンテシアが急に何かを察知したかのように急ブレーキかけてつんのめりながら止まる。
そしてそのすぐ目の前に、黒竜のブレスが着弾した。
だがそのエネルギーはこれまでよりも明らかに弱いものだった。
もしかしたら弱っているのか?
「って、そんなわけ無いか!」
慌てて、自分の方に飛んできたブレスを回避する。
それは今までと何ら変わらない強力なものだった。
そしてそのエネルギーに耐えられなくなった建物が遂に崩壊してしまう。
この周囲は黒竜のブレスの流れ弾のせいでまともに建っている建物が殆ど残っていなかった。
「これ後で請求されないよね・・・」
ルシエラの実家は庶民なので請求が行くのは勘弁願いたい。
黒竜のブレスは単純な魔力で出来ているので逆利用も出来るが、あまりにもエネルギーが多すぎて吸収しても使い切れずダメージを受けてしまう。
ルシエラの中で最大の魔力を必要とするユリウス召喚ですら魔力を使い切らなかったのだ、少なくとも適当な魔法ではダメージのほうが勝ってしまって使えない。
その点、ウバルトさんはルシエラより燃費が悪いのか、直撃した魔力弾を全て逆利用していた。
燃費がいいのが災いになるとは因果なものだ。
そして、先程黒竜のブレスを避けたパンテシアは、さすがに危険を感じたのか距離を取って黒竜達の様子を窺っている。
ただ、どういうわけか逃げるという選択肢はないようだ。
何があのパンテシアをそこまで駆り立てるのだろうか?
そして何故、あのパンテシアにはそこまで苛烈な攻撃が行かないのだろうか?
観察すればするほど、あのパンテシアと黒竜・・・いや本体との間に何らかの関係があるような気がする。
普通に考えるなら、あの子がこのパンテシアの飼い主とかだろうか?
その時、黒竜の首の一つがそのパンテシアに向かって口を大きく開けて突撃してきた。
ブレスではなく直接狙いに来たか。
まだはっきりとはしないが、あれを殺すのは惜しい。
そう判断したルシエラがパンテシアの保護に動こうとしたその時だった。
突然、突撃してきた首とは別の黒竜の首が、まるで止めに入るかのように突撃した首に噛み付いたのだ。
「どうした!?」
それを見た、ウバルトが驚愕の声を上げる。
そして、その隙きにとばかりにパンテシアが黒竜のもとへ向かって走り出した。
これは届くか?
届いたからどうなるのかは分からないが、その結果には興味がある。
だが事態は、そううまくは行かないようだ。
接近に気付いた黒竜の首が押さえていた別の首を振り切って、そのままの勢いでパンテシアを押しつぶそうと首を振った。
だが、今度はパンテシアがあまりにも黒竜の懐に近寄りすぎて避けきれそうにない。
パンテシアの命運は尽きたかのように思われた。
「ユリウス!!!!」
「グワアアアアアアアオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
その瞬間、上空に居たユリウスが羽をたたみ急降下して黒竜の首を弾き飛ばし、ついでにパンテシアをガシリと掴んで再浮上する。
虚を突かれた形となった黒竜の首がユリウスに弾き飛ばされる。
残った首も、どうもユリウスを追いかけたりはしない。
やはりあのパンテシア、なにかあるな。
「ユリウス! 話は任せたわよ!!!」
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