1-8【少女と老人 1:~気難しい老人~】

 

 玄関先でお互いを見つめたまま固まる老人と少女。

 少女が固まっているのはただ単なる緊張のせいだが、老人が固まっているのはなぜだろうか。


「あ、あの・・・・カミルさん・・・ですよね?」


 モニカが改めてその質問を投げかける。

 


「あ・・・ああ・・・」


 そこでようやく老人の口から声が発せられた。

 今のは肯定と見ていいのか? ということは彼が噂のカミルさんということになるが。


「ええっと、ティモさんの紹介で・・・」

「ピスキアからか」


 どうやら前にも頼まれていたというのは本当のようで、ティモの名前を出しただけで大体の内容を察したようだ。


「あの・・・紹介状・・・」


 モニカがそう言って懐からティモにもらった封筒を取り出すと、カミルと思われる老人はサッとそれをモニカの手から掠め取り、その場で封を切って読み始めた。

 突然、カミルが大きく動いたせいでモニカの心臓が早鐘を打つ。

 それに神経質そうな相手との会話とあってか、モニカの緊張は凄まじいものになっていた。

 よくこれで噛まずに喋れたな。


 そして何気なく使ったが封を開けるとき、カミルが指を光らせて切っていた。

 生活魔法の一種かもしれないが、解析スキルに反応があるのでもしかしたら何らかのスキルかもしれない、データ不足で再現は出来なかったが、カミルが何らかのスキルの保有者である可能性が出てきた。

 なんだろう、ペーパナイフのスキル?


 そしてカミルは書類の内容を一読すると、突然モニカの腕を掴み家の中に引っ張り込むと、外を一瞬睨むように見回して扉を閉めた。


 そしてその行動に驚いている暇もなく、カミルの左手がモニカの頭をガシリと掴む。


「え!? えっと・・・」

「・・・・・・」


 そして右手でモニカの目蓋を大きく広げ、目の中を覗き込んできた。

 

「あ・・・あの・・・・」


 目の前にカミルの目玉が大写しになり、その迫力にモニカが体を強張らせながら声を掛けたが、カミルはそれに答えることなく、ただ一心不乱にモニカの顔のそこかしこを難しそうな表情で見ている。

 そして一通り確認が済んだのか、掴んでいた手を離してずんずんと家の内部の方に歩いていった。

 

 何が何だか分からない俺達は、ただ玄関から中に入ったところで呆然としているしかない。

 

「昼は何か食ったか?」


 カミルが奥の部屋の手前で、ぶっきらぼうにそう聞いてきた。


「・・・まだ・・・です」


 すると、その答えを聞いたカミルは何も言わずにそのまま奥の部屋へ入っていく。

 ここから見る限り、そこは簡単な調理場のようになっているので、ひょっとすると昼食を用意するのかもしれない。


 カミルが暫く厨房に篭っている間、モニカが部屋の内部を興味深げに眺める。

 まだ緊張が残っているので近づいたり手に取ったりはしていないが、それでも周囲に興味を持つくらいには余裕が出てきたようだ。

 

 部屋の端に二階に上がるための階段があり、その反対側には別の部屋が2つ。

 なんとなく雰囲気からして、片方はトイレだな。

 この部屋の中心には食卓を兼ねるであろうテーブルが一つと、それとセットの椅子が4つ。

 そのテーブルの上に置かれた二組の魔力灯がこの部屋の主な光源のようで、昼間とあって窓から日は差し込むものの、どこか薄暗い印象がある。

 部屋の中に装飾のようなものはなく、そのかわり壁に置かれた棚の中には沢山のメダルがあり。

 壁には様々な賞状が飾ってある。


 その量と内容から、カミルが聞いていた通り凄い経歴の持ち主だということは嫌でも伝わってきた。

 だがその割に暮らしぶりは妙に質素だ。


「どうした、そんな所に立ってないで、座ったらどうだ」


 あったかそうないい匂いのするスープと何やら大量の野菜を山積みにした皿をお盆のようなものに乗せて、カミルが戻ってきた。

 そして予想通りその量は老人一人で食べるのは多すぎるし、取り皿も二人分ある。


 モニカが恐る恐る席につくと、その目の前にスープと野菜が小分けにして置かれた。


「マシュルは嫌いかね?」


 カミルが問いかける。


「・・・マシュルって?」

「この緑色の野菜のことだ、不味くないが、作っている農家が多くてね、おすそ分けということで馬車の荷台に積めなかった分がこうして回ってくる、体には良いんで食べなさい」


 どうやらこの1枚5センチほどの大きさの緑色の葉っぱのような野菜がマシュルらしかった。

 モニカはカミルがその野菜を口に運ぶのを見てから、同じように口に放り込んだ。


『・・・ちょっと、にがいか』

「・・・うん」


 口の中に独特の苦味と甘味が広がる。

 癖は強いが確かに不味くはない。

 それに少し薬草みたいで体に良いというのも本当な気がする。


 暫くこの不思議な食卓には二人が野菜を咀嚼する音と、スープを啜る音だけが響いていた。


 モニカもカミルも、時々お互いの様子をチラリと見るがそれ以上何も言葉を発せず、俺もその表情からカミルが何を考えているのかは読めない。

 最初に、モニカの様子を見た時はとんでもなく驚いた表情をしていたので、てっきりそれなりに表情豊かな人間なのかと思ったが、こうして見ると何を考えてるのかわかりにくい印象を受ける。


 では、最初のあれは何だったのかと思うが、今のところ心当たりに繋がるものはない。




  


「・・・どう思う?」


 昼食の片付けにカミルが調理場に行っている間、モニカがカミルについて意見を求めてきた。


『口下手な人?』


 俺が率直な感想を述べる。

 正直、それ以上については何もわからない。


「・・・・大丈夫そう?」

『ああ、そっちか・・・それは流石に出たとこ勝負としか・・・・』


 自分達のスキルの持っている可能性が高い特殊性について、知られても安全な相手かどうか、それはまだわからなかった。


『でもそれは2日前にも覚悟したことだろ? ここは街からも遠いし、あの時よりは安全だと思うぞ』

「だといいけど、あの人、たぶんティモさんよりかなり強いよ・・・」


 モニカのその言葉で俺は自分の中の警戒レベルを大きく引き上げる。

 モニカが改めて強いと口にするからには、きっとそれは普通ではない。


 できればこの小屋を吹き飛ばすような真似はしたくないが、俺は自分の中の意識として人間相手に【ロケットキャノン】を放つ所まで想定して心の準備を始めた。




 それから少しの間待っていると、片付けを終えたカミルが厨房から戻ってきて当たり前のように、俺達の目の前に座る。


「さて・・・・」


 座って一息つけたカミルが、その重々しい口を開く。

 その声に、モニカがゴクリとつばを飲み、ついでに歯の裏に引っかかっていたマシュルの切れ端の苦味に一瞬眉をしかめる。


「さっさと調整を始めよう、時間がかかるからな・・・」


 カミルがそう言って、ジェスチャーで魔水晶を見せるように促してきた。

 その指示に従いモニカがゆっくりと、右手をテーブルの上に置く。


 するとカミルが差し出された右手をつかみ、手の甲に付けられた魔水晶を目の前に寄せた。


「3型か・・・・」


 カミルが魔水晶を見ながらそんなことを呟いた。

 そういえばティモもこの魔水晶を見ながら3型とか言っていたな、やっぱり制御用の魔水晶にも何らかの種類や区別が有るのだろうか?

 だがティモに見てもらったときと違い、この部屋には器具の類いはないが本当にここで調整できるのだろうか?


「ティモのカルテに書いてある通り、台座にだいぶガタが来ているな、汎用品で大丈夫か分からなかったみたいだが、こいつは魔水晶を固定する機能しかないから、汎用品で問題ない」


 魔水晶を指で軽く突っつきながら、カミルが魔水晶を固定するための台座に言及した。

 どうやら紹介状に俺たちについてある程度説明がされていたようだ


 ティモも魔水晶の固定について何か言っていたが、手に負えないランクということで、安易に汎用品にしなかったらしい。


 ただ、カミルから正式に汎用品で大丈夫という文言を頂いたので、今後は積極的に交換できるようになった。


 それからしばらくの間、コンコンと指で魔水晶の表面を叩きながら状態を確認していたようだが、それが一段落するとカミルの手が白く光り、そこから魔力が流れ込んでくるのを感じた。


 そしてティモが使ったような器具もなしに、あの特殊な目盛りの付いた魔法陣が魔水晶の上に浮かび上がった。

 だがそのサイズがティモのものの4倍は大きく、遥かにたくさんの目盛りがついている。

 さらにそこに表示されている俺達の魔力と思われる黒い波線についても一本だけではなく、8本と数が多い。


「ふむ」


 とはいえ、ここまでは規模は違うが前回も同じ段階まで辿り着いている。

 魔法陣のグラフの内容はよくわからないが、数が多いだけでそれほど大きな違いがあるようにも思えない。

 つまりまた分からないと言われるのではないかと心配になった。


 だが、それは思い過ごしのようで、カミルは何かの明確な意志で持って、何かを操作しているようだ。

 そこに迷いや疑問の色は見られない。


 何らかの確信めいたものを感じさせた。

 きっと彼ならばちゃんと診ることができるのだろう。


「あ・・あの・・・わたしって、どこかおかしいですか?」


 すると顔の怖い人が目の前で無言で自分に対して、自分には理解できない何かをしている緊張に耐えかねたモニカが、心配そうな表情でカミルに問いかけた。

 

「ん?」


 集中していたせいもあってか、カミルは声をかけられたことに少し驚いたようだ。


「なんか・・・わたしのスキルって・・おかしいみたいで・・・・・」

『モニカ、どうした!?』


 カミルが自分のスキルについて理解できると察したとことで、モニカの緊張は一種の極限状態に達していた。

 

『大丈夫だ、いざとなればいつでも逃げられる、気負うことはない』


 俺が何とか宥めようと声をかけるが、その緊張が解けることはなかった。

 一方のカミルも、モニカの様子が少しおかしいことに気付いたようで、魔水晶ではなくモニカの目をじっと見つめてきた。


「おかしいわけではない・・・・ただ少し・・・・特殊なだけだ・・・」

「・・・特殊なだけ?」


「既に知っていると思うが、君のスキルは世間で出回っている”スキル”の範囲に収まるものではない・・」

「・・・王位スキル?」


 モニカがその言葉を発すると、カミルの目が静かに閉じられ、何かを逡巡するかのように表情を歪ませた後、彼の中で何かの決心がついたかのようにその目が開かれた。


「そうだ・・・・・それは、かつて・・・全てのスキル・・・いや、すべての”力”の”王”となるべくして作られたモノの・・・その名残だ」




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