1-6【北の大都会 14:~毛皮の鑑定~】




 青いフリルのついた布製の、可愛らしい子供用のパンツ。

 その両端を握りしめながら、モニカがフリルの部分をじっと見つめていた。


「どう思う?」

『やめておけ、いくらなんでも薄すぎる、風邪を引くぞ、それよりもその2つ右の棚の毛糸のパンツをだな・・・・』


 現在俺たちはアルヴィン商会との約束までの時間で、さらに空振りに終わったスキル調整で浮いた時間を消費すべく、近くの商店を物色していた。

 これからどこへ向かうにしても、またそれなりの旅になることが予想されるので、それの準備を兼ねてのものでもある。


 そんな訳で様々な服を扱っている服屋にやってきたのだが、今はその中でも下着を選んでいる最中だった。


 俺が指示したのは実用一点張りの暖かそうな毛糸のパンツ。

 正直、どこから眺めても一切、まったく、ひとかけらの可愛いさもないのだが、上下に丈が長くお腹の真ん中くらいまで覆ってくれる。

 しかも結構伸縮性があるので、これから成長しても全く問題なく履けるだろう。


 これならば寒い朝でも問題ない。


「ええ・・でもそれ暑そうだよ・・・」


 どうやらモニカはお気に召さないようだ。

 この街に来てたびたび暑がっているので、もしこれが他人ならばそういう物なのだろうなと思ったのだろうが、幸いにというか残念ながらというか、俺は完全な他人ではないのでその言葉に突っ込みを入れる。


『何言ってんだ、時々寒さで震えてるじゃないか』

「いつ?」


『朝起きる前とか、トイレに行った後とか、昼間でも暑くて無意識に服をまくったりしてちょっと冷やしすぎたりしてるぞ、俺も寒いんだからな』

「うぐっ・・・」


 そう、これはモニカのためではない。

 モニカの適当な体調管理のツケだけ払わされる俺の我儘なのだ。

 なので、女性物の下着だろうが遠慮なく意見を言わせてもらう。

 パンツだからと恥ずかしがっているわけにはいかないのだ。


 モニカはどうももっと寒い地方にいたせいか、この地域の気候を舐めている節があるし、街に出て来たばかりで浮かれているので実用性よりも見た目の新鮮さに釣られて、氷の世界で感じた”できる狩人”感は完全にどっかに行ってしまっていた。


「あれかっこいい・・・」

『あれは男物だ』


 モニカが指さしたのは、青と白い布で作られた魔法士用のコートだった。

 ただ明らかに2m以上向けの巨大なもので、正直売り物なのかもよくわからない。


 このコートもそうだが、ここにきてモニカが妙なまでに青い装飾のついた服を欲しがる。

 これまでモニカの行動で色について執着を見せることはなかったのだが、今日は雑貨屋でもガラス製の青いカップなどに目を引かれていたのだ。

 間違いなく昨日見た青い少女の影響なので一過性の物なのは間違いないが、俺が気を抜くと全身青尽くめで纏めてしまいそうだった。


 魔力傾向が完全に”黒”なので俺としては、もし拘るなら黒の方が良いんじゃないかと考えてもいるのだが、モニカの中では青ブームの真っ最中なので優先度は低そうだ。


 ちなみに黒い服装がいいというのは適当に言っているわけではなく、この世界の住人が特に魔力に秀でている人ほど自分の魔力傾向と同じ色のものを身に着ける傾向にあるのを考慮してものだ。

 それは何らかの意味があるような気もするし、もしかすると文化的慣習なのかもしれないが、安易に疎かにして良い物ではないような気がするのだ。


 そして、そんなこんなでいろいろなやり取りがあった後、服屋を出るときには灰色をベースに黒のアクセントが入ったデザインの子供用の魔法士服を着ていた。

 小脇には代えも含めて数枚の毛糸のパンツに・・・・青いフリルのパンツも含めた複数の衣類を抱えていた。


 今回はいい買い物ができた。


 この服はこの近辺の自然の中では地味で目立ちにくく、それでいて街中でもそれなりに見栄えがいい。

 さらには俺の希望として黒の色も混ぜることができた。

 これで70セリスはお得だといえるんじゃないか?


 最初は青いのを求めて激しく抵抗していたモニカも、実際に着てみるとしっくり来たようで店の窓ガラスの前で腕を伸ばしたりして軽くポーズをとって興味深そうに眺めている。


 しかし大体の物はこの近辺でそろえることができたな。

 冒険者協会がすぐ近くにあるためか、この辺は長旅や戦闘時を考慮したものが多いのもポイントだ。

 これが中央局とやらの近くだと生活雑貨が多くなり、少し北に行ったところにある大通りなどは高級品の店舗が多くなるらしい。

 俺たちがその値段の前に挫折した本屋も高級品が並ぶ区画にあるようだ。

 やはり本は高級品らしい。


 だが、軽く店を回った程度だが、物の値段に妙なチグハグさを感じるんだよな。

 本はむちゃくちゃ高いのに、紙は意外にもありふれていたり、それ程高級でもない店の窓にもほぼ必ずガラスが嵌められていたりと、物の価値感がつかみづらい。


 どうも高額なところとそうでもないところの差が激しいのだ。

 1セリス数百円という価値観も微妙に当てにできなくなっていた。

 この辺だとそれでもかまわないが、場所によっては1セリス100円を切るくらいのノリで値段がついているような印象があるのだ。


 そして制度や組織のシステムについても嫌に近代的かと思えば、その実態は見せかけだけのザルだったりと急造感が否めない。

 話によると、ピスキアの中心部が高層化したのはごく最近のようだし。


 現在、急速に世界が発展し変貌している最中だとみて間違いないだろう。

 ただ、それだけではない何か妙な違和感も感じるのだ。

 

 まるで、別の世界から中途半端な知識だけが流入したことがあるような・・・・



「ロン? 聞いてる?」


 モニカの呼びかけに思考を止めて我に戻る。

 

『ごめん、考え事してて聞いてなかった、で、なに?』

「なんか、わたしかっこよくない?」


『まあ、いつも着ているのに比べたら、かなりまともになったからな』

「こうして見ると、黒も悪くないね」


 どうやら、モニカの中での青ブームは終わりが近いようだった。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 昼食に、特産品の豆をふんだんに使った料理を食べ少々微妙な表情になった俺達は、アルヴィン商会の前にやってきていた。


 ちなみに豆といっても、一粒が1cm程度の小さなものもあるが、中には10cmを超えるような巨大なものもあった。

 ただし味は完全に豆であり、肉食のモニカには非常に言葉にしづらい微妙な感想を持ったようだった。



 さて話を現況に戻すと、既に昼を少し過ぎたところなので今は指定された時間になったと思われる。


「おや、モニカちゃん、お待ちしてましたよ」


 前と同じように商会の前で、荷物の検分を行っていたダリオがこちらの姿を確認するとすぐに声をかけてきた。

 気のせいか昨日よりも扱いが丁寧だ。


 正式にこちらを客として認識したのかな?


「毛皮の値段はついた?」

「ええもちろん、詳しいことは中で」


 そう言って大きくあいた商会の入口を指し示す。


 

 中に入ると相変わらず様々なものが所狭しに置いてある様子が目に入ってきた。


「こんにちは、モニカさん、お待ちしていましたよ」


 昨日俺たちの対応をしてくれた女性が、昨日と同じように頭を下げて挨拶してくる。

 キャリアウーマンという印象は変わりなく、その完璧なまでの動作は彼女の能力の高さを暗示しているようだった。


 そして今日は彼女だけではない。


「なるほど、あなたがモニカさんですね、話は聞いています」


 声をかけてきたのは、小奇麗ではあるものの動きやすそうな見た目の服に身を包んだ気難しそうな男だ。


「モニカさん、こちらが今回毛皮の査定を行いました当商会のパウロ・レッキノです」


 女性がそう紹介すると、パウロは右手を差し出し握手を求めてきた。


「ご紹介にあずかりました、パウロです、よろしくお願いしますね」

「ええっと・・・お願いします・・・」


 モニカが握手にこたえると、パルロがモニカの手を軽く握りすぐに離す。


「それでは、さっそく本題に来ましょう、昨日預けられた毛皮ですがすべて査定は終わっています」


 どうやら結構せっかちの性格らしく、すぐに本題に入っていく。

 まあそのほうがモニカも緊張しないで済むのでちょうどいいのだが。

 

 俺たちはパウロに案内され奥の一室に場所を移した。


 そこにはさまざまな種類の毛皮が所狭しと積み上げられた毛皮専門の部屋だった。

 ここだけでいったいどれほどの毛皮があるだろうか?


 そういえばシリバ村の毛皮もこの商会が一括して扱っているんだったっけ。


 そしてその中心に置かれた大きな机の上に様々な器具と一緒に、見慣れた毛皮が積んである。

 それは間違いなく俺たちが運んできたサイカリウスの毛皮だった。


「今回は当商会に持ち込んでいただき誠にありがとうございます、サイカリウスの毛皮なんて数年に一度手に入るかどうかなので、大変興奮しましたよ」


 そう言いながらパウロが、その一番上の毛皮を手に取り丁寧に広げて、その中の一か所を示した。


「まず一枚目、ここと、ここと、ここに小さな傷、それとここの色が変わっています」


 そしていきなり毛皮のあちこちを指さしながら、指摘を始めた。

 俺もモニカもその突然のことにうまく反応できず、そしてそんな俺たちを放置してパウロの指摘は二枚目に移る。


「次に二枚目、こことここに傷・・・・こちらとこちらで色が違いますがこれは切り分ければ目立たないので問題はありません」


 どうやら、最後まで毛皮の状態を事細かく説明するまで、俺たちの発言する隙は与えないということのようで、矢継ぎ早に毛皮の細かな傷や変色などに指摘を入れていく。

 ただ、適当に指摘しているわけではなく、いつの間にかモニカの手元に差し出されていた目録に記されたものを俺たちに示しているようだ。


 ただしその数が尋常ではない。


 モニカも次々に指摘されていく傷やら痛みに次第に顔を青くしていく。

 俺としてもこんなに指摘されて果たしてまともな値段がつくのか恐ろしくなってきた。


 モニカの今後のことを考えるならば、できるだけ高い値段がついてもらわなければ困る。

 ただ、この分だと8千から9千という俺の予想は下方修正しなければならないかもしれない。

 

 パウロが最後の毛皮の指摘を終えるころには、俺もモニカもすっかり死刑宣告を待つ囚人のような気分になっていた。


「さて、これらの要素を加味して、現在の取引価格から計算した、わが商会の買い取り価格は・・・・・」


 モニカがごくりとつばを飲み込む。


「締めて1万6320セリスを提示させていただきます」


 それは俺の予想を超えて高額なものだった。


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