1-6【北の大都会 10:~目標~】



「うん・・・・うう・・ん?」


 頭が痛い。

 

 少し寝すぎたかな・・・・

 ゆっくりと重たい瞼を持ち上げると、そこは夕食を取っていたはずの宿屋の一階の食堂だった。

 どうやら、食事の最中に眠ってしまったらしい。


「ああ、やっちゃったな・・・・・」


 この宿屋の食堂は、もう一方の宿屋のよりも全体的に値段が安く、それでいてレアな品揃えがあるので自分のような異国の人間にとっては非常にありがたいため、この街に来た時は懇意にさせてもらっていたのだが、どうやら慣れすぎて眠ってしまったのだろうか。


 それとも疲れのせいかな?


 青い髪に、青い目・・・衣装も青系統と、”青”づくしの少女、ルシエラはテーブルの上で大きく伸びをする。

 こんなに青いのは別に趣味ではない、自分は”青”の魔力に愛されてその恩恵を受けているのだが、同時に自分が青以外の色を身につけると魔力がへそを曲げて使いものにならないのでこうならざるを得ないのだ。


 まあ、そのおかげで一般人に毛が生えた程度の魔力でありながら、国の金でアクリラに留学できているので文句を言う訳にはいかないが・・・


 それにしても北部を見て回ってくれと言われてからはや2ヶ月、ピスキアを訪れるのはこれで3回目だ。

 最初は温泉旅行だと浮かれていたが、いざ始まってみると特に何もめぼしい成果は出せず、今日も今日とて”成果なし”の報告書を転送魔法で”学校”へ送ったところだ。


 そうだ、この転送魔法がいけないのかもしれない。


 魔力が多い方ではない自分にとっては、この魔法に必要な魔力量も馬鹿にできるものではない。

 転送などの空間系魔法は燃費が悪い。


 こんなものを3日に一度やり続ければ、そりゃ疲労がたまるというものだ。

 そして、これがあと一ヶ月も続くのかと思うと身が持つのか心配になってきた。

 

 既にあと一ヶ月の間で何らかの発見があるとは思っていなかった。


 校長からの追加報告にあった通り、たしかに微弱な魔力の乱れと思われるものは感じられるのだが、それはどこかに限定するものではなく北部全体にまんべんなく広がっているもので、ここまでの所、わざわざ自分が注目するような何か大きな事態は確認できていない。


 そんなわけで、ひたすら魔力分布を探るためのフィールドワークをこなし、時折襲ってくる獣やら魔獣やらを適当に倒し、それよりももっと厄介な”先輩方”も、これまたついでに倒しと、金に困った魔法士学校生がよくやる様な”討伐旅行”と何ら変わりない旅程を送っていた。


 ここまで見聞きした異変といえば、北部全体の土中の魔力分布が、平均を取るとほんの少し黒に傾いていることと、あとは本当に北の方の村で結構大物の司祭が襲撃されたとかだ。

 どちらも別に気にすることではない。


 それに帰国休暇から数えて約半年もアクリラに戻っていないせいで、若干懐かしく感じ始めていた。

 こういうのもホームシックというのだろうか?


「私も早く、高等部の制服着たいな・・・・」


 再びテーブルに顔を置きながらポツリと呟く。

 これでようやく”あいつ”に制服で馬鹿にされずに済むというのに・・・・


 そういえば、寝ている時に”あいつ”の夢を見たな・・・・

 こんなところにいる訳もないのに。

 ”あんなの”まで懐かしいと感じるとは、いよいよキツくなってきたかな。


 そんなことを考えながら、起きた時にいつもやっているように自分の魔法陣をチェックする。


「・・・あれ?」


 その中の一つに使われた形跡が見られた。


 だがそれはおかしい、これはいつも安眠を妨害してくる”あいつ”避けに作った魔法陣で、

”あいつ”の無駄に多い魔力を逆手に取ったかなり特殊な起動条件を持つものなのだ。

 普通の人間では起動することはないので、わざわざ別の魔法陣を用意しているくらいなのに、そちらが反応せずこちらだけ反応しているということは・・・・


 よくよく思い返すと、夢に出てきたのは”あいつ”ではなかった。

 こう、もっとなんというか・・・ちんちくりんの・・・・髪はクリーム色で、目はすんごい真っ黒・・・・ということは魔力傾向は黒かな。

 そう思うと似てないな、なんで間違えたのだろうか?


 しかも、面白いことに横のテーブルに座っていいかと聞いてきたのだ。

 それがあんまりにも奇妙で、そこで夢だと思ったんだっけ。


 だとすると、この魔法陣はどういうことなのだろうか?

 何度見ても確かに使われた形跡がある。


「・・・・・まさかね」


 まさか、あんな規格外スキル持ちが他にいてたまるかというものだ。 

 きっと自分でも気がついていなかった魔法陣の欠陥があって、偶然それが発動したのだろう。

 そうに違いない。


「・・・・・」


 ちょっと気になったので調べてみよう。

 

 そう考えて、探索用の魔法陣を展開する。


 すると意外なことに目的の魔力反応が近くに見つかる。

 斜め上の方・・・この分だと2階か3階か・・・・


 どうやらあの子もこの宿を利用しているらしい。


 だが妙だ。


 確かに一般人と比べるならば反応する魔力量は多いのだが、あくまでもそれだけ。

 もちろんこれは人体から漏れ出た魔力を測っているだけなので、反応の大きさがそのまま魔力量という訳ではないが、それでも大量の魔力があれば当然漏れは増える。

 とてもじゃないが、魔力を湯水の如く垂れ流しにしまくっている”あいつ”と比べられるものではない。


 やはり、勘違いだったが・・・・


 だが妙な引っ掛かりを覚えるんだよね・・・・



「お客さん・・・・」


 そんなことを考えていると、店員が恐る恐るといった表情で声を掛けてきた。

 恐がられるのはいつもの事なので別に気にはしない。

 だが・・・


「起きたのなら帰ってくれる?・・・もう、そろそろ夜明けも近いんで」

「あ・・・すいません」


 どうやら閉店してから、相当寝過ごしてしまっていたようだ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 



 部屋に朝日が差し込み、モニカの目蓋がゆっくりと上げられた。

 そして少しの間、目の前の見慣れぬ天井を凝視する。


 最初のうちは焦点が定まっていないが、すぐに焦点が定まり天井の梁の一本一本を興味深げに眺めたあと、ゆっくりと身を起こして目をこする。


『おはよう・・・・』

 

 このタイミングで俺が声をかけるのが、最近の日課だ。


「・・・うん・・・おはよう・・・・」


 まだ寝ぼけているのか、モニカの反応は薄い。

 暫くの間、感覚を確かめるように手を開いたり閉じたりしていた。


 だが今日はいつもよりもその時間が長い。


 かなり意識がはっきりした後も手を握ったり開いたりしながら、その手をじっと見つめていた。

 それになにやら体の中の魔力を動かしている。


『モニカ?』


 その様子を不審に思った俺が声をかける。


「あ!? ごめん・・・」


 モニカがハッとしたようにその行動をやめた。


 こうなった原因は分かっている。

 昨日見た青い髪の少女だ。


 結局あれからモニカは、閉店時に追い出される瞬間までずっとあの少女の周りに浮かぶ魔法陣の動きを目で追っていた。

 それはもう凄まじい集中力でだ。


 そして宿の自分の部屋に帰ってから寝るまでの間も、どこか心ここにあらずと言った感じだった。


『やっぱり、あの子の事が気になるか?』


 思い切って聞いてみる事にした。


「・・・・・・・分からない、ただ、もっと強くなれるような気がしたんだ」


 そう言いながらも、手を握ったり開いたりを繰り返す。


『気がした?』


「ロン・・・」

『どうした?』

「あの人と同じだけ、魔法扱える?」


 その質問にしばし悩む俺。


『数だけなら何とかなるが、あの子が何をやっていたか分からないので、答えようがない』

「ラウラに貰った教科書にも載ってない?」

『ああ、原理もな、たぶん比較にならないくらい高度だと思う』


 それこそ、小学校と大学の差かそれ以上の開きがある。


「それが何か分かったらできると思う?」

『使ってる魔法の難易度次第だな、それとスキル補正がどの程度働いてくれるか』

「でもできるんだね?」

『はっきりとは言えないが、まあ、そうだな』


「じゃあ、やっぱりこれはわたしの課題・・・・だ」

『・・・?』

「ロン、わたし決めたよ」


『なんだ?』


「わたしの最初の目標・・・・・は、あの人を超えること」


 モニカがキッと目の前の虚空を見定める。

 きっとそこにあの青い髪の少女のイメージがいるのだろう。

 そして何やら俺の知らないところで、モニカの次の目標が決まったらしい。

 

『だが、あれを超えるとなると、ちゃんとしたところで学ぶ必要があるぞ、それこそアクリラとか・・・・・


 俺は、それとなく話を誘導してみることにした。

 その効果は劇的で、モニカの中に渦巻いていた謎の感情が一気にまとまりを見せ始める。


 今は部屋の窓から見える外の景色を眺めていた。

 といってもここは二階なのでそれほど景色は良くない。

 宿の建物の高さ的に高層階からの眺望を期待していたのだが、上の方の階はグループでの利用を前提にしているらしくワンフロア貸切系の部屋ばかりで個人や少人数客向けの部屋は2階から5階までに纏められていた。


 だがそれでも、その窓から入ってくる朝の喧騒を見ていると不思議と気分が高揚する。


「アクリラか・・・受かるかな」

『受かることを願うしかないだろう、まあ、たぶん魔力操作なら負けないと思うぞ』

「そこは期待してるよ」

『おおう、大船に乗ったつもりでいろ』


 と、モニカに向かって大見得を切ってみるも、正直自信はない。

 アクリラの編入試験のレベルが全く想像付かない上に、手元にある参考書がラウラのくれた”初等部”の教科書だけという状況なのだ。

 

「それじゃ、コルディアーノとクーディが治ったら・・・・それともまだ駄目そうだったら、アクリラへ行こうね」

『分かった』



 ゴーレム2体が治ったらか・・・

 そうなるとゴーレム技術者を連れてまたあの氷の世界の家まで戻らなくてはいけないな。


 モニカには絶対に言えないが、俺は少しでも早くアクリラに行けるようになればいいと思った。



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