1-5【辺境のお祭り 7:~呪い子~】



ドキリッ


 心臓が一瞬止まりそうになった。

 今回は比喩でも何でも無く実際一瞬モニカの心臓の動きが変になったのだ。


「え・・・・っと・・・・ロン?」


 最後の俺への呼びかけは俺だけに聞こえるものだった。

 だが俺もビックリしていてまともにアドバイスできそうにない。

 

 そしてその間もラウラの興味深げな視線が俺達を見つめている。


『と、とりあえずなんでそう思ったのか聞いてみろ』

「なんでそう思ったの?」


「だって、そんなに軽く魔力を扱うってちょっと普通じゃないし、それにルミオラに一人そういう人が居たんだよ」


 どうやらモニカのこの魔力操作の優秀さは、そういうスキルによるものだと気づいたらしい。

 そういう前例があったとはいえ、やはり俺達の魔力操作は普通の範疇ではなかったようだ。


「あら、モニカちゃんならスキル持ってるわよね」


 突然、あらぬ方向から声がかかる。

 見ればモニカに衣装を着せてくれた女性陣の中で”隊長”的な役割をしていた女性が興味深そうにこちらへ近づいてくるところだった。


「ああ、やっぱり」


 そしてその話を聞いてラウラが我が意を得たりと、納得の顔をする。

 

 だが、なぜ彼女がそんなことを知っているのか理解できない。

 それもかなりの確信を持ってだ。


「なんで分かったの!?」


 モニカも驚いたようだ。


「え? モニカちゃんの右手のそれってあれでしょ? ほらあれ・・・・なんだっけあれ」


 いや、俺達に聞かれてもわからないし。

 しかしこのおばさんの言う”あれ”がどれなのかくらいは分かる。


『魔水晶のことだろうな』

「これ?」


 そう言ってモニカが右手を持ち上げる。

 

「そう、それそれ、それってあれでしょ? あれ!」


 あれってなんだあれって・・・


「へえ、”無色”の魔水晶・・・ってことは、やっぱりスキル持ちなんだ」

「これ持ってると、なんでスキル持ちになるの?」


「えっ? それでスキルを制御してるから生きてられるって聞いたけど」

『なんだと!?』

「そうなの!?」


 俺達が二人揃ってラウラが話す驚愕の新事実に恐れ慄く。

 というか、それで生きていられる・・・・・・・・・・だと?

   

「え!? そんなことも知らずにいたの!? 親御さんは!?」


 おばさんがそんな俺達を見て本当に驚いたようだった。

 だがそんな情報は聞いたことも見たこともない。

 


「父さんは・・・3年前に死んだ・・・母は会ったことない」

「あ・・・・」


 ラウラがモニカのその答えに固まってしまう。

 だが、おばさんの方はその答えを聞いても特に引くことなく冷静だ。


「お母さんがわからないってのは大きいね、”呪い子”は母の悩みでもあるからね」


 そしてそんなこと言う。


「”呪い子”?」


 突如出てきた聞きなれない物騒な単語にモニカが怪訝な顔になる。


「儂らの世代じゃ御(ぎょ)し切る手段がのうて、スキルを持って生まれるということは、”呪い”じゃったんだ」

「あら、ソニアさんもう元気になったの?」


 突如会話に混ざってきた赤の従者役のおばあさんが更に続けて爆弾を投下した。


『ってちょっと待て、”呪い子”だと!?』

「・・どうしたのロン」

『”呪い子”なら知っている・・・』


 正確にはログの中の書籍にヒットする項目があった。

 だが、これは・・・


『”呪い子”はほとんど生きられないんだ・・・』

「・・・え?」

『だがおかしい、”呪い子”がスキルのことならモニカの年齢だともう死んでいるはずだ』


「ええ!?」

「おや、どうしたんだい? そんな大きな声を上げて」


 どうやらモニカの驚いた声が大きすぎて俺以外にも聞こえたようだ。

 だがそれも仕方がない、なにせ先程から驚愕の連続なのだ。


「”呪い子”ってっすぐに死ぬんじゃ・・・」

「だから、無色の魔水晶に制御魔法を入れて制御するんだよ」

「親御さんに感謝しないといけないよ、制御用の魔水晶はものすごく高いからね」


 ラウラの説明におばさんが続く。

 そしてそれを聞いたモニカがまじまじと右手の魔水晶を見つめた。


「そういやリベリオが生まれたときも大変だったなぁ・・・村中が大騒ぎさ」


 ソニア婆さんがしみじみと思い出すようにそう語る。


「なんとか手に入った”汎用品”で命は繋いだけれど、やっぱり村のみんなで専用品を買ってやりたかった」

「汎用品? 専用品? 魔水晶って同じじゃないの?」


 モニカが言葉の中に出てきた耳慣れない単語を即座にソニア婆さんに聞き返す。

 だがそれに答えたのはラウラだった


「ある程度の範囲でいろんなスキルに対応しているのが汎用品で、その人に合わせて最初から調整されているのが専用品、モニカちゃんはちゃんとスキル使えてるから、たぶん専用品だね」

「スキルが使えるのは”専用品”の魔水晶だけ?」


「そういうわけじゃないけれど、汎用品はスキルを抑えることしかしないんだ、そのかわりいろんなスキルに対応できるけどね。

 ただものすごく強いスキルは専用品じゃないと抑えられないし、そのスキルをスキルとしてちゃんと使うには、やっぱり専用に調整しないといけないんだ」


「この辺に生まれる呪い子は、専用品を買うお金がないからね、スキルは使えない”呪い”のままさ。

 本人たちは”兵位スキル”って強がっているけど、リベリオも呪いが作る熱を処理しきれなくて年中あんな格好だ、あたしゃあの子が”ストーブのスキルだ!”って言うたんびに胸が張り裂けそうになるよ」


 ソニア婆さんのその言葉で俺はリベリオの姿を思い出す。

 たしかに彼はまだ時々雪がふるようなこんな寒い場所であるにも拘らず、ほぼ上半身裸でしかも結構な量の汗をいつもかいている。

 どうやらあれはスキルが無制御に発生させる熱に対してのものだったのか。


「兵位スキル?」

「汎用品で命を繋いだ者たちの自虐みたいなもんさ、専用品の魔水晶にはランクがあってね、強いスキルほど必要な魔水晶の値段が上がるんだ。

 そして国はその魔水晶のランクをスキルのランクとして扱っている、”官位”とか”将位”とか言ってね、だからそれにあやかって汎用品を使った者たちは”兵位”と言っているんだ」

「モニカちゃんのスキルのランクって何?」


「えっと、お・・・・」

『まて、モニカ、それは言うな』


 話の流れの中で自然にラウラがモニカのスキルのランクを聞いたので、モニカがそれにつられて答えそうになり、俺が慌ててそれを止める。


「・・・どうしたの?」

『ここで王位スキルと答えるのは嫌な予感がする』


 なにしろ”王”位だ、兵や官や将と比べても恐ろしく高位な可能性がある。

 それに高位になればなるほど制御する魔水晶の値段が上がるのだ、俺達の右腕には想像以上に高価なものが嵌っている可能性がある。

 それをこんな人の多いところで言いふらすのはかなり躊躇われた。


「わかった・・・・ええっと・・・ランクはわからない」

「はあ、だめだよ専用品も成長に合わせて調整していかないとそのうち合わなくなるって聞いたよ、危ないものなんだからきちんと管理しないと」


 そういってモニカを咎めるおばさんの顔には、モニカのことを本当に心配している様子が見て取れた。

 

 というかもう、モニカがスキルを持っている前提で話が進んでいるんだな。

 まだ認めたわけではないのだが・・・


「ええっと、そのランクってどんなものがあるの?」


 するとラウラが少し眉間に手を当てて考え始める。


「下から”隊位” ”将位”でしょ、それと”官位”に”軍位”だったかな」

「ちょっとラウラちゃん、”将位”と”官位”が逆よ、それともう一つあるでしょ?」


「ああ、そのへんの順番がなかなか覚えられないのよね、どうせ”官位”より上は雲の上の人達だし、それと一応学校では”軍位”が一番上って教えるんだよ、”アレ”は例外だって」

「でも一応みんな知ってるし、モニカちゃんに教えるにはそこまで厳格でなくてもいいでしょ?」


「まあ、そっか、えっとね今は一人しかいないから公式ではカウントされてないんだけど”王位”ってのがあってね」


ドキッ!!


 もうこの数分で何度目かわからない心臓の鼓動の音がモニカの体内に響き渡った。

 どうやら予想通り、いや予想などはるかに超えて”王位スキル”のランクが高かった。


「ガブリエラ様が生まれたときはすごかったわね、わざわざこんな村にまで”転移魔法”が使える役人が血相変えて飛んできて”スキル調律師の方はいませんか!!?”だからね」

「ああ、それ今でも覚えてるわ、あの役人の顔ったら・・」


 年長者二人がまるで昔面白いものを見たとばかりに、微笑みながらそんな話をする。


「ウルスラ計画だっけ? 私も見てみたかったな」


 ラウラがそのやり取りを見てそんなことを言う。

 一方話を聞けば聞くほど、俺達の顔はどんどん血の気を失っていった。


「本当に国中から専門家が集められたって感じだったわね、やっぱり王族は違うわね、私達の子供がそんなスキルを持っていても何もしてくれないわよ」


「ルミオラの授業で聞いたんだけど、国内で生まれる”王位”級のスキル保有者の平均寿命はお腹の中で3時間なんだって、だから本当は生まれてこないんで”例外”なの」


 ラウラの最後の説明はこちらに向けて行われた。

 ラウラとしてはどうでもいいトリビア的知識のつもりなのだろう。

 だが俺達はそういう訳にはいかない。


 なにせ王位スキルといわれるスキルを持っているのだ。


「でも、平均寿命がお腹の中で3時間なら、なんでガブリエラ様は生きてられたんだい? 王族は ”コト” の最中から腹ん中監視してるとでも言うんかい?」

「ちょっと、ソニアさん、モニカちゃんの前だよ!」


 モニカを除いた面々がそんな下品な話で盛り上がる。

 だが、その原理を俺も知りたい。

 じゃないと、なぜここでモニカが生きているのか説明がつかないのだ。


「ウルスラ・・・?」


 ほとんど固まっていたモニカが、ようやく捻り出した声がそれだった。


「ああ、それね、ガブリエラ様のスキルにつけられた名前なんだって」

「スキルに名前がついてるなんて面白いわよねぇ」


 あー、俺、名前ついてます、すいません。


 ほとんど動転していた俺は、誰に聞こえるわけでもなく特に意味もない謝罪を虚空に呟いた。


「なんかウルスラってスキルの管理名なんだって、その名前で制御用の魔法を大量に発動しているって聞いたよ」


 そのガブリエラ様とやらの”ウルスラ”も、俺達の”フランチェスカ”と同じようなものなのだろうか?

 だとするならば、モニカも生まれる時に同じようなことになっていたのだろうか?


 だがモニカが住んでいたあの場所は、おそらくこの世界の中でもトップクラスに人気ひとけのない場所だ。

 あの場所にそれだけの人材が集まったとも、モニカの父親が王族級に影響力が有ったとも考えられない。


 では一体俺達の中にある、この”フランチェスカ”の正体はなんだというのだ。


 だがここの人達に聞いてもその答えは出ないだろう。

 だがそれとは別に一応聞いておかなければならないことがある。


『モニカ、魔水晶の調整どこでできるか聞いておけ』

「ええっと、魔水晶の調整ってどこでできるの? この村でもできる?」


 今の状態を見るに、まさか今日明日使えなくなることはないと思うが、一応現状を把握しておく必要はあるだろう。

 なにせこの魔水晶によって生かされている存在なのだ。

 これがなければ寿命がお腹の中で3時間の超虚弱生物の可能性すらある。


「この村だと無理だろうね、流石にピスキアまで行けばいるだろうけれど・・・」

「じゃあ、ピスキアに行った時に探してみるね」


 どうやら、これでまたピスキアにいく目的が一つ追加されてしまったようだ。

 やはりとりあえず向かうべきは都会ということかな。


「おや、ピスキアにいくのかい?」


 おばさんがピスキアという単語に反応した。


「うん、そのつもり」


「前に街に行ったことは?」

「ないよ」


「だったら、ピスキアの境界線を楽しみにしておくといいよ、腰を抜かすからね」


 そう言っておばさんがいたずらっぽく笑う。


「何があるの?」


 モニカが少々不審顔でそんなことを聞く。

 俺としてもこれ以上の驚きは正直勘弁願いたいのだが


「あーあれでしょ、もん・・・」

「だめだめ!!教えちゃ驚きが半減しちゃう!」


 俺としては驚きたくないのだが・・・


「なんだい、今はピスキアにいくのに驚かなきゃいかんのか?」

「ああ、ソニア婆さんは見たことないか、結構最近できたものだからね」


「おい、年寄りと小娘をのけ者にするでない!」

『同感だ、説明を要求する!』

「何があるのか教えて」


 そんな風に謎の詳細を求める、老婆と小娘とスキルの三人。


 だがその様子を見ながら、おばさんとラウラは顔に悪そうな笑みを浮かべる。


「だめだめ、最初の驚きは新鮮でなくちゃ!」

「そうそう、私も初めてみたとき腰を抜かしちゃったんだから、モニカちゃんもそうするべきだよ!」


 どうやら二人して何かを匂わせる気はあっても、その詳細を教えてくれる気はないようだ。


 今日一日で恐ろしいほど色々なことがあり、というかこの数時間で初めて知ったことが色々あるのだが、この上、俺達の旅路の先にはどうも相当な驚きが待っているらしい。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る