1-5【辺境のお祭り 8:~俺の居場所~】

『モニカ・・・話せるか?』

「ここで?」


 モニカが周囲を見回す。

 といっても、この部屋はかなり狭い上に特に見るものもないのだが。


『祭り期間中なのか、何処にいても人がいるからな、ここくらいしかゆっくり話せそうにない』


 ここは祭り関係者に充てがわれた村の宿屋のトイレだ。

 本来ならば部屋にでも篭もればプライベートが確保できるのだろうが、現在は村のキャパを遥かにオーバーする人員が寝泊まりしているため、俺達の部屋は他の村から祭り運営の応援に来ている少女たちと一緒に泊まることになっていた。

 

 最初の夜は初めての宿屋とあって多少期待したのだが、他に人がいると流石に落ち着けないしモニカが俺においそれと話しかけられない。


 必然的に個人的なスペースを求めてトイレに逃げ込む羽目になっていた。


 面白いことにこの世界のトイレは、基本的に意外としっかりとした個室がメインで男女の区別がない。

 しかもある意味では普通の部屋以上に防寒がしっかりしているのだ。

 これは雪国限定の風習なのかもしれないが、おかげでトイレに居る間はそれなりのプライベートが確保できるのだ。

 まあその代わり、かなり狭いがそれは致し方ない。


 いつもなら排泄中のモニカは鬼の形相で周囲を警戒しているので、話しかけるなんてとんでもないのだが、ここに来てトイレという隔絶された空間にようやく慣れたのか今では話しかけても問題ないような空気になっていた。

 ということで消去法的にここで話すしかないのだ。


 ちなみに最初はこの世界独特の意外と不思議空間なこのトイレについて一悶着があったりもしたのだが、まあ、それはいつか別の機会に話そう。


 今は重要案件があるのだ。


「・・・・ロン? もう大丈夫なの?」

『とりあえず、一通りのチェックは完了したよ』


 ちなみに今は祭りの最終日の朝。

 

 最終日とあってか昨日よりも朝の喧騒が大きい気がする。


 俺達が祭りに参加した最初の日の夜から約2日と少し、俺はあの時に聞いた情報が、かなりの緊急性があると判断し、今までモニカのサポートを最小限にしてあることを調べていた。

 その真剣度合いは、こちらからモニカに声をかけることがなかった程だ。

 その間、少しモニカに寂しい思いをさせてしまったが、そうせざるを得ない話だったのだ。


 なにせより細かく見ていけば行くほど泥沼に嵌ってしまい、結局今まで見ていなかった部分まで徹底的に調べることになってしまった。


「それで・・・どうだったの?」


 モニカが、まるでガンの宣告を待つ患者のような表情で俺の解答を待つ。

 ちなみに、俺が調べていたのは俺達の持つスキルについてだ。

 

 あの日、女性陣からこの世界でのスキルの認識を聞いた俺達は、自分達の知識が大きく偏っていることを思い知らされた。

 俺達が既に知っている情報というのは、モニカが住んでいた家の中で得られるものに限定されていて、そしてその情報は程度の差はあれど古い。

 そして当然ながら、それらだけではこの世界の一般常識ですら全くカバーできていないのだ。


 スキルが制御しなければ死に至る”呪い”であるなど思いもしなかった。

 比較的、頻繁に”呪い子”という単語が様々な書籍に登場していたにも関らず、それらがスキルにつながっているという認識がなかったのだ。

 そこで、まずは俺達のスキル ”フランチェスカ” について、俺が出来る範囲で最大限に調べてみることにした。


『まず、スキルの状態について緊急性を伴う問題は見つからなかった、それは安心してほしい』

「うん」


『ただし、それはあくまで俺の判断であって専門家の意見じゃない、急ぐ必要はないが必ず何処かで診てもらう必要がある』

「いいの? わたし達のスキルって相当に珍しいんでしょ?」


『だからこそ専門家に見てもらったほうがいいともいえる、この前は教える必要のない相手だったから黙ってもらったけど、これは正直俺の手に余る』

「わかった、じゃあピスキアで診てもらうのに変わりはないんだね?」


『だが、専門家でも把握できるか怪しいけれどな』

「そんなに分からないの?」


『いくつか問題のないスキルを使って簡単な実験をしてみたんだが、どうやらフランチェスカの制御は二段階に分かれているようだ』

「・・・・たしかロンもそんなだったよね」


 モニカが”お前はいったい幾つ重なっているんだ?”といいたげな、少し呆れた声を出した。


『正確には三層構造の管理用スキル・・・FMISの一層目が俺の人格だな、そしてそれとは別の制御機構があるみたいだ』


「ということは全部で4つ重なってるの?」


『いや違う、あくまで大枠が2つあってその中に小さな区切りが3つあるんだ、別れている理由も構造も全然違う』


「うう・・・頭が痛い・・・」


 まどろっこしい俺の話にモニカが頭を抱える。

 だがこれでもかなり簡略化して伝えているのだ。

 俺達が持つ”フランチェスカ”の詳細な構造は、言葉で伝えることは不可能なくらい複雑だ。


『FMISが制御するための機構とするならば、もう一つはただ単に”ちから”を抑えるだけのものだ』


「”力”?」


『ここの人たちが”呪い”と呼んでいるものだ、だけど呪いじゃ不適切だと思ったから今は”力”と呼んでいる』


「呪いじゃ駄目なの?」


『それもあくまで”力”が表面に出た状態を指しているだけなんだ”スキル”と同じようにね、だけど実際に根本にあるのは、”力”と呼んでもまだ足りないくらいに本当に純粋な物なんだ』


「その”力”を抑えるの?」


『そう、それがミソだ、俺達が”スキルの起動”と呼んでいる行為は、実はこの抑える役割をFMISに移しているだけなんだ』


「なんで、そんな面倒くさいことをしているの?」


『一つは制御できない”力”を確実に押さえ込んでおくため、もう一つはFMISがあくまでモニカがスキルとして”力”を使用する事を前提としているためだ』

「・・・・どういうこと?」


『仮に今、この制御機構が外れたとしよう、その時に、今はまだ起動していないスキル・・・例えばゴーレムスキルが使えるかと聞かれれば・・・・発動はする』

「本当に!?」


『ただし制御はできない、ゴーレムスキルとして纏められている”力”が好き勝手に発動するだけだ、おそらくゴーレムスキルの体をなしていないだろう』

「あ・・・残念・・・・」


『だからゴーレムスキルを使用するには、ゴーレムスキルを構成する”力”を制御できなければならない、そしてその制御できる要素が”起動条件”なんだと思う』


「つまり”身長”が足りなくて起動しないなら、背が高ければその”力”を抑えられるの?」


『もしくはそれによって得られる”環境”が条件かもしれない』

「・・・かんきょう?」


『身長が伸びることによって得られる”長さ”が、負荷を分散しているとも考えられるし、その長さによって得られた神経の数が、制御を容易にしているのかもしれない』

「・・・・はあ」


『とにかくその何らかの要因でFMISが制御可能な状態になれば、”スキル”として使えるようになるわけだ』


「うーん・・・・・なるほど」


『だがFMISの制御はモニカが実際に”力”を使う制御だ、つまりモニカがその”力”に耐えなければいけないんだ、だがモニカの”力”の中には今は耐えられない物も沢山有る、それをそのまま放っておく訳にはいかない』


「じゃあ、耐えられない場合はどうするの?」


『簡単だ今は使えない”力”なら、今は使わなければいい、使わないのならモニカ自身が耐える必要もない、モニカではないもっと頑丈な物で”力”が発生しないように完全に蓋をしてやればいいんだ』


「じゃあ、もう一つってのはその蓋なんだね」

『蓋というには少々語弊もあるが、まあ概ねそんな感じだ』

「で、その蓋が魔水晶?」


『・・・・いきなり蓋という事の語弊が来たな・・・』

「え!?」


『その”力”を抑える蓋だが・・・・蓋自体は魔水晶に入っているんだが、どうも”蓋をされた状態”は魔水晶がなくても維持されるみたいだ』

「・・・????、どういうこと?」


『まあ、これが蓋と表現したときの語弊だと思ってくれ、ただ、このおかげで魔水晶がなくても”力”が変化しない限りは発動したりはしない』

「じゃあ、魔水晶を失くしても死んだりはしないんだね?」


『それが・・・・・そうでもない』

「・・・えっ?」


『起動していないスキルの”力”はそれでしばらくは大丈夫だが、既に起動しているスキルの”力”はそういう訳にはいかない、なにせ制御は魔水晶の中にあるFMIS任せだからな、さすがに余命3時間ということはないが、数ヶ月は保たないだろう』


「・・・・・・」


 モニカが右手の甲をそっとおさえる。

 だがその力はまるで壊れ物を触るかのように弱々しいものだった。


「それじゃ・・・・やっぱり・・・ロンもこの宝石の中にいるの?」


 モニカがおそるおそるといった感じに、そんなことを聞いてきた。


『いや違う』

「?」


 俺の解答にモニカが、今朝何度目かの怪訝な顔になる。


『まず、魔水晶に入ってる制御の内容について言っておくと、俺以外・・・の全てだ』


「ロン・・・・以外・・・?」

『正確にはFMISの人格層だけがモニカの中に入っている、なんでそんな構造になっているのかはっきりとはしないが、たぶん”人格”を魔水晶で代用できないんだろう』

「じゃあ、ロンはわたしの中にいるの?」


『正確にはモニカの頭の一部を使って、”俺”という人格を構成している』

「ということは・・・ロンはわたし?」




『そうだ、モニカの人格の一部を、外部から”俺”に書き換えたもの・・・・・それが俺の正体だ』



 モニカと同じ存在であり、同時に完全なる”人工物”

 俺という存在は誰かが意図的にモニカに植え付けたものなのだ。


 自然発生したわけでも何かが変異したわけでもない。

 その構造と配置には、明らかな”第三者”の意思を感じる。


 だがその事実をモニカに伝えた時、不思議なことに、なぜだか分からないが俺は胸のつかえが取れたような気分になっていたのだ。


「なんだ・・・ちょっと安心した」

『安心した?』

「だって、もしかしたらロンはわたしの中じゃなくて、石の中にいるんじゃないかって思ったから・・・・」


 そこで俺は先程まで有った胸のつかえの正体を理解した。

 

 どうやら俺はもうすっかり”モニカの中”に、自分の居場所を置いていたらしい。

 それがあやふやになったことに不安を感じていたのだろう。


 だから必死にスキルのチェックと偽って自分の正体を探したのだ。


 そして自分の正体がモニカの中にあると知って、そしてモニカもそれを受け入れていると知ったことで、新たに発生した謎に対する不安以上に安心を感じたらしい。


『どうやら俺の居場所はモニカの中にしかないらしい』


 それは物理的な意味においても、精神的に意味においてもだ。


「追い出したりはしないから安心してね」

『それはありがたい、他に行く宛がないんだ』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る