1-4【シリバ村のぬくもり 6:~シリバ村からの出発~】


 書類の確認を終えた俺達はソリを止めていた倉庫の前に来ていた。


「リコから聞いているが本当にこのソリは置いていくんだな?」


 テオが確認してくる。


「ここから先は土の道ばっかりになるんでしょ?」

「まあ増えるだろうな、少なくともここより寒い村は殆ど無い」


 それを聞いてモニカが少し気落ちする。

 やはりこのソリとはここでお別れになることを悟ったようだ。


「じゃあ、やっぱりここまでしか使えない、その代わりになるものがあれば、荷車とか」

「安心しろ、もっと良い物を用意してるぜ、こっち来な」



 テオに連れられて向かった先にはこの狭苦しい村にしては、珍しく大きな広場のようになっていた。

 いや広場というか、簡易的な厩舎と馬場のような構造になっていて、そこに数頭の馬や牛のような四足歩行の生き物が繋がれていた。


 そしてその中の一頭に向かってテオが歩いていくと、厩舎の柱に繋がれていた手綱を解きそいつを引き連れて俺達の元へと戻ってきた。


 その動物は牛と馬の中間のような形をしているが、体長が2m程と1回り大きく、体も非常にがっしりしていて強そうだ。

 胴体は白、足は灰色と白の斑模様で、顔の大きさは馬とほとんど変わらない。

 その為、胴体に比べて非常に顔が小さく見える。


「”パンテシア”だ、こいつを嬢ちゃんにやろうと思う」


「パンテシア?」

「こいつなら嬢ちゃんの荷物を全部積んでもまだ余裕があるし、へこたれたりもしない、それなりに強いから喰われる心配も少ないしな」

「いいの?」


「こいつの前の飼い主は行商をやってたんだが足を悪くしてな、今は引退してこいつがあぶれてたんだ、それに嬢ちゃんなら餌の心配しなくていいしな、ちょっと手を貸してみろ」


 そういってテオがモニカの腕をつかむと、パンテシアの口元にあてがう。

 するとパンテシアが匂いを嗅ぐようにモニカの掌に鼻面をこすりつけ始める。


 おや?この数値の変化はなんだ?


 あ、これって・・・


「よし、これでこいつは今から嬢ちゃんのものだ、気に入られたようでよかったな」

「気に入られたの?」

「まだ鼻をこすりつけてるぞ、まったく前の飼い主に似て若い娘には目がねえな」

 

 そう言ってパンテシア肩をのかなり強く叩くが、叩かれたパンテシアはそんなことは全く気にすることもなくモニカの掌に鼻をこすりつけて鼻孔を激しくヒクヒクとさせている。

 

 しかし面白い生き物もいたもんだ、魔力が存在する世界ならではというか・・・


「魔力を吸ってるの?」


 モニカが率直に感じた疑問をぶつける。

 そう、こいつの鼻のあたりから急激に魔力の反応がなくなっていくのだ。


「珍しいだろ?こいつは生き物から漏れ出した魔力を食って生きてるんだ、たまに草も食うけどな」

「魔力を吸われ過ぎたりはしないの?」


 俺もそれが心配になった。

 そもそもモニカならともかく魔力の少ない普通の人が一緒にいたらあっという間に吸い尽くされてしまうのではないのか?


「安心しろこいつは体の中の魔力まで食ったりは出来ない、食えるのはあくまで外に漏れて無駄になってる魔力だけだ」

「それじゃ、魔力が少ない人が飼うと大変だね」

「ああ、だから魔力に余裕あるやつしか飼えないし、飼い主がいないと魔力が豊富な人里から出すことも出来なくて困ってたんだ」


 まあ俺達には、おあつらえ向きの生き物ということだな。


 モニカがパンテシアの頭をゆっくりと撫でる。

 だが撫でられた方のパンテシアは撫でられたのとは逆の手に夢中なようで反応がない。


 そんなにモニカの魔力がおいしいのか。


「名前は何ていうの?」

「ポル爺さんはロメオって呼んでいたが、別に嬢ちゃんが好きに呼んでいいぞ」

「じゃあロメオでいい、よろしくねロメオ」


 だがモニカの挨拶に対しても反応する様子はない。

 

『大丈夫かこいつ?』

「この子、ずっとこうしてるけど大丈夫?」


 モニカの問いを受けたテオがロメオの尻を何度か叩く。

 だが、それでもほとんど反応がなかった。


「うーん、久々に魔力腹いっぱい食って興奮してんのかな、ここじゃ魔力が薄くて草の比率が高かったからな」

「ふーん」


 ものは試しにとモニカが手を動かすと、それに釣られて右へ左へロメオの頭が動く。

 やはり、大量の魔力に目を奪われているようだ。


「えい」


 思い切ってモニカが手を後ろに隠した。

 最初はそれを追いかけて後ろに回り込もうとしたが、モニカが後ろを見せないようにそれに合わせて体を回したので回り込めなくなった。


 そして意外にもあっさりと諦めると、今更気がついたのかテオの方を向く。

 その顔が”あんた居たのか”と語っているようでおもしろい。


「ふ、まったくこいつは・・、それじゃ嬢ちゃん荷物を積み込もうか」



 それから俺達は一時間ほど掛けてソリの中身を、ロメオの背中に取り付けた専用の荷袋に移し替えていく。

 生活必需品や食料は主に横に垂れ下がった袋に入れられ、換金アイテムであるサイカリウスの毛皮は背中に乗せられた。

 あっという間にロメオのシルエットが荷物でどんどん大きくなっていった。


 ちなみに持ってきた食料はこの村に残しておくことになった。

 既に微妙に表面が溶け始めているものも有ったりと、ただの凍った生肉と野菜では今後の旅に耐えられないと判断したためだ。


 そのかわりに干し肉や塩漬け野菜などの本格的な保存食を詰めていく。

 一応はモニカの食料と引き換えという形だが、量といい制作の手間といい、明らかに不釣り合いな量があった。

 村の住人が荷造りをしているモニカを見て次々にいろいろなものを押し付けていくのだ。


「これもってて」

「お湯につけると増えるんだ」

「変な形だけど食べたら美味しいんだよ」


「もっと寒い地方から来たといっても女の子だから体を冷やしちゃ駄目よ」


 最後にそう言って腹巻きを渡してくる女の顔には、旦那の仇(かたき)を取ってくれた恩以上の物があるように思えた。


「わかった、気をつける」


 受け取ったモニカの感謝にもそれ以上の感情があるように思う。


 


 荷物を全てロメオの背中に移し終えた後、俺達は軽くなったソリを厩舎の横に止めた。


「こんなに大きかったんだね、これ」


 不思議なことに中身が全て空になったソリは、荷物の分まで小さくそして軽くなったはずなのにひどく大きく見えた。

 モノは非常に出来がいいので、今後はこの村を起点に雪が続く範囲で使われていくらしい。

 雪国ならではの需要ということだ。


『そういえば、かなり頑丈に出来てるがモニカが作ったのか?』


 俺の問いにモニカがにこっと口元を歪ませる。


「ううん、ちがうよ・・・・わたしが一人で野菜を取りに行くって言った時、父さんが作ってくれたんだ」


 そう言ってソリの籠の縁を撫でるモニカの表情が語るものは何か。


『凄い父親だな・・・・』

「えへへ、父さんは凄いんだよ」


 俺に父を褒められたモニカが誇らしげに笑った。

 だが俺の感想には単純な技術を褒める以上の意味がある。

 

 

 俺がこの前得た僅かなモニカの記憶の中に、初めて野菜を取りに行った時と思われる物があった。

 そしてその時には既にモニカの父親は床に伏せっていたはずだ。

 つまり、このソリは病に冒され弱った父がモニカに残したものということになる。

 

 偉大な父親だ。

 弱ってもなお、死してもなお、今日まで愛する娘の命を立派に支えたのだ。


 そう思うとちょっと嫉妬するな。


 いや、武者震いか。


 

 最後にモニカがソリの縁を トン と軽く叩き厩舎を後にする。


 今回・・は振り返らない。



※※※※※※※※※※※



 村の出口まで来ると荷物を満載にしたロメオを連れ村長とテオが待っていた。


 しかしこうしてみるとロメオの頑丈さに驚かされる。

 結構な量の荷物を積み込んで相当に重いはずなのに、全くそれを感じさせる様子がない。

 それよりも早く魔力ちょうだい!とばかりに手綱を握るテオの静止も無視して、走り寄ってきた。


「あはは、くすぐったいよ!ロメオ」


 おい、ロメオ! お前どこの匂い嗅いでんじゃ!


「それじゃ、嬢ちゃんの今後の無事な旅を祈ってるぞ!」


 そういってテオが右手を差し出す。

 そしてモニカはロメオを左手であやしながらその手を取った。


「ありがとう、テオ、村長さん」


 そしてその握手を解いた。


「感謝してくれるんなら、おっきくなって美人になったらデート(ぐふっ!?」

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、それとモニカ嬢ちゃん・・」


 馬鹿な軽口を叩いたテオをドツキながら村長がこちらに向き直る。


「シリバ村が嬢ちゃんに作った借りはまだ残っとる、いつでも頼るといい」

「・・こんな村に頼るようなことがあるならな 、っていってえ鳩尾(みずおち)はやめろって!?」


 そんなバカな親子のやり取りを眺めながら、モニカは屈託なく笑った。





※※※※※※※



ギギギギギギ


 大きな音を立ててシリバ村の門が開いていく。

 気のせいか来たときよりも小さく見えるのは不思議だ。

 モニカは・・・いや俺もここ数日で大きく変わったのではないか?


 思い返せば短い間だったが良い村に泊まったと思う。

 ここが最初でよかった。


「ロン」

『おう!』


「ロメオ」

「きゅる?」


 おい、お前そんなでかい図体でそんな可愛らしい鳴き声なのかよ!?

 せっかくの新たな旅立ちの出鼻を挫くように驚愕の事実が発覚した。


「それじゃ行くよ」


 どうやらモニカは驚かなかったようで、そのまま出発の宣言をしてしまった。

 ええい、


『目的地はピスキアだ!』


 俺がやけくそ気味にそう言い放つ。

 特に意味はないし内容も今更な話だが、こういうのはノリと勢いだ。


 俺のその言葉に合わせてモニカが足を前に出した。

 



 俺は、俺達の新たな一歩を踏みしめる感覚を完全記憶ではない方の記憶にしっかりと刻みこんだ。


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