1-2【新たな世界へ 4:~山岳地帯~】



 いつもよりほんの少し文明的な食事を終えた後、俺たちは久々の陸の上でいい感じに眠れることができた。

 やはり地面はしっかりしていないと寝心地が悪いのだ、氷山のごくわずかにゆらゆら揺れるのはどうも気持ちが悪い。


 モニカの睡眠の品質は眠っていない俺もすぐにわかる、むしろ各種パラメータを常に監視している俺だからこそ、モニカ以上にモニカの睡眠について詳しいといえた。

 それによると今夜の睡眠はこの旅始まって以来の高水準だ。


 どうしても地面で寝ることになる以上、睡眠の質は悪いしいつでも危機に対処できるように浅く寝てしまうため、回復が遅かったりするのだが。

 これならば問題ないだろう。


 俺の能力の精度はモニカの体調に依存するので、モニカがよく休めているならば俺としてもそれに越したことはない。

 


※※※※※※※※



翌朝



 モニカが目を開けたまま固まっている。

 かくいう俺もその光景に驚いていた。


 見上げるほど巨大な山の斜面に沿って、上から巨大な雲がゆっくりと降りてきていた。

 周りを見渡すと、すべての山が同様の状態になっている。

 まるで空が落ちてきたような錯覚さえ起こす。


「・・・・・」


 その雄大な景色に何の言葉も出てこない。

 ただただ、自然のスケールの大きさに圧倒されていた。


「・・・山ってすごい・・・」

『・・・すごいな・・・』


 二人そろってようやく絞り出したセリフがこれだ。


 そのまま日が昇り、雲が晴れるまでの少しの間、俺たちは寝転がった状態のままただその光景を見ていた。




※※※※※



『さて、今日から山越えだ!』

「おお!」


 モニカが元気のいい掛け声で返事をする。


『いいか、できるだけ低いところを通るようにするが、気分が悪くなったりしたらすぐに言うんだぞ!』

「それロンの方が早く気付くよね?」

『これは心がけの問題だ!わかったら返事!』

「おお!」


 モニカがすこし声の音量を下げて掛け声を発した。


 このように今日から俺たちはこの山脈越えに挑戦する。

 そこに山があるからというわけではなく、単純に山が南の方角にあるからだ。

 それに少なくともここから見える範囲は東西に山が続いているので、どのみち越えなければならない。


 さらにこれが一番重要なのだが、実はログにある地図を見ていて気がついたのだが、北の端を書いた地図にはどれも北端が山脈になっているのだ。

 これはもしやと思って地図以外の資料にもあたってみたのだが、どうやら人が住める北の果ては山脈という認識が広まっていて、”氷の山”や”北壁”と言った慣用句がいくつか見当たるのだ。


 まだはっきりとは分かっていないが、目の前に広がるこの巨大山脈が”それ”である可能性は十分考えられる。

 つまりこの山々を超えれば、人里が存在する領域に入る可能性が出てくるのだ。

 そうなれば仮に直接村などに出なくても、道などの人の痕跡を見つけられればそれを辿って町なり村なりに向かえる。




 山越えのルートはできるだけ平らな場所を選んでいるとはいえ、かなり急な斜面の連続だ。

 やはり地形自体が山だけあってかなりデコボコしており、モニカが通る分には問題ないが、2台のソリを通すとなるとかなり厳しいと言わざるをえない。

 まだ木が生えていないのが救いか?

 おかげで全体を見回してルートを決められる。


 ここでポイントとなるのが、最短距離を狙わないことだ。

 直線で進んだ場合、山岳地形なのでもはや無理があるレベルの難所がいくつも出て来る。


 だがよくよく全体を俯瞰してみると、回り道になるが、結果的にほとんど平らな部分を選んで進むことができる。


『このままの角度で30ブル、そこで右の白くなっている方に沿って10ブル進め』


 こういうときこそ俺の本領発揮だ。

 視覚情報から作った詳細マップをもとに、各ルートの高低差と距離を算出しそれを脳内マップ上にマーキング、現在の視覚情報に投影して、場所によっては一歩ごとの足の置き場まで指定して管理する。

 これらは完全にスキルの中でも”俺”の部分だけで行えることなので、まさに”俺大活躍!” と言った状態で気分がいい。


 今も無駄にこの世界の距離単位まで持ち出して指示を飛ばす。

 ちなみに”ブル”とは歩くという意味で、だいたい1ブルは0.9mから1.4mくらいの長さだ。

 なんで開きがあるのかというと、書籍によって定義が曖昧で、複数の長さの原基が収録されていたのだ。

 おそらく使う方も”だいたいこんなもん”という曖昧な使い方で普及しているせいだろう。

 公式的な測量などでは何かちゃんとしている基準があるのだろうが、俺は適当に1ブル=1mとして指示を出している。


『目の前の坂は登らずに左側をまっすぐ進め』


 俺達は順調に山を登り進めていた・・・・・気になっていた。


 昼頃に峠状に山と山の隙間に到達した。

 速度的にはプロの登山家よりも早いのではないか?


 まあ俺の知るプロの登山家は魔法的なアシストは皆無だが、それでもこちらは重たいソリ2台持ちだ。


 今は一番峠の高い場所で一休みしている。

 やはり山道だけあって、疲労は平地の比ではない。

 この間に、モニカに進行方向を向いてもらって、今後の予定を立てる。


 高い場所から見て分かったが案の定、しばらくは山と山の間の谷の空間を進むことになるだろう。

 それが終わると、次の峠まで登り、また下る。


 これの繰り返しだ。


 今の感じだと一日で越えられる峠は一つが限界かな?

 まあ、急いでも危ないだけだし気長に行くしかないだろう。


 休憩の終わったモニカがすっと立ち上がる。


『お?そろそろ行くか、それじゃ、まず・・・』


 だがモニカは意外なことに先へ進もうとはしなかった。

 突然後ろへ歩き出したので、最初は”お花を摘みに”行くのかとも思ったが。

 ソリに向かうとロープを解き始めたのだ。


『どうしたんだ?』

「ねえロン・・・」

『・・・おう?』


「飛んだほうが早くない?」




 結論!飛んだほうがかなり早かった!


 なんとちょっと急げば、俺が設定した20分をほとんど消費することなく、坂を余裕で下りきってしまったのだ。

 3時間はかかると踏んでいただけにそのあっけなさったら。


『休憩時間を入れても全然こっちのほうが早いな』

「でしょ?」


 しかもこの休憩は魔力を回復させるためのものなので、体力的に余裕があれば歩き進めればいい。


 結果として山と山の間の比較的平らな部分を歩いて、急斜面などは飛行で一気にショートカットという形に落ち着いた。


 しかしやはり空を飛ぶというのは速いんだな・・・

 俺達の飛行は飛翔というよりかは、ふわふわと浮かんでいるイメージが強いので燃費の割に距離が稼げないと思っていたのだが、スキルのおかげで実はそこまでエンジンを吹かさなくてもスピードが乗ればそれなりに浮いていられたのだ。


 やってみてわかった驚愕の事実だ。

 これならば下手に歩くよりも、飛行と休息の組み合わせのほうが楽で速いかもしれない。


 

 結局その日は半分近くを最初の峠の上りで消費したのにも関わらず、最終的には峠を5つも通過してしまった。


 いやちょっとまてこれ飛び始めてからの平均速度が、平地を歩いていたときよりもかなり速いぞ?

 飛行ならば山岳なんてほとんど障害にもなっていないということか。

 

 いやはや、空を飛ぶというのは恐ろしい。

 これは確かに下りにヘリを使ったら登山家に怒られるわ・・・・


 結果的に氷山地帯よりも空を飛べたモニカは満足げに目の前の巨大な山を見上げる。

 恐ろしいほど高い山のはずなのだが、気のせいか昨日見たもっと手前にあった比較的小さめの山のほうが大きく感じるのはどうしてだろうか?


 たった一日でこうも認識が変わるとは。




※※※※※※※※


 翌日・・・ついでに翌々日も


 ひたすら飛んで休んで、休んでは飛んでを繰り返し、1時間に大きな峠一つの猛スピードで山岳地帯を文字通り飛んで・・・いた。


 当初の計画は何だったんだといわんばかりの速度で通過していることに、開いた口が塞がらないこともしばしば。

 というよりも当初の予定だとこれ、食料的にアウトじゃないか?


 それと氷山地帯よりも燃費がいいような気がしていたが、ログを精査する限り実際かなり良い。

 原因としては時折突発的に山の周りに吹く暴風を、羽が上手いこと掴んで飛んでいるためだ。

 完全に【空力制御】様々である。

 常識的に考えればこんな暴風の中では鳥ですら上手く飛ぶのは厳しいのではないか?

 どうも俺の魔力制御といいこれといい、モニカはスキルが上手く使える場面においては、本当にチート級に便利になる傾向があるな。



 今現在は久々に飛行がそれほど便利ではない局面、つまり平地を長距離移動しなくてはならない状況だ。

 眼前にはこれまで見たどの山よりも遥かに巨大な山がそびえ立っていて、それのせいで越えることが出来る高さに峠がないのだ。


 ただこの平地は俺達の進行方向に向かって左右に伸びていっており。

 左に行くほど山塊は巨大さを増すが、薄っすらと南にカーブしているので問題なく進めるだろう。


 一方右側は少し行ったところで崖のように山塊が終わっているので、すぐに回り込める。 


 左側はかなり遠回りになるが特に問題はなさそう。

 それに対して右側は真っ直ぐ南側に抜けられるようだが、”問題”がある。   


『どっちにする?』

「右側に行く」


 モニカの性格を考えるならこの答えは予想していた。

 当然ながら俺が気づいているということは、もっと優秀な索敵能力を持つモニカは既に”問題に”気がついているはずで、それでもなお最速の手段を取ろうということだ。


『だけど右側の道には・・・・』


「関係ない」


『ならいい、だが分かっていると思うが・この大きさでこの動き・・・・・たぶん魔獣だ・・・・』

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