第一章 モニカの奇妙な旅路

1-1【氷の大地 1:~吹雪の中で~】




 この光景を初めてみた人は恐らく皆”白”という感想を持つだろう。 

 そしてその真っ白な視界が俺の見る世界だ。


 自分では体を動かすことは出来ないが、すべての感覚がこの体が何かの意志によって力強く動いていることを感じる。

 今は猛吹雪の中、腹まである新雪をまるでブルドーザーのように力強く吹き飛ばしながら雪の大地を進んでいる。


 傍から見れば俺の姿は身長140cm程度の小柄な少女の姿に見えるだろう。

 実際まだ本体はまだ子供の女性で、俺とは別の意思でもって体を動かしている。 


 突然だが俺はスキルである。


 そういえば・・・名前もないな・・・

 

 スキルとして目覚める前の記憶もない。


 今はこのブルドーザーのように雪をかき分けて進む少女の中で、スキル管理を専門に行うインテリジェントスキルとして存在しているだけだ。


 だが自慢するわけじゃないが、この少女が現在こうして凄まじいパワーで雪を掻き分けて進めるのは、俺がこの少女のスキルや魔法を制御しているおかげだ。

 これだけの量のスキル制御を本人だけで行えば、恐らくあっという間に精神が擦り切れると思う。


 少なくとも俺が本格的に自分の能力に目覚める前は、こんなに強力な身体強化を行うことはなかった。


 まああるじの人使いが荒いのかもしれないが。

 ちょっとでも俺が暇そうな空気を醸し出すと、すぐに何らかの強化を注文してくる。


 それらが積み重なった結果がこの人間ブルドーザーだ。


 本来ならば数百m進むのにも数時間以上確実にかかる気象状態だが、圧倒的パワーの前には為す術もない。

 だが、数少ない欠点もある。

 

 凄まじい力を使えるということは凄まじい負荷がかかるのだ。

 幸い単純な負荷自体はスキルによる強化で耐えられるのだが、感覚的なものは防げない。


 正直な所、猛スピードで叩きつけられる雪がとても寒いのだ。

 

 さらに凍えるような冷たさの風が打ち付けてくる。

 まるでこの世のすべてが、自分達を殺そうとしているかの様な錯覚さえ起こす勢いだ。

 その殺意から身を隠そうにも、平で真っ白な氷の大地に隠れる場所はない。


 


『やっぱり今日も待ったほうが良かったんじゃないか?』


 俺は凍えそうになる手足をなんとか気合で動かす相方に頭の中で声を掛けた。

 実は3日ほど前からこの猛吹雪に突入して、行軍に支障をきたしていたのだ。


 だが返事がない。


 声が届かなかったか?


 どうもまだまだ”声”の扱いに慣れない。


『聞こえてるかー?』


 まだ反応はない。

 声を掛けられた当人は今も黙々と歩き続けている。

 視線を動かして周囲に気を配っているので、意識はあると思うのだがおかしいな。


『もしもーし!聞こえていたら返事を・・・』

「うるさい!」


 突然大声を挙げられ、ビビる俺。

 同時になぜ返事がなかったか理解した。


『すまん・・モニカ、まさかそんな事になっているとは・・』


 その謝罪に対してモニカが口をモゴモゴさせる。

 そのたびに、寒さで固まった口が変にほぐれて痛みが走った。


 返事がなかったのはあまりの寒さで、顔面が凍りついていたためなのだ。

 一応顔面を覆うように毛皮で保護はしているが、それでもあまりの寒さの前では気休めにしかならなかったのだろう。

 俺も感覚を共有しているはずなのに、それに気づけなかったとは。

 やはり、あくまで”スキル”でしかない俺は、モニカの感覚を自分の物のように感じてはいるが、どこか他人事の様な距離感がある。


『今日はもうここでやめたらどうだ?』


 正直な所まだ日は高いが、この吹雪の中を移動するのはやっぱり無茶だと思う。

 ここまでスキルによるゴリ押しでなんとかやってきたが、そろそろ限界だ。


「まだ・・・距離が少ない・・・」 


 すでに息が上がり始めている。

 思っていたよりも体の限界が近いかもしれない。


 体は少女だけあって本来の体力は、やはり魔力量よりも圧倒的に少ないな。

 もちろんスキルによってかなり強化されてはいるが、それでも元々の体力にダメージは入り続ける。

 それにどうしても強化できない精神の疲労も無視できない。


 だがこんな状態でも行軍を続けようとするのには理由がある。




 俺達は現在南を目指している。

 南といっても、正午の時に太陽がある方向という意味で実際は北かもしれない。

 いやそもそも北や南というのは地球にしか無いので、地球と違う可能性が高いここでは北でも南でもない可能性のほうが高いだろう。


 それでは面倒なので便宜的に南ということでご了承願いたい。


 まあ、要するに”暖かい”方向に向かって進んでいるのだ。

 これは、暖かければ人が住んでいるだろうという、曖昧な推察だけでそうしているのではない。


 モニカが住んでいた家にあった地図には様々な国があったのだが、ある一定ラインよりも北側では町がなくなっていく。

 他にも氷の果てだのといった、寒い地域を思わせる描写が様々な本に見られた。


 出発時にモニカの家にあった全ての本をチラ見して中身を記憶して、順次読み込んでいるがやはり暖かい地域に行けば集落のようなものが見えてくるという予想を後押しするものが多い。

 というよりも、なぜあそこまで住みづらい場所にモニカは住んでいたのかの方が謎だ。


 彼女に聞いても、物心ついたときからあそこに居るので分からないという返答しか無い。


 特に何かを隠している様子はなく、本当にあれが普通といった風なのだが、流石にこの極寒の世界で生活するのは普通ではないと思う。


 恐らく何らかの理由でモニカの父があそこに住むことを決めたのだろうが、その内容は予想が付かない。

 残念ながらそれを推察する材料は見つけられなかったが、あの特殊な”家”の状況から少なくともモニカの父の代より前は人里に住んでいたか、もしくは人里へ行くことが出来たことは間違いないと思う。


 となればとりあえずでも南側に進めば、人里か道などの人の痕跡にぶち当たる可能性が高いし、その距離はどの地点でもそこまで差はないと考えられた。


 

 ただしこの推定には大きな穴がある。


 まず、人里が存在するというのが予測の域を出ないのだ。

 あの量の本に描かれている世界が存在しない事は考えづらいが、この世界に俺達以外の人間が存在しないことを否定する材料はまだ持っていない。


 だがそんなことよりも恐ろしいのは、ここが南極などの極地に存在する大陸であるという場合。

 それと、この極寒の領域が俺達の予想よりも広い場合だ。


 前者ならば恐らく荒波であろう周極海流を超える手段を見つけなければならないし。

 後者ならばもっと危険だ。


 こういった極地において最も恐ろしいのは、クマなどの肉食獣でも寒さでもなく”距離”だ。


 現在俺達の持っている食料は30日分、スキル補正によって毎日平均100kmほどの移動距離という現状ならば、最大3000km程度が俺達に与えられた移動可能距離だ。

 この3000kmの内に人里にたどり着かなければならない。


 これが可能かと問われれば、”地球”ならば可能だろうという答えになる。

 ただし結構ギリギリだ。

 少なくとも丸々3000km直線で移動できるとは思っていないし、地形によっては大きく迂回することも念頭に入れなければならない。


 このためできるだけ距離を稼がなければならないのだ。

 

 せめて、狩りか何かで食料を手に入れられる環境まで移動しなければいけない。

 あれだけいたサイカリウスたちは一体どこから湧いてきたのか?と思うほどここまで何にも出会っていないのだ。

 

 これらがモニカが先を急ぐ理由だ。


『だが、これじゃ無理だ、いくらスキルで強化しているといっても、こう体温をどんどん奪われると流石に耐えられない!』

 

 実際感じる寒さだけではなく、全身の様々なパラメータが軒並み悪化している。

 このまま高速で雪に当たり続ければそう長くないうちに力尽きてしまう。


「だめ!昨日も一昨日も殆ど動いていない・・・このままだと何日無駄にするか・・・そんな余裕はない!」


 顔の痛みを押してモニカが叫ぶ。

 実際ここ数日この猛吹雪のせいで、進行が遅々として進んでいないのだ。


『それでも無理なものは無理だ!今日はもう休め!』

「まだ・・・・足は動く・・・」


『足が動かなくなったときには手遅れだ!そんなことモニカのほうが分かっているだろう!』

「あなたこそ・・・分かってるはずでしょ・・・・この雪のこと・・・・」


『雪?』

「足元の・・・雪」


 今踏みしめている雪はかなり柔らかい状態で、そのままだと相当深く埋もれてしまうため結構な魔力を使って固めている。

 それでも腹部まで埋もれてしまうほど表面は柔らかいのだが・・・・

 

 あれ?かなり下の方まで鈍い感触しか無い。

 普通なら少し下に固まった氷の感触があるのだが、たしかに下に行くほど雪の重さで固くはなっているがそこまで凍りついてはいない。

 

 だがこの猛吹雪は殆どが風で、雪は僅かしか降っていないのだ。

 どちらかといえば巻き上げられた雪のほうが割合が多いだろう。

 その状態でこれほどの積雪になるには一体どれだけの時間がかかるのか?

 

『まさか、この雪の厚さって・・・』

 

 そこで俺はモニカが行軍を強行する本当の理由を理解した。


「この吹雪・・・・止まないかもしれない」


 その恐ろしい可能性をまるで裏付けるかのように、足の裏の感触がどこまでも深い新雪の層の存在を告げていた。




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