第5話-お味噌汁は日本人のソウルフード。
「そういやお前、メシ食ってんの?」
私を引きずるように歩く死神がつと立ち止まって振り返る。そういえば昨日から何も食べていない。
「食ってないな、その顔は。顔色が白いの通り越して青いぞ」
急にお腹が鳴って空腹を思い出した。
「コンビニ寄ろうかな」
「却下」
食い気味で死神は言うとあたりを見回す。
「スーパー寄るぞ。どうせお前いつも外食とかコンビニ飯ばっかりだろ。まともなもん食え」
図星を指されて言葉に詰まる。一人暮らしを始めた当初は自炊していたものの、長くは続かず激務を言い訳に外食をするか、コンビニで適当に見繕って済ませていた。
自宅近くにあるスーパーに入ると私にカートを押させて死神はどんどん食材を放り込んでいく。
「アレルギーは?」
「へ?」
なんなんですか、この濃やかな気遣いは。咄嗟のことに顔を横に振る。死神は黙って頷くと食材の吟味を続けていく。結局大きなレジ袋ひとつにたっぷりと食材を買い込みスーパーを出た。
「重い。持ってよ」
ちょっと甘えてみると蔑みの視線が返ってきた。
「甘えてんじゃねーよ。ってか俺が持ったら他人からどう見えるかわかってる?袋が宙に浮いて超常現象よ?」
「あ、そっか」
「わかったらキリキリ歩け」
歩いて数分で自宅マンション前に着いた。死神がマンションを見上げて言う。
「それにしても小娘の分際でいいとこ住んでんな」
「このマンション、うちの親のだから」
「マンション丸ごと?」
「うん」
死神は呆れたように口を開けたまま私の顔を見ている。
「口開いてる」
言いながら玄関のオートロックを解除して中に入り、郵便受をチェックしてエレベータの昇降ボタンを押すとすぐにドアが開いた。死神と一緒にかご室に入り8階のボタンを押す。かご室の鏡に青白い自分の顔が映っていた。しかし隣にいるはずの死神は映っていない。
「ね、鏡」
「あー。俺、普通の鏡に映んないから」
そっか。やっぱり人間じゃないんだ。手を伸ばして死神の頬に触れてみる。温かくて、柔らかい。
「なんだよ」
うるさそうにしながらも顔に触れた手を払う気配はない。
「なんでもない」
手に残った温もりを楽しむように掌に握りこむ。何故だか少し嬉しくなって笑みがこぼれた。そんな私を不審そうに見ながら、死神は自分の頬を触って首を傾げた。
玄関を解錠しパンプスを脱いで三和土に揃えると、スーパーの袋をキッチンに運んだ。
「着替えてこい。メシ作ってるから」
死神とショッピングの後はご飯作ってくれるってこれ、どういうこと。彼が現れてから腑に落ちないことばかりだ。それが表情に出ていたのだろう、死神はしっしっと追いやるように私に手を振ってみせた。
寝室のドアを閉めると鍵をかけた。ジャケットを脱ぎハンガーにかけ、私はベッドに腰を下ろした。相変わらず肩が重く、頭が痛い。外の空気が吸いたくなって、寝室の窓を開けた。太陽の光が目に痛い。
見下した駐車場には車が数台停まっている。8階から見える地面はやけに遠く見えた。ベランダの柵を掴んで窓枠に身を乗り出す。このまま飛び降りたら。目を閉じて柵から手を離した、その時。
「人間ごときが何勝手に死のうとしてくれちゃってんの?仕事増やさないでくんない?」
私の腰に腕を回した死神がくるっと体勢を変えて私を室内に降ろした。
「だからさ、無駄な方向に行動力発揮するのはやめなさいって。バカですかテメーは。飛び降りなんてお前、『全身強打で』とかやんわり言うけど、あれ、ぐちゃぐちゃだから。脳みそとか飛び出すから。拾う側の身にもなれよ」
「やっぱりそっちの心配かよ!」
私の突っ込みを無視して死神は窓を閉め鍵をかける。
「ほれ、背中向けててやるからとっとと着替えろ」
「絶対見ないでよ」
「誰が見るか、ボケ」
のろのろと部屋着に着替えると死神に声をかけてリビングに移動した。ふんわりと懐かしい香りがする。リビングのテーブルにはお味噌汁、ご飯、焼き鮭、出汁巻卵、サラダが並んでいた。いつの間にご飯まで炊けているんですか。思わず唾をのむ。
「ほれ、食うぞ」
気が付けば、死神がテーブルの向かいに座っていた。どうやら一緒に食べるらしい。
「いただきます」
思わず手を合わせる。お味噌汁の椀に口を付けると出汁の香りが鼻腔に満ちる。あぁ、ちゃんと出汁を取ったお味噌汁のなんと美味しいことか。出汁巻卵はふんわりと柔らかく、焼き鮭の塩加減はちょうどよい。食べ始めるともう箸が止まらなかった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて言うと、死神が満足そうに頷く。食器をキッチンにさげてすぐに洗い、リビングに戻ると死神はソファにふんぞり返っていた。
「コーヒー。インスタントじゃなくてちゃんと淹れたやつ」
美味しい食事を作ってもらったのだから、それぐらいするか。またキッチンに戻り湯を沸かす。ドリッパーにペーパーとコーヒー粉をセットし、丁寧に湯を注ぐと芳香が立ちのぼる。2つのマグカップにコーヒーを注ぐとリビングのテーブルに置いた。
「お前、コーヒー淹れるのだけはうまいのな」
コーヒーを口に含み死神がにやりと笑う。死神が自分の隣をぽんぽんと叩くので、素直にそこに座り私もコーヒーを飲む。しばらく黙ったまま、私たちはコーヒーを飲んだ。
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