35歳中間管理職忘却の物語
ポスカ
第1話 呑みすぎ危険
「へいよーぐっつすっす」
聞きなれない言葉が耳に届いた。
日本語のような、日本語ではないような。
まわりを見渡すと見慣れない風景。石でできた道。どこか古さを感じる家たち。歩いている人も日本人ではないようだ。
カシャンと金属が擦れるような軽い音。先ほどの声の主だ。
「ていけー」
声の主はまた不思議な言語を発し、カシャンカシャンと音を立てながらその場を去って行った。
……一体なんなんだ?
少し整理をしてみよう。狂いそうになる頭を振り、心の中で冷静につぶやく
ここはどこだ?――わからない。先ほどの人や風景を見る限り中世のヨーロッパとかなのか?
少し前の記憶は?――最後に覚えているのは、忘年会の飲み会帰りにタクシーに乗ったところまでは憶えている。結構飲んだし、場を盛り上げる為いろいろ騒いでいたからな、かなり酔っていた。
自分の事は?――俺は……名前が出てこない。ただ憶えているのは、年齢は35歳。中堅商社の営業係長だ。こんな肩書き憶えていてもしょうがないと思うが。
持ち物は?――持ち物以前に服はどんな服を着ている?飲み会だからスーツだと思っていたが、この世界ではかなり浮いてしまうのではないか?
改めて自分の身体をみてみる。
ぼろ布だった
何も着ていない方がマシだと思うくらい、ぼろい布きれを纏っていた。防寒の足しにも、防御の足しにもならないただのぼろきれ。
うわぁぁぁぁあぁぁああああぁぁぁ!!!
思わず叫んだ。今まで冷静に考えていたのがあほらしくなるほど、正常な人間の恰好ではなかった。
当然まわりの視線が俺に向けられる。先ほどの甲冑を着た兵士?も怪訝そうにこちらをみている。
ひとまず隠れないと恥ずかしくて死にそうだ。
隠れる場所を探すが、右も左もわからない場所。言葉も通じそうにない。何度もパニックを起こす頭に落ち着けと念じながら、次の案を組み立てていく。サラリーマン時代にしみついた感覚。顧客が何を考え望むのか、様々な案を組み立てておき、その中で雰囲気を読みながら顧客の信用を勝ち取り契約する。そうやってのし上がってきた。よくわからないところに飛ばされたとしても冷静に考えていけば、きっと打開案がみつかるはずだ。
新しい服は?――手に入れられるかがわからない。財布も持っていないようだし、仮に持っていたとしても使えるかどうかがわからない。
言葉はどんな言葉だ?――先ほど言われた言葉。街中で聞こえる会話を統合するに、英語のように聞こえた。くそっ英語をもっと勉強していれば。
映画とかの撮影だったり?――可能性は捨てきれないな。さしずめ俺はエキストラか?少しまわりを歩いて確かめるしかないな。
通行人の視線――あまり気にならない。ほぼ裸同然のような恰好の人間がいたらおかしいと思うだろう。視線を感じないということは普通ということか、もしくはやはりドッキリ的な状態なのか?
思考を巡らせるも何の解決策がでてこなかった。それも今の状況や状態に関して知っていることが少なすぎるからだ。今やれることはとりあえず恰好を何とかして、情報を集めないと。
人目を気にしながら慣れない石畳の道を歩く。素足に石のごつごつした表面が擦れてすぐに痛くなる。靴というのは本当に便利なものだったなと今になって思う。
街中はとても賑わっているようだった。更に人々は暖かかった。こんな変な恰好の俺を卑下した視線を向けてこないどころか、にこやかにあいさつを交わす。言語は英語に近い印象だった。英語はあんまり勉強してこなかったなぁと少し後悔した。
恰好をなんとかしようにも、お金もなければ当てもない。しかし、まわりの人たちが気にしないのであればこのままでも良いのかなと思ってしまう。
まわりを見てもカメラらしきものはないし、騙されてるにしては長すぎる。漫画とかであるような異世界に飛ばされたってやつか。あまりにも話が飛躍しすぎているが、今の状況を考えるとそれしかない。どうやって生き延びようか。
何か良いことはないかと少し歩いていると、道に何かが落ちていた。
金貨のような丸い物体。どのくらいの価値のものかわからないが、とりあえず拾っておこう。それを握りしめた瞬間だった。遠くから大きな声が聞こえる。
「スタアアアアアップ!」
怒鳴り声にも似た大きな声。先ほどのような軽い金属音ではなく、鈍いガシャンという音がすごい勢いで近づいてくる。
「You violated the law. Then pay with your blood!」
何を言われたかが全く分からなかったが、頭に強い衝撃を受け、俺は気絶した。
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