七夕生まれの少女に『おりひめ』と

奈名瀬

ひなまつり(ツン7)

 似合わない……。


 3月3日のひな祭り。

 女の子の健やかな成長を祈るお祭り的な日。

 なんの因果か、あたしはそんな日に生まれてしまった。


「似合わないって思ってるんでしょ?」


 ぶすっと頬を膨らませて言うあたしを見て、転校生は困ったように笑う。


「大丈夫、誕生日に似合う似合わないなんてないさ」

「そう? お寺の跡取りがクリスマス産まれなんて場合でも同じこと言える?」


 じろりと刺すような目線を向けると、彼は「それは……」と口にして黙ってしまった。


「全く……下手な慰めはやめてよね」


 帰る方向が一緒というだけの転校生に、私は何を愚痴っているんだろう……。

 でもこれは、決して心を許したとかそんなのじゃない。

 あたしはただ、コンプレックスからくるイライラを手近な彼にぶつけているだけなんだから。


 ……それはそれで最低だな、なんてことを心の中で呟き、足元に転がっていた石を蹴った。

 こつんこつんと音を立てて跳ね、転がっていくそれを目で追って「はぁ」と溜息を吐く。


 すると、転校生は何かを思い付いたらしく、あたしに話を振った。


「でもさ、小宮さん。俺は小宮さんの誕生日がひな祭りっていうのわりとしっくり来てるぞ?」

「は?」


 思わず低い声が漏れる。


 けど、あたしはたかが転校生に聞かれただけだと気にもせず、声色もそのままに訊ねた。


「どこがよ?」

「ほら、小宮さんって下の名前が『ひな』だろ? 3月3日生まれで『ひな』って名前。すごくしっくりくるじゃないか」


 返って来た言葉を耳にした途端、あたしは再びため息を吐き。


「あのね、そう言うのは『しっくりくる』じゃなくて、名前も『似合ってないね』ってことになんのよ」


 転校生に悪態を飛ばしながら、こんな名前を付けた両親を呪った。

 でも、心の内でかるく呪ったところで気分が晴れる訳でもない。

 その結果、先程あたしが蹴った石に、またとばっちりが行った。

 かつーんと靴先で小突かれ、またこつんこつんと転がる石。


 あたしは気持ちよく転がっていくそれを目で追う自分をどこか客観的に見ながら『ほらね? こんなんだから名前も誕生日も似合わないんだ』と決して声にはできない言葉を胸の内に溶かした。


 でも――。


「じゃあさ、誕生日変えてみる?」


 そんな提案が聞こえて来た瞬間、あたしは胸の中に溶けた言葉さえ忘れてしまう。


「……は?」


 また、ドスのきいた声がこぼれた。

 鏡なんてなくても、自分の顔が『意味不明だ』と歪んでいるのがわかる。

 けど。


「だからさ、ためしに誕生日変えてみるのはどうかな? とりあえず、俺達の中だけでさ」


 彼は、大真面目に提案した言葉を曲げなかった。


「なにそれ?」

「うーん、まあごっこ遊びみたいなもんだよ。とりあえず、明日。3月4日が小宮さんの誕生日ってことにしない?」

「意味わかんないんだけど?」


 冷めた言葉をぶつけるあたしに、彼は「難しく考える必要ないよ」と笑った。


「とりあえず、明日は何か奢るよ。小宮さんの誕生日だしさ?」

「……まあ、奢ってくれるなら、いいけどさ?」


 どうせ長続きしないただのごっこ遊びだ。

 あたしは、そう思って彼の提案にのることにした。

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