ノクターン【 百目奇譚 二人羽織 】
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涙なぞ出なかった。あるのはただ怒りだけだ、なぜ真月が居なくならなければならないか意味がわからなかった。どうして自分ひとり残されないといけないのか
真月と出会ったのは高校生の時だった、その頃の私は少しばかり世の中と距離を置いていた、特別これと言って不満があった訳ではないのだが、何もかもが気に入らなかった、生意気だということでレイプされそうになった事もある、全員病院送りにしてやった。やり過ぎだと私の方が加害者にさせられた、障害が残った者もいたらしい、おとなしく私がレイプされてればよかったんだろう、親からはとっくに見放されていた。
「 あなたが三刀小夜ね 感動だわ 」
「 なんだお前 」
「 これはこれは 申し遅れました 私は鳥迫真月 真月ちゃんなのです 」
「 だぁかぁらぁ なんの用だ 」
「 取材よ 生ける都市伝説 三刀小夜に密着取材なのです 」
「 取材ってあんた高校生じゃん 学級新聞ならクラスの友達とやってろ 」
突然現れたセーラー服姿の女に半ば強引に喫茶店に連れ込まれたのだ、新手のキャッチセールスか私への報復を企てる奴等の仲間かと思ったのだがどうやら違うらしい。ウルウルとした瞳をキラキラさせながら私を見るその娘はロングヘアをサイドに寄せたワンサイドヘアで身長は160前後 透き通るような白い肌の女らしくも少女らしくもある不思議な印象を与える娘だった。
「 やってられん 私はもう行く 」
そう言い残し喫茶店を後にした。が、ついて来る。
「 お前三刀小夜だな 」
突然、金属バットを手にした5人の男らに取り囲まれた。
「 ちッ わかったろう 私なんかに関わるとろくな目にあわん とっとと帰ってくれ 」
ついて来た真月を突き離した、人目がある、さすがにこいつらも無茶はしないだろう、目的は私だ。
「 おぉッと これはいきなり修羅場だぁぁ 」
「 あのさぁ 」
「 おっ こっちの娘も超カワイイじゃんか 一緒に連れてこうぜ 」
そう言いながら1人が真月のセーラー服のスカートをめくりあげる。
「 ちょっ なにするんですか変態野郎 」
真月が男を突き飛ばした、これはマズイ状況だ、どうすればいい。
「 あなた達 結構いい歳してますよねぇ バカなんですか 大人になりなさい ヤンキーごっこしていい歳はもう過ぎてるんですよ おじさん 女子高生のスカートめくって喜んでる場合じゃないですよ あと私のパンツ見たでしょ タダじゃないですよ 」
そう言いながら真月は指先で何かをプチッと潰した。
「 お お前何をした 」
片目を押さえながら男が言う。
「 眼球
「 はあ 」
「 説明しよう 眼球毟り取りとは目に手を突っ込んで眼球を毟り取る真月ちゃんの必殺技なのでR ちなみに使用するのは初めてなのだ 」
「 お前 何考えてるんだ 」
私は呆気にとられてそう言った。
「 ッこのォォォッ 」
片目を押さえ男が金属バットを真月に振り下ろす、その刹那、腰を落とした真月の手が突き出され男が後ろに吹き飛ぶ。空手か拳法の構えなのだろうか。他の4人は状況が理解出来ないらしくポカンとしている。
「 せっかく片方の視界は残してやったんだからこれ以上バカな事しないで じゃないと幼少期から刻み込んだ真月ちゃんの古武術が唸りを上げるわよ って おーい聞いてる 」
「 いやノビてるだろ 」
「 エぇぇッ せっかくビシっと決めたのに もういいわ 行きましょ三刀さん 車田クンあとお願いします 」
「 はい お嬢さま 」
いつの間にかスーツ姿の男性が傍らにいた。
「 お前なんなんだ 」
「 私は鳥迫真月 真月ちゃんなのです 」
「 いやそれはさっき聞いた じゃなくって何者なんだ あのあとお前に引っ張られて来たがあのスーツの男は大丈夫なのか 」
「 車田クンなら大丈夫だよ 全部きっちり処理してくれるから もう2度と彼奴らの顔を見る事は無いはずよ もちろん平和的にね 車田クンは殺したりしないわ 」
「 目ん玉握り潰しといてよく言うよ 」
「 … だって三刀さんが困った顔をしたから 私の前ではあんな顔をしないで 私は足手まといじゃないわ 私の前では困ら無いで 」
「 … えっとぉ トリサコだっけ 」
「 真月って呼んで 私も小夜って呼んでいい 私達同い年でしょ 」
「 … ああ じゃあ ま 真月 私に何の用だ 」
何なんだこの娘は、どうして私の心をかき乱す、私は独りでいいのに、誰かの為に困りたくなんかないから、それなら独りの方がいい、誰かを巻き込みたくなんかない、臆病者なのだ。なのに真月は( 私の前では困らないで )と言う。
「 小夜 私ね 高校を卒業したら出版社をやるの そして
「 いや 私は未確認生物でも妖怪でも都市伝説でもないぞ 保護観察中でしっかり観察されてるから 」
「 とにかく密着取材よ とりあえず同棲しましょ 」
「 ど ど 同棲って何言ってんだ 」
「 いいじゃない 女の子同士なんだし それとも私が怖いの小夜 」
「 …… 」
真月はトリオイ製薬の起業者で現会長
真月は卒業と同時に父親の会社 トリオイ製薬の広報部を切り離し
「 真月起きろ 今日は
「 小夜ぁ まだ眠いぃ もっとだらだらしていたい 」
「 だらしないこと言うな 社長兼編集長だろ 」
「 じゃあ小夜が抱っこして起こしてチョンマゲ 」
「 そんな事言ってまた私をベッドに引き摺り込む気だろ もうその手は食わん 5分後に食事ださっさとしろ 」
「 ぶぅぅぅッ 」
新宿から電車で2時間ほど下った山中にそれはいた。
「 ごぉぉらぁぁぁッ お前らまた来たかぁ 」
「 でたぁぁぁ 山姥だぁ 」
「 だぅあぁれがぁ山姥じゃ 」
「真月 気をつけろ ばあさん
「 いィィやァァァッ 小夜 助けてェ 」
「 ちょっ たんまたんま マジであぶないってばあさん 」
ハァ ハァ ハァ ハァ
家の周りを3周くらい追いかけられてから縁側に3人で腰掛け茶を啜った。
「 ハァ ハァ 性懲りもなく何しに来た クソガキども ハァ ハァ 」
「 ばあさん 無理したら死ぬぞ ハァ ハァ 」
「 ハァ ハァ ハァ 真月ちゃん吐いちゃうかも ぅっ 」
「 バカよせ真月 吐くなら見えないとこで吐け 」
人心地ついてから。
「 若いのに情け無いやつらじゃのう 」
「 おばあちゃんが元気すぎるんだよ 死ぬかと思ったよ 」
「 で何しに来おった 」
「 山姥の捕獲 」
「 まだ言うか小娘 」
「 買い物して来てやったぞ ばあさん 」
「 余計なお世話じゃ 」
「 でも実際どうしてるんだ 下の店まで私らでも1時間以上かかるぞ 帰りは当然荷物を持って登り坂だ いくら元気でも無理だろう 」
「 うるさいわ それぐらいなんてことないわ 」
「 近くに誰もいないのが問題なのだよ あと道路までも距離がある 」
「 私 最初本当に山姥が出たと思っちゃったもん まさかおばあちゃんがこんな山奥に独りで住んでるなんて思わないし 」
「 市に問い合わせたら昔は何世帯か近くにあったらしいじゃないか 」
「 だよね じゃなきゃ電気とか下水とか通んないもんね 」
「 林業が盛んだった頃の話じゃ 道まで出ればバスも通っちょった 」
「 いつから独りなの 」
「 忘れたわ 爺さんが死んだのが20年くらい前じゃろ 」
「 うわぁ 子供がいるらしいじゃないか 市の人が言ってたぞ 」
「 山暮らしを嫌って出ていった馬鹿者じゃ どこぞで野垂れ死んでおろう 」
「 うわぁ それよりばあさん市の職員が来ただろう 」
「 やはり貴様らの差し金か 」
「 差し金って あのなぁ 」
「 たたき返してやったわ 」
「 真月 庭で遊んでないで ちゃんと参加しろ 手強いぞ 」
「 見て見て なんか変なの捕まえた 」
1か月ほど前、山姥捜索中に夕暮れの林の中から鎌を手にした老婆が現れた。「 山姥だぁぁッ 」真月の絶叫に「 だぅあぁれがぁ山姥じゃ 」鎌を持った老婆が追いかけて来た。人生で一番怖かったかも知れない、しばらく走って3人で息切れした。3人とも我に返って「 ハァ ハァ ハァ おばあちゃん お家まで送って行くよ 」「 ハァ ハァ 余計なお世話じゃ 」そう言って歩きだす老婆に仕方なく着いて行った。
それは山中にポツリとある古い民家だった。「 まあ茶でも飲んでけ 」老婆の言葉に甘え畑になっている庭から縁側に腰を下ろした、こちらの問いかけには答えずにぶっきらぼうにお茶を出す、どう見ても他に人の気配は無い「 茶を飲んだら日が暮れる前に帰れ 」そう言うと家の奥へ引っ込んでしまった。私達は言葉通り帰路についた。
翌日、市役所の福祉課に足を運んだ。
それから職員が頻発に足を運んでいるらしいのだが本人が一切受け付け無いと連絡があった。
「 ばあさん 今はいいが冬はどうしてる この辺は雪が積もるだろう 下まで降りれなくなったら食べるもの手に入らないだろう 」
「 その時は木の皮でも齧っとくさ 山暮らしを舐めるな 」
「 木の皮なんて齧ってたら本当の山姥になっちゃうよ 」
「 こんにちはロウカさん おやお客さんですか 」
突然の声に目を遣ると制服らしいものを着た男性がいた。
「 わたくし町役場の福祉部の○○です 」
「 私達は以前市役所に伺った者です 」
「 ああ 出版社の 本当に申し訳ありませんでした 以前の担当者の手抜かりです お恥ずかしい限りです 」
「 で どうなるのです 」
「 ロウカさんには施設への入居を進めているのですがなにぶんご本人様が 本人がしっかりしてる以上私らには強制は出来ませんので 」
「 ご家族とは連絡はつかないんですか 」
「 はい 娘さんの所在はわかりません せめて町の住居に来てもらえると我々としても目が届くのですが ここは不便すぎます もちろん私達がちゃんと責任を持ってサポートする事はお約束します 」
「 わかってます 私達で説得してみますので今日のところは 」
「 はい助かります それじゃあロウカさん明日また来ますね 」
「 もうこんでいいわ 」
職員は苦笑いしながら退散する。
「 ばあさん 悪い事は言わん 施設に行け 」
「 そうだよ ブラウン管テレビじゃ地デジ見れないでしょ 」
「 テレビなど観らんわ 余計なお節介するな 」
「 あっちゃぁ 真月どうすんだ 私らにはたぶんどうにもならんぞ 余計なお節介と言われればそれまでだ 」
「 行政に強制力はなくても真月ちゃんにはあるのです 」
「 はぁぁぁ 」
「 言ったでしょ小夜 山姥を捕獲すると 」
「 お前本気か 」
「 そこの山姥 よく聞きなさい 3日後のお昼に都市伝説ハンターの三刀小夜と鳥迫真月があなたを捕獲に来るわ 荷造りをして待ってなさい トリオイ製薬の実験台になるのよ 」
「 訴えられても知らんぞ 」
「 それより おばあちゃん お腹すいた なんか作って 荷造り手伝うからさぁ 」
「 …… 」
「 …… 」
その号の百目奇譚では実録現代の山姥たちと特集が組まれ不便な山間部に暮らす高齢者にスポットを当てた内容になった。
数年後、鳥迫真月は結婚した。お見合い結婚だ、別に親に強制された政略結婚ではなかった。真月が望んだものだった。見た目も性格も悪い男ではなかった、ただ真月にはそぐわぬ男だった。
「 小夜ぁ 酔っ払っちゃった 」
かつて真月と暮らしていた今では私独りのマンションで私の肩にしな垂れかかりながら真月が甘く言葉を吐きだす。
「 いいのか 子供をほっぽり出して酒なんか飲んでて 不良主婦にも程があるぞ 」
「 そりゃ
「 旦那はカウントしないのか 」
「 あの人は別にいい 」
「 なら なんで結婚した 」
「 子供が産みたかったから 」
「 あのなぁ その為に結婚したのか 」
「 そだよ 本当は 小夜がもし男だったら小夜の子供がよかった いや違うか 私がもし男だったら小夜を毎日抱きまくれたのに 」
「 飲み過ぎだぞ真月 お前離婚しろ 子供が目的ならもういいだろう 月夜と一緒にここに帰って来い 私が手伝ってやる また2人で百目奇譚をやろう だから離婚しろ 」
「 うへェェッ 小夜に告られちゃった 真月ちゃんは幸せ者なのです 」
「 … ふざけるな 」
その夜、酔い潰れた真月の迎えに鳥迫家のお抱え運転手の車田を呼んだ。
「 車田 どうなってる こいつは何を焦っている 」
「 わからん が 三刀 真月お嬢さまの事を頼む 守ってやってくれ 」
「 ふざけるなよ車田 惚れた女なら自分で守れ そもそも何で結婚させた なんでお前が連れ去らなかった 」
「 私じゃダメなんだよ三刀 」
「 今の男の方がもっとダメだ ヤツには真月は守れん まだ遅くない お前が連れて逃げろ 私も手伝う このままじゃダメだ トリオイから離さなければ真月は 」
「 無茶を言うな 無理な事くらいわかってるだろう 」
嫌な予感がする いったい何が真月の中で起きているのだ このままでは手遅れになってしまう 薄気味の悪い何かが真月を覆い隠そうとしている 私はどうしたらいい 私は何をすれば
「 小夜 」
「 どうした真月 車からか ちょうどよかった 話がある 今から会えないか 」
「 あのね小夜 小夜に話があるの 」
「 じゃあ好都合だ どこに行けばいい 」
「 聞いて小夜 私ね 失敗しちゃったの 」
「 何を言ってるんだ 」
「 私は出会わないといけない人に出会えなかったの 左手に長すぎる刃物を手にした人よ 」
「何を …
「 私は鳥殺しに失敗したの 私じゃ届かなかった だから月夜を残したの 」
「 何を言って …
「 でも代わりに小夜に出会えたわ 楽しかったし幸せだった だって私の夢だった百目奇譚を小夜と一緒に出来たんですもの 私独りじゃ何も残せなかった 」
真月は何を言っている 意味がわからない だが電話越しに指先から伝わる嫌な感触が告げる ただごとでは無いと
「 真月 今どこだ すぐに行く 」
「 小夜 私が残した百目奇譚を月夜にも見て欲しいの 小夜に頼んでもいい あと約束でしょ 私の前で困った顔をしないで小夜 」
「 わかった何でも約束する だから だから ……
ガシャン ツゥーーー
衝撃音と共に電話が切れた。
交通事故だった。運転していたのは配偶者だった。2人とも即死であった。
「 よお ばあさん なかなか死なんな あんだけ嫌がってた癖になんかエンジョイしてるらしいじゃないか 」
「 じゃかわしいわ 別に嫌がってなぞおらん 怖がっていたんじゃ 」
「 そうか ならよかった 」
「 なんの用じゃ 」
「 孫とひ孫が見つかったぞ 孫は
「 よせ 今更孫だのひ孫だの言われても実感もクソもないわ 向こうも迷惑じゃろう 残せるもんもない ここで余生が楽しめれば満足じゃ 」
「 わかった 写真だけは入手してやろう 」
「 すまんな それより相方はどうした 赤ん坊を見せに来て以来じゃが 」
「 真月は子育てに忙しいんじゃないか 」
「 嘘をつけ 年寄りを舐めるな 何があった 」
「 … 死んだ 」
「 … 先に逝きおって馬鹿者が 」
「 ばあさん 私はどうすればいい 」
「 そんな困った顔をするな 泣けばいいじゃろう 」
「 そうか ……ッ ッ ッ うわああああアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ
私は楼火シズの足にすがりついて子供みたいにわんわん泣いた、シズは私の頭を母親のように優しく撫でてくれた。
喪失とは自身から何かを失うことではなく自身に何かを背負い込むことだと初めて知った。それは途轍もなく重たいものだった。
私の中に夜想曲が流れ始める。
ノクターン【 百目奇譚 二人羽織 】 oga @ogas
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