第8話 小さな歯車
(マリアが教会の神学生じゃなくてラビの学生だったらな)
同じ研究室でゴーレムを一緒に研究するマリアを想像してパーサーは心臓にチクリと針を刺された様に感じた。
「そう言えば、マリアも今日のデモに参加していたの?」
「私は抗議には参加してないですよ。本来は連れと一緒に先生の用事でこの街に来ていただけだったんですが、たまたま制服で歩いていた私をデモに参加していたブラザーが見つけて無理やりデモの中に入れられてしまって人混みに揉みくちゃにされてしまったんです」
正直、教会の人間はヒステリックに叫ぶ集団としか思わなかったので、その集団の中に彼女が居なくて良かったとパーサーは思った。
「 そうだったんだね、それは大変だったでしょ。ねぇマリア。話は変わるけど、ゴーレムが無くなったら現代の社会システムが大きく後退するよね。ゴーレムは産業や輸送とか世の中に深く根付いている。世界はゴーレム無しに発展は出来ない。ゴーレムは僕ら人間の良きパートナーなんだ。マリア、教会とかは関係なしに君には知って欲しい」
パーサーはマリアにゴーレムの事を理解して欲しくなり、ついつい説得するような口調になってしまった。
マリアはそんなパーサーにゆっくりとした口調で答えた。
「たしかに、ゴーレムは世の中に浸透しています。私たちは何も世の中の発展を願っていないわけじゃありません。私たちはゴーレムの代わりに世の中の基盤になる技術を普及して世の中の発展を阻害しないようにした後にゴーレム技術を無くそうとしているんです」
「ゴーレムの代わりになる技術?」
マリアはニッコリと笑うと懐から、小さな凸凹のついた円形の金属を取り出した。
「はい。この小さな歯車って言うんですが、これが沢山、折り重なり大きな物を動かしていく技術。『機械』です!」
そう言うとマリアは小さな歯車をパーサーに手渡した。
「まだ神都、ヴァチカンや中東の一部地域にしか普及はしてませんが、着々と成果を上げています」
例えば列車などはゴーレム牽引式から、機械式の列車が走ってるんですよと誇らしくマリアは語る。
「いや、ちょっと待ってくれよ。列車が?まさか、客車や貨車を牽引するには6メートル級のホース型ゴーレムが必要なんだよ?正直、この小さな物がいくら集まっても無理じゃないの?」
パーサーがそう言うとマリアは微笑んだ。
「確かに一度も機械を見たことのない人はそう思います。でも、一度でもヴァチカンに来て見てもらえれば、聡明なラビなら解る筈です!」
「解るって、何を?」
「機械の可能性を、です。パーサー君なら、きっと解ります」
そこまで言ってマリアはああ、ここからは道がわかりますと頭を上げた。
話すことに夢中になり、いつの間にかに大通りまで来ていた事に気付いてパーサーは彼女とはここでお別れかと少しの淋しさを感じる。
「今日はありがとうございました。おかげで助かりました」
「いや、良いよ。帰り道の途中だったからね。それより、これ返すよ」
マリアに渡された歯車を返そうとすると、マリアはこれも何かの主のお導き、記念にどうぞとパーサーに返した。
「では、パーサー君。どうか、貴方に主のご加護がありますように」
「ありがとう、ミス・マリア」
小さくなっていく、マリアの背を見つめながら、パーサーはマリアが言っていた機械について考えたいた。
しかしどう考えても、あんな小さな部品がいくつあってもゴーレムの代わりになる訳が無い。
また彼女に会えた時にゴーレムと機械のどちらが有意なのか議論したいなとパーサーは思った。
もちろん、こんな暗くなった時間ではなく日中の陽が当たる洒落たカフェとかでと、そこまで考えて首を振った。
(僕は何を考えてるんだ?この街に彼女が来たとしても、もう一度会う可能性なんて無いんだぞ)
何故かまたマリアに会える様な気がする気持ちを抑えて、そう思うとポケットに納めた歯車をもてあそびながら、アパートのある方角へと歩を進めた。
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