第2話 アナログと夏樹ひなた
ちょっとばかり漫画創作部で長居をし過ぎたせいか、すでに校舎の中に人は少ない。外では部活に青春に、と汗や涙を流している姿があるけれど、僕の青春はそんな所ではなくVチューブの中にある。
アナログ好き、とは言うけれど、なにもデジタルを嫌悪しているわけではない。パソコンもインターネットも電話も、便利なものは使う。紙とかシャープペンシルを使うのは趣味なだけだ。山登りが好きな人が山に登るのが当たり前のように、アナログ好きがアナログなことをするのは当たり前。
現に、吹奏楽部が練習している楽器だって、言ってしまえばアナログだ。パソコンでデジタルな音楽やボーカロイドが存在していたとしても、そこに人間の感情というものが加えられれば、また違った物になるし、それを競い合うのも悪くはない。
全てが制御された現代日本ではあるけれど、全てが完全にデジタルに取って代わられたわけではないのだから。
「と、モノローグを入れてみたりして」
そんな独り言は、まさに僕のテンションの高さから出ている。手の中にある、僕だけの雪ノ原月夜がいるのだから、もう仕方がない。ラブだ。ラブなのだ。それに、学校一の美人である先輩の手書きの絵とか、彼女のファンクラブである『近衛騎士団』にはもうほんと、申し訳ない! でも、うらやましいだろ、と見せびらかしたい気分はグッと抑えておく。僕はまだ死にたくないし、帰って生放送を見ないといけないから。
と、テンション高く教室に辿り着いてドアをスパーンと開けたならば、
「――ッ!?」
びくぅ、と窓際の席でひとりの女の子が驚きに肩をあげた。
「あ、ご、ごめん。まさか残ってる人がいるとは思わなかったから……」
そう声をかけながら、僕は教室のドアを今度はそっと閉めた。
「……」
そんな僕を見て、クラスメイトの少女は胸を撫で下ろす。相当に驚いたみたいで、僕はもう一度、ごめんなさい、と謝った。
そんな僕を笑うこともなく、ましてや怒ることもなく、ただただコクンとうなづくと、彼女は机の上に広げていたノートパソコンをパタンと閉じた。宿題か、授業の確認か、はたまたネットをしていたのかどうか、それは分からない。とにかく邪魔をしてしまったようなので、僕はできるだけ静かに、いそいそと自分の席へと戻った。
「ん?」
しかし、そんな僕の目に飛び込む雪ノ原月夜。
「え?」
と、思ったのは、それがクラスメイトのノートパソコンに刺さっているUSBメモリ。そこにはハッキリと雪ノ原月夜の公式絵(しかも描き下ろし!)が描かれているではないか!
「そ、それは!」
知っている!
僕は知っている! いや、雪ノ原月夜ファンならば絶対に知っている特別なUSBメモリ!
「Vチューブイベントで数量限定で販売された幻のUSBメモリぃ!?」
僕は思わず大声をあげてしまった。
なので、またしてもクラスメイトの肩が跳ね上がる。
「あ、ご、ごめんなさい」
「…………」
またしても、彼女はコクンとうなづいた。
良かった。優しい人だった・
……というのも、同じクラスにいながら僕は彼女と話したことがない。いや、むしろ彼女が誰かと話している姿など、見たことが無かった。
ぼっち。
という言葉が浮かんだ。
髪はそこまで長いというわけではないが、なぜか前髪は長く、彼女の伏し目がちな目は見通せない。慎重は低く、小柄な印象を受ける。というか、実際に低いと思う。高校生というより、むしろ中学一年生といわれても納得してしまう幼さを感じた。
「え~、っと、夏樹さん……?」
確か名前は夏樹さん、だったはず? 下の名前は……ひなた、だったかな? いくらクラスメイトといえど、接点が無いと全く名前を覚えていない。授業で時々当てられる彼女の名前を、僕はかろうじて思い出した。
「うん。あ、アナ君」
「アナ君って……」
「あ、ごめんなさい……みんな、そう呼んでるから……」
消え去りそうになるような声で、というか実質最後はもう聞き取れないようなか細い声で夏樹さんが言った。
初対面の人にいきなりあだ名で呼ばれるとビックリするのだが、良く考えればクラスメイトだし、初対面と考える僕のほうが失礼だった。反省する。
「いいよいいよ。どうせ、アナログ大好きだし」
取り繕うように僕が言うと、下を向いて消え去ってしまいそうな彼女の顔が上がった。身長差のせいで、僕みたいな余り大きく無い人間でさえ見上げられてしまうのか。
そんな夏樹さんの髪が上を向いたのでハラリとこぼれる。意外と大きな目をしていて、その色素は薄く黄色に近いような印象を受けた。僕が怒っていないと分かって安心したのか、口元がゆるむ。
かわいい。
さっきまで学校一の美人と話していたのでマヒしそうになるが、クラスの目立たないところに、こんな可愛い子がいるとは驚きだった。いや、ちょっと勇気を出せば学年一の座を奪うのも簡単じゃないか、とも思える可愛さだ。
いやしかし、そんなことはどうでもいい!
それよりも重大なことがある!
「な、夏樹さん、そのUSB!」
「……あ、うん」
ノートパソコンから取り外すと、夏樹さんはUSBメモリを僕に手渡してきた。僕はそれを、震える手で受け取る。代わりといってはなんだが、僕はさっきログネェ先輩からもらった絵を彼女に手渡した。
無言の交流。これぞファン同士だから通じ合える儀式だ。
そう、そうに違いない。今まで知らなかったが、クラスメイト夏樹ひなたは雪ノ原月夜のファンだったのだ! しかもこの僕でさえ手に入れることができなかった限定品の描き下ろしUSBメモリを持っているほどに夏樹さんのガチ度は高い!
「「お~!」」
僕と夏樹さんの声が重なる。
もちろん、僕の声はUSBメモリを生で見れたこと。限定品紹介の記事やゲットした人の写真で見たことはあったが、目の前で生で、実物を見れたことによる感動だ。
対して夏樹さんの声は絵に対する称賛だ。こんな大きな声も出せるんだな、と思ったし、なんか聞いたことある声だな、とも思った。あ、そうそう、アレだ。雪ノ原月夜に似てる。そう思った。
と、そんな考えを脳内で一瞬にして圧縮して保存すると、僕は舐めるような勢いでUSBメモリをひたすら観察した。むしろ彼女のフィギュアを見るように、あらゆる角度から見る見る見る! 残念ながら月夜さんはホットパンツなので、立体化商品でもぱんつは見れない。
「残念だ!」
「ひっ!?」
「あ、ごめんなさい」
なんかさっきから謝ってばっかりだな、僕。いや、どう考えても大声を出すのは悪いんだけどね。
「……こ、これって……あの漫画創作部の……あの先輩が描いた絵?」
「うん、そう。僕はほら、雪ノ原月夜のファンだって公言してるでしょ」
普段から言ってるし。月夜オタクと自他ともに認めている。名誉なことだ。ふっふっふ。
「なので先輩が描いてくれたんだ。特別に!」
そう、特別に!
「これ……すごく可愛い」
そう言って夏樹さんが示したのは、ツインテールを結う星のアクセサリーだ。これは先輩のオリジナルデザインであり、どんな公式絵にも存在しない要素だ。
「うん、いいよね。たぶん先輩なりの意地なんだと思う」
「意地?」
僕は、うなづいた。
「先輩は漫画家になりたいんだけど、二次創作で有名になりたいわけじゃないって公言してるんだ。だからこその、意地」
「……わかる」
分かったみたいだ。そのニュアンスはなんとなく難しい。難しいけれど理解できる。そんな話だったんだけど、夏樹さんもその難しいニュアンスは分かったみたいだ。
「……ありがとう。大切にしてね」
「僕もありがとう。こっちも大切にして」
僕らは交換するように、お互いの宝物を交換した。
「それにしても夏樹さんがファンだなんて知らなかったよ。はやく言ってくれればいいのに」
「……うん」
そうすればもっと夏樹さんと楽しい学校生活が送れたのに! あぁ、雪ノ原月夜について一緒に語り合いたい! いいところを言い合いたい! 素晴らしさを語り合いたい!
「声が」
「え?」
「……声が似てたから」
声?
あぁ、そういえば似てる。雪ノ原月夜の声はもっと張りのある元気いっぱいって感じの声だけど、夏樹さんの声は大人しい。でも、もしも夏樹さんが元気いっぱいに声を出したら、確かに似ている! そっくりレベルかもしれない!
「ホントだ。すげぇ! いいな! 僕も月夜さんの声に似てたら……ってそれはキモチワルイや」
僕、男だし。うん。うんうん……いいな、夏樹さん。
「ふふ」
あ、笑った。やっぱり可愛い。
「あっ! やべぇ! 今日って生放送の日でしょ」
「……うん、そうだね」
夏樹さんはちらりとノートパソコンを見ながら答えた。もしかしたら、学校で見ていくつもりだろうか。でも、それは下校時刻と重なってしまうので危ない。夢中になっている時に先生に声をかけられでもしたら、もったいないのだ!
「夏樹さんも早く帰ったほうがいいよ! 僕も急がないと!」
僕はその場で走るフリをする。だだだだ、っと床を踏み鳴らすと夏樹さんはまた笑った。いやぁ、これは笑わせるつもりなかったんだけどなぁ。なんで笑われたんた?
「うん、そうだね。わたしも早く帰らないと」
「うんうん! じゃぁまた明日ね! 是非とも語り合おう、雪ノ原月夜について!」
と、僕は一方的に伝えると自分の席へとダッシュ。カバンから絵を挟むために持ってきていた厳重なるファイルを取り出すと、丁寧に先輩の絵をはさんだ。
「よし!」
その絵をちょっぴり見つめて(夏樹さんもうらやましそうにジッと見ていた! 分かる! 理解できる! 僕が夏樹さんの立場なら、このあと一緒に帰って、ズッと絵を見せてもらう!)カバンの中へとしまった。もちろんシワなんかできないように、ファイルをまた別のファイルにはさみ、ついでにノートパソコンを利用してガッチリガードだ。まさにパーフェクト!
「じゃぁね、夏樹さん! また明日!」
「……えっと、ばいばい」
「ばいばい!」
手を振る夏樹さんに手を振り返し、僕は教室から文字通り飛び出したのだった。本来なら一心不乱に家へと帰るのだが、その最中に夏樹さんのちょこんと手を振る姿を思い出したのは、彼女の仕草と姿が、、ちょっぴり可愛いかったから、なのかもしれない。
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