ツンデレセラは、こんな人
どうしてこうなった。
賢龍に俺の目的を話せと言われ、俺はこの10ヶ月間の出来事をありのまま伝えた。ミラのスキルが強かったこと、俺のスキルが弱すぎたこと、苦悩の末に俺達は道を違えたこと、ミラが石化病に掛かったこと、俺は賢龍の涙を手に入れるためにこのダンジョンに挑んだこと、そして死にかけた時にラーシェ(賢龍曰く俺がテイムしたスライムの名前らしい)をテイムしたこと。
聞き上手な賢龍はずっと真剣に相槌を打ってくれて、俺は次第に感情を込めながら語り聞かせた。
そして全てを聞かせ終わった頃――――――
「ひっぐ、な……なんて切ない話なのだぁ。妾は感動したぞ、ひっぐ」
賢龍はその巨体に似合わず涙もろかった。今も翼で顔を覆って泣き腫らしていて、俺は二の句を継げずに困惑している。
「なぁそんなに泣いてるならさ、俺に涙の一粒くらい分けてくれたりしないの?欲しいものが目の前にあって、喉から手が出るほどなんだけど」
実際に喉から触手が出ているのは気にしない。気にしてない。
俺の言葉を聞いた賢龍が泣き止み、申し訳なさそうに口を開いた。
「お前の語りは良かったのだ。ついつい妾まで貰い泣きしてしまったほどにな。だが、妾の涙をやるわけにはいかん。残念だがな」
「な、何でだよ、俺の願いが叶うんだぞ!賢龍にとっては要らないものなんだし、少しくらいはいいだろ!?」
「お前のことは気に入ったぞ。殺そうとは思わんし、出来ることなら妾もそうしたいのだが、妾は、涙が出なくなってしまったのだ。だから、諦めてくれ」
「は?涙が出ない?」
俺の心深くに突き刺さったその言葉は、今の俺には重すぎた。ミラと再び会うためにこうしてここまでやって来たのに、頼みの物がこの世に存在していない。八方塞がりとかじゃなくてもう、どうすることも出来ないのだ。
このまま世界が止まってほしいとまで思ってしまうほどの絶望のなか、ふいにラーシェが口を開いた。
『賢龍はね、昔色々あったんだ。悲しいことや辛いこと、ボクの口からは言えないようなことが沢山。その時に涙を枯らしちゃったんだよ。でもさ、それならもっと嬉しい話とか悲しい話を聞かせたり、実際に経験させれば良いんじゃないかなぁ?』
バツの悪そうな顔をして縮こまっていた賢龍が、フッと顔を上げた。
「そう、そうであろう!妾とて本当に涙が出なくなってしまったかなど、わからんというもの。それに、お前が頻繁にここを訪れるなら、暇の潰しようもあるというもの。一石二鳥だ、それがいいであろう?なぁ、ラーシェのマスターよ?な!なぁ!!」
「欲望駄々漏れのお前見てたら、何か元気出てきたわ。いいぜ?この半年間でいろんな話を聞かせまくって、お前のことを泣かせまくってやるよ。明確な目標も出来たことだし、今日は帰ろうと思うんだけど――――なんか帰る系の魔法とか使えたりしない?」
「その程度のことは容易いが、もう帰ってしまうのか?もう少しだけいても良かろう?」
「いや、今日は帰るさ。何かを聞かせにまた今度来るから」
感情表現が豊かな賢龍は露骨に項垂れるが、暫くしてしぶしぶ頷いた。
「それならば致し方あるまい。ダンジョンの入り口に転送するが、それでいいか?」
「ありがとな。おーい!ええと、ラーシェ降りてこい。帰るぞ!!」
『はーぁい』
賢龍の肩から飛び降りたラーシェは俺の肩に止まり、触手を伸ばして賢龍に手を振った。俺もそれに習って手を振り、賢龍に別れを告げる。
「『またな。(またねーー)』」
足元に光輝く複雑な魔方陣が現れ、俺達を包み込んだ。
「再び来るのを待っているぞ」
賢龍に見送られながら、俺達は巣を後にした。
俺達を包んでいた光が収まると、そこはもう賢龍の巣ではなく見慣れたダンジョンの入り口だった。
「うお、本当に戻ってきた。転移魔法って伝説に埋もれたロストマジックじゃなかったっけ?てかそんなこと言ったら賢龍自体が伝説なのか――――あんな陽気な龍が厄災だなんて、変なもんだな」
『いいや、賢龍は気に入ってものには優しいけど、そうじゃないものに対してはどこまでも非情だよ。何百年か前には、巣に押し入ってきた下位のドラゴンの群れを焼き払ってたしね』
「うげえ、俺絶対あいつと敵対したくないな。地の果てまで追いかけてきそうだ」
『そんなこと無いよ?賢龍な敵に情けなんて掛けないから、殺す時は一瞬で消し炭にしようとするんだ』
それはそれで恐ろしいな。
地上に出たとき、辺りは既に真夜中だった。ダンジョンの中ではとにかく必死だったから、時間の感覚がぶっ飛んでいたんだと思う。
人っ子一人いやしない道を歩くこと数分。いつもお世話になっている宿屋に近付くと、小さな人影が一つ佇んでいるのが見えてきた。俺達が宿屋に到着するとその影――――セラはこっちに向かって走り出した。
「どういうことよ?何でこんなに遅―――って?!その傷なに?服もボロボロじゃない!早く入りなさい!!」
「夜中に大きな声を出すなよ。近所迷惑だぞ?宿屋の娘がそんなことしてたら、親の示しがつかなくなるぞ?」
「うるさい、フェイルが遅いせいでしょ!こんな時間まて帰って来ないから、何かあったんじゃないかって―――っ?!そ、そうよ!お金は貰ってるから、こっちも商売上フェイルの分もシチュー作ってるの!余っちゃうでしょ!」
俺はセラに手をひかれながら、宿の中へと入っていった。ちなみにこの時、ラーシェは液化して俺の血管の中に入っていたりする。本当に俺のスキルは、どこに迷走してるんだろう?どんどん気持ち悪くなってるんだけど。
黒く艶やかな髪はツインテールに結ばれていて、前を歩くセラの動きに釣られるようにして揺れ動いている。セラは、父親が人間で母親が妖精、つまりハーフであり、妖精の血を色濃く受け継いでいる。
妖精という種族は、人間で言うと14歳程で成長が止まることや、エルフに次ぐ美形であることで有名だ。当然セラも例に違わず合法ロリの化身と化しているのだが、何故か胸だけは一般的なサイズに育ってしまった(成長期よくやった)ため、プチロリ巨乳とでも形容したくなる容姿をしている。
俺よりも頭一つ分小さいセラは、俺を引っ張ったまま厨房まで移動すると、疑うような目で俺を見た。
「ねぇ、最近フェイル食べ過ぎたりしてない?少し重いわよ。分かりやすく例えると、スライム一匹分くらい重くなってるわ」
「ブフォーー!!」
お前はどんなエスパーだよ!?鋭すぎてむしろ恐怖だっつーの!!
「さ、さぁ?どうだろうな、自分の体なんて気にしたこと無いし、分かんないし?しらないし?」
「ふーん、まぁいいや。フェイルってうちのコンロ使えるっけ?使えるなら、勝手にシチュー温めていいわよ。その間に私は、何かの服を持ってくるから」
そう言うが早いが服を取りに行ったセラの背中に「何から何までありがとな!」と一声掛けて、俺はコンロの火をつけた。
シチューを食べ終えても、セラが来ない。セラに限って約束を齟齬にすることはあり得ないから、何かあったんだろうか?セラがいるとしたら、セラ自身の部屋か俺が貸しきってる部屋しかない。
俺は、セラを追い掛けて進める歩みが、無意識の内に速くなっていくことに気付かない。
セラの部屋は厨房の二つ隣の場所にあるから、すぐに着いた。勢いよく扉を開けると、年頃の女の子特有の甘い香りが鼻孔を怪しく刺激するが、そんなことはお構い無し。
「セラ、いるのか?いたら返事しろー」
しかし、それに対する返答が帰ってこない。ここにはいないようだ。
夜中に部屋にいないという事実が、焦りを加速させていく。
「くそっ!どこにいるんだ!?」
二階に上がる途中、セラの母親と遭遇した。俺はゆっくりと呑気に階段を降りるセラの母親に話し掛ける。
「あの、セラがどこにいるか知ってますか?さっきから見当たらないんですけど」
しかし、母親は俺を見て謎の笑いを浮かべているだけだ。
ボロボロになった服を脱いだから薄着だけど、何が変なんだ?別に普通だろ?
「あらあら、そんなに慌てなくても、さっき見かけましたよ?フェイル君の部屋で。あらあらあら」
欲しかった情報を貰った俺は、顔から緊張が抜けていくのを感じ、安堵の溜息を一つ吐いた。
「ありがとうございます。早速向かいます」
そのまま俺は自分の貸しきってる部屋に直行した。
だから、セラの母親が呟いた「親の前で大胆。若いって良いわね」という言葉を拾うこともなかった。―――――俺の服装を見て勘違いしている母親の、その一言を。
バン!
扉を乱暴に開けると、ベッドでセラが寝ていた。その手には真新しい服が握られているから、約束通り服を持っていこうとして、眠ってしまったんだろう。
「はーーーーー。良かった」
それにしても、どうして俺はセラを探すのに必死になってたんだ?冷静に考えれば、宿のどこかにいることくらい分かったのに。あれこれお節介なところが、どことなくミラに似ていたのだろう。
ミラは戦うことで俺を支えてくれていて、それとは真逆にセラは日常で俺のことを支えてくれている。そう考えると、今セラがここで寝てしまったのだって、俺を待っていたからだ。今日だけじゃない。セラは、こんな小さい体で色んな事をしてくれた。だから、今日くらいはここでそっとしておこう。
『あるじー』
「ん?どうした?」
『あのね、ボク達って寝てるメスを見つけたら、とりあえず種をばら撒いちゃうんだけど、あるじはしないの?』
「―――――するか!!」
『今、反応が遅れ―――』
「てない!!!無いったら無い!!!もう寝るぞ!!」
俺はベッドの横にある椅子に座って、睡眠をとることにした。
だか俺は忘れていた。自分の寝相の悪さに。寝ている時の俺が、大人しく椅子に座っているわけがない。
チュンチュン。
朝の鳥たちのコーラスが優しく鼓膜を叩き、目が覚める。どうやら珍しく椅子に座ったまま寝れたようで、俺はその事実に驚きながらもゆっくりと周囲を見回す。セラはまだ俺のベッドで眠っていて、壁に掛かった時計を見れば、時間はまだ6時30分程だ。
椅子の上で名一杯伸びをした俺は、ゆっくりと立ち上がり―――。
足がもつれて、ベッドに倒れこんでしまった。
「―――痛いっ、何?」
わざとではないにしても俺にのし掛かられたセラは、衝撃と痛みで目を覚ます。
お互いの距離はそれこそ吐息が顔にかかるほどの近さで、甘い息が顔にかかる。現に、セラの吐息で俺の前髪が、僅かに揺れている。大きく見開かれた両目は困惑に揺れ動き、顔が真っ赤になっていく。
「な――――」
「な?」
「ナニするつもりよ?!変態!!痛いっから、離れなさい!!」
セラがじたばたと暴れだし、ムニュン。何か二つの物体が、俺の両手に収まった。
あ、柔らかい。すっげー柔らかい。見た目とは裏腹に成長しているそれは、丁度握れるかどうかの大きさで、俺の手に自然にフィットした。
「え?ちょ、ええ?!」
セラの顔は、まるでオーバーヒートしたかのように真っ赤になり、動かなくなってしまった。そして―――ガチャン。部屋の扉が開けられた。
入ってきたセラの母親は俺達の状況をたっぷりと確認すると、「あらあらあらあら、失礼したわ。おばさんはいなくなるから、ゆっくりしてていいのよ?」回れ右してまた部屋を出ていった。
『変態』『"痛い"』『離れて』。
それらのワードから連想される光景は、かなり限られている。更に俺は今、セラに覆い被さる様な体勢だ。そして突然のことで困惑したセラは、何故か顔を赤く染めるだけで、何もしない。
俺たちの体が絶妙な具合で布団に隠れていることも災いして、セラの母親は現状以上に事態を勘違いしたようだった。
「えっ!?ママ!?違うの!、これは違うから!!ねぇ、ねえってば!!ママーー!!」
そんなセラの虚しい叫び声だけが、何時までもこだましていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます