賢龍を見つけた
ヒュオ!と風を切り裂き迫るゴブリンの粗末な剣を、刀身で滑るように左に受け流し、返す刀で首を狙う。しかし俺の剣がその首に吸い込まれる直前、散開した別のゴブリンに背中を浅く切られ、強烈な痛みのせいで狙いが外れた剣はゴブリンの右目を潰すに留まってしまった。
背後の状況を確認するために後ろを向くと、そこには4匹のゴブリンがいて、一斉に俺に飛びかかってきた。
初撃を僅かな差のバックステップで回避し、第2撃を放ったゴブリンの剣を、弾き飛ばして武器を捨てさせる。しかし、その動作のせいでがら空きになった胴体に更に別のゴブリンに体当たりを仕掛けてきて、押し倒されてしまう。4匹のゴブリンにのし掛かられ、身動きが取れなくなってしまった。
押し倒された際に背中の傷口が悪化し、痛みが増すと共に服が急速に血の色に染まっていく。その事に焦燥を感じた俺は、素早い手つきで腰に携帯しているナイフを抜き出し、乗っかっているゴブリン達の頸動脈を掻き切る。ゴブリンの血を浴びてヌルヌルになった体をよじって拘束を抜け出すと、完璧に囲まれていた。
右から襲い掛かってきたゴブリンの頭にナイフを投げ、他のゴブリンの攻撃は身を低くすることで回避する。前方のゴブリンを身を低くしたままタックルで昏倒させて武器を奪い取るが、流石に多勢に無勢だ。ゴブリン達の攻撃を1回防ぐ間に、ゴブリン達は俺を10回以上攻撃してくるし、俺が1匹のゴブリンを殺す度に、ゴブリン達は俺を何十回と殺そうとしてくる。
1歩下がったゴブリンを追撃するために前に出ると、ふいに悪寒を感じて顔を右に傾ける。一瞬遅れてすぐ耳の隣でピュゴォ!と風を切る音が聞こえ、後ろを見ると壁に矢が突き刺さっていた。
「なっ!?」
隠れようとして辺りを見回すがどこにも遮蔽物はなく、格好の的となってしまった俺には飛んでくる矢を避ける手段がない。
闇雲に振るった剣は、まぐれ当たりの矢を数本だけ斬り落とし、だが次々と放たれる矢は悉く俺の体に刺さり、俺は支えを失ってしまったかの様に地面に崩れ落ちた。 倒れ伏した俺の体から流れ出る尋常じゃない量の血液を見たゴブリン達は歓喜に沸き立ち、やがて帰っていった。どうやら俺の死を確信しているようだ。俺の装備を剥いでいかない理由は分からないが、それだけが不幸中の幸いだ。
身体中から血液が流れ出て、俺の死が刻一刻と近付いてくる。だんだんと寒気を感じ、指先が動かなくなっていくなかで俺の視界が、1匹のスライムを捉えた。そのスライムは俺の戦闘に巻き込まれていたのか、はたまた元々そうだったのか。既に瀕死状態だ。
「結局、最後の最後までテイムしなかったな。スライム1匹の力で何が出来るんだよ、何が変わるんだよ!俺が目指したのは勇者の隣に立つことだぞ!――――足りないんだよ」
走馬灯のように脳裏を駆けるのは、いつも見ていたミラの剣技。
敵の攻撃を薄皮一枚の距離で回避し、振り上げた剣戟が地面をめくりあげる。光のごとき俊敏さで巨人の懐に飛び込み、素手の一撃だけで昏倒させる。魔物の群れに囲まれた時、俺を守りながら敵を殺し続け、魔物の攻撃を受け流した先が別の魔物がいるところで、前後左右から同時に攻撃されても、剣の一振りで全てを凪ぎ払う。
思い返せばいつもそうだ。
俺が守られて、ミラが戦う。
俺は無傷なのに、笑いながら俺の無事を確認するミラが傷だらけだった。
その事実に今更気付き、視界が涙で滲んだ。
「まじかよ······。ダサすぎるだろ。何なんだよ、くそっ!!」
無力に打ち震える体が、今更生き延びようと必死に動く。壊れた体にむち打ち、宛もなく這いずり回った。
意識が朦朧とするなかで、どのようないたずらか俺が辿り着いたのは、瀕死のスライムの前だった。そしてよく見てみると、そのスライムは怪我を負っていた。
普通ならハッキリとした形を持つ流動性の高い体は、ぐずぐずになってどんどん分離していて、半透明の体とは明らかに違う液体もこぼれ出ている。
数多のスライムを殺してきた俺だから分かる。
――――――このスライムは、もう時期死ぬ。俺と同じだ。
どうせ死ぬんだ。最後に無様に高みに手を伸ばすくらい、俺の勝手だろう?もしこのスライムが俺を選んでくれれば、俺はスライムのスキルを使えるようになる。その中には[再生]という自然治癒力を高めるものがある。もしかすれば、俺は生き延びるかも知れない。
「なぁ俺は力が欲しいんだ。例えスライム1匹分でも構わない。何がなんでも力が必要なんだ。お前は、生きたいか?」
スライムの核が僅かに揺れ動いた。
「キュウ」
「そうか、やっぱり死にたくないよな。俺のこと受け入れてくれて、ありがとな」
言葉を交わさずとも、俺とこのスライムは繋がった。俺の魂とスライムの魂にパスが通り、テイムしたスライムの情報が頭に流れ込んで来る。
そして―――――――――――――――。
「え…………お前が母体?もともとスライムってのは、1匹の魔物だったのか?!じゃあ、今のスライムは?」
テイムしたことで得たスキル【再生】により、体が治癒によって楽になり、幾ばくかスッキリした頭で考える。さっき流れてきた情報は、もともとスライムは、1匹のエンペラースライムという魔物が分裂を繰り返したことで出来た種族であり、尚且つ俺がテイムしたスライムと思わしき魔物が、実はエンペラースライムの核の成れの果てであるということ。
つまり、このスライムをテイムしたおれにとっては"スライム"という種族は、全て1匹の 魔物として数えられるため―――「俺は、世界中のスライムをテイム出来るってことか!」
目の前のスライムがピョンピョンと跳ねた。水色の体がフワフワしてて何か可愛い。それと同時に、スライムの考えが流れ込んできた。
『あるじ、新しいあるじ!二人目のあるじだ!!』
道は長い。果てしなく長い。スライム1匹なんて、米粒以下だ。それでも、1000匹、10000匹とテイムすれば、俺はどこまででも強くなれる!ミラの隣にいられる!!
「まじかよ······!ここに来て、こんなことって―――」
「おい、本当にこっちであってるのか?」
スライムをテイムした俺は、未だにダンジョンをさまよっていた。俺は何度も帰ろうと言ったのだが、俺のスライムが聞き捨てなら無いことを言うのだ。
『あってるよ?ボクは何度も行ってるから、このまんま真っ直ぐ行けば賢龍の巣に着くって知ってるよ?』
そう、俺は今賢龍の巣へと向かっていた。
40層にあるはずの賢龍の巣に向かっているのに、俺達が歩いているのはまだ3層だ。どう考えても信用ならない話だが、しかし俺達が歩いているのは未踏破区域。一抹の信頼も残っている。
ダンジョン都市にあるダンジョンだから、もう何十年前から冒険者が行来しているため、最前線である32層までは完璧にマッピングされている―――――そう思っていたのだが、違った。
俺達が進んでいるここは、人間では見つけられない、"俺"でしか見つけられない場所だろう。
エンペラースライムの核であるこいつは様々なスキルを持っていて、当然俺も使える。
【神速】【増殖】【分裂】【液化】【硬化】【構造変化】【触手】【電撃】【メテオブレイク】【ラストエンペラー】【自爆】【透過】などなど。
最初の内は人間でやると気持ち悪いのばっかで、後の方はそもそも効果を知りたくない。ただし今俺が使えるスキルは、こいつが普通のスライムになっても使えるものだけだ。(俺がスライムをテイムしまくってこいつが力を取り戻したら、その限りでもないけど。)
それにしても、今思い返してもおぞましいが、【液化】と【分裂】を繰り返して体を水滴に変え、ダンジョンの壁のなかに染み込ませるのは、R18も裸足で逃げ出すレベルだろう。しかし、そうやって通り抜けた先に賢龍の巣があると言うのだから、やる価値はあるだろうか?
その後何十分か歩き続けると、やがて地面に大穴が口を開けている空間に辿り着いた。
「なぁ行き止まりか?まさかこの穴に飛び込む訳じゃないだろう?」
『え?ここに飛び込むんだよ?ずっと下に賢龍の巣があるから、ここから行けるよ?下まで降りると賢龍がマホーでキャッチしてくれるから、安全だよ!!』
いやいやいやいや、何が安全なんだよ?むしろ不安しか残らないだろ!!阿呆か!!
『早く行かないの、賢龍に用があるんでしょ?先に行ってるからついてきてね!』
「ちょ、待てって!!」
しかし、そんな俺の制止を振り払うかのようにスライムは、地面に広がる大穴へと身を投げていった。
聞こえない。
まだ聞こえない。
スライムの落下音が聞こえない。一体どれだけ深い穴なんだろう?
「ああーー!こうなったら、もう自棄だ!!死んだら責任取って貰うからな!!」
意を決して俺は大穴へと飛び込んでいった。
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ………
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァア!!!無理無理無理無理、死ぬからーーーーー!!!!」
重力場に逆らうことなく落下していく俺の体は、どんどんその勢いを増していく。辺りは真っ暗で何も見えず、只ぶつかってくる空気の感触だけが頼りだ。
やがてうっそうと生い茂る木々が見えてきてとうとう死を覚悟したその時、俺の体が何か柔らかい物に包まれて、急速に減速してゆっくりと着地した。
「全く、ラーシェのマスターが来ると思って捕まえてみれば、只の煩わしい人の子ではないか。この程度の器でラーシェを従わせるとは、余程魂の親和性が高いと見える。」
「へ?」
真上から声が落ちてきた。俺が上から見たときにそんなデカイ何かがいたのか?と疑問に思って見上げると、龍がいた。くぐもった声は聞こえ難いが人間に例えると女のそれで、人間など丸呑みに出来てしまうほど大きな頭部には、左右対称に2本ずつ巨大な角が生えている。金色に輝く鱗一枚は人ほどの大きさで、背中についている翼が神秘的な存在感を放っていた。
――――――――金色に光る巨大な龍は、伝承に伝わる通りの賢龍だった。
「あーーー終わった。俺、賢龍に睨まれてるよ。死んだわ。サヨナラオレノジンセイ」
俺が茫然としている間、スライムが賢龍の肩に乗っかって何かを話していた。
『あるじはね、君の涙が必要でここまで来たんだよ?場所を教えたのはボクだけど、ここにいるのはあるじの意志だから、すぐに殺したりしないでよ?』
「ふん、妾を低俗で品の無い人の子と同列視するでない。ラーシェのマスターが妾にとって強い、もしくは滑稽な者であれば羽虫の如く潰したりはせん」
「いやちょっと待てよ!?俺強くないし、面白くもないから!!てか殺意も向けられずに何かのついでに殺されるとか、俺の存在価値無さすぎだろ!?安心できないし!?」
賢龍の言葉に思わず食って掛かってしまいヤバいと思って身構えるが、当の賢龍は急に巨体を揺らして笑いだした。
「クックックックック。いいや、お前は存外滑稽だぞ?今この時代においては、臆せずに妾と会話が出来るだけでも及第点だ。いいだろう、お前の願いを話すだけ話してみろ」
その言葉を聞いて安心すると共に、本来の目的を思い出す。
そうだ、俺がここに来たのは賢龍と話すためじゃない。賢龍の涙を手に入れるためだ。
俺は、どうしてここにいるのかを賢龍に話し出した。
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