ナイーブな風車
HaやCa
第1話
学校の宿題があってこれがなかなか厄介だった。なんでも「あなたが子供のころ、一番楽しかった思い出を理由を含めて2000字で書きなさい」という内容だったから。そんなのもう覚えていないし、土台どうやって思い出せばいいのかわからない。
お父さんにもお母さんにも相談したけど、二人ともちょっと冷たかった。「もう高校生なんだから」という一言で一蹴されたわたしは、とぼとぼと自室へ帰っていく。わたしが子供のころは母も父ももっと優しかったのになあと思う。一方、ある程度自分の力で宿題をこなさないといけないことはわかっていた。四月から私は高2だし、バイトも入れる予定になっている。
だからこの宿題は私自身の成長を試されているのだと考えた。独り立ちに向けての練習だと思うことにした。
それでも一抹の寂しさはある。それを追い出すように私はベッドに飛び込んだ。ばふん、という布団の音がとても心地よかった。
「遥こっちおいで。お父さんといっしょに遊ぼう」
「やだ! ママがいい!」
「遥は本当に甘えん坊ね。よしよし」
お父さんが私を呼んでいるけど、幼い私は一切反応しない。そればかりか、お母さんの元へと走り寄って、その胸のなかで微睡んでしまった。
幼いころの私は、お父さんとお母さんと一緒に消えていく。部屋の壁掛け時計に目をやると、時刻は夜の八時を回っていた。そういや小さいころはいつも三人で寝てたんだっけ。ぼんやりとだけど、覚えている。
その後も私は夢のなかに居続けた。それはもう長い長い時間で、もう私は現実世界へと戻れないんじゃないかって思うくらいに長かった。だからだろうか。徐々に幼いころの記憶を取り戻していく。
あたたかくて陽に包まれるような感覚、これがお母さんにだっこされていたとき。
じょりじょりの髭で攻撃されて逃げ出す私をそっと抱き上げるお父さん。
「昔」はこんなに優しかったんだなと思う私がいた。だけど、それは間違いであることに気づいた。
ばふん、わたしはベッドから飛び起きた。目元をこすりながらあたりを見渡すと、部屋の中に朝の光が差し込んでいる。どうやら私はあのまま寝てしまったらしい。しばらく突っ立って、夢の余韻とくっついていた。あの幸せな記憶を味わっていたかった。
しかし、時間は待ってくれない。学校に向かう時間はすぐそこに迫っていた。
自分の部屋を出て、わたしは洗面所に向かう。朝の空気はしっとりと澄んでいて、どこか懐かしい匂いもした。気になってその正体を探る。顔を洗うのは後でもいいような気がした。
懐かしい匂いは、カラカラという音と共に流れている。どうやら玄関先にあるようだった。
「おはよう遥。宿題は終わったか?」
「おはよう。昨日はあんなに言っちゃったけど、わたしも疲れてて。手伝えることがあったら何でも言ってね」
「お父さん、お母さん……」
おはよう、そう言おうとしたのにうまく言葉にならなかった。口元が震える。身体が震えているのがわかった。
にこにこ笑う二人の手元には、小さな風車が握られている。あれは私が小さいころ、好きでずっと遊んでいた宝物だ。どうして今になって涙が出てくるのだろう。おかしいな、胸が締め付けられるようだ。
「おはよう。まだ顔洗ってないから行ってくるね!」
そうやって誤魔化して、わたしは家の中へと引っ込んだ。玄関の扉を背に、カラカラと音が鳴いている。もうすぐ夏が来る。私が生まれた季節がやって来るのだ。
ナイーブな風車 HaやCa @aiueoaiueo0098
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