リライト作品

死神の通告(原著:陽月さん)

――パポパパポパポーン!


 独特な警笛音がこだまする。

 成田エクスプレスの『N'EXネックス』のロゴが今日は自棄やけに大きく見える。


 気の所為せいなのか、疲れの所為か、意識した所為なのか、妙に“”。


 いや、“”。


 そんな想いが交錯する一瞬。

 そろそろ、24時間経つのだろう、そう想った。



   ※   ※   ※   ※   ※



――JR新小岩駅


 通い慣れた駅。

 今日もまた利用する。

 帰宅ラッシュをうに過ぎた

 毎日の残業に草臥くたびれ果てている。

 そろそろ、今の仕事もなのだろう。


 改札前でいつものようにスマホを覗く。

 現在時刻と次の電車の出発時刻を確認。

 ――習慣。

 ここ数年の通勤で身についた習慣、そして、悪習。

 確認を、改札前でしてしまう。

 その所為せいで過去何度も後ろに並んでいた人の肩や頭、腕がブツかり、迷惑をかけてしまう。

 もう少し前か、もう少し後で確認すればいいのに、どうにも私は要領が悪い。


 今も亦、改札前で時刻確認、後ろに人がいるのに

 恐らく、イライラしているのだろう。

 後ろに並ぶ人の距離が矢鱈やたらと近い。

 私だって馬鹿ではない。

 あつをかけられたら、当然、先を急ぐ。

 時刻を確認したスマホをそのまま、非接触型ICカード読取機にモバイルSuicaを滑らせる。


 ――ピンポーン!

 内心、ビクッ。

 改札機特有のビープ音とフラップドアの急稼働。

 あらら、進めない。

 後ろの人、迷惑してるんだろうな。

 申し訳ないと思いつつ、でも、慌てても仕方ない。

 チャージ額が足りない、のかな。

 改札機右前に位置するチャージ表示額液晶画面を覗く。


 【桑原 真澄】


 えっ?

 私の名前。

 液晶画面に映し出された“赤い”文字。

 なんで私の名前が表示されているの?

 不正キセル乗車対策か何かの一環なの?

 それにしても、個人名を表示するなんて有り得ない。

 これはクレームを入れないと。


 あれ?

 液晶に表示されていた文字の色がいる。

 確か、赤色で表示されていたはず

 今は、灰色グレー


 コンコースから喧噪が消えた。

 色を失った、グレースケールの視界の中、全ての動きが止まっている。

 写真で切り取った二次元の静止画の世界が、周囲を覆っている。

 そう思い込んでいる、なのかも知れないけれど。


 私、疲れているのかしら。


 ――プルルルルルルルッ!

 わっ!

 スマホの呼出音。

 刹那せつなの考えごといとまさえ与えてはくれない邪魔者。

 一体、誰よ!

 スマホのモニタに映し出された架電者の電話番号を確認。


 【死 神】

 0120241724――


 何これ?

 フリーダイヤル?

 ちょっと待って。

 なんでこんな番号、電話帳に登録してあるのよ、私。


 気持ち悪い。

 こんなの、出る訳ないじゃない。

 切る。

 あっ!

 タップ…間違えた。

 電話に出ちゃった。

 仕方ない。

 恐る恐る…


「…もしもし」


しも死、桑原くわはら 真澄ますみさんのお電話でお間違いないでしょうか」


「あっ、ハイ!」


 声が上擦うわずる。

 自分の名前を呼ばれたら、誰だって当たり前に反応する。

 苗字だけ、下の名前だけだって反応するのに、フルネームならなおの事。

 たとえそれが、全く聞き覚えのないこえであっても。

 不気味であっても。


「お悔やみ申し上げます、桑原 真澄さん」


 念を押すかのように通話者は話す。

 ゆったりとした低音、それでいてよく通る聲。

 聲の感じからして年配の男性、しかも落ち着いた印象。

 セールスや悪戯とは思えない。

 それが返って不気味。


「…すみません、どちら様ですか?」


「これは申し訳ありません。当方、“死神しにがみ”と申します。

 桑原 真澄さん、本日は貴女あなた様に大事なお知らせをお伝えさせて頂きたく、お電話致しました次第に御座います」


「え?お知らせ?」


「はい、然様さように御座います」


「なんですか?」


「貴女様の“”で御座います」


「しき?」


「分かり易く申し上げますと、余命宣告、貴女様の寿命について、で御座います」


「……」


 何を言われているのか、何を言っているのか、咄嗟とっさには理解出来なかった。

 寧ろ、どこから私の名前と携帯番号の情報が漏れたのか、プライベート情報の流出先について意識し、苛立いらだちを覚えた。

 キャリアからなのか、LINEからなのか、勤め先からのか、メルカリからなのか、それともこの改札機からなのか、一体どこから?


「貴女様のお命は、後、24時間に御座います」


 ――えっ?

 淡々と語る通話者。

 この人、何を言ってるの?


「どうか貴女様にとって素敵な最期の一日をお過ごし下さい」


 最期…最期ってナニ?

 本当に、何を言ってる訳、この人。

 巫山戯ふざけてる。


「何かご用が御座いましたら、フリーダイヤル0120ゼロイチニーゼロ24172424時間以内に死迄、お架け直し下さい。それでは――」


 慌てて呼び止める。


「ちょっ、ちょっとちょっと!待って下さい!さっきから何を言ってるんですか貴方あなた!私の寿命が24時間ってどういう意味なんですか!」


「そのままで御座います。貴女様は、明日の丁度ちょうど今の時刻、落命らくめいなされます」


 ――呆れた。

 こんな馬鹿げた話をする為に電話を架けてきた彼、而も、それに応えて話し、あまつさえ引き留め話し込む私。

 呆れ果てて、お話にならない、そんなお話。



 彼との遣り取りをつまむと――


 死神は、不慮の死を迎える者にだけ、24時間の余命宣告を伝える役目を担っていると言う。

 高齢者や大病を患っている者、死刑宣告を受けた者等、死の予兆が本人にも周囲にも分かり易く映る者の前には決して現れないし、訪れない。

 しかし、死の予兆が全くない者、突発的、偶発的、連鎖的な不慮の死が確定した者の忌日きにち前日、未練を残させない為、人生のロスタイムを通達、人生を謳歌して貰おうと願う死神なりの“”らしい。


 音信不通の人から突然、連絡があったかと思ったら後日亡くなった、とかいう話をたまに聞くけど、この手の死期を悟ったかのような言動を取る人がいるのは、この余命宣告が起因しているとか。

 彼の言葉を信じるも信じないも、残りの24時間をどう過ごすかも、、なんですって。


 全く、迷惑なサービス。

 いつ死ぬか、なんて分からない方が遙かに良いのに。



「ご質問は以上で宜しいでしょうか?」


「――…」


若死もし、他にも何かご用が御座いましたら、フリーダイヤル…」


 ――プッ!

 私から電話を切った。

 かさず、着信拒否。

 あんな薄気味悪い相手からの電話なんて、もう受ける心算つもりがない。

 気分が悪い。


 早く帰ろう――



 急に辺りが騒がしい。

 止まっていた、と思い込んでいた周囲が動いている。

 勿論、色取り取り、カラフルな色彩感覚も取り戻している。

 それどころか、自動改札を


 スマホで時間を確認。

 改札前で確認した時刻から10秒と経っていない。

 ――白昼夢。

 あれが、白昼夢、というモノだったのだろうか。


 ストレス――

 一言でいえば、この言葉で済んでしまう。

 でも、一言で済ますには、悔しい。

 それ程のストレスを感じている。


 ストレスを抱えている私を、が、あの白昼夢を見せたのかも知れない。

 新小岩駅は全国で一番、人身事故の多い駅。

 2011年7月12日、通過中の12両編成の特急成田エクスプレスに女性が飛び込み、約5メートルも跳ね飛ばされた女性はホーム上の売店キオスクのガラスを突き破り、売店の利用客数名が重軽傷を負う死亡事故が発生。

 その翌日にも人身事故が発生し、これらがメディアで大きく報道され、以降人身事故が急増、自殺の名所になってしまった。


 勿論その頃、この駅は使っていない。

 でも、当時のニュースは知っているし、そもそも、使っていれば人身事故の多さに肝を冷やす。


 この記憶とストレスを抱えた精神とが、正常とは思えない非日常を、幻想を作り出し、訳の分からない妄想、白昼夢を生んだのかも知れない。

 私も気をつけないと。


 死神の白昼夢は、私に気をつけろ、と警鐘を鳴らしているのかも知れない。


 そうだ、そうに違いない。



   ※   ※   ※   ※   ※



 今日もまたこの駅を利用する。

 帰宅ラッシュをうに過ぎた

 今日も残業。

 本当に疲れた。


 改札前でスマホを覗く。

 現在時刻と次の電車の出発時刻を確認。

 ――あれ?

 何か忘れているような。


 まぁ、いいか――


 改札を抜け、ホームに向かう。

 疲れているから、今日は座りたいな。

 上り方面、錦糸町方に移動、ホームの端に歩を進める。

 ホーム端部は人が少ない。

 なので、先頭をキープ出来る。

 時間も時間なので人波もまばら。


 やがて、電車が来るアナウンスが入る。

 目的の快速列車ではない別の電車。

 電車の進来方向を、、と覗く。


 間もなく、電車が見える。

 妙な警笛を伴って。

 自棄やけまぶしいな、電車のライト。

 目がくらむ。


 あ――


 ――思い出した。


 もうじき、24時間経つ。

 昨日見た、あの死神の白昼夢から。

 確か……だったんだよね、は。



 ねぇ、死神っていると思う?


 皆さんは、だとお思いかしら?


 ――私はねぇ、、、


 、と思うの。


 え?

 バカなんじゃないかって?

 疲れ過ぎておかしくなってるんじゃないかって?

 違う違う。

 絶対、んだって。


 そんなに疑うのなら――


 今、――証明してみせるわ。



――…



(――ね、でしょ)

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