第4話 能力

12月20日 PM16:30



「俺、近い将来転職しようと思ってます。」


フランクな雰囲気の中、俺は上司にそう告げる。


「ここ辞めてどうするの?今の環境は、君にとってはやりやすいと思うんだけどね。」


そんな上司の問いに対し、間髪入れずに返答する。


「将来的な不安ですよ。」


「そうか。」と妙に納得した上司は、特に退職を引き留める訳でも無く、


俺の意を受け入れる。



ちょうど1年前の出来事だ。


転職を考えていることを、上司に伝えたときの1シーンである。


「またこの現象か。」


夢か妄想か、やたらリアルに過去を再現されるこの現象。


そんな過去の自分自身を背後から覗きこむことが出来てしまう。


タナーはこれを【能力】と言い切る。


もし、本当にこれが【能力】であるのならば、過去の自分と話をしたい。


だが、それが出来ない。


過去の自分は、未来の自分を認識することが出来ないらしい。


何とも都合の悪い【能力】だ。


さすが俺。中途半端である。


たかだか1年前の出来事ではあるが、何故にそこまで転職したかったのか、


今の自分ではよく分からなくなっている。


【将来的な不安】


そんなのは言い訳や決まり文句のようなのだ。


過去の自分に問いたい。


俺は、一体何をどうしたいのか。


30代の後半を迎えてもなお、俺は迷走している。


だから、何かしらの意思を表明した過去の自分に問いたい。


(自分が本当にやるべきことを見出しなさいよ!)


タナーの言葉が頭を過ぎりながらも、そんなことを考える。




「・・・さん。」


「・・・木さん!」


「・・・・村木さん!!」



12月26日 AM9:40



新しい職場の、新しい上司の声だ。


「ちょっと、聞いてる?」


若干苛立った調子で、その上司は問い質した。


「すみません、大丈夫です。」


過去から現実へと、意識が戻ってくる。


まったく、不便な【能力】だ。

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