第4話 シガル衆
――恐怖は前触れもなくやってくる。
それは、俺が転生してから数日後。薄暗くなった夕方のことだった。
ふいに家の外が騒がしくなり、そしていきなり、村人たちの怒号が飛び交い始めたのだ。
「野盗じゃア、野盗が山から攻めてきたぞぉ! 村衆よォ、出合え、出合え」
「や、野盗っ……!?」
俺は思わず声をあげた。
父ちゃんは、しかめっ面をしている。
「この村にも来たか。……北のほうの村が、襲われたと聞いていたが」
「お前さん、落ち着いている場合ですか。……どうされるのです?」
「知れたことだ、戦う。殿様を呼んでいる余裕もなさそうだからな」
そうか、この村だって、どこかの侍が所有しているはずなんだよな。
そのために年貢を納めているわけで。誰が治めているかは知らないが。
もっとも、時間的な理由で援軍は期待できないみたいだ。
自分たちの村は、自分たちで守るしかないってことか。
「お杉は、弥五郎と伊与を連れて高台のほうへ避難していろ。儂は村のみんなと戦いにいく」
言いながら父ちゃんは、家の奥から黒光りする棒切れを持ち出してきて――
って、これは……火縄銃じゃないか!
この時代では高級品のはずだけど、父ちゃんはこんなものを持っていたのか!?
「みんな、早く逃げろ。ぼやぼやするな!」
父ちゃんが短く叫ぶ。母ちゃんは慌ててうなずいた。
俺と伊与は、母ちゃんの手を握り、家から飛び出して避難する。
……これが戦国か。
俺は、全身を軽く震わせた。
大樹村の片隅に、盛り上がった丘陵がある。
その丘の上には、村の者が共同で使う小屋があった。
中には村で使う木炭や、薄汚れた毛皮、古い紙切れ、農具、陶器、壺、稲ワラ、漆などさまざまなものが積み重ねられている。
その小屋に、俺たちは避難した。
俺たちだけじゃない。村のお年寄りや子供、それに、子を持つ母親たちがここにいる。
誰もが小屋から顔を出し、村の戦況をうかがっていた。
村衆は、男はもちろん女も、野盗たちと戦っていた。
村人たちは野盗に向けて矢を放ち、あるいは石つぶてを投げる。
さらに迫ってきた敵に対しては、槍や刀で応戦している。
そこへ――どおん、と轟音が響いた。
父ちゃんが、火縄銃を撃ち放ったのだ。
その音の大きさに、野盗たちは一瞬ひるんだ。
しかしすぐに態勢を立て直し、再び村に攻め寄せてくる。
「あいつら、強い。ただの山賊じゃない。団結している。何者だ……?」
俺のかたわらで、伊与がつぶやいた。
「あいつらはきっと、シガル衆だよ」
「シガル衆?」
「最近、尾張の山々を荒らしまわっている山賊集団さ。『死など軽い』という言葉から転じて、そういう名前になったともいうし、足軽崩れが集まったことから、アシガルがなまってシガルになったとも言われている。……なんにせよ、タチの悪い山賊だって噂だよ」
「そんな……。――義母様! 私も戦いにいく。義父様と村のみんなを助けにいく!」
「馬鹿なことを言うもんじゃないよ。あんたが出ていっても足手まといさ。……信じるんだよ、義父様を。……ほら、見なさい!」
母ちゃんが指さした先では、父ちゃんが火縄銃を再び構えており――
どおん、と再び火を噴いた。弾は、シガル衆の中心にいた大男に命中したらしい。男は、どっと突っ伏した。
「やった!」
俺はもちろん、他の村人たちも声をあげた。
いいぞ、このままシガル衆をぶっ倒せ!
大樹村の勝ちだ――俺はそう思った。
他のみんなも、そう考えたことだろう。
だが、そのときだった。
「……雨が……」
と、誰かが言った通り。
……ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
……マズい。火縄銃は、雨の中じゃ使えないぞ。
雨はますます激しくなり、地面がぬかるみだした。
シガル衆は悪天候に慣れているのか、平気で攻撃を続けてくる。
だが村人たちはたまったものではないらしく、やられ始める。
父ちゃんも、火縄銃が使えなくなってお手上げのようだ。退却を開始している。
戦っていた村人たちは父ちゃんも含め、ついに俺たちのいる丘の上までやってきた。
「くそっ、雨さえ降らなければ……!」
「お前さん、大丈夫かい?」
「儂は平気だ。それよりもお前たち、逃げろ。やつらがもうすぐ来るぞ――」
「おい、だめだ。ここはもう囲まれているぞ!」
誰かが叫んだ。
まさか、と思って小屋から顔を出し、丘の下に視線を送る。
すると確かに、俺たちのいる高台は、ぐるりと敵に囲まれていた。
「なんであいつら、ここまでくるんだ。こっちには金目のものなんてないぞ!」
「決まっているだろう! 女子供をかっさらうためだ!」
誘拐。
そうだ、戦国時代において、人間が敵にさらわれるのはよくあることなのだ。
さらわれた女子供はどうなるのか? ……言うまでもない! 考えるだけでおぞましい!
「牛松さん、鉄砲を撃て! ここは小屋の中だ。外が雨でも、ここからなら撃てるだろ 」
「分かっている! しかし――」
もはや銃弾一発ではどうしようもないほど、戦況は悪化していた。
数十人のシガル衆が、丘の下からじりじりと押し寄せてきている。
村人たちは石を投げ、なお抵抗を続けている。
だが、敵が小屋まで攻めてくるのは時間の問題だった。
「おおい、集まれやい。ここだ、ここに女とガキがいるぞぉ」
「連れていけ、連れていけ! けっへへへ……!」
「女に舌を噛ませるなよ。生け捕りにするんだ!」
シガル衆の下卑た会話が、ついにここまで聞こえてきた。
……ちくしょう! 俺は思わず、歯ぎしりした。
なんとかしたい。なんとかしないといけない。
強くありさえすれば!
今日このときほど、そう思ったことはなかった。
強くありさえすれば、この人でなしどもをブッ倒せる。
強くありさえすれば、自分を守れる。家族も仲間も守れる。
そうだ、強くありさえすれば、俺だって!
このクソみたいな現実を、すべて吹っ飛ばしてやれるのに!!
……その瞬間だった。
『そうだ、俊明! 思い出せ、お前の知識と技術を!』
「な、なに!?」
ふいに、声が。
そう、あの声が、再び俺の頭の中を駆け巡ったのだ。
俺の、知識と技術だって……!?
この場で役立つ俺の知識なんて――
戸惑う俺だったが――
しかし一秒にも満たぬ逡巡の直後、光り輝くような思考が浮かんだ。
「――散弾。……そうだ、散弾を使えば……」
散弾とは、その名の通り、小さな弾丸を無数に散開発射する弾丸のことだ。
日本の火縄銃は丸い弾しか発射できないと誤解されているけれど、銃の構造としては散弾を発射することになんの問題もない。
簡単な散弾の作り方は、こうだ。プラスチックなどの薬莢の中に油を塗り、小さな鉛の弾丸、フェルトと呼ばれる羊毛、火薬を投入していき、最後にフタを閉じる。
「散弾を作れば……そうだ、武器が鉄砲一丁でも、散弾を、やってくる敵の中間部分にうまく撃てば――一度に複数の敵を負傷させられる……最低でもこけおどしにはなる……」
「や、弥五郎。お前、どうした?」
父ちゃんが、心配そうに声をかけてくる。
だが俺は答えず、
「父ちゃん! 鉄砲を撃つための火薬はまだある?」
「え? あ、ああ。そりゃ、もちろんあるが……」
「よし。じゃあ俺にくれ! それと銃も!」
「弥五郎、なにをするつもりだ?」
「いいから、早く!」
父ちゃんは呆然としながらも、銃と革袋を差し出してきた。
袋の中にはまさに、鉄砲を撃つための黒色火薬が入っていた。これが欲しかった。
俺はそれを受け取ると、小屋の中を一度ぐるりと見回した。
……散弾用の弾丸を作っている暇はない。床に落ちている小石と砂をかき集めて代用する。
フェルトは、小屋にある動物の毛皮――これなんの毛皮だ? まあいい、こいつが使える。
火薬は父ちゃんから貰ったものを詰める。プラスチックケースは、小屋の中にある紙で代用するしかない。
これを薬莢にして、油には漆を用いれば――よし、いけるはずだ!
俺は材料をかき集め、みるみる散弾を作りあげていく。
10年ぶりだ。技術を発揮するのは。
そう、武器を作るのは……!
「やつらが来たぞ!」
村人のひとりが叫んだ。
確かにシガル衆が、すでに小屋の近くにまで迫ってきている。
村人たちは、無残なほどに混乱していた。
「どうするんだよ、もう逃げられんぞ!」
「弥五郎はなにをやっとるんだ!?」
「おい、もう降参しよう!」
飛び交う悲鳴。
もはや団結はなかった。
その場に突っ伏し、念仏を唱え出す者さえ出てくる始末だ。
「弥五郎……!」
伊与の声が聞こえた。
人生の終焉を覚悟したような、悲痛な声音。
だが、俺は。伊与や村人たちの絶望とは裏腹に、
「……できた……!」
ニタリと、口角を上げていたのである。
手の中に、散弾を持って――
俺は火薬を火縄銃に入れ、続けてその散弾を詰め込み発射の準備を整えると、
「みんな、下がってろ!」
そのセリフと共に、小屋の扉を勢いよく開け、その場所から敵に向かって銃を構える。
敵との距離、わずか10メートル――
「おっ、ガキが出てきたぞ」
「なんだなんだ?」
「子供をやるから許してくださいってか? へへへ」
ある者はきょとんとし、ある者はニヤニヤと笑っているシガル衆の集団。
ふと、前世を思い出した。ああ、いるよな。弱い者に対して一方的に勝ち誇るやつ。
こういう連中は時代を問わず、こういう顔をするんだな。
だが、それもこれまでだ。
ここからは――
「ここからは、俺の反撃する番だッ!!」
雄叫びと共に――パチン、と引き金を引く。
その瞬間だ。
ド、ッ、パアアアァァァァァァァァン!!
散弾が、敵集団のちょうど中央で爆裂した。
尖った小石と砂つぶと、黒色火薬がいっぺんに、シガル衆の内の3人に命中する。
「ぎゃあああっ!」
「あぐぁぅあっ!」
「な、なんだこりゃあッ!?」
敵の一部が倒れ込み、残りのやつらも、おおいにひるんだ。
実のところ、散弾そのものの威力は決して高くない。アニメやゲームのように数十メートル四方に弾が拡散したりはしないし(せいぜい直径十数センチかそこらだ)、まして俺が撃ったのはありあわせの材料だけで作った即興弾丸だ。至近距離で爆発しても、相手を殺害するまではできないはずだ。
だがそれでも、石と砂が飛び散りまくる散弾。敵を傷つけ、かつ驚かすには充分だった。
「な、なんじゃ、いまの弾は!?」
「あ、新しい武器か!」
「妖術じゃないのか――」
シガル衆は、いっせいにざわつき、慌てふためく。してやったりだ!
さらに、そのときである。小屋から伊与が飛び出し、同時に叫んだ。
「いまだ、弥五郎のおかげで敵は浮き足だったぞ! 突き崩せ、突き崩せ!!」
少女とは思えぬ大音声。
しかし、それがきっかけだった。
小屋の中から父ちゃんたち村衆が登場し、シガル衆を追いまわす。
混乱していたシガル衆は弱かった。村人たちの勢いに押されまくる。
伊与も、あたりから石を拾ってブン投げている。うまく敵に命中していた。やるなあ!
「いいぞ、伊与! 俺も、もう一発ドカンといくぜ!」
さらに、散弾を火縄銃に込めて発射した。
散弾は次々と、シガル衆に命中していく……!
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