ワールド・クロス

池田 蕉陽

第1話 生まれ変わり

静かで暗闇の空間で聞こえてくるのは、心電図の音のみだった。

目を微かに開けると、見えるのは年期が入った天井。

しばらくすると、ドアが開く音が聞こえてくる。足音が近づいてき、その正体を確認する幸福に満ちる。

1人の幼い3歳の息子と最愛の妻。

せっかく会いにきてくれたのに、悲しい顔をする。これはいつものことだった。

声に出して「来てくれてありがとう」と言いたいが、酸素ボンベをつけられ、さらに喉に力が入らない。

できることは、目を少し動かすくらいだった。

「あなた...」

今にも泣きそうな母と、それを心配する息子。

家族が見舞いに来てくれて安心したのか、急にうとうとし始めてきた。

もう少し、家族の顔を見ていたいが、睡魔が限界まで来ていた。

二人には悪いがもうこのまま、眠ってしまおう。

心の中で謝ると、ゆっくりと瞼を閉じた。







1日のはじまりの合図のベルが部屋中に鳴り響く。

この瞬間が中島 千秋にとって、死ぬほど嫌だった。

また、今日も学校か...やだな...

千秋は中学2年なのだが、1年からずっと柄の悪い不良にいじめられていた。

もうこのまま、いっそう死んでやろうか...そう思った刹那、1階から母親の声が聞こえてくる。

「千秋!ご飯出来てるわよ!早く降りてらっしゃい!」

「...はーい」

千秋は絶対に下に聞こえないくらいの声量で、ため息混じりに言った。



「おい中島、ちょっと面かせや」

教室の自分の席で千秋が読書をしていたのを、安形 龍輝は横から本をパって取った。

そこには、安形と連れ二人がいて、悪笑をこぼしていた。

3人とも、同じような柄の悪いスタイルをしている。

安形は学校の不良グループの1人で、何人かで千秋をいじめるのが、既に学校生活化になっていた。

「う、うん...」

また、今日もこいつに小遣いをあげなければならない。あげなかったら、千秋を集団リンチするという脅しがけられていたのだ。

毎月、母親に無理言って5000円貰ってるが、全てこいつらにあげるためだった。

母親の気持ちを考えると、胸が痛くなるが、そうしないと、外見の方で痛くなるから致し方ないのだ。

3人の後ろをちょこちょことついて行っていると、教室ドアの直前で急に安形が止まったので、千秋の顔が背中にぶつかった。

一瞬、殴られるかもしれない恐怖を覚え、ズレたメガネの位置を戻すが、その心配はなかった。

「お前 、なに?」

千秋が横に三人並ぶ不良から顔だけずらし、何が起こってるか見る。

教室の開いたドアの場所に丁度立っているのは、クラスの女子、橘 桜(たちばな さくら)だった。

「あんたら、中島くん連れてどこいくつもり?」

「は?お前に関係ねーよ」

「いつも見てたけど、中島くんからお金取ってるでしょ」

千秋とは違って、この橘という女子は気が強かった。さらに、同じ中学2年のはずなのに、自分よりだいぶ目上の大人の人と感じさせた。

そんなヤンキー3人に立ちはだかる女の子に、少し魅力的に思えた。

眉をしかめ、鋭い目で睨めつける橘の姿にヒーローがきたという安心感を覚えた。

同時に自分の愚かさも襲いかかる。

僕は...弱い...

そんな、4人の中で重い空気が流れていると、チャイムが鳴り、授業が始まろうとした。

「ちっ、お前のせいで何も出来なかったじゃねーか、後で覚えてろよ橘」

安形はそう言って、自分の席に戻っていき、連れの二人はクラスが、違うので廊下に出ていった。

チャイムが鳴り響く中、千秋と橘が対面する形になった。

「大丈夫?中島くん」

橘が不安そうな顔をしながら、心配して接してきた。

「う、うん、ありがとう、助かったよ」

千秋はぎこちない笑顔を見せながら橘に伝えた。

「そう...ごめんね、ほんと」

「え?なにが?」

千秋が聞き返したのと同時に、教室に男の若い先生が入ってるくると、皆に席をつくように促した。

千秋と橘も慌てて自分の席に戻る。

一番後の席に座る千秋は、遠くの左斜め方向に座る安形と、やや遠くにいる右斜め方向に座る橘を一瞥した後、前方にいる先生の姿を見た。

「えーホームルーム始める前に、急なのですが転校生を紹介します」

クラスが「え?」などとざわめき始めた。

無理もない、転校生なんて初めてなのだから。

さほど、興味もない千秋だったが、この後自分に襲いかかってくる出来事を知っていたら、こんな落ち着いてはいられなかっただろう。

千秋から遠くにある教室のドアがガラガラと横に開いた。

学ランを着て、身長は普通だが千秋よりは高い。

平凡そうな男の子だが、どこか闇を感じさせる1面を感じてしまった。

転校生が普通の速度で教卓の前まで歩いていく。すると、半回転し、千秋たちに顔を向けた。

「っ!?」

その瞬間、千秋の心臓が大きく跳ね上がった。

なにが起きているか、考えることもできなくなり、思考が停止した。

やがて、我に返った時には、中島 千秋はもう、中島 千秋ではなかった。

な、なんで息子の颯太がここに...

成長して顔も体つきもだいぶ変わっていたが、息子だとひと目でわかった。

前世の記憶を取り戻し、人格も前世の時に戻ってしまった千秋、いや、大野 健(おおの たける)

健は自分が死んで、前世の記憶を取り戻したことにも、まだ気づいていないが、これから健はどうなっていくのか。

そして、なぜこんなことが起きてしまったのか。

この時既に、世界は交差し始めていた。

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