皇室会議

新益京行幸

 六九〇年七月、讃良は高市皇子たけちのみこ丹比嶋たじひのしま石上麻呂いそのかみまろ三輪高市麻呂みわのたけちまろ、藤原不比等など政権幹部を連れて、新宮しんみやの予定地を訪れた。

 梅雨が終わり、高い空から真夏の太陽が一行を照らす。草むらから立ち上がる熱気は陽炎を作り、夏の到来を楽しんでいるかのように蝉は大合唱を奏でている。生き物たちの活気に讃良は包まれた。

 三輪高市麻呂が汗を拭きながら説明する。

「私たちが立っている場所に新宮を建てます」

 一辺が三一〇〇尺(約九二〇メートル)の正方形の土地がきれいに整地してあった。広々とした敷地は、いずれ荘厳華麗な天皇の宮殿と、官舎で埋められる予定だという。

「今までの宮は掘立柱、檜皮葺ひわだぶきでしたが、新宮は礎石建、瓦葺きとしますので格段に長持ちします。天皇様一代でおしまいにする宮ではありません。新宮は、天子南面の思想に合わせて南向きですので、神聖な吉野の山々を見ることができます。北に耳成山みみなしやま、東に天香具山あめのかぐやま、南に飛鳥川、西に畝傍山うねびやまを望み、四神相応にかなっています。ご覧のように、新宮だけでも今までの宮とは隔絶した大きさがありますが、天皇様がお命じになったように、宮を中心として新益京あらましのみやを作ります。東西に十一本、南北に十一本の大道を走らせ、大道で区切られた土地を小道で割って町を作ります。日本国の中心が新益京であり、新益京の中心が新宮となります」

「日本国千年の宮である新宮をどのようにお呼びすればよろしいでしょうか」

 讃良は渡された木簡に、

 藤原宮ふじわらのみや

 と力強く書いた。

 讃良はゆっくりと周りを見渡す。

 抜けるような青空に真っ白な雲が浮かび、深緑になった倭三山が、讃良を見つめるようにして囲む。ツバメが気持ちよさそうに風を切り、鮮やかな羽をしたカワセミが飛鳥川に飛び込む。川では梅雨の終わりを待っていたように、女たちが洗濯物をしていた。

「唐国は皇帝の宮を中心に町を作っていると聞きます。国の形をはっきりさせるために、私の代で歴代遷宮を廃止し宮を固定します。軽大王かるのおおきみ様は唐国にならって、難波に大きな宮を作り、宮の周りに町を作ろうとしていました。お祖母様とお父様が叔父様を捨てて倭に帰ったとき、私は若すぎて叔父様が何を望んでいたのか分かりませんでしたが、天皇として政を行う身になってよく分かるようになりました。叔父様は国の形を整え大王の力を絶対的なものにしようとしていたのです」

 新益京の予定地には、東西、南北に延びる道が造り始められていて、宮の造営に集められた人たちが忙しそうに働いていた。新益京の外側に当たる場所や、南の外れの甘樫丘には人足が寝起きするための小屋が建てられていて、炊事の煙が幾筋も上がっている。

「諸国に動員をかけていますので、ますます人が増えます。浄御原宮は官人の仕事が増えて手狭になっています。行事ごとに広場に幕を張っていては手間がかかります。藤原宮は浄御原宮の何倍もの広さがありますので、仕事や行事を楽に進めることができます。天皇様の宮は神聖なものでありますが、今までのように御代ごとに遷っていては、官人は安心してお仕えすることができませんし、権威を保つことができません。最初は田畑をつぶして町を作ることに抵抗感がありましたが、千年の宮と町を作るという、天皇様の見識の確かさに感服しています」

「日本国の頂点に立ち、新羅や唐国と渡り合ってゆくためには、天皇の宮だけではなく町が必要なのだと考えています。大海人様のご意志を継ぎ、日本国を唐国や新羅に負けない盤石な国にしますので、皆の助力を期待します」

 讃良は、舎人たちが広げた、大きな日傘の下に入った。

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