姫騎士フィル(原作:やえく@Bexar)

 自分が興味を持てる切り口は何だろうと考えたとき、フィルというキャラクターの二面性に注目がいきました。騎士と姫。この二つのアイデンティティを葛藤させたら面白いのではないかというところから影武者の設定が浮かんできたのです。


 初期の構想では影武者がフィルシアになり替わろうとするプロットになっていました。影武者の設定としては、本編と同じで叔母の隠し子で、人目を避けるために植民地で育てられるのですが、そこで革命に巻き込まれて命を落とし、幻魔として蘇るというものでした。その目的は自分のような悲劇を生まないことであり、ウデモイ卿と共謀して麻薬により犯罪を貧民街の中に封じ込め、革命や労働運動の気運を削ぐというものでした。この辺はもろエルロイをパクってます。伊藤計劃じゃないですよ。あと、『プリンセスプリンパル』も関係ないです。たぶん。わたしは元々、キャラクターを分裂させることで盤面を埋めていくのが好きなので。


 近代のルーツとしての産業革命期イギリスというモチーフに興味があったので、原作の時代設定が曖昧なのをいいことにそっち方向に寄せてます。対する妖魔郷にイドというルビが降られるのは、まあそういうことですよね。人間が、妖魔郷に象徴されるファンタジーな世界観と決別して、理性万歳・科学万歳の時代に突き進んでいこうという、その過渡期の話にしたかったんです。


 剣に対して銃という武器を配してるのも近代と前近代の対比を意識しています。要は時代設定を近代まで持ってくることで「いまどき騎士って」という形でオリジナルの要素を茶化してるんですね(まあ、シャーロック・ホームズの例で有名なように、イギリスは20世紀初頭まで麻薬が合法だったりするので、どっちが進んでるんだかわからないですけど)。


 母の設定も、フィル自身の倫理観を曖昧にするために使っています。「是非を判断することはできない」と言いつつも、母と同じように貧しい人を救うため行動を起こしてるじゃないですか。つまり、この人は「騎士ごっこ」ができればそれでいいんじゃないかと、そういう描き方ですね。自分が空っぽだからこそ母の仇でも抵抗なく受け入れるんじゃないかと。そういう、フィルのおかしさが徐々にわかってくるのに合わせて後半はコメディのノリに近づけています。だから、まあ、早い話が『ドン・キホーテ』ですよね。騎士の定義はかなり曖昧に使ってるんですが、『ドン・キホーテ』に象徴的なように、近世にはもう時代遅れになった概念なので近代になってまでやってるのは本当にヤバい人です。


 モニカの能力はもうちょっと他に能力が思いつけばなあと思います。このままだともろジャック○ゃんなので。元々は伯爵に子供がいて、グリーナウェイ風に装ったその子とモニカを対比させるつもりだったのですが、書き直しを進めるうちに立ち消えになりました。庭の描写にグリーナウェイ要素の名残りがなくもない感じです。


 グリーナウェイははじめて「子供」を描いたといわれるヴィクトリア期の挿絵画家ですが、その子供像というのはロマン主義的なイノセンスの象徴と言いましょうか、むしろせわしなく働く大人が郷愁まじりに自己投影するものなんですね。日本で言うと、「赤い鳥」の子供像がこれに近いんじゃないでしょうか。ハイウェストドレスにサッシュ、モブキャップというグリーナウェイスタイルは時代を席巻しますが、そういう格好ができるのは中流以上の子供だけで、下流では売春や犯罪で食いつなぐ子供たちで溢れていたわけです。まあ、ディケンズの世界ですよね。


 そうした二面性に、伯爵のジキルとハイド的二面性を重ね合わせて描く構想だったんですが、長大化しすぎたので大幅に割愛してます。ちなみに、グリーナウェイとも交流があり、その作風に多大な影響を与えた美術評論家ジョン・ラスキンはロリコンで有名だったりします。このあたりは当時の子供観のありようとしてすごく象徴的ですよね。

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