第7話
宇宙海賊の船から、バラバラといくつもの影が飛び出してきた。船の乗組員だろう。肌が緑色で、多分クルルより一回りは大きい。クルルの背が俺より少し小さいぐらいだったことを差し引いても、かなり大きい。脂肪か筋肉かわからないけど、とにかくたくさん身体に付いているんだと思う。それが鎧らしき物まで着込んでいるんだから、もうそれだけで威圧感が半端じゃない。
顔はタコを連想するような作りをしている。何となく、全体的にぬめっていそうだ。
手に持っているのは、俺にもわかる物なら湾刀っぽい物とか棍棒っぽい物とか、ゲームでよく見掛ける感じの武器。どうやって使うのか想像もできない、武器なのかどうかすらわからない物を持っている奴もいる。
そんな奴らが一斉に襲い掛かってくるのを、クルル達はじっと待っている。動き出す様子は無い。
「……クルル、何で動かないんだ……?」
「もう少し引き付けた方が良いんですよ。向こうは多勢、こちらは無勢。血気に逸って多勢の中に突っ込んだりしたら、あっという間に囲まれて、やられてしまいますからね」
なるほど、と思う。たしかにゲームでも、敵キャラクターが大勢いる中に味方一人で突っ込むと、あっという間に囲まれ、技を出す暇も無く袋叩きにされてしまう事が多い。
納得する事はできても、それで安心できるかと言われると安心はできない。……と言うか、クルルが動いていても安心できるとは思えない。何しろ、相手が多過ぎる。
心臓がバクバクと脈打っている。冷や汗が出て、呼吸が浅く速くなって、唾を飲み込むのも容易じゃなくなっている。
そんなこっちの緊張など恐らく知る由も無く、クルルが遂に一歩踏み出した。相手がどんどん迫ってくる。そこに向かって、アックスを担いだまま、ゆっくりと歩いて行く。
そして、相手の武器がクルルに届くだろうところまで距離が詰まった時。クルルは、担いでいたアックスを目にも留まらぬ速さで構え、そして振り抜いた。
軽々と薙がれたアックスは、肉迫していた海賊達を易々と切り裂いていく。
『これでも一応、侵略者の末裔なんでね』
その言葉は、誰に向けて放ったものなのだろうか。クルルをナメてかかったであろう敵の宇宙海賊達か。心のどこかで、自分と似たようなものだろうと考えていた俺か。
考えている間にもクルルはアックスを振るい続け、敵をバタバタと薙ぎ倒していく。
そして、クルルが奮闘している間、ミルはと言えば……。
『クルルー、ボクの分も残しておいてよね!』
などと言いながら、コンパクトミラーのような物を出している。……いや、どうやって戦うのか知らないけど、戦いたいのであれば鏡を見ていないでさっさと参戦するべきじゃないのか?
「ミル、ショウが不思議がっていますよ。ちゃんと可愛いですから、出し惜しみしていないでそろそろ見せてあげたらどうですか?」
『うん、ボクもそう思ってたところ! ばっちりキメるから、ちゃんと見ててよね!』
ミルの発言に、俺は全力でクエスチョンマークを飛ばすしかない。思わず、ピューレに説明を求める顔を向けた。
「ミルは戦う時に、顔も服装もばっちりキマっていないと、やる気が出ないし力も半減してしまうんですよ。滅びた故郷でアイドル業をしていた名残でしょうかね?」
「あいどる?」
思わず聞き返したが、ピューレはそれ以上答えてくれない。
「あぁ、ほら。始まりますよ。ちゃんと見ていないと、後でミルが拗ねてしまいますから」
そう言って、ピューレはモニターを見るようにと促してくる。答えを得る事を諦めて、俺はモニター越しにミルの姿をじっと見詰めた。
ミルは腰に下げていたピンクのポシェットから、星をあしらった銃のような物を取り出した。……銃のような物? 何でここでいきなり〝可愛い〟とは程遠そうな物が出てくるんだ? いや、星とかでデコられて、可愛い見た目になってはいるけど。
俺がまばたきをしている間に、ミルはその銃を頭上に掲げ、そして叫んだ。
『星よ、ボクにチカラを貸して! ミラクルスター、マジカルチェンジ!』
叫んで、一発空撃ち。……かと思いきや、銃からは虹色に輝く光が発射されて、上方に昇っていったかと思うと、急降下。ミルを包み込んだ。
そして、虹色の光に包まれたミルの服装がどんどん変わっていく。元々派手だった服が、更にキラキラに。フリルも増えている。
「……」
……どこからツッこめば良いのかわからない。英単語が混ざっている部分については、翻訳機械が気を利かせて雰囲気に合っているであろう言語に置き換えてくれたんだろうと、解釈しておく。
しかし、それを差し引いても……どこからツッこめば良いんだ……。
「あの、えぇっと……?」
言葉を失った俺に、ピューレが「あらあら、微笑ましい」とでも言いたげな声で言う。
「見ての通り、ミルは変身をして、身体能力値を格段に上昇させる事ができるんです。ショウの故郷の――地球の文化では、魔法少女っていうんでしたっけ?」
それを地球の文化と言い切ってしまうのは、語弊がある気がして仕方がない。
「まぁ、宇宙は広いので色々な種族がいるんだよ、という事です」
「その〝宇宙は広いから〟と〝千年経ってるから〟で、ほとんどのツッコミを殺されてる気がする……」
俺がそう言って肩を落としている間に、ミルは変身を終えたらしい。ビラビラふわふわキラキラの衣装に、猫のような耳と尻尾で、美少女でボクっ子。何かのアニメキャラになり切ってきるんだと言われたら信じてしまいそうだ。
「あ、でも魔法少女って言うと、少し違うかもしれないですね。正確さを求めるなら、魔法少年、と言うべきでしょうか」
「……は?」
今、何て言った?
「ミルは男の子ですよ? あの恰好ですから、千年前の価値観を持っているショウには違和感があるかもしれませんが……」
『少年とか、男の子、っていうのも語弊があるんじゃないのか? 俺達の中で一番年上だぞ、ミルは。三十二は、どう足掻いても少年とか男の子って歳じゃないだろう』
「…………は?」
クルルも今、何て言った……?
「え、つまりその……猫耳で元アイドルで魔法少女なボクっ子のアラサー男の娘?」
俺は、しばらく唖然とした。陸上に打ち上げられた魚のように、口をパクパクと開閉してしまう。
「……盛り過ぎだろ!」
そう、ツッコミを入れざるを得なかった。どこまで本気か知らないが、キャラ作りのためにやっているのであれば、いくら何でも設定を盛り過ぎだ。
『もぉ! 皆して失礼だよ! 耳と尻尾と変身能力は自前だし、別に無理に老化を抑えてるわけじゃないし、今時一人称で何か言う人なんていないし、服装だって可愛い服が好きだから着てるだけだよ? 好きな服を着て何が悪いの?』
……たしかにミルの言う事には一理ある。一理あるどころか、言われてみればド正論だ。けど、幼い頃に植え付けられた価値観を更新するのは少々時間がかかりそうだ……。
『まぁ、いっか。とにかく今は、ああいうアンチを片付けないとね』
「アンチ……あぁ、うん。アンチ……」
ミルにとっては、宇宙海賊もアンチも同じ括りらしい。その大き過ぎる括りに呆れつつ、そう言うからにはきっと自信があるのだろうと期待に胸を膨らませている自分がいる。……慣れって怖い。
ミルはさっき変身する際に発射した銃を構え直した。トリガーに指を引っ掛けて回しながら構える姿は様になっているし、格好良い。
……様になってるって事は慣れてるって事でもあって。慣れるほどやってきたんだろうか、アンチの片付け……。
ミルはデッキの上で軽く跳躍すると、一気に相手の頭上へと躍り出た。そうだ、無重力空間なんだから、軽い跳躍でもすごく跳ぶんだった。きっと非常に難しいだろう力加減の調節を完璧にやってのけたあたり、やっぱり戦い慣れているんだろう。
「クルル、三歩下がって!」
ミルの声に、クルルが咄嗟に三歩退く。それとほぼ同時に、ミルの手にある銃が火を噴いた。
変身した時の虹色の光とは違う。いわゆる、レーザー光線という奴だと思う。
ミルの銃から発射された光線はクルルが元々戦っていた場所を直撃し、勢い余って飛び出していた何人かの敵を焼き払う。
光線が途切れたところで、ミルは辺りを彷徨っていたスペースデブリを蹴って、更にひと跳び。位置を変えたところで再び銃を撃ち、新たな敵を焼き払う。
ついでに、ミルが蹴ったスペースデブリも勢い良く吹っ飛び、そして敵の船にクリーンヒットした。当たり所が悪かったのか、船の一部が燃え始めたのが見える。……真空状態の宇宙で物が燃えるのだろうか、という疑問が頭を過ぎったけど、多分これもまた〝宇宙は広いから〟〝千年経っているから〟で何となく流されてしまうだろうから、口をつぐんでおく事にする。
船が破壊された事で形勢不利を悟ったのか、相手の船が旋回を始めた。どうやら、撤退するつもりらしい。置いていかれようとしている宇宙海賊達が、踵を返して我先にと船へと跳び始めた。
『逃げるのか? わざわざ人の船に襲い掛かっておいて、何事も無く撤退できると思ってないだろうな?』
淡々と言いながら、クルルがアックスを振るいまくる。その姿、さながら鬼神の如し。絶対に敵に回したくないやつだ、これ。
クルルは宙を縦横無尽に跳び回り、目に付く敵を片っ端からアックスで薙ぎ倒していく。囲まれる心配が無くなって、行動範囲が広がったんだろう。その結果、動きの選択肢も増えて、こうして暴れまくる事ができるようになっている、と。
いつしか、この船に襲い掛かろうとしていた宇宙海賊達は、モニターに映される範囲には一人もいなくなっていた。そして、何とか旋回を終えた相手の船は、結構なスピードでこの場を離れていく。
辺りに敵が一人もいなくなった事を確認すると、クルルはアックスを軽く一振りした。付着していた血液らしき茶色い液体が払われ、球体になったと認識するかしないかの一瞬で凍り付く。
ミルも、辺りを一旦見渡してから、銃を軽く振り回し、腰のホルダーに収めた。ホルダーは、元々はポシェットがあった場所だ。銃がホルダーに収められると、再び虹色の光がミルを包み、光が消えた時に彼女は……いや、彼は元の姿に戻っていた。
一仕事終えた二人は、「やれやれ」という顔をしながら操舵室へとやってくる。
「あー、もう。つっかれたー。甘い物食べたくなっちゃったよ」
「お疲れ様です。それじゃあ、お茶を淹れて、おやつにしましょうか」
「そうだな。そろそろワープポイントに入るから、その前に休憩しておいた方が良い」
「ワープポイント?」
三人の会話に、思わず俺は首を傾げた。すると三人は、そろって「あぁ……」という反応をする。
「そう言えば、まだ説明していませんでしたね」
「じゃあ、おやつを食べがてら、その説明をしよっか」
「あぁ」
そう言って三人で勝手に納得して、そのまま俺を談話室へと連行し始める。
そして俺はと言えば……既にキャパシティいっぱいいっぱいになってしまった頭で、この船で甘い物って、何が出てくるんだろうか……などと考え始めていたのだった。
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