第4話
「お前、勿論星図は読めないよな?」
この混沌とした集団に加えて貰って、二日目。だしぬけにクルルがそう訊いてきた。
その訊き方に、馬鹿にされているような気がしなくも無かったが、勿論特に星に興味を持っていたわけではない普通の男子高校生である俺が星図を読めるかと問われれば微妙なラインだし、事実俺は読む事ができないので素直に頷いておく。
「何があるかわからないんだし、読めるようになっておいた方が良いだろう。簡単なところから教えてやる」
「えー? クルル、ショウに教えるなら、まずは星図よりも生活機器の使い方なんじゃないの?」
横で何やら絵を描いていたミルが、呆れた様子で言った。たしかに、この船の設備の事を、俺は何もわかっていない。下手をしたら、扉を開ける事すらできずに船内の移動もできないほどだ。談話室と自室の扉の開け方、灯りのつけ方、トイレの場所と使用方法は昨日のうちに教えてもらったが、それ以外は本当に何もできない。スマホのゲームアプリが尽く消えているので、暇な時間を乗り切る事すらできない。できる事が無くて、暇な時間しか無い状態だというのに。
何かできる事を身に付けなければ、と思う。こんなに何もできずに誰かに助けてもらわなければ日常生活も送れないままでは、あまりにも肩身が狭過ぎる。
「あぁ、たしかに。全部教えなきゃ、日常生活もままならないな。相手が千年前の旧人類だって事を忘れていた」
「旧人類言うな」
まぁ、たしかにクルル達から見たら、生年的に俺は旧人類なんだろうけど。
「それだったら、ピューレが適任だろうな。ピューレ、今からショウに色々と教えてやる時間はあるか?」
「えぇ、構いませんよ」
にゅるりと、壁面上部の通気口から登場したピューレに、俺は思わず「うっ……」と悲鳴とも呻きともつかない声を発した。何せ、二日目だ。〝スライムが一つ屋根の下にいる生活〟には、まだ慣れない。
「え、と……助かるよ、ピューレ。その……ありがとう」
慌てて表情を取り繕って、ピューレに礼を言う。顔が無いので、俺の態度をどう受け止められたのか、読む事は全くできない。……けど、ピューレは全く気にしていない様子の声音で「うふふ」と笑った。
「良いんですよ。困った時はお互い様、ですから。ショウも、私が何か困っていたら、きっと迷惑とか面倒とか考えないで助けてくれますから、きっと」
そういう顔をしています、と言われて、俺は頬が少し熱くなったのがわかった。だが、相手は蛍光黄緑色のスライムだ。女性だという事だし声も女性のものだが、俺の目には無性別にしか見えない。中身はピューレのままで、外見がミルだったら良かったのに。
……と、そんな事を考えてしまった事が顔に出たのか、ピューレが苦笑するような声を発した。
「ショウも、教えを受けるのであれば姿形の似た種族の、可愛い女の子に教えてもらいたかったのではないですか? ……けど、今この場でショウに教える事のできる女性は、私だけですから……申し訳ありませんが、我慢してくださいね?」
「そんな事ねぇ! ……いや、たしかに可愛い女の子だったらなーとは思ったけど、ピューレに教えてもらうのが嫌なわけじゃねぇから!」
慌てて自己弁護をすれば、ピューレはまた笑って「ありがとうございます」と返してくる。対応が大人過ぎて、敵わない。でもって、本当に心の内が読めない。……いや、十八歳の高校生に心読まれるような奴は、スライムでなくてもたくさん――それこそ、星の数ほどいるだろうけど。
「それじゃあ、まずは操舵室に行きましょうか」
「操舵室? いきなり? レベル高くない?」
ミルが首を傾げて問うと、ピューレは「だからですよ」と言う。
「最初に難しい事を経験しておくと、他の作業が簡単に思えるようになりますから」
周りが「なるほど」と頷いている間に、ピューレはニュラニュラと音を立てながら廊下へと続く扉へ向かう。足が無いからか、移動スピードはあまり速くない。
「えぇっと……負ぶるか腕にぶら下がってもらうかした方が良い? 俺……」
「あぁ、そうさせて頂けると助かります。……やっぱり優しい人ですね、ショウは」
そう言って、ピューレはずりずりと俺をよじ登って肩に負ぶさった。小学校時代に作ったスライムの触感を思い出して覚悟していたのだが、案外、触れ心地は悪くない。
「おっ、早く歩けない女の子を負ぶってあげるなんて紳士だね、ショウ!」
ミルの冷やかしの言葉を聞き流しながら、肩のピューレが言うままに先へと進む。
ここの人間関係に順応するのが早過ぎるのではないかと、俺は少しだけ苦笑して、そして操舵室へと足を運んだ。
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