第17話 [幕間][セリア]剣を持つ少女

-- セリア


セリアの生家は、剣士の家系であった。

流派、元の名、家の名前・・・固有名詞は覚えていない。

セリアはそこで才能を示し、18歳にして、既に弟子も居た。

高校卒業後は本格的に弟子をとり、ゆくゆくは流派を継ぐ・・・そんな人生設計であった。


セリアには妹が居た。

セリアより才能が有り、容姿も優れ、性格も良く・・・少なくともセリアはそう思っていた。

だが、流派の継承権は長子であるセリアにあった。

妹は、手伝いとなるか、分派するか・・・ファッションの仕事に興味があったので、その道の可能性も有り得た。


高校生の夏、セリアはその世界での人生が閉ざされた。

異世界の神による、殺害してからの異世界転生。

セリアの妹が時々話していた漫画だかアニメだかの話で、聞いたことはあった。

セリアはまさか自分にそれが起きるとは考えていなかった。


セリアの妹は才能がある。

問題なく家を継ぐだろう。

本人の意思とは関係なく。

セリアはそう考えている。


セリアは転生前、それに出会った。

それは、女神、聖神と名乗った。

セリアが転生し、後に聖女として覚醒する事、地球や日本の知識を利用したら処罰される事、聖戦開始以降に聖女の責務を放棄したら自我を奪われる事、聖戦開始以降は何処に居ても聖神が把握出来る事・・・そういった内容を伝えられた。

次いで、警告された。

魔族は聖女を支配下に置こうとする、不必要に魔界に近づくなと。

魔族に支配された聖女の末路・・・心を折るためあらゆる手管を使われ、心が折られれば眷属にされ、後は魔力タンクとして使われると。


セリアの選択肢は多くなかった。

成長して聖女として魔族と戦うか、聖女の責務放棄を図って聖神に意識を奪われ戦乙女となるか、魔界に隠れ住むか・・・

しかし、魔界に隠れた場合、魔族に捕まれば意識を保ったまま無限の屈辱と苦しみを与えられ、血の一滴まで利用される・・・


転生したセリアは、幸せであった。

村の人々は優しく、祖父も祖母も、両親も優しく・・・

魔界最近接地・・・危険な場所に位置する村ではあったが、悲観する者は居なかった。


聖戦が開始すれば、セリアは、聖女として活動しようが、戦乙女と成り果てようが、この村を去る事にはなるだろう。

自分が居なくても大丈夫、それは分かっているのだが・・・村の為に何かを残したい、そんな気持ちはあった。


セリアは、冒険者ギルドから蛍光石の相談を受けたとき、上手く行けば村に財産を残せると考えた。

可能であれば採掘場を聞き、そうでなければ追加で採ってきてもらう。

訳有りと聞いているので、換金手段は貴重なはずだ。

また、通常の採取依頼に高品質の物を持ってきたことから、価値は把握していないはずだ。

買い叩くつもりも無かったが、こちらにかなり有利な額には出来るはず・・・


セリアが宿を訪れた瞬間、違和感があった。

そして部屋に入って、悟った。

目の前の存在が人外であると。

それは能力で判別した訳ではない。

直感、魂で感じたのだ。


蛍光石も納得がいった。

恐らく、人智の及ばぬ技で精製したか、錬成したか・・・


恐ろしい事は、その人外の存在、特にエルクに対し、心地良い、と感じてしまった事だ。

魅了、だろうか?

しかし、そう思っても受け入れたくなる心地良さであった。

・・・そして、凄い美形だった。


アンリの反応には驚いたが、変わった人なのだろう。

セリアはそのエルクとアンリに、予定通り取引を持ちかける。

取引は無事受け入れられた。


満足して去ろうとしたところ、アンリが寄って来て尋ねた。


ゴブリンにさらわれた親友の救助を依頼しないのか、と。


そんな事実はないし、近くにゴブリンは居ない。

会釈して、帰宅した。


そして報告が入る。


親友達がさらわれた、と。

ゴブリンの集団を確認した、と。


自分が本気を出せば、ゴブリンは倒せる。

だが、連れ去られた人達を運ぶことは出来ない。

そして聖女の力を明かせば、村には居られない。

聖女を擁するのは柱の都市と決まっている。

何処かの王族と婚姻を結ぶ事になるだろう。


頭に浮かんだのはアンリの言葉。

そして、エルクのこと。


セリアは、二人のもとへ駆けた。

対価として隷属を要求されるかも知れない・・・そう頭をよぎったが、今は親友を、そしてゴブリンにさらわれた人々を助けたい。


依頼は受け入れられ、弱みにつけ込む対価の要求も無かった。

そして、何故聖獣の長たるスフィンクスが魔族に隷属・・・しかも自分の意思で嬉々として隷属しているのか・・・いや、それは今は些事だ。

セリアは頭から追い出す。


ゴブリンの集落。

親友は・・・無事だ。

生命だけではなく、純潔も。


エルクは集落の半分を攻略するという。

それは正しいが、もう半分は逃げるだろう。

殺される人も出るだろう。

それは仕方ない。


そう考えていたら、アンリがセリアに言う。


セリア様、今ならエルク様に気付かれません。

剣の聖女のお力、振るわれてはどうでしょうか?


と。

不思議な女性だ。

しかし、今はすべき事がある。


返事もせず、エルクと反対側に飛び込むと、ゴブリンを殺していく。

囚われの女性に意識がある場合は、姿を見られないようにしながら。

殺して、殺して、殺し尽くした。


帰還すると、アンリが誤魔化してくれていた。

それに乗る。


帰還。

エルク、アンリと別れる。

セリアは、女性達を村人に任せ・・・この村の住民なら家族が迎えに来るし、そうでなければ一時教会で寝かせ・・・

その他の事後処理をし・・・


一段落が着いた後、夜明けにはまだ時間が有り・・・

あの巨大なゴブリンの集落からの救出、そして集落の壊滅・・・人間の相場で言えば、いったいどれだけの報酬になるのか・・・村の資金に手を付けるわけにはいかない。

無論、あのまま放っておけば更に被害は大きくなっていたので、村に貢献はしたのだが・・・その結果莫大な借金を負わせるのも避けたい。


自分の身を売るしか無い。

セリアはそう思う。

アンリなら、自分の価値を知っている。

闇に属する者にとって、聖女とは無限の価値があるのだ。

眷属にすれば、飛躍的に力が上がる。

何故かアンリはエルクに対して黙っていてくれたのか・・・もしくは実は裏で・・・分からない。

セリアは覚悟を決めた。


エルクは遠回しに、セリアを眷属にするよう、話を持って行く・・・そう考えていた。

しかし、エルクはむしろセリアが自由でいられるよう話を進める・・・

それは、セリアにとって都合がいい筈なのに・・・その身を差し出さなくても良くなったのに・・・


セリアは自らの体を差し出す、と提案してしまう。


しかし、その後の話の展開は、セリアが予期したものではなかった。

そして・・・それはセリアにとって都合が良い物であった。

眷属にもならずに魔界に居られるなら・・・聖神の目を欺く事が出来るのだ。

そう、セリアはその身を差し出す必要はなくなった。


だからこそ、その言葉は自然と口をついて、出た。

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