第6話 行動の動機~ソウタ
頬杖をつき、前を見つめ、投げやりな息を漏らす。今日は何だか、ため息が多い。
視線の先にはアヤが他の女子達と話をしている。その中にはワンコの姿もある。ワンコと俺は親戚で、小さい頃から良く顔を合わせていた。ワンコの性格は積極的で明るい。今もアヤや他の女子達に何かを言って笑わせている。会話の内容は分からないが楽しそうだ。会話に加わりたいというよりは、俺の時とは違うアヤの表情や話し方に羨ましさを感じていた。敗北に似た虚しさが背中にのしかかる。
別にアヤと恋人同士になりたいという高望みは持たない。
せめて普通に話せる関係くらいにはなりたい。
今朝のような気まずさに満ちた感じではなく、気楽に会話を楽しみたい。そうなったら俺は嬉しさのあまり、この世から昇天するかも知れない。
どうすれば近付ける? どこかにアヤの攻略本でも落ちていないか。もし誰か売ってくれるなら、どんな値段でも払うのに。いや値段次第では相手にちょっと待ってもらって、それから必死に――バイトしてでも買うのに。
机に額をくっつける。
昼休みを知らせるチャイムはとっくに鳴り終わり、教室の中はだいぶ人が少なくなっていた。
男友達からは「昼飯、買いに行くぞ」と誘われたが生返事をしていると「後から来いよ」と置いて行かれてしまった。
うまくいかない。悩む。
腹は減る。答えは出て来ない。
思考を切り替えて、昼飯を買いに行った奴らの所に向かおうと頭を上げる。
ワンコが目の前にいた。
「!!!」
情けない声を出し、驚く。ワンコが「うるさい」と眉をひそめた。クラスにいる何人かが俺を見て笑う。とっさにアヤを探す。いなかった。
「あれ? アヤは?」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
「売店に行ったよ」
ワンコがすぐに答える。「私もこれから行くけどね」とワンコが付け足す。
「どうして?」
そう聞き、言葉が足りない事に気付き、
「ワンコはどうして俺の所に?」
聞く。
「ちょっとね」
ワンコが片手で俺を手招きする。内緒話をするつもりなのか、ちらちらと周りに視線を飛ばしている。ワンコの態度に若干、警戒しながら前傾姿勢にするとワンコが口の脇に手を当てて小声で話し出した。
「ソウタ、バイトしたいの?」
「え?」
「さっき、そう呟いてなかった?」
「俺、そんなに声が大きかった?」
ワンコが頭を振り、否定する。
「私、耳が良いの」
自分の耳を指差し、肩をすくめる。
「鼻じゃなくて?」
「何か言った?」
「すみません」
機嫌を損ねないうちに謝る。ワンコがわざとらしく咳払いをする。
「話を戻すけど、ソウタはバイトしたいの?」
「いや、まぁ」
曖昧に言葉を濁す。個人的には呟きのどこから聞かれたのか。そちらの方が気になる。
「もし、する気があるならお勧めというか。お願いというか」
「お願い?」
歯切れの悪いワンコに疑問を持つ。
「うん、あのさ――」
ワンコの声が一段と小さくなる。聞き漏らさないようにと無意識に前のめりになる。
「アヤと同じバイトしない?」
「は?」
「あ、アヤがバイトしている事をあたしから聞いたのは内緒ね」
「アヤが? 何の?」
「この前、全国チェーンのレンタルビデオ店出来たでしょ?」
記憶を巡らす。確か先月に出来たとは聞いていた。場所が家から微妙に遠い為、まだ行っていない。
「アヤって、見た目がああだから、変なのが寄ってきそうなんだよね」
ワンコが腕を組み、一人頷く。髪も一緒に跳ねる。
「だから知り合いが側にいると安心でしょ? 私は家がバイト禁止だし、ソウタなら問題ないし」
「知り合いと言っても、どうして俺なんだ?」
「ソウタは私と親戚でしょ?」
「いや、そうだけど」
「ソウタはアヤが好きでしょ?」
「え」
「だからソウタとアヤが結婚したら、私とアヤは親戚になれるでしょ?」
お願いね。と満面な笑顔で言われる。
まだバイトするとも言ってないし、アヤの事が好きなのはワンコには言った事がなかったし、そもそも結婚を考える前に、俺はアヤともあまり話せていない状況だ。
当然の疑問が溢れ、胃液が逆流するように不快と熱さが喉を通る。溜め込み、まとめて、形を整えようとし抑えきれずに口から言葉が出た。
「――なるほど」
何に納得したのかは、しばらく経っても自分でも分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます