匿名短編バトル没ネタ集

春槻航真

異星人間恋愛

『なあ杏里、私は非常に気になることがあるぜよ』


 夜の自室で、突然マリアが話し始めた。相変わらず日本のテレビの一部に毒されたエセペンギンのぬいぐるみに入り込んでいるマリアが、こんな風に自ら話し掛けてくるなんて滅多にないことであった。私は日記を書きつつ、次の言葉を待った。


『杏里は、地球の男に恋をすることは無いのか?』


 動揺のあまり、私は書いていたシャープペンシルの芯を綺麗に折ってしまった。


「な、何を言ってるの?マリア」

「最近見た映画でやっていたぜよ。異星人の元へ潜入調査していた男が、現地で女と恋に落ち、最終的に異星人を強制排除しようとする自分の惑星軍と戦うってストーリーの」


 誰だこいつにアバ○ー見せたのは!?


『割と王道と聞いたぜよ』

「虚構と現実は乖離があるのよ、マリア」

『そうきにか?』


 私は早くなる心臓を抑えるようにそう言った。


「何を言ってるの?私は宇宙人よ?誇り高く華々しいアルフェラッツ星人よ?今もこうして、報告書に日々の様子を記載しているでしょ?そんな私が、この地球で恋なんてするわけ無いじゃん」


 私はペンを回しながら、少し見下げた視線でマリアを見ていた。何を当然なことを言っている。私は、アルフェラッツ星より地球侵略のための情報収集を任された女、家田杏里なんだぞ。もしかしたら傍目には片目に包帯巻いてるぼっちでチビな女子高生に思われているかもしれないが、その真の姿は冷静沈着で仕事人なエイリアンなんだぞ。マリアはぬいぐるみを依代にして母星でのんびりしているからといって、流石に平和ボケした話題と言わざるを得ないだろう。


『しかし、友達とそんな話にならんきにか?』


 とも……だち?知らない単語だ。


『女子高生の花といえば恋バナぜよ』


 恋……バナ?知らない単語が羅列されていく。何だそれ?バナナか?恋するバナナのことか?意味わかんないや。


「いやいや、最近の女子高生は案外そんな話しないのよ?地球の文化も日進月歩なのよ」

『じゃあ杏里は日頃どんな話をして過ごしているきにか?』


 うっ、私は言葉に詰まった。日頃話す言葉ときたらありがとうすらままならない。無口、無言、無音声だからだ。


「そ、そうね?天気の話とか?」

『嘘ぜよ。目が泳いでるぜよ。さては新学期になっても知り合いの一つも作れていないとか、そんなオチじゃないきにな?』


 マリアはそう探りを入れてから息を大きく吐いた。


『もう、地球に来て3年目になるんぜよ?杏里。そろそろ潜入調査に相応しく、地球の女子高生に適応した生活を送るべきだと、マリアは思うきに。でないとここまでの送信情報が非常に偏ってしまうぜよ』


 これはもっともな意見だ。私は現在、確かにクラスに馴染めていない。桜降る4月を過ぎたというのに、相変わらずぼっち登校ぼっち飯ぼっち下校である。これはこの星に来た中2の時からずっとそうだ。


 何せこれは地球人にも問題があると思う。何より宇宙人など存在しない、存在していてもこの星に来てはいないという先入観が問題である。そのせいで私は不当にも、地球人であるというレッテルを貼られ、嘘つきだと妄想主義者だと言われてしまっている。もう一度言うが、私は宇宙人である。科学と真理をこよなく愛するアルフェラッツ星人の一員である。それを認めず、遠巻きに見てくる層のせいで、私はこの3年間独りで居続けたのである。


『例えばそう……隣の人とかどうきにか?』

「隣?」

『隣の席の人』


 隣の席か……今教室の隣の席に座っているのは……


『女の子?男の子?』

「男の子……だと思う」

『おお!ならその子に話しかけるぜよ』

「は?」

『新しい学期に、隣の席の男の子と恋に落ちる。これを青春と言わず何というぜよ』


 何だそれ?


「私、隣の席の人の名前すら覚えていないんですけど」


 丸刈りで野球部のジャージを着ていたことしか知らない。


「それに、好きでもない人と付き合うってどうなの?」

『別にいいと思うぜよ。仕事だと割り切ったらいいきに』


 仕事?私は首を傾げた。


『仕事ぜよ』


 それにマリアは目ざとく反応した。


『今の地球の情報収集をするのに、付き合うというのは有効な手段だと思うぜよ。デートの行き先や男女の意識差についてデータが取れる。そうは思わんきに』

「思わないわよ」


 私ははっきり言った。


「そんなアンモラルな理由で、異星間恋愛なんてしたくない」

『アンモラルじゃなければ、いいのか?』


 そして、返答を放棄してこの話題を終わらせることにした。嫌いなのだ。こういう打算的な人間関係の話は。そもそも、異星と関係を持つだけで、私の中では道徳的ではないのだ。


 丁度話を切り上げたかったタイミングで、ドアが開いた。母が、男を連れて来たのだ。


 私は現在、身分を偽りとある家庭に居候している。そこに住む女性のことを、私は便宜上母と呼んでいる。因みに父もいる。父は単身赴任というやつで、今は一緒に暮らしていない。そして男ということは……賢明な読者にはよく分かるであろう。


「杏里!今日もお願いね」


 暴力的な所作でドアを開け、私に呼びかけてきた。私はもう、こんなことがあろうかとお風呂も済ませていた。私が頷くのを見る前に母はドアを閉めた。私はヘッドホンをつけて、適当な音楽を流した。聞きたくないのだ。女になった母の甘い声も、父ではない男の荒い息遣いも。


 これから母は、父ではない男と遊ぶ。不特定多数の男と関係を持つ母は、その全員が好きだとは到底思えなかった。


 今日は特段と煩かった。音楽だけではカバーできず、私はヘッドホンの上から耳を押さえつけて、布団に潜った。


 これが恋愛だというならば、不道徳でも恋愛だというならば、滅ぼすべき異星の文化である。唾棄されるべき恋愛の形で、もし私達がこの星を征服した暁には禁止してやろう。そんな絵空事を思うと、少しだけ心持ちが軽くなった。こんな嘘がなければ、明日など到底訪れる訳がなかった。


 そして私は、絶対になど好きにならないと、好きになれないとそう、心に刻み込んだのだった。








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