第29話 キャンプパーティ2

 朝早く、川で躰を洗った柴田は、その足でまず、砂浜へ向かった。

 一応は訓練教官として、様子見をする必要はあるし、今日は訓練の指示もある――そしてまた、昨夜の騒がしさに気付いていたからだ。

 気付いていた、というか。

 チェシャと珠都たまつはお互いに抱き合うようにして怖がっていたし、柴田はにやにやと笑いながら悲鳴を聞いていた。

 もう陽が出ている時間帯だ、痕跡はほとんどないが、満ちていた潮が引いて、あちこちに人の歩いた穴が残っている。間違いなく、リスディガの踏み込みや蹴りの結果だろう。

 さてと見ると、A型シェルターのベッドに、二人が抱き合うようにして眠っていた。

 ――いや。

「……おー、柴田」

「おはようございます、ゾウさん。昨夜はお楽しみだったようですね?」

「楽しくねえ……空がちょい白くなった頃に片付いたら、そっから怖さがぶり返してきて、がたがた震えながら瑞雪さんに抱き着いてたけど、柔らかさを感じる余裕もないし……今は疲れて、何も考えらんねえ」

「はあ、それはもったいない」

「だよなあ……」

「……今からでも遅くありませんよ? 俺は食料調達をしてきますし、残ったお二人は怖くてこちらに来るのは、昼過ぎになると思いますから」

「柔らかいんだけど、もう、暑くなってきた……あと、寝てる相手を襲う趣味がない。つまり、襲われたとしても、なんか後が怖いので瑞雪さんに手を出すのは覚悟がいる」

「――だ、そうですよ、瑞雪。脈はありそうな感じですか」

「どちらでも良いわ。いざとなれば追い詰めればよかろ」

「起きてたなら、そろそろ離してくれ……」

「お主、思いのほか、抱き心地が良いし、儂は眠い」

「眠いのは俺もだけど、やることあるから」

「それは、仕方がないのう」

「……いやだから離して?」

「我儘を言うでない」

 駄目だこいつ、と思ったので、腕を押し上げるようにして、するりと抜ける。砂浜の感触を確認してから、大きく伸びを一つした。二時間も眠っていないので、そこそこ辛い。振り向けば、瑞雪は躰を丸めるようにして、寝息を立てている。

「さては、半分寝ぼけたまま対応してたな……?」

「そんなものですよ」

「で、どうした? 何か課題でも? とりあえずこれから、食事の確保と、あとは罠なんかを考えてるんだが」

「ああ、そちらの件もそうですが、その前に――昨夜は、どんな様子でしたか?」

「どんなって……百合手ゆりてがそこら中に咲いてた」

「そっちを試したんですか。確かに、それほど多数認識が必要な怪異現象ではありませんね」

「……そうなの?」

「ええ。聞きませんでしたか? そもそも、怪異とは、認識そのものが必要になります。百合手くらいならば、一人か二人でも充分に発生させることが可能ですが、それをで終わらせられる怪異もあるでしょう?」

「いや昨夜、その気のせいっての、使えなかったんだが」

「それもまた、認識の問題です。気のせいの一言で捨てるより前に、恐怖が増長され、そこに何かがいると、そう思ってしまえば、認識が確立します。ただ、一人がそうだからといって、現実に具現するとは限らないと、そういう話です。霧の中で迷う人がいたとしても、迷わないでどっかり座り込み、霧が晴れるのを待つ人だっているでしょう?」

「うーん……その微差がよくわからん」

「微差というか、条件ですよ。ところで今夜もここに?」

「…………」

「ははあ、さては、森の怪異についても耳にしましたね?」

「帰りてえ!」

「それはできません。しかし、百合手は解除したんですか?」

「いや、たぶん、してない。空が白くなった頃に、消えたから」

「では今夜もお楽しみですね」

「あーその、手伝っては、くれません、かね?」

「ところでゾウさん、大学の単位はきちんと足りてますか?」

「んぐっ……ま、まあ、ぎりぎり、なんとか、するけど?」

「ちなみに俺は、余裕をもっているので、何の問題もありません」

「俺より忙しいくせに、一体どういうことだ……?」

「さて、どうなのかはともかくも、俺に物を頼める立場でしたか?」

「お前楽しんでるだろ!」

「もちろんです」

 笑顔で肯定されると、リスディガも言葉を続けられない。

「せめてアドバイスくらいくれ……」

「そうですね。いっそ瑞雪を抱いてしまえば?」

「なんでそうなる!?」

「はあ、だって瑞雪ならば、今すぐにでも解除して終わらせることができますから。あれこれ試行錯誤するよりも、できる人に、やってもらうよう交渉するのが基本ですよ」

「……」

「なんです?」

「いや、確かにお前の行動って、そういうところあるよな」

「何もかもを自分でやろうとすると大変ですから。といっても、まあ、それでも俺は自分でやろうとするので、よくチェシャに蹴られるんです」

「こっちは、そこまでお前の思考を読めないからな……。けど、イッカとルーリィの時、なんで視線に気づいたのが俺だったんだ? 正直、俺が最初に気付いたとは思えないんだが」

「いえ、事実として、最初に気付いたのはゾウさんですよ。てっきり狙撃訓練の時に、笑いながら香奈子かなこ先輩かクレイ教官に、狙撃されまくって視線に敏感になったとか、そういうオチでもあるのかと」

「お前エスパーか!? 竜族の肉体強度は高いけどあれめっちゃ痛いからな! 痛いなら避けろばーか――とか言われても!」

「ああやっぱり、あの二人は……まあ、俺がゾウさんを確保した時、ばかすか撃ったって報告書を読んだからでしょうね」

「原因はお前か!?」

「外洋を飛んでいたゾウさんが原因です」

「そう言われるとなんも言えねえ……!」

「ちなみに、ゾウさんが気付いたことに、珠都たまつさんが気付きました。俺がそれを誤魔化すために、ゾウさんを蹴ったことで、チェシャは理解したんでしょう。ここからの行動も、理由は違っていて、珠都さんは監視が気に入らない。チェシャは珠都さんの抑制と、俺が止めなかったから――でしょうね」

「柴田が止めなかったからって、どういうことだ? ……いや待て、そうじゃない。お前はいつ気付いたんだ?」

「ゾウさんが視線に気付いた時ですが」

「……うん?」

「そうですね……そろそろ、誤魔化さずに話しておきましょうか。良いですかゾウさん、結果的にではありますが、イッカさんとお兄さんがここにいること、監視訓練を受けていること――これに関しては、ヘリの中で過ごしている時にはもう、予想していました。だから、ゾウさんが視線に気付いた時点で、予想が確定したと、そうなります」

「事前情報でもなく、だよな?」

「この時期、このタイミングで差し込まれたサバイバル訓練ですし、教官を俺にして配置したことに、裏がないのか――と、読むのを俺は、日常にしてるんですよ」

「……イッカたちはそもそも、ヨーロッパ連合の軍人だ。最低限の訓練は受けてる。考課表を見たわけじゃないが、仕事の経験もあるだろうし、幼少期には大変な思いもしたんだろう。その前提で、警備部の更生訓練がと、確かに俺も考えたことがある。ちょっと待ってくれ、目が醒めてきた」

 踏みしめるよう、砂地の感覚を改めながら、少し歩いて頭と一緒に躰も起こそうとする。

「結果論だけど、いいか?」

「ええ、どうぞ」

「まず――イッカたちと競合したのは、そもそも発端というか、因縁というか、そういう事情だろう。いやそれ以前に、サバイバル訓練をするのが発端か?」

「そうですね。以前、俺が警備部で訓練を受けていた頃には、基礎訓練、格闘訓練を終えて、銃器訓練に入る前に、サバイバル訓練を行いました。その際にはチェシャと二人で、警備部の監視がついていましたが――理由は、わかりますか」

「最悪に備えて、だろ。お前が初日に言ったよう、食べられる草は知っていても、似たような危ないやつだってある。昨日食べた蛇だって毒があったし、腹を壊しただけでも脱水症状が酷くなる――と、知っていても、実際にどうかはわからんねえ」

「はい。そこで、あえて俺たち全員を誘ってのサバイバルであること。しかも時期を特定した――となれば?」

「……嫌な方を考えるなら、俺たちを除外しておいて、ヨルノクニで何かをしたかった。いや、俺たちというより、この場合はお前だ」

「買い被りですけどね」

「だからって、イッカたちとは確定できないよな?」

「できないというか、俺は基本的に、。予想はしても、確定されるのはいつだって、それが現実になってからです。可能性を絞りはしますが」

「なるほどな。だとしたら、珠都さんとラッコさんが向かった際に、相手がどうであれ、あの二人ならば問題ない――そういう判断だな?」

「判断というか、信頼です。ただまあ、可能性を絞ると、イッカさんたちの場合がほとんどだったので」

「それは?」

「訓練中、顔を見せた時に香奈子先輩との話題に、イッカさんの名前が出たでしょう? 警備部の立場として考えると、まあ、妥当なんですよ。俺も報告書は上げてますし――怖さを教えることもできる。同時に、お二人の錬度も見ることができる」

「ついでに俺の訓練か」

「そういうことです」

「……それを、ラッコさんはすぐわかったのか?」

「どうでしょう? ただどういうわけか、チェシャは俺が考えたことが現実になった瞬間、逆手順を踏むよう、すぐ俺の考えを理解するんですよ、あの人。ちょっとおかしいですよね」

「ノーコメント。……なるほどなあ、そういう連携が上手くできてるわけか。ギョクさんはともかく」

珠都たまつさんは、考えずにきちんと上手い結果を出しますから」

「俺はそっちの仕事、あんまやってないけど、改めてすげーよな。異種族が集まってるし、その上で結果を出してる。こういうことをあっさり、目の前でやられるとなんかこう、おかしいだろ」

「そう言われましても、俺としては相手側の確認だけで、手出しをするつもりは一切なく、見なかった振りをするつもりだったんですよ?」

「そりゃまたなんで」

「監視の訓練ですから、邪魔をせずにやらせてあげようかな、と」

「お前、なんかそういうところあるよな? 泳がせるというか、好きにさせるっつーか」

「どうであれ、俺たちに関係ないなら、好きにさせて良いのでは?」

「それを、ラッコさんとギョクさんは気に入らなかったと」

「止めるまでの理由はありませんでしたから」

 ゆっくりと、波打ち際まで歩いてから足を止めて、吐息を一つ。

「部隊として、登録はしてないだろ。ねえさんが苦笑してたぜ」

「ええまあ」

「連携が取れてないってわけでも、なさそうだろ?」

「……もしかして、ゾウさんは自分が含まれていないと思っていますか?」

「は? 違うのか?」

「実働四名、それが最低基準になっていますから」

「……うん? いるじゃないか」

「断り文句としては、一つ目がゾウさんが訓練中であること、二つ目が瑞雪みずゆきが人間ではなく妖魔であること、三つ目はちょっと苦しいですが、珠都たまつさんが寮に住んでいないこと、です」

「ああそういう……でもなんで断ってるんだ?」

「確かに、部隊申請が通れば、家賃なども部隊維持費として経費計上ができますし、運用そのものは上司に任せるかたちなので、良いこともあるんですが」

「経費とか……」

「寮の維持を含め、俺たちの仕事に関連しては全て、俺が確定申告を出していますからね」

「マジかよ。いわゆる個人事業主と同じ?」

「そうです。資産と収支報告ですね。まあただ、上司として、明松かがりさんは部隊に関して、これといった口出しはありませんでしたが――どうにも、俺たちは、まとまっていては動けないような気がしてならないんですよ」

「そうか? 連携はできてるけど、その必要がない?」

「そうとは言いませんが――基本的に、好き勝手動きますからね、俺は。チェシャだって、日頃は学業と並行して、情報屋稼業をやってますし、珠都さんは司法部に出頭して手伝いもしています。この場合、上司から仕事を投げられるのは、俺なんですよ」

「まあ、部隊長みたいな立ち位置だしな」

「この時点でもう、俺は動き始めていて、手が足りないなら警備部に人員を頼んだり、大半は一人で片づけようと動くわけです。実際に俺の場合、一人の方がやりやすいですから」

「策みたいなこと考えるもんな? つーか、それも昔からなのか?」

「いえ、警備部の訓練時、クレイ教官殿から言われたんですよ。現実なんて、見なくてもそこにあるから、否応なく目に入る。だったら、現実より先を見た方が良い――と。それを俺なりに、適応させているだけです」

「人数が多いほど、先ってやつは面倒になる?」

「逆に、人数が多いと、先を見なくてもすぐ解決しますが」

「あー……まあ、あの二人や瑞雪さんがいると、そうなるよな」

「それに――なんと言うか、逆に考えると、俺が手を貸す場面というのが想像しにくいんですよ。逆ならありそうですが」

 言われてみれば。

 リスディガ自身のことはともかくも、女性陣にはいろんな意味で勝てそうな気がしない。

「……あれ、よくよく考えると、ギョクさんも戦場で遊んでた、くらいしか聞いてないけど、ラッコさんも、あれ、ちょっと怖くないか……?」

「昨夜よりも?」

「そこは放っておけよ! せっかく忘れそうだったのに!」

「はは、俺だってそれほど詳しく話を聞いたわけではありませんから。過去に関しては特に――想像がついてしまうぶん、深入りは、タイミングが難しいです」

「そんなもんか」

 それもいずれわかるだろうと、柴田は思っているが、さておき。

「午前中は休んでいて構いませんよ。午後からは、珠都さんが罠のレクチャーをしてくれるそうです」

「おう、諒解。……ん? そこは教官であるお前の役目じゃね?」

「ですから、俺よりも上手い人が周りにいるんです。まったく困ったものですねえ」

 だが。

 そういう連中を、上手く扱っているのは間違いなく柴田なのだ。すると自分がやっぱり一番平凡だろう――リスディガの結論は、そこに落ちた。

 つまり。

「確かに俺が四人目とか、そういう部隊は嫌だな……」

「じゃあ、香奈子先輩みたいに、一人で動くスペシャルになるべきですね」

「いやそれはたぶん無理だろ!」

「はて、でも同じ馬鹿だと思いますよ」

「お前……」

 なんでこいつは、余計なことを言うのだろうか。

 そんなだから道化師ジョーカーと呼ばれるのだ。



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