呪いのカラミティセイバー

赤王五条

疫病神×災厄

 その日は冬空にしては陽気に溢れ、その時間は夕暮れ、そしてその場は裏路地。

 その日の朝はいつもより何もなかったし、その日のバイトは大きなトラブルもなく切り抜けた。いつもなら朝に人・モノの飛び出しにたじろいだり、バイト中に理不尽なクレームや因縁を付けられる。それらが何もなく、久方ぶりに落ち着いて帰宅できる日であった。

 落ち着いて帰れるとはいえ、自分に染み付いた習慣はそうすぐに変えられない。気が向いて別の方向から帰ろうとか、どこか寄り道をしようとか考えない。その日、何もなかったのなら、いつもの帰り道で直帰しようと考えた。

 それ故の裏路地。この時も、たむろっているアウトロー気取りの未成年に因縁を付けられることなく、比較的人気がない状態で帰宅中であった。

 だからなのか、その瞬間とその後のことに最悪の不幸が集約された。

 不意に何かに激突されるならまだいい。その時は大の男が頭上に落ちてきた。

 野球ボールをぶつけられたり、バケツが飛んでくるならまだいい。その時は、落ちてきた男が銃撃され、彼の血を引っかけられた。

 落ちてきた赤毛の男は追われていたようだ。自分にぶつからなければ逃げおおせいたのだろうか。否、遠からず自分と関わっていたのだろうか。

 兎にも角にも、その日に彼と関わったおかげで自分の人生は変化した。

 陽の当たる生活に興味はない。かといって闇に潜めるほど己を気取るつもりはない。人間社会の中でそれほど目立たず生きていく。それが自分の願いだった。

 この出会いによって、自分は何もしないで生きていくことはできなくなった。それが持ち前の不幸に原因であれば、すぐには認めようと思わなかった。別れてしまえばそれでおしまいとも思っていた。

 だがこの時出会った男は、自分にとって僥倖とも言える存在だった。

 自分の名は小日向響こひなたひびき。疫病神、厄集めなどと呼ばれた不幸を一身に受けるこの世で最悪の男だ。


                *****


 赤毛の男、カラミティは追われていた。追っ手は顔を隠した者たち。つまり真っ当でない者たちに追われている。追われる理由は確信している。

 まず一つにカラミティが人間の姿をしている別のモノだから追われている。分かる者には分かる。特に魔術師という者たちには。

 もう一つにカラミティ自身が秘密を持っている。魔術師たちが喉から手が出るほど欲しい秘密を持っている。

 これらをばらすわけにはいかない。なぜならば、カラミティは人間社会が好きで溶け込んでいたいからだ。彼がこの世に生を受けて、早数年。各地を流浪しながら、出会いと別れがあった。人間の生きる力に感動しながら、孤独でも歩いて来られた。

 その幸福を、たかが追われることで逃したくないのが最大の理由だった。

 カラミティは人間ではない。人間の形をしていて、ヒトの同じように経口摂取でエネルギーを蓄える必要があるが、身体能力は人間のそれを超える。

 だから追跡されたとしてもすぐに撒ける自信はあった。だが、突発的な事象にはどうしようもない。人気のない路地裏を走り抜け、ゴミ箱を踏み台にして目の前の金網を飛び越えたその先。彼は飛び降りた先に現れた黒髪の男に衝突した。

「な、んで」

 視界が狭い路地裏で、死角から現れた人間を避けるのは無理なことだ。それでも避ける努力をするのがカラミティであったが、今回は通りすがりのタイミングが絶妙すぎた。

 激突して、意味が分からない呻き声を吐く。何でこんなところをゆったり歩いているんだ、と自分勝手な愚痴を吐こうとして言葉を飲み込む。こんなことをしている場合ではない。

「捕捉した!」

 カラミティが通りすがりを気遣おうとした矢先、顔を隠して武装したスーツ姿の者達が迫ってくる。とことん運が悪い。複雑な路地裏で、丁字路に関わらず包囲されてしまった。更に通りすがりだというのに見ず知らずの人間も巻き込んでしまっている。彼がこの後どうなるかは、想像に難くない。

「お前たちは一体!」

「我らは魔術結社、秘儀の大剣。呪いのカラミティ、君の秘儀をもらい受けに来た」

 スーツ姿の者達の奥から、一際長身の男が現れた。長い白髪を持ち、意味深なタトゥーを顔に付けている。恥ずかしげもなく半裸を晒し、その体は筋肉隆々だ。一応コートは着ているが、肩に引っ掛けているだけのものだ。まかり間違っても日常的に出会いたくない方向の変態にしか見えない。しかし、魔術師なら話は別だ。十分、個性的である。

「私はレイヴン。できればおとなしく我々について来て欲しい」

 半裸の男が紳士的に言う。銃で武装した部下に包囲しておいて紳士も何もないが。

「強引に襲ってきておいて!」

「それは失礼した。やれ」

 カラミティが当然の反論をすると、レイヴンは合図を送る。カラミティから正面の武装兵士が前に一歩出て、持っている拳銃を一斉発射する。カラミティの四肢はその一斉射撃を受けてバランスを崩した。

 撃ち抜かれて倒れるカラミティ。カラミティは人間ではないが、血液は流れている。貫通したのなら治癒は早い。それでも、血が流れ出るのは、しばらく止めようがない。

 痛覚も当然カラミティの脳に響き渡らせる。致命傷にはならないが、人並みの痛みが脳を灼く。

「自己治癒する前に運べ」

 レイヴンは無表情に指示する。目的を達成する以外に感慨はないようだ。倒れるカラミティに近づく正面にいる部下たち。包囲を崩さない左右の部下たちは、銃を倒れた通りすがりに向け始める。

「消せ」

 手下たちの動きに否定をすることなく、指示をする。

「そこの人は関係ない!僕だけを連れ去ればいいだろう!」

 羽交い締めにされつつあるカラミティは自分の身も顧みず、声を上げる。

「私達は容赦しない。それを君によく分かって欲しくてね」

 カラミティの庇い立てに嘲笑うレイヴン。無関係な他人でも、下手な抵抗をすれば殺すということだ。逃げる邪魔をされたとはいえ、カラミティは基本的に弱い者を放っておけない。良く言えば優しい、悪く言えばお人好しだ。

「やめろ!」

 念入りにリロードして、射殺準備する彼らに対して、カラミティは声を上げて、体を捻り、無駄な抵抗をする。

「撃たなければ、ここで見たこと、起こったことは黙っておく。こいつの言う通り、通りすがりなんて捨て置け」

 部下たちが引き金を引き絞る中、倒れている通りすがりからくぐもった声が響く。冷たく、これから撃ち殺されることに何の恐怖も抱いていない、無関心な声色だ。

「珍妙な命乞いだな。君を殺そうとすると我々にデメリットが発生するとでも?」

 嗤っているレイヴンが、興味を惹かれた。一応、部下たちは引き金の引きを止めている。

「俺を殺そうとしなければよし。だが俺を殺そうとするなら、ある程度覚悟してもらうことになる」

 奇妙な脅迫が倒れた男から続く。この男が抵抗をするとして、不利を覆すのはかなりのアクションが必要だ。その前に致命傷を負うのは必至。部下たちの銃撃に問題が起こる等のよほどの強運でなければ、ここから無事生き残ることは不可能だ。

「話にならないな。もういい。撃て」

「俺を殺す不運は存在しない。故に、その不運は跳ね返る」

 レイヴンの合図とともに銃声が鳴り響く。彼には声が届かなかったが、カラミティには声が届いていた。

 カラミティにはその言葉の意味がすぐには分からなかった。だが、事実として、男が悠々と立ち上がった。片耳にだけイヤリングをした黒いコートを着た男。彼は撃たれずに立っている。銃弾は彼を避けているとしか思えない軌道を行き、一部はカラミティを取り押さえていた部下たちに当たって、倒れていく。

「止めろ!」

 レイヴンは理解が及ばず射撃を停止させる。その表情は明らかに困惑している。

「何を、やった!?」

 レイヴンは魔術師だ。魔術的なことならある程度は理解する。その彼が困惑するということは、この通りすがりの男が、理解を超える超魔術をしたか、神秘の御技を持つかである。

「俺は、覚悟してもらう、と言ったぞ」

 男は正面の部下を殴り倒し、銃を奪い取ってレイヴンに向ける。

「チィッ!」

 男の放った銃弾と、レイヴンの舌打ちと共に張った魔術障壁はほぼ同時。魔術障壁は物理的な攻撃をほぼ防ぐ。にもかかわらず、レイヴンは不運にも魔術障壁の弱い部分を破られ、かすり傷を負った。

「馬鹿な!?」

 ある程度の集中力を要する魔術師にとって、かすり傷程度でも無視できないリスクだ。しかも魔術師にとって強さの象徴である障壁を破られたとあっては、面子に傷が付く。

「何者か知らんが、貴様はここで消さねばならんらしいな!」

 レイヴンは余裕顔を完全に崩し、眉間に皺を寄せている。そして左腕でジェスチャー指示を出す。すると、左右を包囲していた部下たちが引き上げ始め、正面にいた部下たちはカラミティを捕まえていて流れ弾に当たった者達を連れて撤収し始める。レイヴンもそれと同時に後ろへ跳んで姿を消した。

 一分も経たないうちに路地裏に静寂は戻っていく。

「君は、一体」

 カラミティは痛みに耐えながら上体を起こして、通りすがりの男に聞く。見上げた彼の姿は悠然としていて、とても大きく強く見えた。

「強い魔術師なら俺を殺せると思って抵抗しただけだ。お前を助けたわけじゃない」

 男はカラミティから背中を向けながら話す。照れ隠しにも聞こえない。言葉の色はとても暗い。

 しかし立ち姿は死にたがりには見えない。そのギャップの奇妙さが、男に見たこともない強さを感じてしまう。

「僕はカラミティ。君は?」

「名乗る必要があるのか?」

 カラミティはそのお人好しから名前を聞くが、男からの返事は冷たい。また、その会話も束の間だった。微かな振動と機械音が響いてくる。

「チッ、マジンを持ち出して来たか」

 男が路地裏から大通りを見た光景に舌打ちしている。治癒しつつあるカラミティは、その言葉から大通り方向を見やる。すると、一機の人型ロボットと目があった。

 目が合ったものの、そのマジンは男やカラミティに気付くことなく、周囲の破壊を始めた。


 マジン。それは魔術と科学の融合の最たるものである。魔術によって、人型ロボットに関する大きな問題が排除され、概ねアニメや漫画のように人が操縦できるようになった。もっとも、魔術素養がなければ乗りこなせないこともあるなど、新たな問題もあるが些細なことだ。

 それ以上に、マジンは魔術師にとって製作難度が易しい。その強さによって、金も力も生み出すことのできるそれ自体が錬金術とも言われる。なぜならば、マジン犯罪が十数年で世界的に急増したからだ。

 マジンを擁する数は魔術結社のバロメーターだ。そして魔術師だからこそ、マジンを外道に強くすることもできる。

 例えば、搭乗者の命を生体電池として活用することや、脳髄をマジンのプロセッサーとして使用することだ。


 その時カラミティは知らなかったが、襲ってきたマジン、ニアクロウは人間をエネルギー源とする外道の機体だ。先ほど流れ弾に当たり負傷した部下を使い、起動をさせた。こうした生体起動型のマジンは起動時間こそ短いが、目標を殲滅するまで破壊活動を止めない無慈悲の兵器だ。

 カラミティとてマジンの破壊活動はこれまでまざまざと見せつけられた。

 マジン犯罪は魔術結社の様々な活動によって引き起こされる。国はそれに対して【魔狩り】を採用し、いわば正義の味方を公募した。これにより、警察では及ばない強さのマジンに対抗していた。

 だが、魔狩りは未だ数少ない。強さもピンキリだし、都合よく魔狩りも出動してはくれない。

 危険を切り抜けた今だったが、マジンが襲ってきたことによりピンチに逆戻りだ。隣の通りすがりがべらぼうに悪運強くても、自分らよりも巨大な存在に銃一丁で対抗できるわけがない。

 そう、本来はできるわけがない。しかし、数奇な運命というものは用意されている。

 カラミティは人間ではない。カラミティ自身がマジンだからだ。彼は国内に数機しか存在が確認されていないという人間型マジンなのだ。

 だが、カラミティはおいそれと自分がマジンになるわけにはいかない事情もあった。

 カラミティの名の通り、災厄のマジン。カラミティ自身がマジンであるから、整備問題や補修など維持費はクリアされている。問題はほかに一人の搭乗者として操縦者を必要とすることだけではない。何が問題かといえば、そのパワーとパワーを発揮させるための代償だ。故に【呪いのカラミティ】と忌み名も付いている。

 代償は人の持つ負の要素。それによって発揮されるパワーは世界レベルに上り詰めるだろう。最悪、マジンに対して使うパワーではないかもしれないほどだ。

 どうしてそこまでのパワーを発揮できるかと言えば、人の憎悪に加減などないからだ。恨み、憎しみ、嫉妬、それらを混ぜ合わせて出すパワーはほぼ制御できない。通常付いているであろうリミッターなんてものも存在しない。

 何より、それほどのパワーを一回解放させれば、燃料となった操縦者は確実に死ぬ。リミッターの付いていないエネルギー変換だから、操縦者の命の全てを負の想念に変換してしまうのだ。だから、搭乗時は満タンの水タンクも、戦闘終了後にはスッカラカンの空タンクになる。そうなった人間はただの肉の塊だ。

 カラミティ自身がそういうマジンだということに気付いたのは、搭乗者を2人死なせてからのことだ。以降、たとえ自分の力を提供することができても、見て見ぬふりをし続けていた。そうすることがカラミティ自身を苦しめたとしても、一度起きる災厄に比べれば些細な事と、自分に言い聞かせ続けていた。

 だが、今回は自分が危機に直面している。ニアクロウの目標は通りすがりの男とカラミティだ。隣の男が死ねば、ニアクロウは破壊活動をやめるだろう。カラミティが男を見捨てれば、逃げおおせることもできるかもしれない。

 だがカラミティ自身にそれら男を犠牲にすることはもはやできなかった。カラミティは人型マジンとして、世間知らずの状態から世の中を渡ってきた。騙されたことも、嘘を吐かれたことも、裏切られたことも、多くある。それでも、人間たちの生のある笑顔を見るたび、カラミティ自身が生あることを幸福に感じるのだ。それらに対して、カラミティは本来背を向けたり、見て見ぬふりをしたくはない。

 そして、隣の男は逃げるのを邪魔したとはいえ、助けられた存在だ。カラミティにはもう見捨てることのできない存在になっていた。

「僕はカラミティ。君の名前は?」

 危機的状況でもう一度自己紹介を求める。空気の読めない発言だが、カラミティには必要な事だ。ほぼ死亡するだろう自身の搭乗席に恩人を入れるのだ。彼の名をしっかり覚えておき、二度と同じことを繰り返さないという固い決意にするためだ。

 この状況下で自己紹介を求めたことで男はようやく振り向く。不機嫌そうな顔をしている。何を言っているんだとも言いたげだから、カラミティは続けて理由を話す。

「僕は人型マジンだ。僕がマジンになれば、あいつを倒せる。周囲の被害も抑えられる。ただ、君の命を全部消費するかもしれない。僕は状況から逃げたくないから、恩人としての君の名を覚えておきたい!」

 それは自分勝手な願いだった。いきなり、自分の命をカラミティ自身に寄越せと言っているようなものだ。これで頷く人間はほぼいない。通りすがりもそうであった。

「話にならないな」

 一言で切り捨てた。

「だが命を消費する、というのは悪くない。やってみろ。実際にやってから、自己紹介はしてやる」

 彼はカラミティが思うよりもずっと命知らずであった。先ほどのことといい、命知らずにもほどがあった。

 徹底して名乗ってもらえないが、カラミティ自身の論理口実は得た。搭乗契約となるカラミティ自身の血を振りかけるということも、さっきのカラミティの負傷で彼は血を浴びてしまって解決している。

 あとはカラミティが【成る】だけだ。

「往く!」

 カラミティは一瞬念じて、自身の魔力を展開させた。その魔力の光は六芒星を紡ぎ、複雑怪奇な魔法陣を描いて、光の柱をその場に突き立てた。


 マジンとマジンの戦闘はそもそも広範囲に被害が出るものだ。良くて百数人の重軽傷者、悪くて数十人の死者。毎日全国で数件同時に発生し、根本的に対処できているわけではない。国家資格である魔狩りがいるとはいえ、彼らは基本的に自由業だ。依頼と報酬に則り活動するため、扱いはドブさらいか死体洗い程度でしかない。彼ら自身は正義の味方と思っているかもしれないが、カラミティが直面しているように突発したマジン犯罪に依頼は基本的に発生しない。

 だから、マジンによる破壊活動で、人々は泣くほかない。早く静まってくれるよう祈るしかない。


 【呪いのカラミティ】は光の柱を切り裂くように顕現する。ブリキの玩具のような風貌で射撃武器や手持ち武器を持たないニアクロウと違い、カラミティには爪のような鋭い手に杖のような柄の長い得物を持ち、悪そうな風貌をしていた。目に当たる部分はツリ目のようだし、他にも体は尖った部分が多い。紫色をベースにした配色をしており、風貌は悪役か悪魔かのどちらかだ。そのカラミティは、自身の動きを確かめるかの如く、足踏みをし、手を握ったり開いたりする。そして、唐突に得物をその場に落とし、ニアクロウまで走って距離を詰め、握りしめた拳で殴った。


「ちょおおおおおお!?」

 コクピット空間である内部でカラミティは男の行動に驚愕し、悲鳴を上げる。マジンとなったカラミティはコクピット内では虚像のような存在になる。操縦者の背後でナビゲートするのだが、男は説明するより前に直感的に動いてしまっていたのだ。しかも手持ちの専用武器、ランチャーサイズを捨て、原始的な攻撃で立ち向かってしまった。今までの搭乗者と明らかに違う戦闘意欲と適応力の高さだ。

 普通搭乗すれば負の想念を増幅させられ、搭乗者の精神汚染が少しずつ進んで暴走する。なのに、カラミティへのパワー供給率は驚くほど安定していて、暴走する恐れはない。

『ほう、それが呪いのカラミティというわけか』

 どこから通信しているのか知らないが、レイヴンからの通信が開かれる。ノイズの走る映像の中で、彼は余裕顔に戻っている。

『呼び出したのなら好都合。そのままもらい受けることにしよう。中枢だけあれば私はそれでいいのでな』

 と、自分勝手に言って通信が切られる。そしてサポートするカラミティは新たなマジンの出現を感知する。

「新たにマジン二体! 今度は――」

 カラミティが言うよりも速く、伏兵のニアクロウ二体は起き上がりつつあるニアクロウと違い腕部に仕込まれた火器でカラミティを撃った。

 艦艇の機銃並みの攻撃だ。並のマジンなら四肢が千切れ飛んでもおかしくはないのだが、射撃による噴煙からカラミティは再び目の前のニアクロウに手を出した。

 起き上がっていたニアクロウはカラミティに鷲掴みにされ、抵抗する間もなく、その巨体を投げられた。放り投げた先は右側伏兵のニアクロウ。単純な行動しかできないニアクロウは激突するニアクロウを撃ってしまい、激突しつつ同士討ちになって爆炎に包まれる。

 もう一体のニアクロウがどれだけ撃ってもカラミティには傷一つ付けられない。それもそのはず、カラミティの魔術装甲は自身に供給されるエネルギーによって積層装甲となる、いわゆるバリアとなって展開される。それは通常火器で貫くことはおいそれとできない。魔術師が展開する魔術障壁と同じことだ。

「命運はここまで。来世は俺と出会わない幸運を求めろ」

 男は裁きの言葉を紡ぎ、呪いのカラミティの手に武器を召喚させる。これはカラミティ自身が驚くことだった。彼はサポート無しで直感的か、あるいは魔術的素養が高いのか、武器を顕現させているし、能力を発揮させている。

 その武器は剣と言うには奇妙な湾曲した刃を持つものだ。鎌のような、三日月型に湾曲したシックルソード。その特徴的な武器を呼び出し、男は走るために呪いのカラミティの膝を曲げる。

 呪いのカラミティは完全な人型。ニアクロウのような四肢を持つだけの自律歩行のできないマジンではない。そしてニアクロウと同じ、加速するためのブースト機構も存在している。だから、呪いのカラミティは地を蹴って、走りながらブースト加速をすることができるのだ。

 その超加速を男は本能的にやってみせて、ニアクロウをシックルソードで一刀両断した。

 今度は爆散することなく、ニアクロウは地に沈むのだった。


「バカな」

 あまりに荒唐無稽な結果だった。レイヴンの魔術結社、秘儀の大剣にとってマジンの3体ぐらいは安い被害だ。だが、結果自体は彼の予想をはるかに上回っていた。カラミティの性能自体は話に聞いていた。だがそれは以前までのカラミティだ。人の負の想念を原動力として災厄を振りまく呪いのマジン。

 であるのに、今目の前で駆動した呪いのカラミティは暴れたような傾向はあったものの、周囲に被害をもたらすことなく理性的に場を収めてみせた。

「クッ、魔力追跡!」

 マジン戦闘に巻き込まれないよう遠方まで撤収したレイヴンたち。余裕で捕獲できるとドヤ顔で通信までしたのに失敗した。すでに呪いのカラミティの姿は街中から消えている。有視界での捕捉が不可能な以上、カラミティを追うためには、彼の魔力を元に追跡することになる。

 実際、さきほどの追跡劇もそれによるものだ。

「魔力探知機が作動しません」

「何」

 索敵班の構成員が無感情に報告してくる。それに対しレイヴンは怒りに囚われるより呆気に取られる。構成員たちは全員レイヴンの信者たちだ。薬物や魔術でレイヴンの命令を聞くだけの人形である。無感情なのは当然だ。

 それよりも探知機が故障することのほうが運が悪い。いくらデリケートなものとはいえ、そんな偶然ありえるのかと。おそらくは先の銃撃戦の混乱の影響だろう。

 レイヴンの脳内で、通りすがりの男の姿が明滅する。あの男が関わってきてから何かがおかしい。ほぼノーリスクな選択が全て裏目に出ている。

「あの男・・・・一体何者だ」

 主目的はカラミティだが、レイヴンは名も知らぬ通りすがりの男を危険認識し始めていた。


「何でついて来るんだ」

「いやだって、おかしいんだよ君は!」

 戦闘が終わってから、すぐに歩き出した男。カラミティは当然普通に健康的に歩く彼に驚愕し、必然的に彼の後を追った。

 呪いのカラミティに乗れば、普通の人間は力を吸い取られて死ぬ。つまりこの男は普通の人間ではない。かといって、カラミティのように人型マジンでもない。一体彼は何者なのか。

 とはいえ、カラミティの発言は失礼である。

「あ?」

 これには流石に男も立ち止まって青筋を立てる。しかし、カラミティは自身の疑問を解消させることしか頭になかった。

「呪いのカラミティの代償は負のエネルギーだ。それを吸い尽くして生きていられる人間はいない。つまり、君は人間じゃないってことだろう!?」

 大声で非人間扱いをするカラミティに対し、男はため息をつく。未だに路地裏なのが幸いしている。救急車や消防車のドップラー音が響いていて、人気はそちらに向いているせいか運良く聞きとがめる人間はいないようだ。

「負のエネルギー? 知ったことか。そういうこともあるんだろ」

 男は言葉を吐き捨てて向き直り、再び歩き始めてしまう。突き放されたカラミティは諦めずにそれを追う。彼にとっては初めて見出した希望だった。自分と共に戦って死なない存在。それは最高の相棒と言っても差し支えないだろうから。

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