Ⅴ
「君はなにを言っているんだ」
「なにを言っているですって? だから、私がこの世界を救うのよ。下等な人間からね」
少女は笑う。
口元を吊り上げながら当然とでもいうかのように笑みを浮かべる。
「なのに、あなたが救世主とはね。忌々しいったらありゃしない。ほんとムカつく」
「違う。君の言っていることは間違っている」
「間違ってなんていないわよ。この世界において魔物が素晴らしいの。人間なんて全て悪よ。滅びるべき存在なの」
「そうじゃない! 君の言っていることはまったくのでたらめだ! 世界を壊しているのは、恐怖に陥れているのは魔物の方だ!」
「違うわ! 人間が悪なのよ! 善人の皮をかぶった悪魔よ!」
少年と少女は互いの意見をぶつけ合う。
しかし、二人の主張は交わることなどない。ずっと平行線のままだ。
「どうして君は、魔物に味方をするんだ」
「味方をするですって? そんなの当たり前じゃない。だって、私は魔物だもの」
少女の言葉に、少年はやっぱりと呟く。
少女は自分が人間であると知らない。なら、まだ救う余地があるかもしれなかった。
「君は魔物じゃない」
「はぁ? あなたこそ何を言っているのよ。私は魔物よ。だってそう言われたから。私を助けてくれた神様がそう言ったからよ」
「違う! 君は人間だ! 君は俺と同じ人間なんだ」
「人間……ですって―――あ」
少女は頭を押さえる。
痛い、痛すぎる。なにかが、なにかが私の頭の中で抵抗している。
やめて出てこないで! 違う、私は人間なんかじゃない。あんな悪魔のような種族なわけない。だって、そう言っていたから。あの人が、神様がそう言っていたから。
あの人の言葉は絶対。逆らってはいけない。
人間は悪で、魔物の方が圧倒的に人間よりもこの世界にふさわしい。
だから、人間は滅ぼさなければならない。
そう。それが神様の口癖だった。だから私は、言われるままに行動してきた。人間からこの世界を救うために。
「私は…魔物…よ。人間なんかじゃ…ない!」
「なぜそこまで頑なに拒むんだ。君は誰がどう見たって人間だ! そうだろ!?」
「違う! 違うったら違う! 私は魔物だ! だって、そう教わったから。神様がそう言っていたから」
「それは神様なんかじゃない! 君を利用した魔王だ! 君はただ魔王に利用されただけなんだ! だから目を覚ませ。君は魔物なんかじゃない人間だ!!」
「黙れー!!!!」
少女は怒りのままに少年に襲い掛かった。
私が人間!!?? 神様が魔王!?
そんなのあるわけがない! だって、だって神様は私を救ってくれた。死にそうだった私を救ってくれたのよ。そして、なにも知らなかった私に、世の中のたくさんのことを教えてくれた。
人間のこと、魔物のこと。
魔物は姿形が違えど、みな心優しい奴ら。私の言うことを素直に聞くかわいいしもべ。人間は悪い奴ら。この世界を善人の皮をかぶって支配しようとしている。魔物よりも邪悪な奴ら。
そんなことを、覚えの悪い私のために何度も丁寧に教えてくれた。私を子供のように愛してくれたあの人を魔王だなんて。
……やっぱり、人間は最低な生き物だ。
私の大切な人を、魔王呼ばわりなんて許せない。
殺してやる。
「くっ……」
少年は少女の猛攻に何とか耐えて見せていたが、もう体力も限界に来ていた。
ここまで来るのに幾度となく魔物の攻撃をかいくぐってきた少年に、少女と互角にやりあえるほどの体力は残されていなかった。
「殺す。殺す。人間なんて全部殺してやる!」
少女の叫びを少年は聞いていた。
もう、少女は完全に魔物と化してしまっていた。人間に戻ることを自分から拒否した。少女は魔物だ。人間じゃない。
そうなってしまえば、少年は少女を救うことなど考えに浮かんでいなかった。
少女は魔物。魔物は悪だ。倒すべき相手だ。
少年は少女のすきをついて、剣を振りかざす。
少女を殺すつもりで、一気に剣を少女の顔めがけて振り下ろす。
「はぁ……」
どこかから誰かのため息が聞こえて来る。呆れにも似たため息が。
しかし、少年の耳にはもう届いていない。
少女が驚きの表情を浮かべる。
これが少年が見た最後の表情だ。
こうして、少年と少女の戦いは幕を閉じた。
世界は救われ、悪は地に落ちた。
そう。
この世界は―――魔物のものとなったのだ。
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