Episode19 Relics -聖遺物-

隊長キャプテン!」


 静寂が戻った玄室。

 見事、邪神アペプを退けた頼都らいと鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)に、リュカ(人狼ウェアウルフ)とミュカレ(魔女ウィッチ)が駆け寄る。


「Great!あんな怪物モンスターを倒しちゃうなんテ!流石ネー!」


 尻尾を振りながらはしゃぐリュカに、頼都は両手の炎を収めてから言った。


「大したことねぇさ。アレはじゃねぇからな」


「えっ?」


 目をぱちくりさせるリュカに、ミュカレが何かに気付いたようにハッとなった。


「…そうか。そういうことだったのねん…だから、冥府から抜け出せた…」


「そういうこった」


 ミュカレを視線を受けた頼都が、頷く。


「What?一体どういうこと?」


『あれは、正しく言えばアペプそのものではないということじゃ』


 訳が分からないといったリュカに、ネフェルティティ(幽霊ゴースト)がそう言った。


『先程までここで暴れていたあの大蛇は、アペプめの星幽体アストラルボディじゃ』


「…あす…とら?」


「星幽体っていうのはね、大雑把に言えば『精神体』みたいなものよん」


 頭上に「?」マークを増やすリュカに、ミュカレが補足する。


「これは推測だけど…本物のアペプは、やっぱり神の拘束を施されたまま冥界に幽閉されていて、彼の精神体のみが、何らかの方法でこの次元に現れた…どうかしらん?女王陛下」


『慧眼じゃな、魔女よ』


 ネフェルティティは、満足げに首肯した。


『いわば、あれはアペプめの影のようなもの。そして、彼奴はまかりなりにも古くから在る神の一柱じゃ。いくら我が夫が偉大なる太陽神アテンの代行者といえど、人の身で神を滅することは極めて困難な所業よ』


 そして、ネフェルティティはアペプが飲み込まれた石畳を見やった。


『しかし、本来の力を削がれた星幽体ならば、勝ちの目も出ようというもの。先程は、彼奴自身が冥界に属する存在となっていることを利用し、わらわの術で冥界の門を召喚した。その上で、向こうに送り返してやったのじゃ。まぁ、再び這い出てくるには、恐らく相当な時間が必要じゃろう』


 それを聞いたリュカが、ふと頼都に尋ねる。


「もしかして…隊長キャプテンは、あの蛇が『星幽体』だって気付いていたノー?」


「途中からな」


 頼都は煙草を取り出すと、指先に灯した炎で火を点けた。


「あいつの息吹ブレスで消滅したと思ったら『いつもの再生』がおっ始まりやがった。確信したのは、その時さ」


 そして、頼都は紫煙を吐くと、薄く笑った。


「ハ…あいつが『神の力』を備えた本体の方だったら、俺もめでたくこの世からおさらばできてたかも知れないんだがな」


 「死ぬことが出来ない」…そんな運命を背負った頼都を消滅できるのは、高次の存在である“神”か“魔王”くらいだろう。

 それを知っているリュカとミュカレは、複雑な表情で顔を見合わせた。


「…でも、一つ疑問が残るのよねん」


 話題を変えるようにそう言ったミュカレへ、全員の視線が集まる。


「あのアペプが星幽体だとしたら、アレを召喚したのは、一体誰なのかしらん?」

 

 沈黙する一同。

 ミュカレは続けた。


「たとえ星幽体であれ、相手は神よん?それ程の高次の存在を、冥界…異なる次元から呼び出すには、高度な召喚士としての能力、相当な魔力かそれを供給できるものが必要になるわん。いくらこの幽世かくりょが、現世より魔力の濃度が高いといっても、それだけで彼みたいな存在を呼び出すのは、ちょっと無理があるのねん」


『その点に関しては、少し心当たりがある』


 ネフェルティティの言葉に、今度は彼女へと視線が集まった。

 砂漠の女王は、頼都を見下ろした。


『焰魔よ。話を一番最初に戻すぞ』


「最初…例のテーベでの一件か?」


 頼都の言葉に、頷くネフェルティティ。


『事の発端は、我らが夫婦の寝所を発掘団とかいう連中が、とあるものを見つけたことに始まる』


「それは何だ?」


 頼都の問いに、ネフェルティティは一呼吸置いてから伝えた。


『Ankhじゃ』


「餡食う?」


「『アンク』よん。別名『エジプト十字』とも言われてるわん」


 涎を流しそうなリュカに、ミュカレはそう説明ながら、石畳に「○」の下に「-」と「十」を描いた。


 リュカはそれを見て、手をポンと打った。


「Oh!『♀』マーク!」


「似てるけど、ちょっとだけ違うのよん。エジプトでは、アンクは現世と彼岸の間にある『境界』を無事に超えるための、通行証ともされてきたわん」


「現世と彼岸の間にある『境界』…って、幽世のことじゃないノー!?」


 驚くリュカ。

 そこに、先程から顎に手を当てて考え込んでいた頼都が、ハッとなってネフェルティティを見上げた。


「ちょっと待て!まさか、あんたらの墓にあったアンクってのは…」


『うむ。まぎれもなく『神代のアンク』じゃ』


 頼都とミュカレの目の色が変わった。


「マジか…」


「よりによって、何て物を…」


 驚愕する二人に、ただ一人理解できないリュカが、ネフェルティティに尋ねる。


「よく分からないけど、そのアンクは特別なノー?」


 それに、ネフェルティティは頷いた。


『特別も特別。正真正銘、神の手によって作られた最初のアンクじゃ。この幽世を乗り越え、現世と彼岸を行き来できるのは勿論、奇跡すら呼び起こす』


「奇跡…?」


死者の復活リザレクション


 固い声で、横からそう告げる頼都。

 ネフェルティティが、目を細める。


『知っておったか』


「まぁな。これでも長生きしてるせいか、知りたくもない事も聞こえてきちまうのさ」


 そこで溜息を吐くと、頼都は続けた。


「確かに、そんな神代の代物なら、蓄えている魔力は膨大だ。要領さえ分かれば、そう苦労もせずに、アペプみたいな邪神の星幽体も呼び出せるだろう」


「問題は…それが、人の手に余る代物だってことねん」


 ミュカレが珍しく真剣な表情になる。


「例えるなら、赤ん坊に高性能爆弾を預けるようなものよん。扱い次第では、世界の理すら歪ませかねない」


 それに、ネフェルティティが頷く。


『その通りじゃ。そもそも、あのアンクは、来るべき末世に、我ら夫婦が再びこの世に受肉し、復活するための秘宝。それ故、厳重な封印をもって寝所の中に隠しておいたのじゃが…いやはや、後世の下賤が抱く知的好奇心とやらを甘く見過ぎたわ』


「でも、待ってくだサーイ。そのアンクを見つけた発掘団は、ほぼ全員が殺されたはずデース」


「なら、その犯人がアンクを持ち去ったってとこだろう」


 そう言うと、頼都はボリボリと頭を掻いた。


「チッ!いつもの“掟破り”の始末かと思ってたら、お宝探しとはな。面倒くせぇことになりやがった」


 ボヤく頼都に、ネフェルティティが言った。


『我ら夫婦は、永き眠りにあったが、アンクの消失を察してそれぞれ“不朽人マミー”“幽霊ゴースト”として目覚め、その下手人を探すためにはるばる海を越えたのじゃ』


「へぇ…そりゃあまた、唐突だな」


 呆れ顔の頼都に、ネフェルティティは答えた。


『微細だったが、アンクの気配は、海を越えた春か東方から届いていたのでな。幸い、我が母国エジプトに対し、我らの寝所に収められていた副葬品を借り受けたいという、日本アルヤパンとやらからの依頼があったのを知り、ネフェルティティのミイラとして、展示物に決まっていた女王の棺へと忍んだのだ』


 そして、狭間那さまなの方に目を向けた。


『そして、あの博物館を根城にし、下手人探しを…』


 と、そこで女王は辺りを見回した。


『む?あの下賤の娘はどこに行った?』


 その言葉に、弾かれたように頼都達は周囲に目をやった。


「Oh!大変、狭間那さんがいまセーン!」


「嘘でしょ!?ついさっきまで、そこにいたのにん!?」


 リュカとミュカレも、辺りを見回すが、狭間那の姿はどこにも無い。


「あのバカ、一体どこに…」


 頼都がそう言いかけた時だった。


カッ!


 突然、目映い光が放たれ、宙に浮いていたネフェルティティを直撃する。

 光は円筒の牢獄と化し、一瞬でネフェルティティをその中へと封じ込めた。


「What!?」


「女王陛下!」


 頼都達の眼前で、ネフェルティティは光の柱の中、驚愕の表情を浮かべて、周囲を見回している。

 そして、


「上手くいったようね。さすがは神代の聖遺物レリクス


 頼都達の背後から、そんな声が聞こえる。

 振り向いた一同の前に、一人の女性が立っていた。

 先程まで着ていたスーツの代わりに、黒い長衣ローブが揺れている。


「お前…」


 頼都は、鋭い目で黒衣の女…狭間那を射た。

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