Episode14 Interceptor -迎撃-
「…う、ううん…」
混濁する視界が像を結び、
全身を、車酔いのような不快感が襲う。
「ここは…?」
「目覚めたか」
そんな深みのある男の声と共に、狭間那の上に影が差す。
見上げた先で、黄金の
「きゃああああああっ!?」
思わず悲鳴を上げ、へたり込んだまま後ずさる狭間那。
身をかがめていた仮面の王…太陽帝アクエンアテン(
「当世の下賤は、騒がしいな…しかし、健勝なようで何よりである」
「寝起きにアンタのドアップは、目覚まし代わりにはうってつけだろうさ」
やや離れた所に腰を下ろしていた
それに気付いた狭間那が、すがるように言った。
「と、
アクエンアテンの姿に慌てふためく狭間那へ、頼都は言った。
「心配すんな。その王様は、もう無害だよ」
その言葉に、アクエンアテンの眼光が強まった。
「訂正せよ、
すると、頼都は挑発的に薄く笑った。
「へぇ…んじゃあ、今からここでさっきの続きをおっ始めるか?」
「
頼都は再び苦笑した。
「上から目線は変わらずか…わーったよ。共闘に異存はねぇ。こっちも余計なもめ事はしたくねぇしな。で、陛下。これに心当たりがあるのか?」
そう言いながら、頼都が親指で自分の傍らを指す。
それを目で追った狭間那は、思わず息を呑んだ。
つい今しがたまで、自分達は博物館の中の企画展示室にいた筈である。
が、今はどうだ。
周囲はいつの間にか神殿の玄室のような石造りに変わっており、さっきまで同行していたリュカ(
「こ、ここはどこですか!?私達、さっきまで博物館にいた筈じゃ…」
「ここは“
頼都が立ち上がった。
「さっき説明したろ?この世とあの世の狭間にある世界…そして、無数の
呆然となっていた狭間那は、不意にキッと頼都を睨んだ。
「またそんな冗談を!いい加減にしてください!そんなおとぎ話みたいなことがあるわけ…」
ない…と続けようとし、狭間那は傍らのアクエンアテンを見上げた。
“
そして“
ここまでそれを目の当たりにした狭間那は、自身を取り巻く世界が、今まで全く知らなかった「常識が通じない裏の面」を持っていることを思い出したのだ。
無言になった狭間那に、頼都は続けた。
「覚えているか?俺がこの王様とやり合ってる最中に、あんたが俺にすがりついてきただろ。あの時、誰かが幽世の門を開き、俺達をここに転移させたのさ。ついでに、あんたもそれに巻き込まれちまったってわけだ」
そして、頼都は溜息を吐いた。
「帰還には少々骨が折れそうだな。ワン公と
「そ、そんな…」
「焔魔よ。そなたの問いに答えよう」
絶句する狭間那を横目に、アクエンアテンが厳かに言った。
「此度の『門』の顕現は、余以外の何者かによるものであるのは間違いない。そして、僅かではあるが、心当たりがある」
「へぇ…その心当たりってのは?」
「正体は余にも分からぬが、恐らく、そ奴が我が墓所で狼藉を働いた賊であろう」
その言葉に、頼都の目が細まる。
「…ふぅん。何故そう思う?」
「先程の転移の際、わずかだが、賊より感じた魔力の残滓を感じた。それは、余の墓所で感じたものと同じものである」
「つまり…あんたの墓所で派手なディナーをやらかした奴が、俺達をここに転移させたと…?」
「
途方もない展開に、狭間那は呟いた。
「ここが幽世…でも、別に私達の世界と何の変りもないように見えますけど…」
「そうか?なら、あんなのも見たことあるか?学者さんよ」
頼都が、そう言いながら、狭間那の背後を顎で指し示す。
振り向く狭間那の目に、巨大な影が映った。
「え…」
狭間那は息を呑んだ。
巨大な
筋骨隆々とした身体は、人間のものだ。
しかし、その頭部は牡牛である。
しかも、二体。
「ブモオオオオオオオオオオオ!!」
狭間那達を見つけ、雄たけびを上げる牛頭の巨人達。
狭間那は、慌てて頼都の背後に隠れた。
「な、何ですか、あれは…!?」
「“
驚いた風もなく、頼都が説明する。
「考古学者なら知ってるだろ?“クレタ島のミノスの牡牛”の神話は」
「も、勿論知ってますけど…」
“
地中海に浮かぶクレタ島の王、ミノスは海神ポセイドンとの約束を違え、海神から贈られた牡牛を生贄に捧げずに自らの所有物にしてしまった。
それに激怒した海神は、恋愛の神エロスに命じ、ミノスの妻である王妃パシパエに、牡牛に恋するよう差し向ける。
そして、エロスの恋の矢を受けた王妃は、たちまち海神の牡牛に恋をしてしまった。
道ならぬ恋に苦しんだ王妃は、思い悩んだ末に、不世出の名工ダイダロスに自らの想いを遂げる方法はないか、相談する。
すると、ダイダロスは、精緻な模型の牝牛を製造し、その中に王妃を入れて、牡牛と交わらせた。
その結果、王妃は懐妊し、頭は牛、体は人というこの世ならざる子供を出産する。
それが“牛頭鬼”である。
生まれつき人外の姿と獰猛な性格を有した“牛頭鬼”は、好んで人を食うようになった。
これに悩んだミノス王はダイダロスに命じ、
「こ、こっちに来ますけど!?」
「そりゃあ、俺達はこの世界じゃ『侵入者』みたいなモンだからな。目に入れば、近寄って来るだろ」
「何か凄い涎垂らしてますけどっ!?」
「そりゃあ、連中はあんたみたいな若い女の肉には目が無いだろうからな。味見してみたくなるだろ」
事も無げにそう言う頼都に、悲鳴を呑み込む狭間那。
その傍らに、アクエンアテンが進み出た。
「へぇ、
巨躯を見上げながら、頼都がそう声を掛ける。
「是(ぜ)である。焔魔よ、
言うや否や、悠然と“牛頭鬼”へ向かう
自らに匹敵する巨躯を誇るアクエンアテンに、二体の“牛頭鬼”は、蛮勇を見せて襲い掛かった。
先に一頭目の“牛頭鬼”が、戦槌を振りかぶり、轟音と共にアクエンアテンの肩口に叩き付ける。
空を裂いて迫ったそれを、太陽帝は
「…おいおい。マジか」
頼都は呆れつつも、内心、驚いていた。
怪力を誇る“牛頭鬼”の一撃は、それこそ
頑強さが売りのフランチェスカ(
が、アクエンアテンは、それをまともに受けながらも、微動だにしなかった。
「
「ブモ…!?」
そう言うと、アクエンアテンは“牛頭鬼”を
「ブモオオオオオオッ!」
相手が見せた予想外の頑強さと怪力ぶりに“牛頭鬼”は戦槌を取り落として、手足をばたつかせる。
「無駄だ。余の腕には
ベキッ!!
鈍い音と共に
巨体の怪物は、血の泡を吹きながら、体を弛緩させた。
思わず目を覆う狭間那。
その怪力ぶりに、頼都は口笛を吹く。
「ブモオオオオオオッ!?」
と、
それを見たアクエンアテンの双眸が、赤い光を放つ。
「身の程をわきまえよ、獣。“
その瞬間、不意に“牛頭鬼”が足を止めた。
そして、アクエンアテンの眼光に魅入られたように立ち尽くしたかと思うと、胸を押さえて苦しみ出す。
やがて、その逞しい胸筋から、肉が
「モ゛ォオオオオオオオォオオ…!!」
苦悶する“牛頭鬼”の分厚い胸板が、無残に裂けていく。
この世とも思えない残虐極まる光景に、狭間那は意識を失いそうになった。
「い、一体何が…!?」
「“不朽人”が有する『呪詛』だな。相手の意識を侵食し、その肉体すらも自由に操り、自壊させるほどの強力な暗示だ。俺も初めて見るが…成程、これが俗にいう『王家の呪い』ってやつか」
胸骨や肋骨を体外に弾けさせられた“牛頭鬼”が、自らの血溜まりや撒き散らされた臓物の中に倒れ伏す。
凄惨極まる殺戮を終え、降り注ぐ血の雨の中、太陽帝は厳かに告げた。
「余の威光、しかと見届けたか?焔魔よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます