Episode14 Interceptor -迎撃-

「…う、ううん…」


 混濁する視界が像を結び、狭間那さまなは僅かに上体を起こした。

 全身を、車酔いのような不快感が襲う。


「ここは…?」


「目覚めたか」


 そんな深みのある男の声と共に、狭間那の上に影が差す。

 見上げた先で、黄金の仮面マスクと包帯に覆われた巨漢が彼女を見下ろしていた。


「きゃああああああっ!?」


 思わず悲鳴を上げ、へたり込んだまま後ずさる狭間那。

 身をかがめていた仮面の王…太陽帝アクエンアテン(不朽人マミー)が、それを目で追いながら、姿勢を戻した。


「当世の下賤は、騒がしいな…しかし、健勝なようで何よりである」


「寝起きにアンタのドアップは、目覚まし代わりにはうってつけだろうさ」


 やや離れた所に腰を下ろしていた頼都らいと鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)が、そう言って苦笑した。

 それに気付いた狭間那が、すがるように言った。


「と、十逢とあいさん!た、たた助けてください…!」


 アクエンアテンの姿に慌てふためく狭間那へ、頼都は言った。


「心配すんな。その王様は、もう無害だよ」


 その言葉に、アクエンアテンの眼光が強まった。


「訂正せよ、焔魔えんまはまだ、そなたら下賤と組みしたわけではない」


 すると、頼都は挑発的に薄く笑った。


「へぇ…んじゃあ、今からここでさっきの続きをおっ始めるか?」


いなファラオは、神の代行者にして為政者。そして、良き為政者は常に下賤に寛大である。今は危急の時なれば、汝の言動も大目に見よう。これよりは、そのあたりをわきまえて、余の威光にかしづくがよい」


 頼都は再び苦笑した。


「上から目線は変わらずか…わーったよ。共闘に異存はねぇ。こっちも余計なもめ事はしたくねぇしな。で、陛下。に心当たりがあるのか?」


 そう言いながら、頼都が親指で自分の傍らを指す。

 それを目で追った狭間那は、思わず息を呑んだ。

 つい今しがたまで、自分達は博物館の中の企画展示室にいた筈である。

 が、今はどうだ。

 周囲はいつの間にか神殿の玄室のような石造りに変わっており、さっきまで同行していたリュカ(人狼ウェアウルフ)とミュカレ(魔女ウィッチ)の姿もなかった。


「こ、ここはどこですか!?私達、さっきまで博物館にいた筈じゃ…」


「ここは“幽世かくりょ”さ」


 頼都が立ち上がった。


「さっき説明したろ?この世とあの世の狭間にある世界…そして、無数の怪物モンスター共が潜む世界でもある」


 呆然となっていた狭間那は、不意にキッと頼都を睨んだ。


「またそんな冗談を!いい加減にしてください!そんなおとぎ話みたいなことがあるわけ…」


 ない…と続けようとし、狭間那は傍らのアクエンアテンを見上げた。

 “幽霊ゴースト”として出現した女王ネフェルティティ。

 そして“不朽人マミー”として復活したアクエンアテン。

 ここまでそれを目の当たりにした狭間那は、自身を取り巻く世界が、今まで全く知らなかった「常識が通じない裏の面」を持っていることを思い出したのだ。

 無言になった狭間那に、頼都は続けた。


「覚えているか?俺がこの王様とやり合ってる最中に、あんたが俺にすがりついてきただろ。あの時、誰かが幽世の門を開き、俺達をここに転移させたのさ。ついでに、あんたもそれに巻き込まれちまったってわけだ」


 そして、頼都は溜息を吐いた。


「帰還には少々骨が折れそうだな。ワン公と痴女ビッチともはぐれちまったようだし」


「そ、そんな…」


「焔魔よ。そなたの問いに答えよう」


 絶句する狭間那を横目に、アクエンアテンが厳かに言った。


「此度の『門』の顕現は、余以外の何者かによるものであるのは間違いない。そして、僅かではあるが、心当たりがある」


「へぇ…その心当たりってのは?」


「正体は余にも分からぬが、恐らく、そ奴が我が墓所で狼藉を働いた賊であろう」


 その言葉に、頼都の目が細まる。


「…ふぅん。何故そう思う?」


「先程の転移の際、わずかだが、賊より感じた魔力の残滓を感じた。それは、余の墓所で感じたものと同じものである」


「つまり…あんたの墓所でをやらかした奴が、俺達をここに転移させたと…?」


しかり」


 途方もない展開に、狭間那は呟いた。


「ここが幽世…でも、別に私達の世界と何の変りもないように見えますけど…」


「そうか?なら、あんなのも見たことあるか?学者さんよ」


 頼都が、そう言いながら、狭間那の背後を顎で指し示す。

 振り向く狭間那の目に、巨大な影が映った。


「え…」


 狭間那は息を呑んだ。

 巨大な戦槌ウォーメイスを手に、玄室に入ってきたのは巨人だった。

 筋骨隆々とした身体は、人間のものだ。

 しかし、その頭部は牡牛である。

 しかも、二体。


「ブモオオオオオオオオオオオ!!」


 狭間那達を見つけ、雄たけびを上げる牛頭の巨人達。

 狭間那は、慌てて頼都の背後に隠れた。


「な、何ですか、あれは…!?」


「“牛頭鬼ミノタウロス”だな。さしずめ、ここの番人か。二体とは珍しいな。普通は単独でいるもんだが」


 驚いた風もなく、頼都が説明する。


「考古学者なら知ってるだろ?“クレタ島のミノスの牡牛”の神話は」


「も、勿論知ってますけど…」


 “牛頭鬼ミノタウロス”は、ギリシャ神話に登場する有名な怪物だ。

 地中海に浮かぶクレタ島の王、ミノスは海神ポセイドンとの約束を違え、海神から贈られた牡牛を生贄に捧げずに自らの所有物にしてしまった。

 それに激怒した海神は、恋愛の神エロスに命じ、ミノスの妻である王妃パシパエに、牡牛に恋するよう差し向ける。

 そして、エロスの恋の矢を受けた王妃は、たちまち海神の牡牛に恋をしてしまった。

 道ならぬ恋に苦しんだ王妃は、思い悩んだ末に、不世出の名工ダイダロスに自らの想いを遂げる方法はないか、相談する。

 すると、ダイダロスは、精緻な模型の牝牛を製造し、その中に王妃を入れて、牡牛と交わらせた。

 その結果、王妃は懐妊し、頭は牛、体は人というこの世ならざる子供を出産する。

 それが“牛頭鬼”である。

 生まれつき人外の姿と獰猛な性格を有した“牛頭鬼”は、好んで人を食うようになった。

 これに悩んだミノス王はダイダロスに命じ、大迷宮ラビュリントスを建造させると、そこに“牛頭鬼”閉じ込め、その餌として、少年少女が生贄になったという。


「こ、こっちに来ますけど!?」


「そりゃあ、俺達はこの世界じゃ『侵入者』みたいなモンだからな。目に入れば、近寄って来るだろ」


「何か凄い涎垂らしてますけどっ!?」


「そりゃあ、連中はあんたみたいな若い女の肉には目が無いだろうからな。味見してみたくなるだろ」


 事も無げにそう言う頼都に、悲鳴を呑み込む狭間那。

 その傍らに、アクエンアテンが進み出た。


「へぇ、ファラオ自ら出陣するってのか?」


 巨躯を見上げながら、頼都がそう声を掛ける。


「是(ぜ)である。焔魔よ、ファラオの威光、しかとその目に焼き付けよ」


 言うや否や、悠然と“牛頭鬼”へ向かう太陽帝アクエンアテン

 自らに匹敵する巨躯を誇るアクエンアテンに、二体の“牛頭鬼”は、蛮勇を見せて襲い掛かった。

 先に一頭目の“牛頭鬼”が、戦槌を振りかぶり、轟音と共にアクエンアテンの肩口に叩き付ける。

 空を裂いて迫ったそれを、太陽帝はかわすことなく肩で受け止めた。


「…おいおい。マジか」


 頼都は呆れつつも、内心、驚いていた。

 怪力を誇る“牛頭鬼”の一撃は、それこそ鉄球重機モンケーンのそれに匹敵する。

 頑強さが売りのフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズモンスター)ならともかく、生身で食らえば、かすっただけでも大ダメージとなるはずだ。

 が、アクエンアテンは、それをまともに受けながらも、微動だにしなかった。


聖帯せいたいまといし余の玉躰ぎょくたいには、そのようなものは効かぬ」


「ブモ…!?」


 そう言うと、アクエンアテンは“牛頭鬼”を首吊り固めネック・ハンギング・ツリーに捕らえた。


「ブモオオオオオオッ!」


 相手が見せた予想外の頑強さと怪力ぶりに“牛頭鬼”は戦槌を取り落として、手足をばたつかせる。


「無駄だ。余の腕には太陽神アテンの怒りが宿る。囚われた者は、死の翼に触れることになる」


ベキッ!!


 鈍い音と共に頸椎けいついを砕かれる“牛頭鬼”

 巨体の怪物は、血の泡を吹きながら、体を弛緩させた。

 思わず目を覆う狭間那。

 その怪力ぶりに、頼都は口笛を吹く。


「ブモオオオオオオッ!?」


 と、同族なかまをやられて激昂したのか、もう一体の“牛頭鬼”が、鋭い角を向けて突進チャージして来た。

 それを見たアクエンアテンの双眸が、赤い光を放つ。


「身の程をわきまえよ、獣。“djジュ kaカア”」


 その瞬間、不意に“牛頭鬼”が足を止めた。

 そして、アクエンアテンの眼光に魅入られたように立ち尽くしたかと思うと、胸を押さえて苦しみ出す。

 やがて、その逞しい胸筋から、肉がきしむような不快な音が響いた。


「モ゛ォオオオオオオオォオオ…!!」


 苦悶する“牛頭鬼”の分厚い胸板が、無残に裂けていく。

 この世とも思えない残虐極まる光景に、狭間那は意識を失いそうになった。


「い、一体何が…!?」


「“不朽人”が有する『呪詛』だな。相手の意識を侵食し、その肉体すらも自由に操り、自壊させるほどの強力な暗示だ。俺も初めて見るが…成程、これが俗にいう『王家の呪い』ってやつか」


 胸骨や肋骨を体外に弾けさせられた“牛頭鬼”が、自らの血溜まりや撒き散らされた臓物の中に倒れ伏す。

 凄惨極まる殺戮を終え、降り注ぐ血の雨の中、太陽帝は厳かに告げた。


「余の威光、しかと見届けたか?焔魔よ」


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