Episode7 The Song -歌-

 眼前で繰り広げられる人外の戦いを、神前かんざきは固唾を飲んで見守っていた。

 そして、想定外の事態に内心の動揺を押し殺すのに精一杯だった。


「案外、冷静なんだな」


 不意に。

 傍らに立ち、自分と同様に怪物達の戦いを見守っていた頼都らいとが、そう口を開く。

 神前は、その怜悧な横顔をに目をやった。


「…流石に、何度も見ていますから…」


 そう。

 神前が船で案内してきた客…行方不明になった男達は皆、目の前で荒れ狂う“海女怪スキュラ”の餌食となった。

 そんな中、神前だけが生き延びてきたのだ。


「そして、…か?」


 頼都のその一言に、神前の身体がビクリと震える。

 操舵室内に、沈黙が下りた。

 やや置いて、神前が低い声で、


「一体、何を…」


「とぼけるなよ。あんたは客として自分の店にやって来た若い男達を『離岬ここへのクルーズ』と言い含めて上手く船に乗せ、連れてきた…で、あの化け物の餌にしてた」


 神前が、大きく眼を見開く。

 頼都は、横目で神前の白い美貌を見下ろした。


「違うか?」


「…そんな事…証拠はあるんですか?」


「ねぇよ、そんなもん。完全にヤマ勘だ。だが、以外と当たるって評判なんだぜ?」


「貴方達は、一体…」


 喉が張り付くような緊張の中、神前が問う。

 頼都は、視線を眼前の戦いに戻した。


「あんたら人間は知らんだろうが、この世とあの世、その狭間の世界…『幽世かくりょ』っていうんだが…そこにはあんな怪物共が棲んでいるんだ。それこそ、あんたら人間が語り継いできた神話や伝説に出てくるような怪物共がな」


 顎で海女怪スキュラを指し示す頼都。


「面倒くせぇことに、あいつらは時々『掟』を破って、人間界で悪さを働く。で、俺達…『Halloweenハロウィン Corpsコープス』が、そういう『掟破り』を始末するって訳だ」


「始末!?殺すんですか…!?」


 途端に目の色を変える神前を、頼都は感情の無い目で見下ろした。


「当然だろ。あんな怪物が野放しになっていたら、あんたら人間だって困るだろうが」


「そ、それは…そうですが…」


「それとも殺しちゃマズイ…いや、があるのか?」


「…」


「心配すんな。俺達の仕事は怪物アレの始末だけだ。あんたが仕出かした事についちゃあ、知ったこっちゃない」


 その言葉に、神前が顔を上げた。


「そんな事は心配していません!」


「そうだろうな。あんたが心配なのは、だろ?」


 今度こそ。

 神前は絶句した。

 頼都は続けた。


美汐みしおって言っていたな…まったく、


 頼都は、暴れ続ける海女怪スキュラの触手に目を向けた。

 海という相手の土俵の上だったが、リュカとフランチェスカは、よく防いでいるようだった。


「…どうして…それを…?」


 かすれた声で問い掛ける神前に、頼都は答えた。


「理由は二つある。一つ目は今日店で会った時だ。俺は店内にあんた以外の


「…」


「二つ目はあの娘の言った言葉だ。『季里弥きりやはそんな人じゃない!この人が誰かをなんて出来る訳ないんです!』だったな」


 頼都は、ゆっくりと神前を見た。


「言葉のアヤって奴かも知れないが、何であの娘は『消息不明』って報道されてる連中を『殺された』と断定したんだ?」


 船が大きく揺れる。

 まるで、海女怪スキュラ…美汐が、自分の正体を知られ、猛り狂っているかのようだった。


「ハハ…参ったな…こんな簡単に全部ばれてしまうなんて…」


 頭を押さえ、乾いた笑いを洩らす神前。

 それを、頼都は何の感情も込めずに見詰めていた。


「正直、初めて見たぜ。怪物が人間を操らずに、意識を保ったまま、従わせているケースを」


「違う…!」


 神前が立ち上がった。

 その手には、一振りのナイフがあった。

 僅かに震えるその切っ先を頼都に向けながら、神前は叫んだ。


「僕と美汐はそんな関係じゃない!僕達は本当に愛し合っているんだ!こんな事をしているのだって、全ては美汐のためだ!彼女を飢えさせないためには、この方法しかないんだ…!」


「…生憎あいにくだが」


 頼都は静かに告げた。


怪物れんちゅうを人間と同義で考えるな。あいつらは、そういう感情からは程遠い存在だ。人間は残らずえさとしか考えない」


「違う!そんな事は無い!」


「あんたを生かしているのも、ていよく餌を貢がせるためだ。実際、あんたはよく尽くしたようだしな」


「嘘だ…!!」


 神前は耐え切れずに、ナイフを振りかざし、頼都へと襲い掛かって来た。

 が、それを紙一重でかわすと、頼都は神前の首筋に手刀を叩き込んだ。

 意識を失い、崩れ落ちる神前。

 それを見下ろす頼都の眼に、初めて感情らしいものがよぎる。


「どれだけ時代を重ねても、所詮、人間ひと人間ひと、か…」


 そう呟くと、頼都は操舵室を後にした。


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 上空へと迫り来る触手を、アルカーナの黒い外套マントが鮮やかに切り裂く。

 が、続けざまに別方向からもう一つの触手が襲い掛かって来た。

 それを氷結コールドの魔術で凍結させてから、アルカーナが溜息を洩らす。


「やれやれ『霧をどけるから、その間時間稼ぎをして欲しい』とは簡単に言ってくれる」


 背後で呪文を詠唱中のミュカレの盾となるべく、アルカーナは襲い掛かってくる触手の群れを一手に防いでいた。

 かなりの数を始末した筈だが、再生能力でもあるのか、その攻撃の勢いが弱まる事は無かった。

 吸血鬼であるアルカーナにはまだまだ余力はあったが、こうも立て続けに迎撃していると、気が滅入ってくる。

 かと言って、ミュカレが勧めてきた「別に、アルるんが触手に捕まって凌辱されながら時間を稼いでもらっても構わないわよん♡」という選択肢は、全くあり得ない。

 ああ、全くあり得ない。


「しつこいな、君達!」


 背後から迫って来た触手を外套マントで切り裂くアルカーナ。

 ミュカレのせいでおぞましい想像をしてしまい、思わず必要以上に力がこもる。

 が、そこに一瞬の隙が生じた。


「なっ!?」


 複数の触手がアルカーナの右手、左足を捕え、動きを封じてしまう。

 そこに何本もの触手が殺到した。

 それを見たアルカーナの背筋に、怖気おぞけが走る。


「僕に触れるな…!」


 そう叫んだアルカーナの姿が、一瞬で白く煙る。

 吸血鬼が持つ能力の一つ…「霧化」だ。

 霧に変化したアルカーナの身体は、たやすく触手の拘束から逃れ、やや離れた場所に実体化する。


「下がれ、下郎が…!」


 両手を打ち振るうと、その爪が真紅の刃のように伸びる。

 アルカーナはそのまま高速で飛翔すると、複数の触手を切断した。


「おっと、君には用がある」


 最後に残った触手に爪を突き立てるアルカーナ。

 その紅い瞳が爛と輝くと、触手の表面がミイラのように干からびていった。

 これも吸血鬼の能力の一つ…エナジードレインである。

 通常、鋭い牙で相手を吸血するのだが、アルカーナも流石に今回ばかりは牙を立てる気にはなれなかった。

 爪を引き抜くと、アルカーナはハンカチで爪をぬぐった。


「見た目通り、不浄な味だ。まあ、ないよりマシか」


 そう言った瞬間、


「おっ待たせ~!準備オッケーよん♪」


 聞こえてきた脳天気な声に振り返るアルカーナ。

 その先に、宙に描かれた巨大な魔法陣を何個も従えたミュカレの姿が映る。

 ギョッとなるアルカーナ。


「ま、待ちたまえ、レディ!そんな高出力の魔術をここで使う気か!?」


「制御用の護符タリスマンもあるから大丈夫よん。アルるんが触手ウネウネの相手をしてくれてたから、頭の位置もおおよそ掴んだし」


 そう言いながら、ミュカレは黒いほうきの上に仁王立ちになる。


『顕れ出でよ 暴風の猟団ワイルドハント 御身らの騎馬のいななきにて その道行きは狩りと略奪とならん…!』


 瞬間。

 嵐のような物凄い暴風が荒れ狂った。

 危うく吹き飛ばされそうになりながら、アルカーナは暴風が海上の霧をみるみるうちに散らしていくのを目にした。


「みぃーつけた!」


 ミュカレの眼が輝く。

 その視線の先には、海上に浮かぶ一人の女性の姿があった。

 女性は服を身にまとっておらず、その下半身は海の中に消えていて分からない。

 が、明らかに人間の浮き方ではない上、女性の周囲には六匹の巨狼と無数のタコの触手が蠢いていた。


「本物の海女怪スキュラだね…僕は初めて見たよ」


「あらら?あの上半身の女性って、どこかで…」


 ミュカレは、海女怪スキュラの本体である女性の顔に見覚えがあるような気がした。

 が、一方の海女怪スキュラは、自らの姿を守り、隠していた霧が晴れてしまったというのに、目を閉じ、手を組んだまま、周囲を見ようともしない。

 それどころか…


“La…LaLa…LaLa…”


「歌っている…のか」


 アルカーナが驚いた様に呟く。

 その言葉通り、海女怪スキュラは一心不乱に歌い続けていた。

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