第30話 たった一枚の切り札
《高等部二年生 六月》
※ 前回のあらすじ
一方、第二校区との緩衝地帯との森に踏み込んだ
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それはまさしく、嵐の前の静けさだった。
細かい水晶が散らばったような藍色の夜空に浮かぶのは
「(最後に戦ったのはいつだ……?)」
一本に括った長髪を風に揺らす御代を睨み付ける。針金細工を思わせる長身痩躯に、鼻の高い顔付きに浮かんだ鋭い眼差し。少し力を入れて握れば折れそうな見た目なのに、近づく事を躊躇わせる不敵な雰囲気が鬱陶しい。両手で
去年の夏頃まで行われていた賭け試合での戦績は五分。
「(時間を掛けてやる必要はない、短期決戦で一気に勝負を決めてやる!)」
火蓋を、切って落とす。
ぶわっ!! と、井之上の全身から勢いよく橙色の
『始まりの八家』の一つである
「溜めさせるかよっ!!」
御代の構えたアクディートが強烈に輝く。歪な形をした黒い拳銃に黄色いラインが走り、一条の閃光が放たれた。撒き散らされた衝撃で足下の草々を押し潰し、夜闇を一直線に黄色く塗り潰していく。
「っ!!」
迷わず回避。
特殊な呼吸を継続して氣を溜めながら、井之上は
「(
草の上を転がりながら唇を噛んだ。
闘術の弱点だ。現段階でも
格上との戦いなら悠長な事を言っていられないかもしれないが、御代は
御代が片腕で構えるアクディートが一際強烈な光に包まれる。その輝きには見覚えがあった。
「(
すぐ足下の草へと突き刺さる三条の閃光。脳内を真っ赤に染める危機感に背を押されて井之上は
直後だった。
溢れんばかりの閃光と共に、黄色い花弁が草の湖の底で咲き乱れる。
ばぢっ!! と耳を塞ぎたくなる高音が炸裂して、純白の爆発が網膜を白く
向けられていたのは、銃口。
雷撃が如く鋭い
身動きの取れない空中で、しかも視界を潰された直後の隙を突いた一撃。タイミング的には勝敗を決してもおかしくなかった。だが、黄色い閃光が貫いたのは暗闇に浮かんだ橙色の残像だけだった。
「なにっ!?」
御代の顔に驚愕が走り抜ける。肩越しに振り返るよりも早く、井之上の蹴りが炸裂した。土嚢を硬い棒で叩き付けたような鈍い音。くの字に折れ曲がった御代の体が勢いよく草の上を撥ねていく。
「(浅かったっ!)」
御代によって無理やり
ぎこちない動きで起き上がった御代は、痛みに耐えるように片目を瞑りながら左手で脇腹を押さえている。審判がいれば技ありの判定は貰えそうだが、一本は出ないだろう。ならばノックアウトさせるまで攻め続けるだけだ。
完全に
発動するのは
周囲の夜闇を弾き飛ばすように、井之上の全身から橙色の界力光が迸る。雰囲気の変化を感じ取った御代の顔に焦燥の色が走り抜けた。
「クソっ!!」
唇を噛んだ御代が慌ててアクディートの引き金を絞る――だが。
ガキンッ!! と炸裂する金属質な音。
専用術式『
「(怖いのは
だんっっ!! と。
井之上は姿勢を低くして地面を鋭く蹴った。顔を守るために両腕を掲げたまま走る様子は、さながら盾を構えたまま突撃する警察機動隊。わずかに開けた腕の隙間からは、焦燥に顔を引きつらせる御代の姿がよく見えた。
専用術式『
闘術名にもなったアルミス・アダマントの生き様の再現である。発動中はある程度までの衝撃ならば無視して走り続けられる。倒れたり崩れそうになる体の反応を闘術が無視させるのだ。『
高速道路を走る重量トラックとの正面衝突を想起させる暴力が、ただ真っ直ぐ御代へ牙を剥く。
アクディートでの迎撃を諦めたのか、御代が
むしろ好都合。
眼光に獰猛な光を浮かべ、着地のタイミングに合わせて更に加速した。硬度を増した全身でタックルを決めればこちらの勝ちだ。
しかし、だ。
追い詰められているにも関わらず、御代が空中でにやりと鋭い笑みを刻む。
草原へと落下する途中で、御代は何かを足下に放り投げた。パイナップルのようにゴツゴツとした表面に、頂点から伸びる金属製の安全レバー。それはまるで手榴弾のような見た目をしていて――
カチッ、とプラスチックが擦れる音。
直後、世界が白く染まった。
× × ×
第二校区との緩衝地帯である森の中。
切り立つ山肌の岩壁に沿うように開けた場所で、
「(俺の勝利条件はたった一つ――
最終的な
「(相手は本家出身の規格外だ。武力で勝ち目のない俺には、たった一枚の切り札に縋り付くしかない。そのための準備もしてある。恐れるな、弱みを見せればそれだけ余裕を与える事になるぞ!)」
トランプの大富豪と同じで、重要なのはカードを切るタイミングだ。
どれだけ配られた手札が悪くても、ジョーカーを切り出す瞬間を見極めさえすれば十分に勝算のあるゲーム。相手を倒す必要はどこにもない。物理的にも心理的にも圧倒的な有利を感じている相手から、ほんの刹那の隙を見つけ出すように会話を運ぶだけでいい。動揺さえすれば、隠し持った必殺の刃が届くのだから。
「それにしても、随分な悪役っぷりじゃないか。キミは寺嶋家から大勢の
中性的な顔付きの少年は、底の見えない柔和な笑みを浮かべて切り出す。湿った夜風に揺れる銀の長髪が、月明かりを吸収して薄絹のように淡く輝いた。
「キミが予想している通り、寺嶋家は
「……それは、第一校区の秘密を守るためですか?」
「そうさ。
真っ当な生活からはみ出した落ちこぼれ。無為に時間を浪費する無価値な存在。今まで散々聞こえてきた周りの評価が脳内を駆け巡った。
「
「……、」
「場合によっては戦力として数えられるように
他にも、
「我々の目的に気付いたキミは、
一泊置いた高等部生徒会長が、観客の反応を窺うエンターテイナーのように藤郷の表情を覗き見た。
「だから隠れて反逆する事にした。反感を煽ることでアイオライトを分裂させ、冷戦状態を作って
蒼希は細い指を唇に添えて、くつくつと喉を鳴らした。切れ長の両眼は柔らかく細められているが、ダークブルーの瞳には一切の光が差し込んでいない。面と向かって言葉を交しているのに、何枚も仮面を被っているせいか心の裡を見透せそうになかった。
「そして今夜、前々から
「ここまで詳細に調べられているのなら、否定したところで意味がなさそうですね……ええ、認めましょう。全て貴方が仰る通りですよ!」
噴き出しそうになる冷や汗を押し止めるために、藤郷は開き直ったように笑った。
「今年の四月から柊グループが
「その通りです。大手を振って
土壇場になって『
「でも、解らないな」
妖しげな雰囲気を纏う端正な顔が曇った。
「何故、最も信頼していた
「その意見は否定しません、実際に最初の頃はそう考えていましたから」
「なら、どうして?」
「……自分でも驚いていますよ。裏側を利用するために優等生という立場を捨て
なくしたくない、失うのが怖い。
満月の夜、賭け試合を終えた
何もかもを独りでやってきた藤郷将潤にとって、初めて経験する『人の繋がり』には麻薬が如く強烈な中毒性があった。駒として利用するのではない。損得勘定を抜きにして、ただ一緒にいたいから時間を共有する。そんな無価値で、非効率的で、非生産的な関係性に心から惚れた。
「人間は独りじゃ生きていけないなんて、達観したような事を言うつもりはない。独りでも何食わぬ顔で生きている人だっているはずだ。だけど、やっぱり人間は社会的な生き物なんだよ。少なくとも、一度『本物の居場所』の味を知ってしまった俺は孤独に戻れなかった。誰かと繋がって、想いを分かち合う暖かい時間から抜け出せなかった。それが人間として当たり前だと気付いたからだ」
「弱いね、藤郷将潤。他人との繋がりに固執している時点で、キミが何かを成し遂げる事はできないよ。誰にも頼らない孤独こそが、最大限の能力を発揮するための条件なんだから」
「それは違う、俺はそんな淋しい世界なんて認めない!」
「どれだけ常人離れした天才にだって理解者はいた、政府から追われる革命家にも協力者はいた。歴史を紐解くまでもない、何かを成し遂げた偉人の隣には必ず支えとなった誰かがいる! あの憎い男の傍にも誰かがいたはずなんだ、アイツがそれを忘れているだけで! たった一人で成し遂げられる事なんて高が知れている。人の繋がりこそが奇跡を起こして、世界を変えられる!! 事実として、俺はみんなの力を借りたからここにいるんだよっ!!」
孤独こそが最強の武器だと認識しろ。
そう告げた父親――
「居場所ってのは、モザイクアートみたいなものなんだ。一枚一枚はバラバラで、統一感なんてないかもしれない……だけど、
きっと過去の藤郷将潤なら、この三人と共に戦うという選択は有り得なかっただろう。自分の力を過信して、孤独なまま無謀な戦いを挑んでいたはずだ。その先にどれだけ虚しい人生が待っているのか知らずに。
「俺はもう誰も失わないよ、大切な友達をなくす痛みは一度で十分だ。だから、ここで引き下がるつもりはない。例え相手がどんな怪物だとしても!」
死地へと、踏み込む。
大切なモノを失い、裏切り者と罵られ、傷だらけになった正義の味方が遂に刃を抜く。
「
「交渉? 命乞いと間違えてないかい?」
「勘違いするな、これは俺からの譲歩だ」
「俺の上に立っているつもりなら認識を改めてもらおう。俺達の立場は対等だ、お互いに条件を出し合う関係にある。この俺が何の策もなく貴方の前に立っている訳がないだろ? 命乞いをするのは貴方の方だ、孤独の王。たった一人で俺の目の前に現れた時点で勝敗は決していたんだよ」
藤郷は左手を片目に添えて、青いリストバンドを嵌めた右手を持ち上げた。
「第一校区の秘密――お前達が必死になって隠そうとしているモノの正体が、俺には検討が付いている! それは――」
悪魔のような冷たい笑みを浮かべた藤郷将潤が、
「――『
ほんの、一瞬だけ。
「――、」
間があった。
そのわずかな隙――『動揺』を見逃さない。
【
新緑のような
【――俺に、従え!!】
パチン、と。
指の鳴る音が森の中に響き渡る。
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