第30話 たった一枚の切り札

《高等部二年生 六月》


 ※ 前回のあらすじ


 どうちゃくの陣』の破壊に成功したらいほうしきもとはるの前に現れたのは、金髪ネコミミの小柄な少女――キャットだった。緊急事態の発生により、計画シナリオ予備セカンドプランへ変更を告げたのだった。


 一方、第二校区との緩衝地帯との森に踏み込んだとうごうしょうじゅんは、『第一校区の秘密』が隠された洞窟の入口に立つ第一校区生徒会長――てらじまあおと対峙していた。寺嶋本家出身のエリートである銀色の怪物に対して、妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーという切り札だけで正面から勝負を挑む。


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 それはまさしく、嵐の前の静けさだった。


 投棄地区ゲットーの端に広がる草原。中央に節くれた老木が生える開けた空間で、うえごうは十五メートルほど離れてしろあきらと対峙する。


 細かい水晶が散らばったような藍色の夜空に浮かぶのはまるい月。膝下まで丈の伸びた草は湿った南風に揺れ、波立つ湖面のように月明かりを湛えていた。呼吸すら躊躇う静寂。界力術を使えば一瞬で間合いに踏み込める程度の距離なのに、今までの経験が迂闊に飛び出すことを拒否していた。


「(最後に戦ったのはいつだ……?)」

 

 一本に括った長髪を風に揺らす御代を睨み付ける。針金細工を思わせる長身痩躯に、鼻の高い顔付きに浮かんだ鋭い眼差し。少し力を入れて握れば折れそうな見た目なのに、近づく事を躊躇わせる不敵な雰囲気が鬱陶しい。両手で銃型界力武装アクディートを握り締めるその憎たらしい姿は、過去に何度も見た事があった。


 去年の夏頃まで行われていた賭け試合での戦績は五分。実力カラーは井之上が橙色で、御代が一色下の黄色である。この草原のようなだだっ広い場所であれば正面から力で押し切れる井之上に分があるのだが、罠を張って理論的に相手を追い詰める御代を侮る事はできない。賭け試合でも息付く暇を与えずに攻め続ける井之上が、御代の罠に対して野性の直感で対応できるかどうかが勝敗を分けていた。


「(時間を掛けてやる必要はない、短期決戦で一気に勝負を決めてやる!)」


 火蓋を、切って落とす。

 ぶわっ!! と、井之上の全身から勢いよく橙色の界力光ラスクが噴き出した。


『始まりの八家』の一つであるなつごえ。生み出した方式はとうじゅつ世界の記憶メモリアとして記憶次元に保管された英雄達の絶技や生き様を己の肉体で再現する方式だ。闘術は燃料として『』を必要とする。眉間の奥にある脳の器官――すいたい生命力マナを変換して生み出した格闘ゲームの必殺技ゲージのようなエネルギーを消費することで、闘術使いは界力術を発動する。逆に言えば、戦闘中にを溜められなければスタートラインにすら立てないという事だ。


「溜めさせるかよっ!!」


 御代の構えたアクディートが強烈に輝く。歪な形をした黒い拳銃に黄色いラインが走り、一条の閃光が放たれた。撒き散らされた衝撃で足下の草々を押し潰し、夜闇を一直線に黄色く塗り潰していく。


「っ!!」


 迷わず回避。

 特殊な呼吸を継続して氣を溜めながら、井之上は身体強化マスクルを使って横に跳ぶ。連続して夜闇を黄色く穿つ閃光を、氣を溜めたまま身体強化マスクルだけで躱していく。


「(が溜まるまでは後手に回るしかないか……!)」


 草の上を転がりながら唇を噛んだ。

 闘術の弱点だ。現段階でもほうほうといった技術は使えるが、満足に溜まっていない状態で使用を繰り返せばジリ貧にしかならない。

 格上との戦いなら悠長な事を言っていられないかもしれないが、御代は界力武装カイドアーツの作成をメインとする職人アーティストだ。アクディートの一撃を受ければ致命傷になりかねないが、戦闘をメイン用途とした界力術の運用法を身に付けていないため何とか躱し続けられる。


 御代が片腕で構えるアクディートが一際強烈な光に包まれる。その輝きには見覚えがあった。


「(刻印弾ペイント・バレット――雷の沼パラライズ・スワンプっ!!)」


 すぐ足下の草へと突き刺さる三条の閃光。脳内を真っ赤に染める危機感に背を押されて井之上は身体強化マスクルを使って頭上へと跳び上がった。


 直後だった。

 溢れんばかりの閃光と共に、黄色い花弁が草の湖の底で咲き乱れる。


 ばぢっ!! と耳を塞ぎたくなる高音が炸裂して、純白の爆発が網膜を白くいた。井之上は宙に浮いたまま両眼を細め、不意にライトを向けられたように霞む視界で御代を捉えた。


 向けられていたのは、銃口。

 雷撃が如く鋭いこう耀ようが、黒い口から解き放たれる。


 身動きの取れない空中で、しかも視界を潰された直後の隙を突いた一撃。タイミング的には勝敗を決してもおかしくなかった。だが、黄色い閃光が貫いたのは暗闇に浮かんだ橙色の残像だけだった。


 ほうチュウシュウキャク』。宙を強く蹴ることで足場を発生させる技術だ。稲妻が如く速度でそらはしる。鏡に反射する光のように鋭角に軌道を変え、一瞬で御代の背後に回り込んだ。


「なにっ!?」


 御代の顔に驚愕が走り抜ける。肩越しに振り返るよりも早く、井之上の蹴りが炸裂した。土嚢を硬い棒で叩き付けたような鈍い音。くの字に折れ曲がった御代の体が勢いよく草の上を撥ねていく。


「(浅かったっ!)」


 御代によって無理やりチュウシュウキャクを使わされたせいで踏み込みが中途半端だ。背後に回るまでは良かったが、目測を誤って離れた位置から蹴りを繰り出すしかなかった。決定打にはほど遠い。

 ぎこちない動きで起き上がった御代は、痛みに耐えるように片目を瞑りながら左手で脇腹を押さえている。審判がいれば技ありの判定は貰えそうだが、一本は出ないだろう。ならばノックアウトさせるまで攻め続けるだけだ。


 完全にを溜められていないが、仕方ない。戦闘のギアを上げて、一気に攻め切る。


 発動するのはとうじゅつとうはい』。再現する世界の記憶メモリアは記憶次元に保管された英雄――アルミス・アダマント。その身に宿す奇跡は数千人という敵兵を目の前にして、たった一人で城門を守り抜いた不屈の男の物語である。

 周囲の夜闇を弾き飛ばすように、井之上の全身から橙色の界力光が迸る。雰囲気の変化を感じ取った御代の顔に焦燥の色が走り抜けた。


「クソっ!!」


 唇を噛んだ御代が慌ててアクディートの引き金を絞る――だが。


 ガキンッ!! と炸裂する金属質な音。

 専用術式『こうかく』。剥き出しになった井之上の肌は磨かれた鉄のように月明かりを反射している。顔を守るために両腕を掲げたその様子は、筋肉質でガタイが良い事も相まって巨大な鉄塊に見えた。


「(怖いのは刻印弾ペイント・バレット雷の網パラライズ・ネット』だ。賭け試合ではこいつのせいで何度も負けているが、アクディートに装填されているのは雷の沼パラライズ・スワンプ弾倉カートリッジを交換するような素振りはなかったんだ、警戒する必要はない!)」


 だんっっ!! と。

 井之上は姿勢を低くして地面を鋭く蹴った。顔を守るために両腕を掲げたまま走る様子は、さながら盾を構えたまま突撃する警察機動隊。わずかに開けた腕の隙間からは、焦燥に顔を引きつらせる御代の姿がよく見えた。


 専用術式『とうはい』。

 闘術名にもなったアルミス・アダマントの生き様の再現である。発動中はある程度までの衝撃ならば無視して走り続けられる。倒れたり崩れそうになる体の反応を闘術が無視させるのだ。『こうかく』の強度さえ保たせることができれば、銃弾の雨の中だとしても加速し続けられる。当然アクディートの射撃程度では止まらない。


 高速道路を走る重量トラックとの正面衝突を想起させる暴力が、ただ真っ直ぐ御代へ牙を剥く。


 アクディートでの迎撃を諦めたのか、御代が身体強化マスクルを発動して後方へ大きく跳び上がった。翼で羽ばたいたと錯覚する程の長距離跳躍。夜闇に黄色い燐光を撒き散らしながら十メートル以上後方へと放物線を描いていく。


 むしろ好都合。

 眼光に獰猛な光を浮かべ、着地のタイミングに合わせて更に加速した。硬度を増した全身でタックルを決めればこちらの勝ちだ。

 

 しかし、だ。

 追い詰められているにも関わらず、御代が空中でにやりと鋭い笑みを刻む。


 草原へと落下する途中で、御代は何かを足下に放り投げた。パイナップルのようにゴツゴツとした表面に、頂点から伸びる金属製の安全レバー。それはまるで手榴弾のような見た目をしていて――


 カチッ、とプラスチックが擦れる音。

 直後、世界が白く染まった。



         ×   ×   ×



 第二校区との緩衝地帯である森の中。

 切り立つ山肌の岩壁に沿うように開けた場所で、とうごうしょうじゅんは寺嶋家次期当主候補筆頭のてらじまあおと正面から向き合っていた。


「(俺の勝利条件はたった一つ――妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーをあの化け物に発動させること)」


 最終的な計画シナリオのゴールは、寺嶋蒼希の背後に口を開けた洞窟の中へと入り、寺嶋家が必死になって隠そうとしている『第一校区の秘密』の正体を確認する事だ。そのためには悠然と佇む銀色の怪物をどうにかしなければならない。


「(相手は本家出身の規格外だ。武力で勝ち目のない俺には、たった一枚の切り札に縋り付くしかない。そのための準備もしてある。恐れるな、弱みを見せればそれだけ余裕を与える事になるぞ!)」


 トランプの大富豪と同じで、重要なのはカードを切るタイミングだ。

 どれだけ配られた手札が悪くても、ジョーカーを切り出す瞬間を見極めさえすれば十分に勝算のあるゲーム。相手を倒す必要はどこにもない。物理的にも心理的にも圧倒的な有利を感じている相手から、ほんの刹那の隙を見つけ出すように会話を運ぶだけでいい。動揺さえすれば、隠し持った必殺の刃が届くのだから。


「それにしても、随分な悪役っぷりじゃないか。キミは寺嶋家から大勢の不良生徒ストリーデントを救った


 中性的な顔付きの少年は、底の見えない柔和な笑みを浮かべて切り出す。湿った夜風に揺れる銀の長髪が、月明かりを吸収して薄絹のように淡く輝いた。


「キミが予想している通り、寺嶋家は不良生徒ストリーデントを使い捨ての『駒』にする予定だった。自陣の王を守るために歩兵を差し出すと言えば想像できるだろ? そのために少なくない額を投棄地区ゲットーに投資して、アイオライトの後ろ盾になったんだから」

「……それは、第一校区の秘密を守るためですか?」

「そうさ。投棄地区ゲットーは書類上存在しない事になっている場所だ。なのに、我々が介入すればそこに何かがあると敵に教えてしまうだろ? 大手を振って動けない我々の代わりとして投棄地区ゲットーに出入りしている不良生徒ストリーデントに目を付けた。キミ達が何をしていて、どうなろうが、誰も気には留めないからね」


 真っ当な生活からはみ出した落ちこぼれ。無為に時間を浪費する無価値な存在。今まで散々聞こえてきた周りの評価が脳内を駆け巡った。


不良生徒ストリーデントに求めた役目は『牽制』だ。別に特殊部隊のような戦果を期待している訳じゃないよ。有事の際、投棄地区ゲットーに邪魔者がいるって敵に思わせるだけでいい。ほんのわずかな抑止力。だが、その刹那の時間や警戒が我々に反撃の機会を与えてくれる可能性だってある」

「……、」

「場合によっては戦力として数えられるように界力武装カイドアーツも与えたし、戦い方だって教えたんだ。あとはほんの少しだけ正義の軸をずらしてやればいい、平和な日常じゃ無理でも戦争中なら躊躇なく人を撃ち殺せるように。あれだけ投棄地区ゲットーが大好きだったキミ達だ、居場所を守るためだとうそぶいてやれば喜んで侵入者に立ち向かってくれただろう」


 他にも、投棄地区ゲットーに人の目を配置する狙いもあったはずだ。例え戦力にならないとしても、誰かがいるというだけで侵入者は気を遣う必要があるのだから。


「我々の目的に気付いたキミは、投棄地区ゲットーにいる不良生徒ストリーデントを守ろうと考えた。自分達が『本物の居場所』だと信じてきたものが、実は誰かに利用されるために用意された偽物だとは認められなかったんだ。でも表立って動くことはできない。当たり前だ。キミはその目で見ているからね、


 一泊置いた高等部生徒会長が、観客の反応を窺うエンターテイナーのように藤郷の表情を覗き見た。


「だから隠れて反逆する事にした。反感を煽ることでアイオライトを分裂させ、冷戦状態を作って投棄地区ゲットーの雰囲気を悪くする。投棄地区ゲットーにやってくる不良生徒ストリーデントは激減したし、勢力が分裂すれば寺嶋家から戦力に数えられる事もない。物資や規則で人の行動を操れても、表立って干渉できない我々では空気感まで変えようがなかった。大した作戦だよ、おかげでこちらの目論見は台無しさ」


 蒼希は細い指を唇に添えて、くつくつと喉を鳴らした。切れ長の両眼は柔らかく細められているが、ダークブルーの瞳には一切の光が差し込んでいない。面と向かって言葉を交しているのに、何枚も仮面を被っているせいか心の裡を見透せそうになかった。


「そして今夜、前々からひいらぎすみと画策してきた作戦を実行した。キミ本来の目的である『父親への復讐』と、我々の支配から投棄地区ゲットーを解放するという二つの目的を達成するためにね。全てが終わった後に真実を公開すればいい、そうすればキミは裏切り者ではなく英雄として投棄地区ゲットーに凱旋できる。全てを始めからやり直せる。それがキミの計画シナリオだ、違うかい?」

「ここまで詳細に調べられているのなら、否定したところで意味がなさそうですね……ええ、認めましょう。全て貴方が仰る通りですよ!」


 噴き出しそうになる冷や汗を押し止めるために、藤郷は開き直ったように笑った。


「今年の四月から柊グループが投棄地区ゲットーに侵入して、我々の部隊と何度か衝突している。あれはらいほうによる『どうちゃくじん』の破壊に気付かせないためかい?」

「その通りです。大手を振って投棄地区ゲットーに介入できない寺嶋家が使える戦力は限られていますから。角宮先輩がいた頃のようにアイオライトが公的に認められた組織だったら、生徒を守るという大義名分で介入もできたでしょうが、すでに勢力は分裂した後で言い訳が立たない。正体不明の敵に意識が向けば本命が露見する可能性はぐっと減ります」


 土壇場になって『とくはん』を介入させたのだろうが、すでに時は遅かった。頼みの綱だったしろあきらの記憶は封じたままだったし、権力を使って無理やり介入すれば『第一校区の秘密』の存在が敵に露見して本末転倒になりかねない。後手に回り続けた結果として、こうして大将である寺嶋蒼希が最前線に引っ張り出されてきたという訳だ。


「でも、解らないな」


 妖しげな雰囲気を纏う端正な顔が曇った。


「何故、最も信頼していたしろあきらを捨てたのに、他の仲間は手元に残したんだ? それだけじゃない、投棄地区ゲットー不良生徒ストリーデントを守るためにリスクを背負うなんて割に合わない。キミは合理的な人間だ、父親への復讐という目的を果たすためなら投棄地区ゲットーなんて真っ先に切り捨てるように思うけど?」

「その意見は否定しません、実際に最初の頃はそう考えていましたから」

「なら、どうして?」

「……自分でも驚いていますよ。裏側を利用するために優等生という立場を捨て投棄地区ゲットーに踏み入り、自分の目的を優先するためにの記憶を書き換えた。死にかけたひいらぎの構成員から奪った無線機を使ってすみ先輩と繋がって、今日というこの日を生み出すためだけに行動してきた……つもりだったんだ。だけど、俺の心はそこまで強くなかった」


 なくしたくない、失うのが怖い。

 満月の夜、賭け試合を終えたしろあきらに吐露したこの想いは紛れもない本音だった。


 何もかもを独りでやってきた藤郷将潤にとって、初めて経験する『人の繋がり』には麻薬が如く強烈な中毒性があった。駒として利用するのではない。損得勘定を抜きにして、ただ一緒にいたいから時間を共有する。そんな無価値で、非効率的で、非生産的な関係性に心から惚れた。


「人間は独りじゃ生きていけないなんて、達観したような事を言うつもりはない。独りでも何食わぬ顔で生きている人だっているはずだ。だけど、やっぱり人間は社会的な生き物なんだよ。少なくとも、一度『本物の居場所』の味を知ってしまった俺は孤独に戻れなかった。誰かと繋がって、想いを分かち合う暖かい時間から抜け出せなかった。それが人間として当たり前だと気付いたからだ」

「弱いね、藤郷将潤。他人との繋がりに固執している時点で、キミが何かを成し遂げる事はできないよ。誰にも頼らない孤独こそが、最大限の能力を発揮するための条件なんだから」

「それは違う、俺はそんな淋しい世界なんて認めない!」


 紫水晶アメジストの瞳に力を入れて、孤独の王を睨み付ける。


「どれだけ常人離れした天才にだって理解者はいた、政府から追われる革命家にも協力者はいた。歴史を紐解くまでもない、何かを成し遂げた偉人の隣には必ず支えとなった誰かがいる! あの憎い男の傍にも誰かがいたはずなんだ、アイツがそれを忘れているだけで! たった一人で成し遂げられる事なんて高が知れている。人の繋がりこそが奇跡を起こして、世界を変えられる!! 事実として、俺はみんなの力を借りたからここにいるんだよっ!!」


 孤独こそが最強の武器だと認識しろ。

 そう告げた父親――とうごうかげふみの言葉を否定する。


「居場所ってのは、モザイクアートみたいなものなんだ。一枚一枚はバラバラで、統一感なんてないかもしれない……だけど、たましいを共有した居場所モザイクアートにはハッキリと未来イラストが浮かび上がってくる! 決して一人じゃ映し出す事のできない壮大な青写真がな!!」


 らいほううえごうしきもとはる

 きっと過去の藤郷将潤なら、この三人と共に戦うという選択は有り得なかっただろう。自分の力を過信して、孤独なまま無謀な戦いを挑んでいたはずだ。その先にどれだけ虚しい人生が待っているのか知らずに。


「俺はもう誰も失わないよ、大切な友達をなくす痛みは一度で十分だ。だから、ここで引き下がるつもりはない。例え相手がどんな怪物だとしても!」


 死地へと、踏み込む。

 大切なモノを失い、裏切り者と罵られ、傷だらけになった正義の味方が遂に刃を抜く。


てらじまあお、俺と交渉する気はないか?」

「交渉? 命乞いと間違えてないかい?」

「勘違いするな、これは俺からのだ」


 けんさきを突き付けるように、臆する事なく告げる。


「俺の上に立っているつもりなら認識を改めてもらおう。俺達の立場は対等だ、お互いに条件を出し合う関係にある。この俺が何の策もなく貴方の前に立っている訳がないだろ? 命乞いをするのは貴方の方だ、孤独の王。たった一人で俺の目の前に現れた時点で勝敗は決していたんだよ」


 藤郷は左手を片目に添えて、青いリストバンドを嵌めた右手を持ち上げた。


「第一校区の秘密――お前達が必死になって隠そうとしているモノの正体が、俺には検討が付いている! それは――」


 悪魔のような冷たい笑みを浮かべた藤郷将潤が、切り札ジョーカーを真っ直ぐ突き付ける。


「――『楽園ラクニル』と言えば、お前には伝わるはずだ」


 ほんの、一瞬だけ。


「――、」


 間があった。

 そのわずかな隙――『動揺』を見逃さない。


命令コード――】


 新緑のような界力光ラスクが藤郷の全身から迸った。


【――俺に、従え!!】


 パチン、と。

 指の鳴る音が森の中に響き渡る。

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