第28話 空かない席

《高等部二年生 六月》


※ 前回のあらすじ


 とくはんに所属するきりさわなおに助けられたしろあきらは、とうごうしょうじゅんと柊グループの目的が『第一校区の秘密』であると確信する。彼らの行く手を阻むため、そして藤郷将潤の右腕だった使命を果たすため、御代僚は特班の一員になる事を決意した。


 突如として襲ってきた柊グループの戦闘員を突破するため、霧沢直也が訓練刀を抜く。


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 それは、鮮烈な記憶だった。


 ここは投棄地区ゲットーにある廃墟の一室だ。亀裂の入った打ちっ放しのコンクリートの壁や天井に、時間に蝕まれて塗装の剥がれた床。明日にでも倒壊すると言われても信じられそうな部屋の中で、第一校区の中等部三年生であるうえごうは尻餅を付いて呆然としていた。

 縁にわずかなガラス片が残った窓からは午後の明るい陽射しが差し込んでいるが、荒れ果てた部屋の端に背を預けて座り込んだ井之上までは届かない。風に運ばれてきた砂埃が堆積しているのだろう。床に手を付けるとザラザラした感触が返ってきた。


 目の前で行われているのは、たった二人の男女による蹂躙だ。落ち着いた物腰の女子生徒と、紫水晶アメジストの瞳が妖しく輝く華奢な男子生徒。不良生徒ストリーデントが巣くう廃墟に踏み込むには不釣り合いな組み合わせであり、体付きを見ても喧嘩慣れしているようには見えなかった。

 だが、唐突に踏み入ってきた侵入者に対して、全く抵抗することができなかった。人間が耳元に飛んできた羽虫を追い払うよりも簡単に、井之上を始めとした数人の不良生徒ストリーデントは一瞬にして行動不能にさせられてしまったのだ。


「(白い、界力光ラクス……?)」


 全身から白い界力光ラクスを溢れさせた女子生徒を見詰めて、井之上は首を捻る。


 青、緑、黄、橙、赤、紫、黒、の順で上昇していく実力カラーすいたいの能力に応じて界力光ラクスは色を変えるが、白色の界力光ラクスを放つ界術師がいるとは聞いた事がなかった。


 高等部の制服を着た女子生徒は、気を失って動けなくなった不良生徒ストリーデントが転がった荒れた室内を無感動な眼差しで見回して、


「ショージュン君、この部屋にいる人で全員?」

「はい、妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーで聞き出しましたから。すみ先輩が予想した通り、彼らは無害なの集団です。ゴールドとの交渉で障害になる事はないでしょうね」

「記憶はどうしたの?」

「前回と同じく思い込ませましたよ、存在しない集団に襲撃されたってね。目が覚めても俺達を覚えてはいません。架空の敵を見つけるために行動を始めるはずです」


 二人が何を話しているのか全く理解できなかった。

 本当なら今すぐ逃げ出したいのだが、白い界力光ラクスを発する女子生徒が使った界力術の影響で体が痺れて動かない。何か突破口を探そうとして、考えるのを止めた。どうせ逃げ出せたとしても行く当てなど存在しないのだから。


「(……結局、俺はいつも流されてばかりだったな)」


 学校生活にも、界力術にも、全く興味を抱けなかった。その内に同じような思考を持った連中と遊ぶようになり、最終的には投棄地区ゲットー不良生徒ストリーデントになっていた。投げやりな気持ちでなし崩し的に時間を進めていると、気付けば這い上がれない闇の底まで落ちてしまった。

 だからと言って、この結末に後悔がある訳ではなかった。守るべきプライドもなければ、実現させたい目標だってない。決断を他人に任せ、事を荒立てないように立ち回り、ただ大きな流れに乗るだけ。将来など知った事ではなく、可能な限り『今』を楽にするための選択を繰り返す。最も苦労しない生き方で辿り着いたのは、誰にも誇れない排水溝の底だった。


「さて、お前が最後だ」


 足下に転がっていた不良生徒ストリーデントをゴミ袋でも扱うように蹴って退かし、華奢な男子生徒がこちらに近づいて来る。体からもやのように漏れ出しているのは緑色の界力光ラクス実力カラーは下から二つ目で、井之上から見れば一色下。界術師として正面からぶつかれば恐れる必要はない相手だ。


 なのに。

 ガクガクガクガクッ!! と井之上の体は震えていた。


 男子生徒が近づいてくる度に胃が絞り上げられる。全身を締め付けるのはナイフを持った殺人鬼に追い詰められたような恐怖感。それが放たれる威圧感に由来する感情だと気付くのには少しだけ時間が掛った。


「……お前は、何者なんだ?」


 思わず、口から言葉が漏れた。


「何が目的で、こんな事をしてんだよ?」

「どうして、そんな事を訊く?」

「さあな、自分でも解らない。他人に流されて生きてきたのに、頼るべき他人がいなくなっちまった。そのせいで、少しは自主性が芽生えたのかもしれない」

 

 死に瀕した兵士が、恐怖を紛らわせるため冗談を口にするように、


「アンタには人様を傷付けてでも成し遂げたい何かがあるんだろ? 無為に時間を過ごしてきた俺からすれば、アンタの行動は異次元なんだ。意味が解らない。どんな目的があったら、そこまで本気になれるのか聞いてみたくなったのさ」

「……、」


 路傍の石でも眺める色のない眼差しを向けられる。

 この男子生徒には、井之上の事を名前を持った個人と認識できていないのかもしれない。二束三文で遣い潰される消耗品、街を歩けば当たるようなその他大勢の内の一人。きっと、こういう超然とした人間が上に立って群衆を率いていくのだろうと思った。


「……どうせ、お前には理解できない」


 それは男子生徒にとって誤差。

 話したところで影響がないと確信した上での気まぐれだった。


「俺達は、寺嶋家に喧嘩を売るつもりだ。全ての理不尽の根源であるヤツらの喉元に、被害者を代表して牙を突き立ててやる」

「――ハッ!!」


 思わず笑いが溢れ出した。

 その言葉は荒唐無稽で、とても信じられるものではなかった。年端もいかない子どもが将来は大統領になると宣言するようなもの。まともに取り合う気にはなれない――そう、本来なら。


「(すげぇな、こいつ!)」


 ぞわぞわっ、と。

 得も言われぬ感覚で、全身があわつ。


 感情を映さない紫水晶アメジストの瞳。その揺るがない眼差しこそ、虚言ではないという何よりの証拠だと思えた。成功の確証などない目標に向かって突き進むその姿は、何週間も雨が降っていない砂漠のようにカラカラに渇いた井之上の心を豪快に潤していく。他人に流されて楽な方向へ歩き続けてきた愚者には、一生掛けても辿り着けない境地だと気付かされたからだ。


「初めて見たよ、そんな夢物語を真顔で宣言する大馬鹿野郎は……けど、どうせ流されるならデカい流れの方が面白いか。――なあ、俺をアンタの駒として使ってくれないか?」


 この冷酷な悪魔に心を差し出せば、きっと自分一人では辿り着けなかったゴールへと連れて行ってくれる――心を衝き動かすのは、そんな強烈な予感。


「要らなくなったら捨ててもらって構わない、捨て駒として使うのだって受け入れる! こんなクソみたいな場所に居ても何にもならないんだ。同じように時間を無為に過ごすなら、何かの礎になって野垂れ死にたい。今までは違ったけどよ、一回ぐらい決めたっていいだろ――自分の意志で自分の進むべき道ってヤツを!!」


 宣教師に教えを説かれて救いを見出した民衆のような眼差しで、雪の降る夜からやって来たと思わせる静かな少年を見詰めた。


「俺の青春を、お前が使ってくれ」



       ×   ×   ×



 投棄地区ゲットーの森に伸びる古びたアスファルトの道路を、うえごうは歩いていた。藍色の夜空に浮かぶのはまるい黄金の輝き。梅雨の間はずっと曇り空だったせいか、綺麗な月を見上げるのは久しぶりな気がした。


「偶に、自信をなくすんだ……俺の選択は本当に正しいのかって」


 少し前を歩くとうごうしょうじゅんがぽつりと呟いた。細い後ろ姿だけでも悄然とした心の裡が見て取れた。硬い殻に守られた果実の中身ほど柔らかくて、脆い。しっかりとした足取りで進んでいるはずなのに、その在り様は亀裂の入った陶器のように危なっかしい。


「自信を持てよ、ショージュン。お前はいつだって正しい選択をしてる」

「ありがとうゴウキ……お前はいつも、俺を肯定してくれるよな」


 ふっ、と力ない藤郷の視線が何かを求めるよう隣に向けられた。


 誰もいないはずの空間。

 でも、藤郷の隣には今もまだ誰がいるのかを、井之上は知っていた。


「(アキラ、お前は今もまだ……っ)」


 強烈な怒りで頭に血が集まり、奥歯で熱い感情を噛み潰す。


 出会った時から、しろあきらの事が嫌いだった。

 何か努力や特別な事をするわけでもなく、ただ当たり前のような顔をして藤郷将潤の隣に立っていた。実際に行動を共にしている時だけではない。別々に動いている時でさえ、心の片隅にはいつだってその存在が常駐していた。ハッキリと決別を言い渡した今でさえも、そこが空席になる気配はない。

 

 二人にどんな過去があったのかは知らない。藤郷が妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーを使って御代の記憶を封じていた事は聞いているが、そこに至る経緯を詳しく説明してもらっていなかった。


 きっと、何かあるのだろう。

 うえごうは持っていなくて、しろあきらだけが持っている何か。あるいは理由。原因が解らないせいで、欲しい席のチケットは永遠に手に入りそうにない。

 しろあきらが尊敬に値する優秀な人間であればここまで拗らせなくても済んだかもしれないが、残念ながら自分を差し置いてとうごうしょうじゅんと肩を並べるべき存在だとは思えない。結果、アイツさえいなければと何年にも亘って怒りを募らせてきたのだ。


 井之上にとって投棄地区ゲットーやアイオライトは大して重要な要素ではない。守るべきは、あの時に下した決断。他人に流されて生きてきた自分が初めて口にした主張。藤郷将潤が思い描く理想を、最前席にてこの目で見届ける。この辺り、他のアイオライトのメンバーの考え方とは少しだけ異なっている。


「ショージュン、アキラと逃げていった風紀委員は放っておいてもいいのか?」

「問題はないよ。すみ先輩に連絡して、柊グループの戦闘員を森の中に配置してもらっている。ハルとライメイも作戦が終わるまで彼らに守ってもらう予定さ。誰も俺達の邪魔をすることはできない」


 酷薄な笑みを浮かべた藤郷が、舞台役者のように両手を大きく広げて勝ち誇る。


「『第一校区の秘密』を守るために動き出しそうな連中は、全て柊グループの力を使って行動を制限してある。寺嶋家も、第一校区の生徒会も政治的に拘束してやった。あの場面に『とくはん』が乱入してきたのは予想外だったけど、十分に誤差の範囲内。修正は可能だよ。すでに戦況は詰んでいる、後は相手が投了するのを待つだけさ」

 

 劣化して岩肌のようにボコボコだったアスファルトの道路は、いつの間にか雑草が生える砂利道に変わっていた。更に進むと、今度は広大な草原が見えてくる。


 投棄地区ゲットーの端だ。

 夜風に揺れる草の湖は月明かりを受けて淡い燐光を帯びている。中央には樹齢百年を超えそうな節くれた老木。すぐにでも朽ち果てそうなのに、夜を吸い取ったように黒い樹は、今もなお空気を震わせる程の威圧感を放っていた。


「長かったよ、ここまで来るのにあれから二年半も掛かった。全ては『結界』のせいだ、あれさえなければもっと事は簡単に進んでいたのに」

「……ショージュン、やっぱり俺にはその『結界』ってのがよく解らない。本当にそんなものが金網フェンスの周辺に存在してるってのか?」

「ああ、もう少し近づけばゴウキも実感できるよ」


 膝下まで丈のある草を掻き分けて進んでいると、藤郷に地面から拾った石を手渡された。


「それを金網フェンスの向こうに投げてみてくれ」

「……? ああ、いいけど」


 首を捻りつつも、井之上は石を握り直す。金網フェンスの向こうに広がる森へと投擲するために大きく振りかぶ――


 気付けば、腕を下ろしていた。


「(……あれ?)」


 どうして自分がここに立っているのか解らない。目を覚したら知らない誰かのベッドで寝ていたような違和感。不安になって藤郷を見た途端、何かの呪縛から解き放たれたのか目的を思い出した。


「なんだ、これ……?」


 何度やってみても結果は同じだった。

 金網フェンスに石を投げようとしても力が抜けて、何をしようとしていたか思考が曖昧になる。感情と体が切り離された不思議な感覚。意識して目を凝らして見れば、薄らと景色が揺らいでいる事が解った。


「結界内に侵入しようとする者、あるいは結界を破壊しようとする者の認識と感情を切り離して行動を制限する。ライメイが言うには、『どうちゃくの陣』と呼ばれる『結界術式』らしい」


 始まりの八家の一つ『ちん西ぜい』。生み出した方式はけっかいじゅつしき

 自然界に存在する界力の流れ――界力稜カイドライン。等圧線のように世界を覆っている界力稜カイドラインに干渉し、超常現象を巻き起こす方式だ。彼らが界力稜カイドラインを操作した空間は『けっかい』と呼ばれていた。


「あれ、第一校区は寺嶋家が管理しているんだろ? だったら、どうしてちん西ぜいけっかいじゅつしきが使われているんだ? 鎮西家は二家同盟なんだぞ、寺嶋家が差別対象から力を借りるとは思えない。それに相手は『始まりの八家』の一角だし、生徒に破れちまう脆弱な術式を使うとは考えにくいんじゃないか?」

「その点に関してはライメイが興味深い事を言っていたな」

「……?」

「この『どうちゃくの陣』は、厳密に言えば極限まで本物に似せて造られた偽物レプリカらしいんだ。仮に本物だったら破ることはできなかったってライメイは言っていたよ。まさか寺嶋家も術式を破れる程の腕を持ったちん西ぜいの界術師が生徒として紛れ込むとは思っていなかったんだろう。どれだけ似ていても、所詮は贋作。本物を使うライメイを止める事はできなかった……まあそれでも破るのに二年近く掛ったけどな」


 始まりの八家の一つ『てらじま』。生み出した方式は界術陣カイじん

 界力数学カイドリズムと呼ばれる独自の理論で、界力的現象を方程式で表現。それらの術式情報を界術陣カイじんという形で『現実次元』に直接投影する方式だ。


「理論上、界力数学カイドリズムを使って方程式で表現さえできれば、どんな界力術だって発動することができるらしい。だったら『どうちゃくの陣』と同じ効果を持つ術式を界術陣カイじんで発動できたとしてもおかしくはない。俺は門外漢だから詳しくないけど、術式を解明する時にライメイが色々と調べていたな」


 寺嶋家の界術陣や他の六家界術師連盟に属する家の方式を使えば、どれだけ手の込んだ防御術式だとしても突破される可能性がある。であれば、ラクニルで使える人が少ない二家同盟の方式を採用した方が安全だと考えたのだろうか。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 頭を抱えた井之上が、開けてはならないと厳命された箱の蓋をずらしたような顔になって、


「それじゃあ、他家の方式の術式だって使えるって事にならないか? それどころじゃない、界術陣カイじんを使う界術師は使。とてもじゃないが現実的じゃない、界術師としてのバランスが崩壊している!」

「けれど夢がある話じゃないか。理論で存在を証明して、界力数学カイドリズムを使って方程式で表現さえできれば、まだ人類の叡智では到達できていない『神の領域』にまで手が出せるんだからさ。記憶の地平線メモリア・ホライゾンの向こう側。まだ界術師が術式化できていない世界の記憶メモリアを使ったら、一体どんな現象が起きるんだろうな?」


 最新技術を元に未来を予想する科学者のように告げた藤郷は、携帯端末を取り出して電話を開始する。相手はらいほう。いよいよどうちゃくの陣』を破壊するのだ。


「ライメイ、やってくれ」


 ばぢっ!! と、高圧電流が飛び散ったような高音が迸った。

 グググググ……ッ、と金網フェンスの向こう側に広がる景色のピントがずれていく。夜闇に走るのは稲妻のような鋭い閃光。耳を塞ぎたくなる高音が連続し、一際強烈な輝きが景色に貼り付いた夜を白く染め上げた。


「――うおぉッ!?」


 爆ぜた。

 高層ビルの内側で爆発が起って、窓ガラスが一斉に外へ飛散していくような光景だった。

 

 変化はそれだけではない。金網フェンスの一部が重機を使って無理やり破壊したように内側から拉げているのだ。


「くっ……フハハハハハハハッ!! やったぞ、遂に破った! これで俺は、もう一度あの場所に……っ!!」


 破顔した藤郷が両腕を大きく開き、体を仰け反らせて哄笑する。結界の残骸である紫色の燐光と共に夜空へ舞い上がるのは歓喜の雄叫び。二年半にも亘ってこの瞬間を求めてきた藤郷の心情を、井之上は推し量る事ができない。


 だが、この世界は藤郷将潤を祝福しなかった。


「――待てよ、ショージュン」


 声があった。

 出会った時から嫌っている憎い相手の声を、聞き間違えるはずがなかった。


 草原の向こう側。

 夜に彩られた深い森を背後に、一人の少年が立っていた。


 しろあきら

 背中まで伸びる明るい長髪は一本に括られている。手足が長く颯爽とした長身に加え、鼻の高い鋭く整った顔付き。静かな闘志を瞳に宿して佇むその姿は、歳不相応に落ち着いた印象を少年に与えていた。右手には青いリストバンドが嵌められている。

 草原の中央に生えた老木まで歩いてきた御代の夏服には土汚れが付着していた。長距離走を終えたように息も上がっているし、左右に分けた前髪も乱れている。すでに何度か戦いを終えてきたのだろうか。それでも切れ長の鋭い眼光は真っ直ぐこちらに向けられていた。


「……アキラ、これは何の茶番だ?」


 苛立ち混じりに振り返った藤郷の両眼が剣呑に細められる。視線の先には、御代が左腕に嵌めている赤い腕章――風紀委員の証があった。


「見ての通りさ。俺は投棄地区ゲットーの問題を解決するために、風紀委員会と手を結ぶべきだと判断した」


 好戦的な笑みを浮かべた御代が、革製のホルスターからガンタイプ界力武装カイドアーツを引き抜いて銃口を向けてきた。


とうごうしょうじゅんうえごう。諸々の罪の現行犯で確保する! 無駄な抵抗はやめて大人しく投降しろ! 拒否するなら力尽くでも引っ張っていくぜ!!」

「やれるものならやってみろォ!!」


 彫ったように角張った顔を大きく動かして叫んだ井之上が、藤郷を守るために御代の正面に移動する。


「行ってくれショージュン、コイツの相手は俺がする」

「ゴウキ、いいのか?」

「ああ、俺にやらせてくれ! やっぱり一度トコトンぶん殴っておかないと気が済まない!! 足止めのついでに今までの鬱憤を晴らしてやりたいんだよっ!!」

「そうか、なら任せた」


 冷たい視線で御代を一瞥してから、藤郷は拉げた金網フェンスを抜けて暗闇へ消えていく。


「おい待て、ショージュン!」

「無視すんなよアキラ、お前の相手は俺なんだぜ?」


 肩幅の広い井之上の全身から橙色の界力光ラクスが噴き出した。今まで堪えていた怒りが爆発したように、体の奥底から活力が溢れ出してくる。小造りな両眼に瞋恚の炎を灯し、大股でアキラへ歩き出した。


「なあアキラ、俺はずっとお前の事が嫌いだったんだ。だからよ、これからやるのは八つ当たりだ。投棄地区ゲットーとか、第一校区の秘密とか、そんなちっぽけな事はどうだっていい。ただ憎いお前の顔面に拳を叩き付けられれば、それだけでっ!!」

「ふざけんな、いっつも邪魔ばっかしやがって! いいぜ、そこを退かねぇってならまずはテメェからぶっ飛ばしてやる!! 俺だってお前の事はずっと嫌いだったんだ、決着を付けようってんなら望む所だ岩石野郎っ!!」


 うえごうしろあきら

 互いにどうしても認められない相手を黙らせるために、硬く拳を握る。

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